第一試験 Ⅱ
レベルの違いを察するのに、それほど時間はかからなかった。
松原も僕も、相良第二ではAランクの成績で、戦闘においてほかの学校の生徒たちに後れを取っているとは思わなかった。
それどころか、咬園の学生とは言えBランクともう一人はFランク。ランク戦未経験の一年生を自分たちで引っ張って行かなければならないと意気込んでいたはずだったのに、その目論見はすぐに打ち壊されてしまうことになる。
「さすがです!城野さん!」
「二人もよくやってくれた」
「奇襲でへまはしないよ」
知らないところで戦果を挙げてきたらしい咬園の二人は、まるで当然の仕事をしたかのような口ぶりだ。
確かに、まったく敵に察知されることもなく背後に回る彼らの動きはあまりにも洗練されていて、同じ学生とは思えないレベルの奇襲だった。
的確に敵の配置を読み、相手が飛び出してくるように仕向けることに成功している。
しかし、おそらくその動きは、前にいた自分たち三人に正面戦闘で勝つことが前提になっていて、お世辞にも俺と松原はその期待に応えられたとは言えない。
たった一人。
それも一撃で同時に三人を屠った城野だけが、彼らの期待通りに立ち回ることが出来た。
それに引き換え自分はというと、三人の敵を前にしてまるで一人だけで全員を相手にしているつもりになって、勝手に震えていただけ。
「すまない……僕はなんの役にも立てなかった」
「気にするな。俺たちはチームだ。全員で点を取れば問題ない」
「まあ、立ち向かえるだけましじゃないかな」
「……」
新藤の皮肉は松原にもしっかりと伝わり、言葉を返すわけでもなく俯いてしまった。
たしかに、彼女は襲い掛かってきた敵に対し、恐怖で刃を向けることが出来なかった。
模擬戦闘では一度もそんな顔を見せることはなかったが、リアルな戦闘を体験したことで身体が思うように反応しなかったのだろう。
精神の異常が、仮想体の身体には顕著になって現れる。それは一秒にも満たない短い制動かもしれないが、戦闘においては致命傷を与えるのに十分な時間だ。
「そんな言い方しなくてもいいじゃないか。彼女だって悪気があったわけじゃ……」
「悪気があったなら、今すぐここで切り捨てますよ。そんな甘い考えで生き残れるなんて思わないでください」
静かで淡々とした口調で投げかけられる一年生の言葉に、俺も松原もあまりの威圧に返す言葉を失った。
「二人とも勘弁してやれ。彼らもこれで、戦闘というものを理解したはずだ」
「城野……」
「津久野の言うとおり、戦意を欠いた理由を悪気があったわけではないで済まされてはたまったものではない。一度死んだらそこでリタイヤの対人工知能戦でそれでは、自分だけではなくチーム全員を危険にさらしてしまうことになる」
「……」
「しかし、これはまだ試験だ。本当の戦争じゃない。だから、今のうちに克服してくれれば、なんの問題もない」
城野の言葉で、新藤と津久野もこれ以上なにもいうことはないと判断したのか、なにも言わずに電子刃を解除した。
彼の『見えない斬撃』については準備の段階で聞かされていたが、どれだけ電子刃が強力でもFランクではそう上手くは使いこなせていないのだろうと勝手に評価していた。
しかし、戦闘技術はおろか、人間としての資質さえも彼には遠く及ばない。
開始早々に一チームを落としたというのに、特に喜ぶわけでもなく、城野は戦闘前と何ら変わらぬ表情で電子刃からマップへと切り替え、次の戦闘に備えている。
「戦闘の衝撃を最小限に抑えたつもりだったが、やはりマップだよりのチームが集まってきているな」
城野の開いているマップを覗き込むと、そこには明らかにこの地点に向かっていると思われる赤い点の群れがいくつも見受けられた。
ここで、マップの開き方を知らない俺と松原に対し、城野がマップを開くための指の動かし方を教えてくれる。
「とにかく、二人も今すぐ電子刃を解除してくれ」
「どうしてだ。敵がこっちに向かっているのなら、すぐに応戦できるようにして待機しておくべきじゃないか」
「電子刃から漏れるわずかなプラズマは、光として視覚で確認することが出来る。ずっと起動したままにしておくと、こういう暗い空間では敵にすぐ探知されてしまうんだ」
