第一試験 Ⅲ
何も焦る必要はない。『ゲンジ』のそこまで高くない攻撃力でも、忍び寄って敵の首筋を撫でれば、それは致命傷になり得る。
一対一の対人戦でもよく使う首狙いの攻撃が、奇襲でこそ自分の本領が発揮されることに気づくことが出来た。
もともと戦闘向きの性格ではないと自覚していたが、自分には才能だけはあると信じてここまでやってきた。努力がなかったわけでもないし、それに結果はついてきてくれたが、そこに意志はあっただろうか。
しかし、その傲慢な考えは、咬園の彼らの本物の強さを目のあたりにしたことで打ち砕かれた。
失望させてしまったかもしれない。
これだけ強力な電子刃を持っているのに、戦うことすらできないような臆病者なのだから。
それでも、出来る限りのことはしたい……。
すでに、三人の首を刈り取った松原は次の獲物に当たりを付けるためマップを起動する。
「だれ!」
しかし、背後に何者かの気配を感じ、近くに刺さっていたクナイを一つ引き抜き、それを背後の敵に容赦なく投げつける。マップを起動中で新たにクナイを生み出すことは出来ないが、すでに用意しているクナイはいつでも使うことが出来る。
「落ち着け、松原」
「城野さん?」
松原が放った三本のクナイを一振りで弾いたのは、この暗がりでも光っているのがほとんどわからないほど真っ黒な刀身を備えた刃。
直剣のようにも短剣のようにも見えるが、彼のもっとも得意とする間合いは松原とほとんど変わらない中距離戦。一見使い勝手の悪そうに見える武器だが、使い手の力量次第でそれは覆るのだと実感させられる。
「こっちが片付いたからな。援護に来た」
開きっぱなしになっていたマップを確認すると、松原が相手にしていたはずのチームは、あと二人残っていたはずなのにいつの間にか全滅している。
「ほかのみんなもそれぞれ敵を撃退している。一度集まろうと思うんだが、一緒に来てくれないか?」
「はい、わかりました」
同い年で訓練する時間は私とほとんど変わらないはずなのに、学校が違うだけでAランクの自分とFランクの彼にこれほどの差があるとは……。
今まで、自分より下位のランカーに劣等感を覚えることなど一度もなかったが、さすがに彼のような使い手を見てしまっては自分の力のなさを感じずにはいられない。
隣に並ぶ城野は、おそらく自分がいなかったとしても、何かしらの策を講じて危機的状況を切り抜けただろう。
「俺は、松原の案が多方面からの攻撃に対して有効だと思ったから任せたんだ。自信を持て」
「え……?」
まるで心の中を読まれたような感覚に陥り、下がりかけていた視線が自然と彼の方を向く。
「たしかに、まだまだ経験値の低さは否めないが、松原も浜岡も俺にはない柔軟性を持っている。一度目ならわからないが、二度三度と刃を交えれば、きっと俺以上の戦闘員になるはずだ」
「……そうですか」
お世辞かもしれないが、それでも本当にすごいと思った人に褒められると悪い気はしなかった。口下手で何を言っていいのかわからないが、必死に絞り出した言葉を城野に投げかける。
「あ、ありがとうございます……」
「それに、前時代的考えかもしれないが、俺は女の子を前線で戦わせたりしたくないからな。俺の周りの女子は、みんな遠隔型ばかりだから、君のような子を近接で戦わせるのは気が引ける」
「……」
「どうかしたか?」
「……な、なんでもないです」
クナイの発光する光は、子供の頃に見た蛍の飛び交う山の中の景色によく似ていた。
集合地点までの道のりはそれほど長くはなかったけれど、彼女が天音という人間を仲間として信用するには十分な時間だった。
試合開始から約二十分。すでに、半分のチームが戦線から離脱し、マップの中央部には彼らの最期の場所として灰色の点が並んでいる。
松原の機転で激戦区である中央部から抜け出すことに成功した十七室のメンバーは、息を整えるためにマップの北西部でしばしの休息を取っていた。
「現在の獲得ポイントは二十八ポイント。すでに過半数のポイントを獲得しているので、このグループでの一位は間違いないですね」
「悪い。僕が二人逃がしてしまった」
一人だけ打ち漏らしを出してしまった浜岡が、申し訳なさそうに頭を下げている。
「気にするな。敵のマップには一人で三人を屠った鬼人のように映っているはずだ」
「それなら、一人ですでに十人も斬ってる城野は一体何者になるのかな?」
