天音の本心 Ⅱ
飾り気のない空間に鋼のぶつかり合う金属音が反響する。
一振りの直剣が宙を叩くと、なにもないはずの場所で火花を散らして弾かれる。不可視の剣も衝突するこの瞬間だけはその刀身を露わにする。
同じく空を斬っているようにしか見えない不可視の剣とのぶつかり合いの点は、天音の剣の切っ先から三尺ほど延長した場所。これが現時点で使える常駐の限界であり、実質的に剣としての性能には十分なリーチを得ている。
重く短いという直剣として扱うには致命的だった性能は改善されたといってもいいが、それでも三宮と渡り合うにはまだまだ足りない。
こうしてまともな立ち合いになっている分、いくらかましにはなったがそれでも三宮の圧倒的なまでの太刀の速さにギリギリの間合いを保つことが精いっぱいだった。
思考する暇もなく打ち込まなくては一瞬で必殺の間合いを取られる。
理解していても反応することの出来ない絶対領域に一歩足を踏み込めば、一刀のもとに切り伏せられてしまうだろう。
なにか勝利への糸口は……。
ほんの一瞬の思考の鈍化。剣以外に意識を向けたその機を三宮は見逃さず、斬撃をくぐって前へと出る。
しかし、それを予期していなかったわけではなく、その間合いに踏み込まれる直前に切り札の一つを切った。
常駐していた刀身を解放し、太い刀身を分割して触手のように扱う。
これは新藤の四肢を破壊した四つの斬撃の同時攻撃。有効距離が圧倒的に短く、タイミングがかなりシビアになってくるが、それをクリアすれば瞬間の火力は他の攻撃から群を抜いて高い。
これを初見で見破ることは不可能だと断言できるほどに、客観的に見てもこの技は強力だと言える。
しかし、それは例外ともいえる三宮を除いての話だ。
踏み込んだ瞬間に見えた彼女の微笑み。
それは、すでに手が読まれていることを察知させた。
それでも、彼女に届き得る可能性のなかでもっとも高い手段を選んだ。たとえ、修正が間に合ったとしても天音にはこの手段以外には選ぶ余地はなかった。
襲い来る四本の刃。同時に飛来するそれらは彼女の目には映っていない。
不可視の剣は使用者である天音の目にすら映ることはなく、電子刃を握る感覚だけが天音にその存在を示している。
「引け、正宗」
捕らえたと勘違いするほど、すでに天音の剣は三宮の首元に迫っていた。
しかし、まるで消滅したようにも見える瞬間的な加速で三宮の姿が掻き消える。
直後、視界が傾き、両足と地面の感覚が消失する。倒れないようにどれだけ足に力を入れてもそのバランスを取り戻すことは出来ず、重力に引かれるままに天音は床に倒れ込んだ。
膝からしたが切り落とされ、戦闘の続行が不可能になった天音の敗北は決定した。
「二度目は通じない。わかってはいても一度通用した技への信用は高くなってしまうな」
三宮が一歩前に出てからこれまでに、時間にして一秒にも達していない。
思考が追い付いていないわけではなかった。冷静に判断も出来ていたつもりでいたし、最善の策を講じたはずだったが、それでも彼女の首を取るにはまだ、圧倒的に地力が足りない。
『仮想体、復元します』
天音の仮想体も戦闘の決着と判断し、自動的に傷が復元されていく。
仮想体とはいえ、自分の身体の一部が床に転がっている様子は見ていて面白いものではない。切り落とされた足の消滅と、再生が同時進行で行われ、ようやく天音は元の状態を取り戻すことが出来る。
「一度目は盛大に食らってしまったからな。師として、私も成長しなければ君のような変わり者の面倒は見切れない」
「ありがとうございます。『スラスター』はやはり、一朝一夕で破れるような代物ではありませんね」
「当然だ。世代が一つ違う分、君よりも私の方が場数を踏んでいる。そう簡単に負けるわけにはいかないよ」
そのあと、三度立ち合いを繰り返したが、そのどれも三宮に致命的なダメージを与えることは出来なかった。
彼女が容赦なく『スラスター』を戦術に織り交ぜるようになってからというもの、天音の剣が彼女に触れることすらなくなり、改めて実力の差を実感させられる。
現実の身体に戻り、三宮と肩を並べて椅子に腰を下ろした天音は、彼女が用意していたコーヒーを飲みながら今日の立ち合いの反省をしていた。
「思っていたよりも、君は負けず嫌いなようだな」
「いいえ、そう簡単に勝てるなんて思いあがってはいませんよ。ただ、少しずつでもこの剣が三宮先生に近づけなければ、俺の本懐を遂げるには足りません」
天音の望みは、あの夏の日から少しもぶれてはいない。
雀を傷つけたあの女の仮面を剥ぎ取る。それを達するためには特記戦力相当の力は絶対条件だ。
その指標の一つとして、三宮女史に勝利することは必要な条件の一つになるだろう。
しかし、今までの戦歴は敗北の数がそろそろ三桁に到達するというのに勝利はまだ一度もなく、そのほとんどが言い訳もできないほどの完敗だ。
もう時間はない。
新たに使えるようになった力は十分に発揮出来ているはずだが、それでも彼女には届かない。
いくら観察に徹底していたとしても、意表を突いた一撃が刹那的な反応に劣るのだから、まだまだその道のりが長いのは口にするまでもないだろう。
「……安心しろ。『スラスター』を使わなければ太刀打ちできない程度に君は成長している。君の急成長には私も驚かされている」
「自分が成長していないと思っているわけではありません。おそらくですが、藻是さんとイムにもこの技は通用するでしょう」
「藻是どころか、一条や二葉にでも早々避けられることはないだろうな」
「それでも、何度か見れば実力のある使い手ならばすぐに見切ってしまうでしょう。まだ、俺の剣は俺の地力に繋がっていないんです」
つまるところ、初見でなければ対策が難しくない簡単な構造になってしまうのだ。
三宮や新藤のような、わかっていても対応が難しい単純だが強力な力。そんな力にするためには、天音がこの剣の力に気づくのが遅すぎたのだ。
「俺はまだ、『S』の力に胡坐をかいているに過ぎない。これならば、誰がこの電子刃を手にしても似たような力が出せるはず」
「……」
「……どうかしましたか」
急に黙ってしまった三宮は深いため息を一つつくと呆れたように口を開いた。
「謙虚を超えてこれはもはや嫌味だな」
彼女の言葉にどういう意味があるのか、天音には理解が出来なかった。天音の言葉に一切の謙遜も虚偽もなく、ただの本心を伝えたつもりだった。
しかし、彼女はそう捉えなかったらしく頭を抱えている。
「君は、自分の得手不得手はしっかりと理解していると言っているが、その基準が少し高過ぎはしないかい?君ほど正確で並行した計算力を持った人間は存在しないよ」
「それはどういう……」
「まだ、わからないのか……なら、その目でしっかりと見るといい。城野、君の電子刃を少し貸してはくれないか」
「電子刃を……ですか?」
まだ疑問符の取れない状況ではあったが、見ればわかるという三宮の言葉に、言われるがまま電子刃のデータを三宮に送ってしまった。
再びヘッドギアを手に取ると、それを彼女は取り付けてベッドに横たわった。
「使用している本人にだけ見えないものをしっかりと確認してくれ」
仮想世界に没入していく三宮の姿を見届けると、天音はまだ状況を飲み込めずにいるものの、その答えをこの目で見るべく、ヘッドギアに手を伸ばした。




