第二試験開始
カーテンの隙間から漏れる朝日が瞼を持ち上げ、眼球に刺すような光が侵入してくる。眩しさのあまり持ち上がった瞼を強く閉じてしまうが、眠気の方は吹き飛んでしまった。
試験二日目の朝。自分のベッドではない違和感のある目覚めで、天音はその日は幕を開けた。
第二試験が開始したのは午前十時半。
高層ビルの乱立する都市フィールドでは、至るところから銃声や鋼の打ち合う音が響いて荒々しい戦闘が繰り広げられている。
第二試験の内容は、個人戦。一つのフィールドに対し総受験者の半分が送り込まれ、第一試験とは比べ物にならないほどのペースで脱落者が出ている。
開始からまだ十分と経っていないというのに、約半数がマップ上で光を失い座標が固定されている。
すでに天音も五度の襲撃に合い、それらは危なげなく対処することが出来たのだが、それでもマップを確認するとまたいくつかの赤い点がこちらに向かっていることを報せている。
「初日に目立ち過ぎたな」
第二試験の試験内容だが、追加ルールとして第一試験でのポイントが大きく関与している。第一試験で獲得したチームのポイントが個人戦でのバウンティが設定され、マップ上ではそれらのポイントを奪い合うという内容になっている。
第一試験で三十八ポイントという高得点を取ってしまった十七室は、当然のように標的とされ、ひっきりなしに敵が襲い掛かってくる。
逆に、第一試験でゼロポイントという残念な結果に終わってしまったチームであっても、第二試験では狙われるというリスクがない分戦いやすいだろう。
今回の評価は、脱落時点でのポイントと脱落した順位で評価されるため、天音は逃げ続けるだけで高評価を得られるというわかりやすい目標が設定されてはいるが、こうも襲撃が多いとそうもいかない。
しかし、いくら倒しても考え無しに突撃してくるような奴らのポイントが高いわけもなく、五人も倒してまだ一ポイントしか得られていない。
逐一マップを確認し周囲の警戒に神経を注がなければならない分、個人での負担は大きく、ふと目に入った赤い三十八の数字に仲間意識が芽生えてしまう。この点は十七室のメンバーの誰かなのだろうが、天音同様に攻め続けられている元チームメイトに同情を覚える。
唯一の救いは、射線がほとんど通らない都市フィールドということ。
荒野フィールドや住宅街フィールドだと、どうしても狙撃にも意識を割かなくてはならない。
「おらぁ!三十九ポイントは俺がいただくぜ!」
元気のいい雄叫びと共に現れたのは、二メートルほどの槍を構えた派手な赤い色の戦闘服に身を包んだ男。
大胆にもビルから飛び降り、槍を構え自由落下の勢いだけで真っすぐに天音の頭目掛けて特攻を仕掛けてくる。
「なるほど、いい狙いだ」
敵の数を出来るだけ絞ろうと路地に陣取っていた天音にはこの状況で取ることが出来る選択肢が少ない。
下手に逃げようとすれば、路地の入口付近で待ち構えている連中に挟み撃ちにされ、かと言って動かなければ飛来する凶槍に頭を貫かれてしまう。
「だが、それを俺が対策しないわけはない」
上ががら空きになっていることは天音だって気づいている。そんなわかりやすい弱点を、網羅型の対策のうちに入っていないわけがない。
一歩も動こうとしない天音に対し、槍使いは一層勢いをつけ、槍の先端はもうすぐそこまで迫っている。
しかし、襲撃者はそこでようやく、天音がすでに電子刃を起動していることに気が付いた。真っ黒な刃が自分を向き先端がゆらゆらと揺らめいているように見える。
直後、視界が二つに割れ、コンクリートの地面ではない何かに衝突し、男は空中でその動きを止めた。
断末魔の悲鳴を上げる暇すらも与えられず、戦線から離脱することになった槍使い。彼の身体が赤い光の塊になったのを見届けると、天音はずっと展開していた『見えない斬撃』を解除した。
今回の相手は何人か敵を倒していたようで、これで天音の総ポイントは四十三ポイントになった。
そして、
「……がっ!?」
