二人の距離感
「意外でした。城野さんが相当試験のためにここまで頑張るなんて」
「出来る限りのことはやるさ。名前が欲しいわけじゃないが、ここで実力を示すことが出来れば後々有利になる」
「んー?やっぱり聞いてた話と少し違うな」
首を傾げる津久野。
しかし、まったく覚えのない内容に何かを察知し、視線を試合から津久野の方へと移す。
「違う?津久野は一体何を聞いたんだ」
「梶先生から、三宮先生に頼まれたって。城野さんの試合の結果とか、普段の生活はどうしてるのかとかを教えて欲しいって」
「なら、先生の人選は正しかったわけだな」
「第一試験で同じ組になれたのは運が良かったからですよ?」
「いいや。たとえ同じ組でも仲良くなれない人間はいるからな。津久野の人の好さが理由だよ」
「……えー、そうですかね」
急に眼鏡の奥の目と目が合わなくなる。
首を傾けて覗き込もうとするとさらに視線が下がっていく。
面白いので追いかけてみると、いよいよその慎ましい胸に顔が付いてしまいそうになっていく。
「はいはい。後輩をいじめないの」
視界の先を雀の顔が制圧し、その隙に津久野が顔を手で覆ってしまった。
触れてしまいそうなほど近い距離で、視界の端から端までを雀の白い肌が埋め尽くしている。
「別にいじめてないんだが」
「相手が嫌がったらその時点でいじめなの」
「それじゃ、俺がこの状況を嫌がったらいじめなのか?」
「屁理屈ね。でも、まあ、嫌だったらやめるよ。嫌なの?」
「いやではないが」
いやではないが、この状況はいささか気恥ずかしい。
ほんの少し前に倒れるだけで触れてしまえる距離感。
俺としては相手が雀であるからそこまで気にすることもないが、高校生の男女がこういう体勢になっていると、津久野みたいに真っ赤になる子もいる。
「あれ?津久野さん?」
ついに限界を迎えた津久野は茹ったタコのように顔を真っ赤にして床に座りこんだ。
どうやら、俺と雀の距離感に彼女一人だけが付いていけなかったのだろう。
残念ながら俺と雀はそういう関係ではないし、雀に関して言えば異性への関心があるのかどうかも疑わしいレベルで無頓着なため、なぜ津久野がクラッシュしたのかさえ分かっていない。
「大丈夫?どうしたのかしら」
しかし、そんなことに雀本人が気が付くはずもなく、ただおろおろと慌てることしか出来ない。
津久野の顔にはダメージを受けた時に出る赤いエフェクトがほんのりと出ている。
「こういうのもダメージとして判定されるんですね」
「かなりレアなケースだと思うけどな」
「詩恵!もう少しこっちにも気を遣って戦ってね」
「やっぱり、城野さんと霧崎さんは付き合っていらっしゃるのでしょうか」
「いや、違うな」
「私たちが試合してる間にどういう話にそれてるのよ」
試合も進み、あとは雀と徹の十戦が終わるのを待つのみとなった。
天音が三勝一分け。同じく詩恵も三勝一分け。雀、徹、津久野の三人が一勝で並び、この試合の結果次第で本日の三位が決定する。
「どうしてそう思うんだ?」
「そりゃ初対面ならそう思うでしょ」
口を開いたのはまたもや顔を赤くしている津久野ではなく、すでに一年ほどの付き合いになる詩恵だった。
「高校生の男女であんたたちみたいな距離感の二人見たことある?」
「案外いると思うが」
「確かにいますね。でも、大概そういう人たちは噂のカップルだったりするわけで……」
「要するに、区別がつかないのよ」
確かに、今までにも何度かそういうたぐいの質問を受けたことはあった。
けれど、それは俺たちが二人でいることが多くなったというだけで、もともと三人で行動していたこちら側の意見としては少し寂しさすら感じる。
知らないだけ。
みんなは俺たちを仲良しコンビだと勘違いしているが、俺たちにとって欠かすことの出来ないリーダー的存在がいたことを。
「そういうものとは、違うんだがな」
「そんなに気にしなくてもいいのよ。周りが勝手に騒いでるだけなんだから。あんたたちが変に意識することはないの」
感情が顔に漏れ出ていたのか、詩恵はガラにもなく気を遣ってくれたようだ。
「それに、どっちかがおもりをしているってより、戦闘以外はポンコツ同士が助け合ってるように見えるしね」
けらけらと軽く笑う詩恵。
確かに、俺と雀はこと戦闘や計算は得意だが、生活のこととなると途端に半人前へとかくが落ちる。
高校生が二人揃ってこれでは格好がつかないが、どうしてもそこまで気を回すことが出来ない。
週に何度かはどちらかが寝坊をするし、運悪くそれが重なって遅刻するなんてことも一度や二度ではない。
中学まではあいつがいたからどうにかなっていたが、どうやらぼろが出てしまっている。
「まだまだ俺だけじゃダメってことかな」
「天音と雀がずっと気にしてるのはその兵司ってやつのこと?」
「……今日はやけに鋭いじゃないか」
顔や行動に出ているという自覚はなかったが、やはりそれなりに付き合いのある詩恵にはすぐにわかってしまうということか。
もしくは、単に優れた観察眼をもった詩恵だからこそかもしれないが。
「二人ともそいつがここにいるかもって知ってからずっと調子がおかしかったからね」
「どなたですか?その兵司さんっていうのは」
「ただの旧友さ。今は、絶対に負けたくない好敵手でもある」