「それじゃ、さっきの敵は俺たちを狙って」
城野は答えなかったが、それが暗に肯定のサインだと言わなくてもわかった。
「それに、電子刃を持ったままではマップを開けないし、会敵するまでは電子刃を起動しているメリットはほとんどないからな」
「城野さん、どうしますか。これはちょっと、本格的にまずいのでは」
「そうだな」
今まで迷いのない動きで対応していた三人も、四面楚歌のこの状況にはさすがに頭を抱えている。
自分も何かできないかと頭を悩ませてみるが、彼らよりも圧倒的に戦闘に関する知識に乏しい俺には到底そんな都合のいい策が思いつくはずもなかった。
「……ちょっと、いいですか」
そんな中、声を上げたのはここまでほとんど発言してこなかった松原だった。
全員の視線が彼女一人に集まり、焦っているせいか新藤と津久野の視線は特に厳しい。
「なんだ、松原」
「暗いところだと電子刃が光るんですよね。なら、私に任せてもらえますか」
「……なるほど」
「いいんじゃない。それなら、ばらばらに分かれても大丈夫そうだし」
「一人一人の実力が試されるわけですね。自分も賛成です」
自分の作戦に賛同を得られた松原が、今までになく明るい表情を見せる。
「それしかないようだな。誰も異論がなければ、松原に任せてみようと思うがいいか」
「了解」
「問題ありません」
「僕も、大丈夫だ」
「よし。もう時間がない。松原、頼んだぞ」
「はい!」
電子刃を起動した松原が、一人で森の木々をかき分けて走り抜けていく。
彼女の疾走は数分で辺りを一周し、その動きが尾を引くように電子刃の光が追いかける。
松原詩乃の電子刃『ゲンジ91』は特化型の電子刃。
リーチが短く、威力が低い、言ってしまえば短剣の下位互換のような武器だが、『ゲンジ』の恐るべき能力は別にある。
そもそも、特化型とは一つの能力に最大限の力を注いでいる分、他の力が極限まで抑えられている。
そして、その代償を払って手に入れた彼女の電子刃の能力は、無尽蔵にクナイを生み出す力。
際限なく生み出されるクナイを投擲武器として使うのが、彼女の最も真価を発揮する戦い方だ。
しかし、彼女はいま、単純に武器として使うのではなく、罠として使う方法を自らの力で生み出した。
この蛍の光のような景色がそう。電子刃の光の可視化によって、敵の場所がわかってしまうことを逆に利用し、撹乱することが出来る。
「俺たちも行くか」
「ああ、万が一のため、カバーできる距離を保ってくれ」
「了解です」
それぞれ、松原が作った偽物の光の上に待機し、敵が現れるその時を、息を潜めて待つ。
数分後、マップを頼りに現れたチームは予想外の光に驚き、松原の予想通り急に足を止め、マップだけを頼りに本物の光を探してさまよい始めた。
ばらばらに配置された十七室のメンバーを見て、撤退を選んだと勘違いした彼らは、迷うことなく一つの点を五人で囲おうとする。
そして、マップを閉じて電子刃を起動し、徐々にその輪を縮めて多勢に無勢で追い込んでいく。一歩、また一歩とにじり寄り、この木の裏にいるはずの敵に一斉に襲い掛かる。
しかし、作戦通りに動いたはずのその男は、気合十分に吠えて飛び出したにも関わらず、誰もいないその空間を見て唖然とした。
目標どころか、同時に襲い掛かるはずだった仲間の姿すらない。間違えたのかと思い辺りをきょろきょろと見渡すが、つい先ほどまで隣の木の陰に隠れていた仲間の姿も視界には入らない。
「はい、お疲れ様」
声を上げる暇もなく視界がぐらりと揺れ、視界を濡れた地面が覆い隠す。体の自由が利かない。
敗北を悟るまでにかなりの時間を有し、消えるその瞬間まで、その男は自分がなにをされたのかを理解することが出来なかった。
「これで十点。ほかのみんなもうまくやってるのかな」
一チームをたった一人で壊滅させた新藤は、特に余韻に浸るわけでもなく、自分が斬った相手をただの数字としてしか見ていなかった。
クナイの仄かな光とは違う、妖しい紫色の光が煌めき、赤い光の残滓が森のあちこちから湧き上がっている。
この時点で、十チーム中五チームが第一試験から姿を消していた。




