千繁国という男
壇上に立った校長を目にして、一瞬だけどよめきが生じたが、それは本当に一瞬のことだった。まるで、この場にいる全員が蛇に睨まれたように身動きを止め、静寂が生まれる。
「ここに集まってもらったのは、現時点で電子刃の所持を許された、本校きっての使い手であり、これから始まる電脳戦争での重要な存在たちばかりだ。君たちは他の生徒たちよりも能力面で優れている。これは現時点では違わぬ事実だ」
校長兼理事長の老人は、威圧感のある低い声でこの場にいる生徒たちに称賛の言葉を贈った。
もちろんここで喜びに咽ぶような人間はいないが、彼の口から直接お褒めの言葉をいただけるということには、それなりの意味があった。
「咬園は現在、『ASS』における中心的な存在となっていることは君たちの耳にも届いていることだろう。肩書ばかりが増えて落ち着きはしないが、この私もその一角を担うものとして、兵となる君たちにはできるだけねぎらいの言葉を贈りたいと思っている」
千家当主である、千繁国に与えられている肩書は、咬園学園校長兼理事長、公益財団法人『方舟』代表理事、そして、反人工知能国家『ASS』副団長。
公に明かされているのはこの程度だが、彼の言動から察するにもっと国の根幹に当たる部分に関わっていたとしても驚きはしない。
「先のランク戦もその一環ではあるが、これは校内における序列を簡素に表したものに過ぎず、これから話す本題の前段階と言っていいだろう。つまりは、ランク戦のランク付けなど咬園の敷地から一歩でも外に出た瞬間からなんの効力も持たないということだ」
ひと呼吸おき、数秒の静寂が講堂内に広がる。
彼自身が作り出したランク付けのシステムを否定してしまった。
この場にはAからFまでのすべてのランク帯が集結していたが、千校長が発した立った人との言葉だけで、それらすべてが消えたことになる。
「さあ、これでFだからなどとくだらない言い訳は効かなくなったわけだ。私は今後、君たちを全員同列視するつもりでいる。それを踏まえて本題に入らせてもらおう」
言葉だけでここまで他人を屈服させられる人間は果たして、この世にどれだけ存在するのだろうか。
威圧。
賢人とは言え、すでに六十年は生きたであろう老年に対しこれほどまでに鮮烈な畏怖の感情を覚えるとは、
特に天音に対して高圧的な態度を取っていた半端者たちには、千校長の言葉は重くのしかかる。
彼らにも自尊心や格下に負けたと認めたくないといった感情が少なからずある。しかし、それを今この場で口にできるほど、肝の据わった人間はいなかったようだ。
もとより、格下など存在しない天音からすれば、自分よりも上のランクの人間の態度次第だったため、千校長の目的は彼らの意思を押さえつけるという形で達せられた。
「異論のあるものはいないようだね。それでは、本題に入るとしよう」
千校長が職員に対して合図を送ると、ステージ上に設置されたスクリーンに文字が映し出された。
ゴシック体の黒文字で映し出された文字は、
「特記戦力相当試験。これについて、君たちには少し説明をしようと思う」
千校長に支配された空間において、口を開くものは誰もいない。
それだけでも刺殺できるほど鋭い眼光が生徒たちの端から端を見渡し、彼らの表情を窺っている。
「まず、特記戦力という言葉についてはある程度認知されていると考えているが、ここはあえて説明しよう。特記戦力とは、来る戦において他の兵よりも圧倒的に戦力に長け、なおかつ、敵にも対策が組まれることが予想されるであろう、文字通り特筆すべき人材たちのことだ。例えば、いまそこに座っている一条、二葉、三宮、そして私はすでに、国の特記戦力に選出されている」
名前を挙げられた三宮が頭を下げる。しかし、あとの二人はというと、一条が辛うじて礼とも見えない姿勢を取ったが、二葉はおでこに手を当てて敬礼をするという、なんとも命知らずな行動を取った。
それを気にも留める様子もなく、千校長の話は続く。
「現在、特記戦力の数は全国のすべての学校、企業を合わせてようやく三十人。これでは、ほとんど全員が一騎当千の猛者である『TBF』には太刀打ちできない。先の前哨戦の勝敗については、まだ政府とそのメンバーにしか明かされていない。だが、ここであえて公表するとする」
天音以外のすべての生徒たちが息を呑み、校長の言葉に全神経を尖らせる。生徒どころか教師陣にもこの情報はほとんど回っていなかったようで、名前の挙がった三人以外の教師も千校長に熱い視線を注いでいる。
「前哨戦における戦況は、一時優位を取るも、結果としては惨敗。敵の数は『ASS』の三分の一である十体であるにも関わらず、我らは大敗を喫した」
しかし、その言葉は彼らが期待しているものには程遠く、彼らから羨望と期待と共に、血の気が引いていくのが見て取れた。
「君たちが師と仰ぐ彼らが束になっても勝負にならなかった。これは、前哨戦とはいえこのまま無策本戦へと望めば、結果は目に見えている」
咬園において三傑と恐れられる彼らは、人類の希望とも呼べる人材だった。
まぐれで攻撃がかすることはあっても、決して深手にはならず二度目は絶対にない。
だからこそ、ほとんど反則のような力を使いこなす彼らがいれば人類が生み出した人工知能なんぞに負けるはずがない。
本心ではそう思っていた。
天音もこの話を初めて聞いたときは耳を疑った。
どれだけ観察し、行動を読んだ気になっていても、三宮の攻撃を見切ることは出来なかった。どれだけ速く反応したところで、意識を超える超速度で切り捨てられてしまう。
あまりにも単純な力ではあるが、だからこそ小手先の技術程度では歯が立たない。
天音は、『見えない斬撃』を習得したときに一度確実に首を取れると判断し満を持してその一撃を放った。たしかに、その一撃は三宮の腹を抉り、戦闘の続行不能になるほどの痛手を負わせることが出来た。
しかし、それでも一撃で戦闘不能にすることは出来なかった。
それ以来、一度も『見えない斬撃』は三宮に届くことはなく、間合いから出ることもなく簡単に切り伏せられてしまう。
あとの二人も試合をしたことはないが、彼女と同等の力を持っていることだけは確かだ。
それほどのレベルに達した人間が三十人、そのうえ相手は少数という状況での敗北は、後衛である天音たちにも精神的な負荷を負わせることになった。
「動揺しているようだな。当然だ。現時点でのトップでこのざまでは、人工知能にこの国を乗っ取られるのも時間の問題だろう」
「……」
「彼らの力を以てしてもこの有様だ。今の君たちでは埃を払うようにあっさりと蹴散らされてしまうだろう」
さらに重圧をかける千校長の言葉に俯いてしまう生徒もいた。
すでに心が折れてしまったのかもしれない。
現実を突きつけられ、これではもうどうすることも出来ないと思わせようとしているようにも見える。
しかし、天音にはこの言葉が諦めることを提案しているようには聞こえなかった。
まるで、生き残りたくば、自分の力で足掻いて見せろ、と煽り立てているように聞こえてくるのだ。
……諦めるなんて、そんなことは今までもこれからも考えることではない。




