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可燃材

「どういうことだ。特記戦力から落選させてほしいとは」

 試験から三日前。

 俺は三宮先生に対し、第三者が耳にすれば傲慢とも怠慢ともとれる相談していた。

「そのままの意味です。『見えない斬撃』に対しどう判断されるかは知りませんが、俺自新として特記戦力の名前は不必要なんです」

「つまり、隊長クラスに任ぜられることは困ると」

 特記戦力は、一騎当千の力を持ったに与えられる証。

 その全員が例外なく小隊一つくらいは壊滅させられる力を持つため、万が一にも不意打ちで討ち取られたりしないよう、その人間を守るように隊が編成される。

 いわば、隊員というよりは肉の壁。

 まだ隊が編成されるまで半年以上の猶予があるが、この作戦が覆ることはないだろう。そしてなにより、この情報源は三宮先生自身である。

「俺は、他人に守ってもらうために力を付けたいわけではありません。自分の身は自分で守り、他人まで守れるくらい間合いを広げるため。一つの目標として目指すならまだしも、優遇される必要はない」

「随分と自信があるようだな」

「俺はどんな戦いでも手を抜くことが出来ません。指導役になる予定もないのに、そんな癖をつけたら実践では足元を掬われる」

「まあ、実際、なにもしなければうちでは君とイムが簡単に選出されてしまうだろうな」

「あいつは一対一の対戦なら圧倒的トップでしょうが、集団戦、対軍戦ともなるとそう簡単にはいかないでしょうね。彼女の戦いにはムラが多い」

 仙道イム。

 彼女もまた、三宮先生に指導してもらっていて、天音は彼女の兄弟子ということになる。

 俺とは違って成績は優秀。常にAランクの先頭を走り、汎用電子刃でもほかにはまねできないトリッキーな動きで相手を制圧してしまう。その結果、個人戦での勝率は、驚異の95%。

 ただし、それはすべて訓練での話。

 ある程度は実力でカバーできるかもしれないが、奢ってしまう性格であるため残りの5%をマグレで済ませてしまったりと油断が多い。

 だから、その5%の中には俺との対戦が混じったりもするわけだ。

「正直、藻是さんには敵う気がしませんが、イムになら勝ち越す自信があります」

「だろうな。一概に順位は付けられないが、今のところ学年順といってもいいだろう」

 自分がうぬぼれているという自覚はある。

 しかし、藻是という男は未だ俺とは一線を画すレベルの隔絶した差がある。

「藻是はいずれ私を超える。もう少し時間があれば、君にも藻是と肩を並べられるくらいの伸びしろはあるんだが」

「初めからすれば十分過ぎます」

 そう。初めからすれば俺の今の状況は恵まれすぎている。

 彼女に拾ってもらっていなければ、戦闘のいろはなどしる由もなかったし、死ぬまで『S202』の真価に気が付くことはなかった。

 

