花嫁、竜王に嫁ぐ
四頭立ての馬車がゆっくりと走る。
その数は僅か三台。
国境を越え、さらに二つの国を通り抜けた頃からだろうか。白い雪がちらちらと降り始め、茶色い道や吐く息を白く染め上げていく。
同じ速度できっちりと列を成すその中に、ひときは豪奢な馬車がある。その中には厚手のコートを着込み不機嫌極まりない表情をした令嬢が一人、意味もなく外の景色を眺めていた。
「お嬢様ぁ……そろそろ機嫌治してくださいよぅ。せっかくのお美しいお顔が台無しですよぉ」
向かいに座る一人の侍女が、情けない声で令嬢に言う。
しかし令嬢は表情を変えることなく、また一言も発しない。
「だって仕方ないじゃないですかぁ。お嬢様、婚約破棄されちゃったんですから……」
「そんなこと……わかっていますわ!」
瞬間、令嬢はその小さな口をくわぁっと開き、手に持つ扇をぽっきりと折った。彼女の細腕のどこにそんな力があるのか。
「だけど、急すぎませんこと!?わたくしが王子に婚約破棄されたのは一週間前のこと。輿入れの話もその時。馬車に放り込まれたのも次の日の朝ですのよ?このわたくしが準備もできずに、身一つで相手の方に輿入れだなんて屈辱ですわ」
「はぁ……それはごもっともで」
本来であれば令嬢ほどの身分の少女の婚礼には嫁入り道具の調度品や宝飾品やドレスがぎっしりと詰まっていなければいけない。しかし、馬車の中は驚くほどにすっからかんである。
令嬢の気迫に圧倒された相手の若い御者は可哀想にすっかり身を縮こまらせ、隅の方でガタガタと震えている。とはいえ今は狭い馬車の中。逃げることなど到底できないのだが。
「優しいだけの王子様だと思ってましたのに……やられましたわ」
地を這うような低い声。半眼で睨み付け、ギリギリと歯を鳴らす令嬢の姿はきっとどんな凶悪な魔女と比べても恐ろしいだろう。なまじ、美しい少女だから尚更である。
「シェリー様が悪いんですよ?件の男爵令嬢を苛めてるなんて噂されるから」
「苛めてませんわ!」
「それはこのエマ、十二分に理解してます。しかしながら、国内の王公貴族は男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして、シェリー様が男爵令嬢にそれはもう、凄惨かつ悪逆な行為をしたと思っていますよ」
「誠に遺憾ですわね」
「シェリー様の普段の行いに問題があるんですよっ」
はぁぁと疲れきったようなため息をつく侍女のエマにシェリーはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「せっかくの美貌なんですから態度も可愛らしくすればいいのに……毒舌、傲慢、変人、じゃあ嫌われて当然ですよ」
「別に……この性格は生まれつきですし、あの方達に好かれたいからってこれを変えたいとは思いませんわ。それにわたくし、性格悪くても美人ですし」
「なまじ本当に顔がいいから……」
恨みがましく涙目になりながらエマは呟いた。
シェリーは本当に美しかった。
眩く豊かな金髪は絹のような光沢を放ちながら滑らかに流れ落ちている。まるで宝石の煌めきを連想させるような緑黄色の瞳。筋の通った高い鼻梁。紅をささずとも薔薇色に染まる唇。それら全ての完璧なパーツが小さく滑らかな輪郭に見事な配置で収まっているのだ。
華奢でありながらも出るところの出た体躯は見事に均整がとれており、先ほどから放たれている声は恐ろしく玲瓏で聞くものをうっとりさせる。
まるで大輪の薔薇と清廉な百合を掛け合わせたような驚くほどの圧倒的美貌。
人の好みに差はあれど、彼女は誰もが認めるしかないほどの美少女であった。
しかしこのシェリー、何分性格に難がありすぎる。
エマはシェリーに気づかれないようにこっそりとため息をついた。
シェリーはエマにとって唯一の主。エマが彼女の侍女である以上、何があっても彼女に従うしかないのだ。そう、例え彼女が国を追放されても。