浜岡を慰めるために言ったつもりの冗談だったが、それを新藤は見逃すことなくしっかりといじってくる。
「それはもちろん、災害ですよ!さすが城野さんです」
それに反応を示した津久野が、フォローのつもりか本心で言っているのかはわからないが、城野天音を最も高く評価していると自称している彼女のことなので、真面目に言っていたとしてもおかしくはない。
例えそれが褒め言葉に聞こえなかったとしても、彼女は満足そうにしているのならまあいいだろう。
「津久野も一年生でまだ訓練の時間もそれほど長くないのに、いい動きだ。イムなんかより、よっぽど真面目に訓練に取り組んだんじゃないか?」
天音のことをどうしてここまで大げさに評価してくれているのかはこの際聞かないが、彼女自身も相当な使い手であることに変わりない。
一年生でこれだけの動きが出来るのであれば、天音の耳にも彼女の噂が回って生きていてもよさそうだが、三宮からも彼女の話は聞いたことはなかった。
「津久野は、訓練は誰に見てもらっているんだ?」
「先生、ですか?梶先生ですけど、あの人は電子刃のいじり方ばかりで戦闘の方はまったく教えてくれないのでほとんど独学ですね。戦い方が上手な人たちのリプレイを見て真似してるだけなので、そんなに褒めるものでもないと思いますけど」
「真似してるだけ?」
「はい!」
彼女は真似をしているだけと軽々しく言っているが、それがどれほど高度な技術なのか理解していないようだ。
これにはさすがの新藤も驚いたのか感嘆の声を上げ、合点が言ったように頷いた。
「なるほど、どっかで見たことある動きだと思ったら、あれの七星先生の動きにそっくりなんだ」
たしかに、あの短剣を使った鋭い動きは、三宮にも迫る高速の太刀を振るう七星先生の動きに酷似していた。
しかし、速さはただ出せればいいというものではなく、それを扱うためには相当の反復練習とある程度の動きの固定を行わなければならない。
『スラスター』のように単純な一撃ならまだしも、あんな針に糸を通すような精密な動きをこんな短期間で完全に模倣するとは相当な観察眼の持ち主だ。
それこそ、天音や新藤の動きの先読みなど比べようもないほどの精確にトレース出来ている。
「なるほど。あまり好きな言葉ではないが、津久野のような人間を天才というのだろうな」
「え、買いかぶり過ぎですよ。精いっぱい似せるように頑張っているつもりですが、まだまだ七星先生の力には及びませんよ」
「さすが、城野に目を付けるだけあって只者ではなかったね」
「そうです!私より、もっと城野さんを褒めるべきです!」
「……どうしてそうなるんだ」
新藤も津久野も、一対一で戦えば一度や二度の経験ではおそらく勝つことはできない。
何度も戦うか相手の癖を知るほどに共闘を重ねれば、その差も埋まるだろうが、生来の素質という点では天音は誰にも勝てない。謙遜でも何でもないFランクという結果がすでに存在する。
「俺は、お前たちがそこまで言ってくれるほど頼りになるようなやつじゃないよ」
「そ、……」
「そんなことありません!」
否定する怒声が響いたが、その声の主があまりにも意外で天音は目を丸くした。
「城野さんは、十分すごい人です。才能なんて関係ない。どうして、そんなに自分を低く見てしまっているんですか」
あまり人に意見するように見えない松原が、声を荒げて詰め寄ってきたのに、まったく予想できなかった天音は驚きのあまり、まともな言葉で返すことが出来なかった。
「その通りだ」
「浜岡……」
「正直、僕も君のことを最初はFランクだと見くびっていた。だが逆に、僕ではまだ君に比肩するような力がないことを見せつけられてしまったよ」
なにかが吹っ切れたように天音の力を手放しに称賛した。
「僕も、君のように冷静に対処できるようになりたいと思った。そんな君に、自分のことを齢だなんて思ってほしくない」
「……」
「これ以上の謙遜はただの嫌味じゃないかな」
「すまない。もう少し、自分の評価を改めてみるとしよう」
納得したのか、浜岡も松原も試験開始前よりも引き締まった表情で力強く頷いた。
彼らに対し不満のあった新藤と津久野も、彼らの行動を見て評価を改めたのか厳しかった視線が和らいだ。
予期せぬ展開ではあったが、十七室の間にあった確執は意外な形で取り払われた。
彼らが一体何で通じ合ったのか、天音だけには絶対に理解できないことなのかもしれいが、ここは素直に僥倖として受け入れることにしよう。