「話を戻すが、わたし個人としては君には特記戦力として活躍してもらいたいと思っている。というか、私は最初から相当の実力を持っている生徒にしか声をかけていない」

 三宮の目は優れている。

 目だけでなく、腕も頭も天才的なまでのセンスでどれをとっても一級品だ。

 すべてにおいて合理的。

 てきとうすらも適当。

 どうする。こんな人間が目の前に現れたら。

 普通なら従う方がいちばん無難だろう。それが最善。それが合理的だから。

「合理的ではないな。やはり。君はそれだけの実力を持っている。君以外が選ばれるのであれば、それは間違いなく穴埋めの凡人だ」

「俺以上の使い手なんていくらでもいますよ。雀や詩恵、徹、新藤たちは……」

「本気でそう思っているのか」

 死んだ。 

 瞬間的に、俺は首元まで刃が迫ったと錯覚するほどの殺気に、俺は死を直感した。

 脳と体とが直結した戦闘体では、勝てないと、思った時にはもう動けなくなっている。

 貧血になった経験があるならば、似たような感覚だと思えばわかるだろうか。

 電脳世界での戦いは脳による計算力がすべて。

 それが支配されるとなれば、どれだけ戦闘経験が豊富でも関係ない。精神的に全知能中最強の三宮泉という生物には勝てないのだから。

 今、天音はそんな彼女に歯向かおうとしている。

 勝ち目がないことは、自分がよくわかっているはず。

 これが現実の体ならば、冷や汗でおぼれてしまうところだ。

「もし、私が試験で一位の成績を取れと命令すれば、君はもうそれに従うしかない。その場合はどうする?」

「もちろん、二つ返事で受け入れてもらえなければ、その時は従うしかありません」

「へ?」

 珍しい。三宮先生の思考回転がゆるくなっている。

「案外あっさりと諦めるんだな」

「ダメでもともと。そう簡単にいくなんて最初から思っていませんから」

 彼女を相手に腹の探り合いなんて無謀だ。

 初めからノーと言われるのならそれ以上は望めないと理解している。彼女を組み伏せられるだけの力があるのなら、こんな願いは意味をなさない。

「それならどうする。私はどうあっても認めるつもりはないが、それでは今、君がわざわざ私を刺激した意味すらない」

「数パーセントでも可能性があるのなら試す価値はありますよ。それが最も簡単な方法です」

「網羅型思考。君は私以上にイカれた考えをしているな」

 あまりの馬鹿らしさに三宮の口元は緩み、凍てつくほど冷たかった視線も

徐々に解けていく。

 それは彼女に限ったことではなく、緊張で強張っていた自分の体も安心したのか、感触が戻ってくる。

「それなら俺は、素直に特記戦力を目指して剣を振るいます」

「解せないな。私を相手取るくらいなら、最初から同年代の生徒同士で争う方がわかりやすいじゃないか」

「確かにそうですね。けれど、先のことを考えるとそういうわけにもいかないんです」

 三宮に対処してもらう方が簡単だが、そもそも彼女を説得することが無理難題。

 比べて特記戦力に選出されることは高難度ではあるがいくらかマシ。

「俺の目的は雀を守ること。そのために必要なことは、組織内でも自由に動けるフットワークの軽さが重要になります。三宮先生くらい圧倒的なら、何をしたところで許されるかもしれませんが、世代の違う俺たちではそこそこの権力しか与えられない」

「私はそこまでわがままを通してはいないが」

「それでも通じるでしょう。あなたが失脚するとなると、人類は重要な刃を一つ失うことになる。そんなあなたのわがままなら、ある程度の横車であっても押さなければならない」

