天音の本心 Ⅲ
再び、白い壁と灰色の床以外なにもない世界に降り立つと、そこには一足先に入った三宮の姿があった。
しかし、その手に握られている剣は、彼女の持つ、美しい白刃の片刃を備えた『正宗』ではなく、いつもは自分の手の中にある真っ黒でバランスの悪い刃を持った『S』だった。
自分の剣が他人の手の内にある感覚は違和感を禁じ得ないが、それでも三宮の言う言葉の意味を知ることが出来るのであれば、それは安い代償だった。
「うむ、見せるとは言ったものの、見えない剣をどう君に見せたらいいものか」
「俺を切り刻めばわかりやすいのでは?」
「それを自分から提案するとは……君はもしかしてマゾヒストなのか?」
仮想体の身体は現実の身体と比べて痛覚が鈍く腕を斬り飛ばされたとしても斬られたという感覚はあるものの、痛み自体はそれほど強くはない。
とはいえ、その不快感は耐え難いものであり、それを進んで身に受けたいと望むものはいない。
しかし、この第一模擬戦闘ルームには最低限の設備しか設置されておらず、他のルームにあるマトや試し切りようの仮想体などは使えない。
「まあ、いいや。どうせ大した攻撃は出ないだろうし。それじゃあ、そこに立っていてくれるか?」
天音は頷くと、剣を構えることもなく、言われた通りその場所に立っているだけの状態になった。
「城野は最長でどれくらいこの剣を伸ばすことが出来る」
「振ることもなく、ただ突き刺すだけならば三十メートル。振り回すのであれば十メートルがいい所、でしょうか」
「なるほど」
三宮は頷くと、十五メートルほど離れた位置に立ち、切っ先を天音に向けた。
「使い方は『スラスター』と似たような感じかな……」
剣に少しばかり力を入れ、三宮は天音の『見えない斬撃』を起動する。
電磁波を通常よりも鋭敏に察知することが出来る天音は、起動のタイミングも読むことが出来るが、おそらく三宮は今どれくらい刀身を伸ばせているのか、まだ図りかねている。
現に、切っ先はまだ天音の胸に届くことなく、手前一メートルほどで小刻みに震えている。これを天音は視覚ではなく聴覚で判断することが出来る。
「これで限界だな」
「え……」
彼女が限界と口にした瞬間に、伸びていた刀身が黒刃の剣に戻っていくのが分かった。
しかし、その限界と言った地点はまだ十メートルを少し超えた辺りで、突き刺すだけの簡単な動きならばもっと伸ばせるはずの長さだった。
「やはり届かなかったか。半分くらいなら伸ばせると思ったんだが、思ったよりも難しいな」
「……三宮先生。これはどういう」
使い方がわからなかったのかと一瞬疑ったが、たしかに刀身は途中まで伸びていた。
集中の状態にもよるが、動き回らずに剣の切っ先のみに集中することが出来る構えならばそれほど負荷はかからないはずだが……。
「真面目にやれと言いたいんだろう?残念だが、私は大真面目だよ」
「これは、どういうことでしょうか」
「ちなみに振ってみると……」
今度は鋭い斬撃で『S』を振って見せる。
しかし、動かない状態で出来ないものが大きな動作が必要な斬撃で繰り出せるはずもなく、刀身は二メートルほど伸びて空を切った。
もし、同一線上がしっかりと斬られていたとするならば、天音の首は今頃地面に転がっているはずだ。
「さて、これでどういうことか分かったかな?」
自分よりも圧倒的に計算力の高いはずの三宮が、使いこなすどころかまともに起動することも出来ない。
そんなことはないと、他の可能性を出そうとするが、どう考えてもその答えが出ることはなかった。
「まだわからないようなら、今度は君がやってみるといい」
三宮は天音の腰に帯びたままになっている自分の愛剣を指差すと、それを抜くように促した。
軽い。改めて武器として手に握ってみると、今まで重い剣を振っていた分その軽さが際立って感じられる。
理論通りにいくならば、この剣に力を込めれば斬撃が急加速して『スラスター』が発動するはずだ。
右足に力を込め、全力の跳躍で三宮に斬りかかる。しっかりと『スラスター』の速度を体現出来たならば、この程度の距離ならば一瞬で詰めることが出来るはずだ。
込めた力を解放し、一息に跳躍で距離を詰める。
五度足をついて力を込め、解放するを繰り返し、三宮に斬りかかる。