路地の入口で待ち構えていたもう一人の襲撃者に対し、うねるような斬撃を飛ばす。建物の陰に隠れていた襲撃者は、なにをされたのかも理解できず、心臓を一突きにされ、仮想体の身体は活動を続けられないほどのダメージを負った。
倒れ込んだ彼の姿が人の形を崩していく姿を確認し、同時に二ポイントが加算されたことを確認する。
天音を狙っていた敵はすべて処理することが出来た。周囲で繰り広げられていた戦闘も、ひと段落ついたようで、つかの間の静けさがフィールドを包む。
すでにマップ上にはポイント持ちの天使か表示されず、実力者しか残っていないことがわかる。
もしかすると、この中にあの紀伊藍がいるかもしれないと考えると、飛び出したくなる衝動に駆られるが、焦る気持ちを拳をぐっと握って抑え込む。
『S』の扱いにも慣れ、シフトを操作することで戦い方の幅もかなり広がった。
しかし、それでも紀伊藍の言っていたような力かどうかはまだ自信が持てない。
建物の陰に隠れていた敵を攻撃できたのも、結局はマップで位置を確認していたからこその芸当であり、彼女のような空間そのものを把握しているような動きとはまったくの別物だ。
このままでは、もしこのフィールド内に紀伊藍がいたとしても、戦いの結果は前と同じになってしまう。
再び彼女と相対するときには、絶対に彼女のいう何かしらの力を身に着ける必要がある。
「……これは」
マップ内の敵の配置を見ていると、ビルの上に陣取る一つの赤い点に目が止まった。
「くそ、思ったよりも面倒だな」
都市フィールドの中心部が開始地点に設定されていた浜岡は、敵に囲まれた状態からここまで戦闘の繰り返しで、すでに十人を超える敵を屠っていた。
あえて開けた場所に出ることで乱戦に持ち込み、高い機動力で絶対に背後を取らせない動きで敵同士を戦わせ、疲労を最小限にとどめている。
数十人での大乱闘に発展し、浜岡自身もそれに参加せざるを得なくなったが、一人一人を相手にしていくよりは消耗が少ないと判断しての作戦だった。
もしこれが第一試験だったら、ここまでの策を練ることは出来なかっただろう。
ポイントは五十を超え、すでにフィールド内で最高得点に達してしまった。後続の敵も絶えないが、第一試験からすればかなりの成長だ。
残り僅かになった敵から逃れるために、浜岡は大通りを疾走している。彼の足についてこれる人間はそうおらず、簡単に彼らとの差は開いていく。
時折蛇行し、狙撃の対策を取るがそれでも後続に距離を詰められるようなことはなく、結果的に浜岡の一人勝ちということになった。
こんな程度の結果で、城野に勝ったつもりになったわけではないが、これで少しはましになっただろうか。
「ん?」
正面に立つビルの最上階で何かが光ったように見え、浜岡は反射的に右へと避ける。
直後、先ほどまでいた地面が爆音とともに爆ぜ、粉砕されたコンクリートが異様な形にめくれあがっている。
狙撃されたことに気が付いた浜岡は次の回避行動を取るために、脇の路地に飛び込もうと左足に力を込める。
しかし、その力を開放することなく身体中の力が抜けていくのを感じ、踏ん張ることが出来なかった浜岡は後方へと大きく吹き飛ばされた。
「ど……して」
頭にわずかな痛みを感じ、視界には赤い光がちらついている。
狙撃された?
しかし、あまりにも次弾装填までの時間が短すぎる。これではまるで、避ける方向すらも見据えていたとしか思えない。
浜岡は五十二ポイントの得点を、顔も見ていない狙撃手に奪われ、第二試験から脱落した。
「な、なんだ?」
あとから追い付いてきた浜岡狙いの生徒たちは、霧散していく彼の赤い光だけを確認し、その場に茫然と立ち尽くしていた。
一時的に共闘関係を結んでいたらしい彼らは、数人で一丸となって動いている。
「がっ!?」
「どうした!」
「狙撃だ!伏せろ!」
しかし、ほとんど同時に彼らの眉間に鉛の弾丸が撃ち込まれ、物言わぬ光の塊となって消えてしまった。
「……よし」
ビルの最上階から、最後の敵影の消滅を確認した彼は、愛銃を抱えて移動を開始した。