 見立てによると、千家に対しある程度の影響を及ぼすことが出来るのは、一条、二葉、三宮の三人のみ。

 その中でも、三宮先生はあまりの多才さで圧倒的カリスマ性を持っている。

 そんな彼女の発言を無視することができる人間は、よほどの無能か老害くらいだろう。

「だから、あなたの口から辞退を進言してくれれば、俺は波風立てることなく一兵卒でいられる」

 もちろん、俺自身が特記戦力となってから、隊長になる意思はないと告げれば済む話でもある。

 しかし、それでは組織として示しが付かないし、最悪の場合には拒否される可能性だってある。

 仮に、相当試験では選出されなかったとしても、『見えない斬撃』というワザ自体が上に目を点けられているから大した解決にはならない。

 どうでもいいことのように思えて、これは三宮先生を相手取るだけの利ある行動だ。

「……なるほど。君のいいたいことはおおむね分かったよ。馬鹿らしい理由であるが、君らしい結論だ」

「これさえなければ、俺ももう少し三宮先生に近い思考が出来るかもしれません」

 徹底的に合理的。

 それは案外、かんたんなことではないと思う。

 欲しいものや、残したいもの。余計な衝動はすべて削ぎ落し、効率と重要度を最優先する生き方。

 彼女がそこまで冷徹な生き方をしているとは言わないが、彼女はあの時の俺に近い何かを持っている。

 雀を守りたいという気持ちに間違いはない。

 しかし同時に、この人間はどちらに振り切っても、城野天音という人間は破綻した存在だということ。

 それだけは忘れてはならない。それだけは許されてはならない。

「残念ながら、俺は先生のようにはなれません」

「何をほざくか」

 彼女の声から緊張感が完全にきえた。

 まるで、すねた子供にあきれ果てた母親のよう。おかしなことを言ったつもりはないが、彼女は頭を抱えている。

「怒りましたか?」

「ああ。そこに立ってろ。今すぐ『スラスター』で切り刻んでやる」

「わかりました」

 まさかとは思ったが、このあと一秒後に自分の体は五体満足ではなくなり、腕と下半身が切り離された悲しい姿になってしまった。

「反省したか?」

「反省と言われると、はいとは言い辛いです。なにか気に障ることをしましたか?」

「ああ。私が一番嫌いな戯言を吹いた」

「先生が一番嫌い?」

「私は誰かになろうなんて考えは大嫌いだ。えづいてしまう。いや、もうここまで来ている」

 三宮は喉を差して、女性らしからぬ発言を次々に口からだした。

 それはもう、そのものが吐しゃ物であるかのような口汚さで、これがほんとうに三宮先生なのかと自分の目玉を疑うほど。

「さあ、これが私だ。君はこれでも私になりたいというか」

「……遠慮しておきます」

「よし。それでいい」

 奇怪な会話だ。

 尊敬しているはずの先生が自分を口汚くののしり、俺はそれに対し遠慮しますと拒絶する。しかもそれに対し、先生は満足している。

「君は君だ。私を超えようが超えまいが、私と同じになることは何度転生したところでありえない」

「俺は、俺」

「私に言わせれば、こんなてきとうな人間はいない。人の話は聞かないし、納得のいかないことには絶対に首をふらない。迎合するなんて吐き気がする。誰かに気を遣って生きるなんてお断りだ。いっそAIにくれてやった方がましだ」

「……そんなこと、特記戦力の筆頭が言ってもいいんですか」

「いいんだよ。正義なんて人それぞれだ。私は私のやりたいようにやる。だから、君は君の好きなようにやれ」

「……」

 ようやく、彼女のいいたいことが脳にまで届いたように感じた。

 言語化は出来ない。

 なにがどう理解できたのかとは説明できないけれど、自分が信じてやってきたことは間違いじゃなかったと認めてもらったように思う。

「ここ、わかるか?」

「現実の体なら心臓がある場所ですね」

「だが、仮想体の体だとここは急所ではない。頭と首以外はどれだけ刻まれたとしても動けなくなるまで戦うことが出来る」

 説明しながら剣の切っ先で胸をぐさぐさと抉ってくる。

 かすかな不快感にまだ少し残っている彼女の不満がずきずきと伝わってくる。

「心は存在する。それは間違いない。形なんてどうでもいいが、たしかにここにある」

「……先生?」

 彼女が持つ『正宗』は全電子刃中トップクラスの鋭さを誇る。

 人を貫くときでさえ音はしない。

 根元がかすかに赤く光るだけで、不意の一撃なら殺されたことにさえ気が付かない。

「自分で刺すのはかなり気持ちが悪いな」

「何を考えてるんですか」

 彼女が刺したもの。

 それは彼女の心臓がある場所。

 おそらく、三宮以外の誰もその場所を攻撃することは成功していないし、いろんな目線で見てもおかしな光景だ。

「さあ、私はもう死んだ。これでもう、君以外に人類を守るものはいない」

 あってはならないことだ。

 彼女を欠いて戦いに臨む。

 こんな訓練ではそんなことは現実にならないとはわかっていても、目の前に映る光景が万が一にもと考えてしまうと途端に血と鋼の臭いでむせ返りそうになる。

 そんなのは幻覚。

 頭の中では衝撃的な因子たちが跳ねまわり、どれが現実なのを計っている。

「私はね。私がいなくなって困るという状況がいやなんだ。私だけじゃない。一条や二葉がいなくなって崩れるような組織じゃ、数百年計画を練ってきたAIたちには太刀打ちできない」

「……」

「私のようなまがい物の支えじゃない。心に一本、自分の信じた鋼の支えを持て」

 先生が感情的になって話すところを始めてみた。

 怒って、悲しんで、また怒って。

 でも、間違いなく俺たちのことを思ってくれている。

「……それを伝えるために、わざわざ自分に剣を突き立てたんですか」

「そうだ。なかなか気分は悪いけどな」

「まったく、イカれた先生だ」

 本当にイカれている。

 少々狂った生徒ひとりのために、わざわざここまでやるとは。

 最強の座についてもなお、満足することも、まして慢心することもしない。

 合理的で幼稚的。ただしくて単純だ。

「わかりました。俺は、あなたを超える戦力になってみせます。雀だけじゃなく、背中に背負ったものすべて支えられるような鋼に」

「言うじゃないか」

「先生の悪い影響です」

「そんな君にもう一つ可燃材をくれてやろう。相当試験には中宮の生徒も参加するらしい。五人いるという話だが、その中の二人は、なにやら君と因縁があるらしいぞ」

「……それは、面白い話ですね」

「だろう?」

 上半身だけの男子生徒と、自分の剣で自らの体を貫いた女史が一人。

 観戦ルームにいた二葉はこの状況を半端なタイミングから見ていたため、

「どういうプレイ?」


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