しかし、その剣はあっさりと自らの剣に止められてしまい、はじき返されてしまった。
「……」
「今の『スラスター』と呼べる代物ではないな。あまりに遅すぎる」
手を抜いたつもりはなかった。
いつも通りに力を込め、しっかりと目標を見据えて斬りかかった。
だが、その攻撃は簡単に防がれた。
状況の把握すらままならないこの状況で、どういう理由でこのような結果になったのかの構造など考える余裕はなく、天音は言葉が出なかった。
「わかりやすく狼狽えているな。いつもそれくらいわかりやすい表情をしてくれれば助かるんだが」
「……すみません。まだ状況がよくわからなくて」
「安心しろ。私は君の先生だ。ちゃんと順を追って説明してやるよ」
「そもそも、遠隔型と近接型の電子刃の構造そのものが違うことは気づいているかな?」
「構造、ですか」
「ああ、まず近距離型からだが、」
模擬戦闘ルームがマンツーマンの教室へと変わり、床に腰を下ろして三宮は座学を教えるときのような口調で話し始めた。
「近接型はすでに実体化した武器を直接相手に当てることでダメージを与えることが出来る。剣ならば刃を当てて引き、槌ならば思い切り殴る。単純な工程だけで攻撃は完結する」
「……」
「しかし、遠隔型はそうはいかない。ある程度距離を取って戦うことが出来る分、座標や軌道を明確にイメージする必要がある。弾丸ならば発射口から着弾地点までの計算。とにかく、仮想体で実行するには面倒な工程が多いわけだ」
「……しかし、それが、俺の電子刃を三宮先生が使えない理由にはならないのでは」
「答えを焦るな。まず、君の電子刃があまりにも異端で近接と遠隔、どちらの側面も持ちながら、遠隔型のなかでも特別複雑な工程を踏む必要がある」
天音の剣を再び構え、それを軽く振り『見えない斬撃』を繰り出して見せる。
「この剣、いや分類的には杖に当たるこの電子刃は本来、遠隔型の攻撃に特化しているべきだ。しかし、梶の調整ミスで直剣にカテゴライズされてしまったため、近接型の側面を併せ持ってしまった。その結果、それらが複雑に絡み、今の『見えない斬撃』の形に納まったわけだ……」
「どうかしましたか」
「……いや、なんでもない」
一つ咳払いをすると、改めて説明を再開した。
「ただでさえ、面倒な遠隔型にさらに剣を振るうという動作を加えたことで、その扱いの難しさは全電子刃のなかでもトップクラスに成り果てている。これが、私が『S』を使いこなせない理由だ」
つまり、一年かけてようやく天音がこの剣の使いに慣れたことで、この剣の性能をなんとか使うことが出来るようになったということだろうか。
それならば、段階的な発現にも納得がいき、彼女が『S』をまだ使えないこともわかる。
しかし、そうなると新たな疑問が浮かび上がる。
「それならば、俺が『スラスター』を使えない理由はどうなるのでしょう」
その理論で行けば、二つを同時に扱うことに慣れてしまった天音ならば、大抵の電子刃の力を発揮させられることになってしまう。
天音はつい先ほど、『スラスター』の発動に失敗したばかりだが、これはどう説明するのだろうか。
「それはそうだろう。そもそも性質が違うんだよ」
「性質……ですか」
「私がやっていることが五桁×五桁の計算だとすれば、君のは証明の問題のようなものだ。秀でているものが違う分、活かすことが出来る力にも差が生まれる」
たしかに、電子刃は一見ランダムなように見えて、その使い手の特色に合わせた適当なものが配られているように思える。
詩恵と徹の電子刃が逆だったならば、お互いあれほどの力を発揮することは出来なかったかもしれない。
「もう、理解したよね?」
三宮が『S』を天音に差し出すと薄く微笑んだ。
「つまり、俺だからこの電子刃を使えるのであって、誰でも使えるわけではない」
「正解。だから、君以上にこれを使いこなせる人間は存在しないんだよ」
『S』を手に取ると、足が再生したときのような安心感が身体を包み込んだ。
もはや、身体の一部のように感じ、仮想体であるにも関わらず仄かな温かみすら感じる。
「……三宮先生。もう一つお話いいですか」
「ああ、まだ時間はある。なんでも聞くといい」
「俺を……」
「俺を相当試験で落第するように取り計らってはくれませんか」




