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緊張 Ⅱ

 バスの中は三人掛けの席が左右に並んでいて、四人並んで席に着くことが出来ず、仕方なく天音と雀、詩恵と徹が前後に分かれて座ることになった。

 後ろに座った詩恵と徹も落ち着きを取り戻し、今は何事もなかったかのように普通に接している。

「もう大丈夫そうだな」

「あんたらがこんなに落ち着いてるのに、自分だけ騒いでるのも馬鹿らしくなってきちゃった」

「私も、ただ弱気になってただけだから、戦いが始まればなんの問題もないよ」

 弱気とは言っているが、彼女らのその精神の強さも一般的に見れば相当に評価されるものだと思う。

 感情を実践と区別できるということが、それだけで十分な武器になりえるだろう。

「おはよう、城野、霧崎ちゃんも元気そうでなによりだ」

 十分に士気の高まったところでタイミングを見計らったように、聞き覚えのある男の声が横から聞こえてくる。

 常に何かを探っているような鋭い目が特徴的な光剣使いがそこに立っていた。

「新藤か……クラスが違うのに、どうやって紛れこんだんだ」

「こっちのバスの方が人数少ないって聞いたからさ、仕方なく俺が移ってあげることにしたんだ」

 偶然を装っているが、仕方なくという割には僥倖と捉えているかのような喜びの感情が彼の目には宿っていた。

「そうか。いいんじゃないか。別に誰かが座る予定もない。徹たちも構わないよな」

「ああ、ケジメは付けたからな」

「手段は択ばないけれど、その後の処理までしっかりとするというのが俺のモットーだからね」

「そればかりは、お前を尊敬するよ」

 天音の隣、通路側の席に新藤は腰を下ろすと、とぼけるように笑った。


 ちなみに、詩恵と徹の怒りを新藤がどうやって鎮めたかというと、それは『一発殴らせろ』的なものだった。

 雀は模擬戦の最後に新藤にとどめを刺した時点で彼のことを許したようだったが、あとの二人は途中退場し、新藤の顔を見ることすらなく戦闘は終了してしまった。

 天音たちの戦闘は四組の黒尾と椎名たちと並んで待機場で観戦していたらしいが、それで積もり積もった鬱憤が晴れるはずもなく、後日ケジメとして試合が再び組まれることになった。

 しかし、この話を持ち掛けたのは詩恵たちの方ではなく、ことの発端である新藤自身だった。

 試合の内容もあまりにも滑稽で、新藤は電子刃すら持たない状態で攻撃も一切しないと断言している。あまりの態度の変貌に詩恵たちも、戦闘不能したら即復元の不死身の世界で一方的に無抵抗の人間を殴ることは出来なかった。

 そこで、お互いの妥協点として、全力で一撃を食らわせるということで話がついたらしい。

 徹が振り抜き、詩恵が撃ち抜き、黒尾が切り裂き、そして椎名がもう一度撃ち抜く。状況を理解していなければ止めに入ってしまいそうなほどの処刑のような光景は、さすがの天音も顔を歪めた。

 なにせ、その罰を受けている本人が笑っているのだから。

「いや、あの時はさすがの仮想体でも死ぬかと思ったね。まさか、あの二人まで参戦するなんて」

「だがそれも、織り込み済みだったんだろ?」

「まあ、それなりに怒るとは思ってたかな」

 手段を択ばないとはよく言ったもので四組の中から俺たち四人に対抗する戦力を見繕うために新藤は黒尾と椎名に声をかけた。

 しかし、その勧誘の仕方が悪質で、黒尾には椎名が参加すると言っているから。椎名には黒尾が参加すると言っているから、とお互いを放っておけない二人に嘘を付いて参加させたらしい。

 黒尾の窮地に椎名が参戦したことで二人とも戦闘不能になり、待機場で落ち着いて話し合った結果それはばれてしまったらしい。

 当然報復といきり立つ黒尾に、新藤は詩恵たちに出したのと同じ話を持ち掛けた。

「そのおかげで、あと腐れなくあの二人とも仲良くできているわけだから、俺としては万々歳だよ」

 さすが、天音の肉体と精神への過剰な攻撃を耐え抜いただけのことはある。

 いや、もしかすると、あれのせいで鍛えられてしまったのだろうか。

 もう二度とあの黒い人格が出ないように気を付けるが、極限まで追い詰められないとこいつには勝てないのかもしれないと、隣でのんきな顔をしている男に対し少し恐怖を感じる。

