緊張
一週間、天音たち四人は放課後の時間を利用して訓練に励んだ。
各々が強みを十分に活かす方法を模索し、己の電子刃を時間の許す限り研いだ。もちろん、仮想体でのみ存在する電子刃を砥石に当てるわけではないが、確実に彼らの刃は鋭く研ぎ澄まされていった。
そして、瞬く間に一週間という時間は流れ、特記戦力相当試験の日を迎えた。
「あー、緊張する……」
この日、第二世代の電子刃を持った生徒たちは、相当試験の実施される県内の某所に配置された科学施設に向かう。
所沢電脳研究所。そこには咬園の生徒だけでなく、県内や隣県から第二世代の生徒たちが集められて試験が行われる予定になっている。
その中でも、もっとも電子刃保有率が高い咬園は、大型バス七台という大所帯で現地へと向かう。
生徒184名、引率の教師が八名、総勢192名。
実に学園の三分の一ほどの人数が、相当試験のために駆り出されるのだ。
教師を除き、周りは不安や緊張でみんな表情が強張っている。それは雀や詩恵たちも例外ではなく、自然と言葉数も減っている。
「大丈夫か?」
「ほら、お茶でも飲んで落ち着けよ」
しかし、この男子陣はというと、まるで緊張という言葉を字面だけでしか理解していないのではないかと思うほど落ち着いていた。
「なんでそんなに冷静でいられるわけ?」
「詩恵は思ったよりも繊細なんだな」
「なに、天音喧嘩売ってるわけ?しょうがないじゃない、昔から練習した分だけ緊張しちゃう質なんだから」
「なんでだ?練習したら自信がついて不安はなくなるだろう」
スポーツマンという言葉を具象化したような徹が素でそう答えると、詩恵は大きくため息をついた。
「……頭ではわかってるんだけど、身体が動かないのよ……。小さいころからこうなんだから仕方ないじゃない」
「仕方ないねぇ。ま、頭でわかってるならいいんじゃないか?」
「どうしてそうなるのよ」
「現実の身体と違って、仮想体は頭動かさないと戦えないだろう?なら、頭でわかってるだけで十分だ」
「……」
一見、暴論のようにも聞こえるあまりにも単純な理論ではあるが、案外その答えは的を射ていた。
脊髄反射のような経験頼りの動きは仮想体には反映されない。つまり、しっかりと思考していさえすれば、自然といつも通りの動きが出来る。体に染みついた経験を活かすことが出来ないデメリットはあるが、筋肉の緊張や弛緩すらも己の思考次第というのは見えないメリットだったりする。
それに詩恵も気づいたのか、先ほどまで震えていた手がその動きを止めた。
「あり……」
「大丈夫、詩恵の実力ならその辺の奴に負けるわけがないさ。期待してるぜ」
歯を見せて笑いかける徹の姿は、緊張していない天音の目から見ても安心感のあるもので、とても漢らしく見えた。
「……」
それを正面から受けてしまった詩恵は顔を真っ赤にし、口をパクパクとさせている。
「ん?やっぱりダメか?いつもはきゃっきゃと騒がしいのに、案外可愛いとこあるじゃねえか」
さらにダメ押しの一撃が加わり、ついに詩恵の頭は爆発した。
「う、うるさい!ばーか、徹のばーか」
「な、なんだよ……俺、なんか変なこと言ったか!?」
緊張と不安が無くなった代わりに、さらに克服が難しい言葉に出来ない感情が芽生えそうになった。
中学から一緒にいるはずなのに、今更どうしてこの男の一挙一動に反応しなければならないのか。
自覚することを拒否するように、逸る鼓動を物理的に押さえつけようと試みるが、それはだんだん大きくなるばかりでまったく納まる気配がなかった。
二人の微笑ましい会話をほんの少し離れて静観していた天音と雀。見ているこちらが恥ずかしくなるようなやり取りに、雀の緊張もほどよく解れたようだった。
「相変わらず、徹はかっこいいことばかり言うな」
格好つけているわけでもよく見られようとしているわけではなく、本心からそれを口にすることが出来る徹は、本当に尊敬できる存在だ。
他人を本心から讃えることが出来るというのはそれだけで才能といえる。
「確かに、徹といると自然と勇気づけられるよね」
特に徹は、人のモチベーションの維持が異常に上手い。見習わなければならないと思うが、やはり地でこれをこなす人間には遠く及ばないだろう。
「俺には出来ないことだ。徹のような隊長ならば、さぞ戦いやすいだろうな」
「そうね。でも、天音もそれは一緒だよ」
隣で微笑みかけてくれる雀は冗談でも気を使っているわけでもなさそうだが、自己評価として自分がそれが適任ではないことは自覚している。
「俺はダメだよ。どれだけ的確な指示が出来たとしても、俺の言うことを素直に聞いてくれる人はそう多くないはずだ」
「そうじゃないよ」
雀は首を横に振り、天音の自嘲を否定した。
「一緒にいる勇気が出る。それは天音も一緒だからね」
無邪気な笑顔を見せた雀。
「きゃ、どうしたの急に」
あまりに可愛らしい表情に、無意識のうちに彼女に手を乗せて撫でてしまう。
もはや癖になってしまった天音の行動だが、雀はそれにいちいち反応してしまう。しかし、抵抗や拒否するわけでもなく、されるがままに撫でられていることから、天音も調子に乗ってついやってしまうのだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいよ。徹のような気の利いたことは言えないが、俺も雀にはいつも感謝しているんだ。おそらく、雀がいなくなってしまったら、俺はなにも出来なくなってしまうから」
「……やっぱり、天音も大概鈍感だよ」
恥ずかしさで俯いた彼女の表情は天音の位置からは確認できなかった。
それは、ほんのり熱を帯びた乙女の顔であり、彼女はそれを見られないようにとさらに顔を下げた。
「あれが、城野天音さん……」
周りに目を向ける余裕がなかった四人は、彼らを観察する人影に気づくことはなかった。
その小さい影は人ごみのなかに紛れ、彼らに接触することはなかったが、天音の姿を見るその目は熱を帯び、幾ばくかの強い感情が籠っている。




