天音の本心
ホームルームの時間帯ということもあり、千学園長の話はあまり長引くことはなくお開きになった。
特記戦力相当試験まではあと一週間の猶予しかない。
準備期間しても短い期間ではあるが、本気で特記戦力の選抜を目指すのであればさらに焦りを禁じ得ない状況になるだろう。
「んんー、なんだかおもしろそうなことになってきたわね」
詩恵はこの状況を楽しんでいるようで、歯をみせて笑っている。
「たしかに、わかりやすい目標があるのはありがたい。ほかの学校のやつらと競い合うってシステムもなかなかに燃えるぜ」
もともとスポーツマンである徹も、怖気づくどころか俄然やる気を出し、詩恵と同じく選抜に挑む気概は十分のようだ。
「二人とも、ショックじゃなかったのか?」
「ショック?前哨戦のこと?」
天音は先に三宮から聞かされていて、今回においてはあまりショックはなかった。
しかし、講堂内での生徒たちの反応を見ているとやはり、公開しなくて正解だったと言える。
学園長の口から正式に公開されてもなおあれだけの混乱を生んだのだ。噂として広まっていれば一般の生徒たちにまで混乱は広がっていたことだろう。
彼らも例外というわけではない。
彼らの中にも、今のトップを越えなければ勝利はないという重圧がのしかかっているはずだ。
しかし、彼らの口から返ってきたのは思いもよらぬ言葉だった。
「むしろよかったんじゃないか。勝って兜の緒を締めよって言葉があるくらいだ。勝利ってのは人を酔わせる」
「それに、先生たちが勝ってようが負けてようが、相当試験には関係のないことじゃない。私たちは、ただ強くなればいいって話でしょう」
相変わらず徹の冷静でどっしりとした構え方には、横綱のような貫禄さえも見受けられる。
しかし、徹はともかく、詩恵の言葉は意外だった。
もともと新藤のような戦闘狂の気が彼女にはあったが、それを含めても彼女は冷静に判断出来ていた。
悲観している暇はない。自分たちが出来ることに、ただひたすらに勤めることが重要だ
そんな単純なことではあるが、こんな早くにその結論に達するのは並大抵の精神力では成しえないことだろう。
「私も、」
天音の隣を歩いていた雀も声を上げた。
「私も、出来る限りのことはやりたいと思う」
雀の握る拳はかすかに震えているが、彼女の声に震えはなく不安はあるが迷いはない。
雀も雀なりに覚悟を決めたということだろう。
「天音はああなることがわかっていたから教えたくなかったんだよね。でも、私は大丈夫。私も一緒に戦えるからね」
まっすぐに向けられた雀の目から逃れるようにして天音は視線を目に向けた。
しかし、誰もいないと思って向けた視線の先には、この状況でもっとも顔を合わせたくない相手がそこには立っていた。
「人のことばかりじゃなくて、君はどうなんだよ」
「新藤……」
逃がした目線の先にいたのは、つい先日、模擬戦で剣を交えた相手。
切れ長の目が特徴的で、常に何かを企んでいるような含みのある笑い方をする。しかし、剣の腕は確かであり、天音の知る近接武器使いの中でもかなりの使い手であることは間違いない。
天音が現在、迫害にも似た境遇に置かれている理由が、Bランクである彼を打ち破ったことであり、言い方を変えれば諸悪の根源という言い方もできる。
「城野、君が相当試験に参加しないなんてありえないよ?」
「参加はあの場ですでに決定している。意思の有無はともかく参加しないわけにはいかないだろう」
「ほらやっぱり。つまりは選抜されるために頑張ろうっていう気はないわけだろう?」
「……」
どこから話を聞いていたのかはわからないが、少なくとも消極的な反応を見せたつもりはなかった。
しかし、すぐに反論をしない天音を見て、新藤はそれを確信に変えたようだった。
さすが、野天音をもっとも正しく評価していると自称するだけのことはある。
「どういうこと。天音は特記戦力に選ばれたくないってこと?」
天音の本心に対し疑問を抱いたのはもちろん新藤だけではなく、詩恵や徹、雀も怪訝な表情で天音の顔を窺っている。
「俺が選抜されるかどうかは、俺が決めることではない。俺はただ自分が選ばれるなんて思っていないだけだ。それ以上の意味はない」
「彼女たちは頑張ろうって言ってるのに?」
「適正の話だ。俺のような規格外の電子刃は遊撃でこそ力を発揮する。部隊の指揮ともなれば、強力で突飛な力よりも堅実で安全第一の力が評価されるはずだ。新藤もそれは理解しているだろう」
「……なるほどねぇ」
一応、納得のできる内容だと判断したのか新藤は軽く目を伏せた。
「それでも、頑張ればどうなるかはわからないじゃない」
まだ納得のいかないといった態度を示す詩恵。彼女の性格上、机上の空論は鼻に着くのだろう。
「もちろん手を抜くわけじゃない。やるからには俺だって全力で臨む。それでも、自分の評価は誰でもない自分自身が正しく評価できるべきだ」
「……なんだか、精神年齢が私たちと同い年とは思えない発言だよね」
「そうか?」
とぼけてはみたものの、詩恵の反応はいまだに快くはなく、天音が理論で無理やり飲み込ませる形で決着した。
徹と雀も天音の発言には多少異議はありそうだったが、それを言葉にして発することはしなかった。
「……まあいいや。とにかく、相当試験では模擬戦もあるらしいから、もし戦うことになったら手は抜かないでくれよ」
「そんなことはしない。今度は容赦なくとどめを刺してやるよ」
「それはどうも」
新藤は用件は済んだとばかりに手をひらりと振ると、天音たちの前から去っていった。
あの模擬戦以降、接触がなかったわけではなく、何度も再選を申し込まれたり電子刃の性能を聞き出そうとしたりと顔を見るたびに話しかけてきていた新藤。
最悪だった印象はいくらかまともにはなったものの、やはり仲良くできる人種だとは思わない。
天音と同等の観察眼をもつ彼は天音にとって、現実世界での天敵とも呼べる存在だ。
下手をすると厄介なことになりかねない。
屋根を打つ雨音は一層激しくなり、会話する声も耳を澄まさなければ聞こえないような状態だ。
しかし、この轟音のおかげでこれ以上の詮索を受けることがなかったのは、天音にとって僥倖としか言えない。