 あれ以来、天音はまだ新藤と本気で試合をしてはいないが、次戦う時は軍配がどちらに上がるかは分かったものではない。

「安心しなよ。さすがに現実世界でまで寝首を掻くなんて物騒なことは考えてないから。そっちの子みたく、寝てたらどうだい?」

 そっちの子と指差された方向を見てみると、そこには先ほどまで緊張していると手を震えさせていた雀が静かに寝息を立てていた。

「大物だね。みんな緊張して騒がしいのに、この状況で眠れるなんて」

「昔からこういうやつだ。人の心配なんてお構いなしに、いつの間にか寝息を立てている。こういうやつなんだ」

 天音は雀の頭に手を乗せると、艶やかな髪を指でそっと撫でた。

 それでも目を覚ますことはなく、大人しく頭を撫でられている。小動物を思わせるような愛らしさに自然と表情が柔らかくなる。

「仮想体になるとあんな怖い顔になる城野が、こんな顔をするなんてね」

「俺はそんな顔をしているつもりはないが……怖い顔をしているのか?」

「あの時は無自覚だったのかもしれないけれど、最初からずっと無表情で怖いイメージはあったね。おかげでどうやって煽るか判断を間違えたよ」

「それは災難だったな」

 昨日の敵は今日の友とまではいかないが、理由がなければ争う必要はどこにもない。彼がここの席についた理由はなにかしらを企んでのことだろうが、再び煽り作戦を使うような真似をしても効果がないことは彼もよく理解していることだろう。


「起きろ、雀。もう会場に到着したぞ」

「うー……ん?」

 約三十分の移動時間のすべてを睡眠に費やした彼女は、目に入る光にまだ順応できずにいる。

 ほかの生徒たちが通路を埋め尽くし、降りられるようになるまでもう少し猶予はあるが、彼女の覚醒にはもう少し時間がかかりそうだ。

「雀ったら余裕ね」

「頼りになるな」

「早く起きないと、可愛らしいその顔をみんなに見せることになってしまうよ?」

「可愛らしい顔……?」

 雀は寝ぼけながらに、彼らのにやけた表情から自分がなにかをされていることに気づいた。

 天音が差し出した鏡を手に取り、何事かが起こっている自分の姿を恐る恐る覗いてみる。

 そこには大きな黒くて丸い耳と鼻、左右三本ずつのひげが生え、まるで世界的に有名なあのネズミのキャラクターのような姿が映っていた。

3Dペンで描かれたそのパーツは雀が顔を動かしても、本当に生えているようにくっついている。

「もうー!なによこれー!」

 怒ってはいるが、まったく威圧感のない怒声に、ついにこらえきれなくなった詩恵が声を上げて笑った。


 リセットボタン一つで消すことのできる3Dペンではあるが、落書きをされたという事実に雀はご立腹だった。

「ごめんって。あんまり気持ちよさそうに眠ってたからつい」

 首謀者である詩恵が小さく頭を下げるが、雀の怒りはまだ収まらないようだ。

「今度アイス奢るから許してって」

「え、本当?」

 思ったよりも安上がりな雀の怒りは、アイス一つで簡単に収まってしまった。

 あまりにも単純な雀に、話を持ち掛けた詩恵の方が驚いてしまっているが、何事もなく仲直り出来てなによりだ。

 所沢電脳研究所はまるでショッピングモールのように大きく、数百人の人間を収容するには十分すぎる施設だ。

 そもそも仮想世界を作り出すための機械があれば、ここまで広い施設を用意する必要はないと思うが、『ASS』の施設ならばそれも頷ける。


「城野」

 改まった様子で天音の前に立つ新藤からは、漏れ出すほどに闘志が迸っていた。

「なんだ」

「あの時言ったこと、覚えているよな」

 あの時、が指し示しているのはあの雨の日のことだろう。

「もちろんだ」

「そうか。それだけ確認できればそれでいい。それじゃ、またあとでな」

 四組の生徒の点呼が少し離れた場所から聞こえてくる。新藤はその場所に向かって歩き出した。


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