二葉
教室に入るとクラスメイト達の熱烈な視線を一身に集めることになった。
彼らの目はそれぞれの感情で入り乱れており、そのすべてが好意的な目ではないことはもはや見るまでもなく分かった。
もちろん、中には他人であるはずの天音に対し、羨望にも似た目を向けてくれる生徒もいるにはいるが、電子刃持ちの生徒たちの中に好意的な態度を示すものはほとんどいない。
赤の他人ならまだしも、今後も関わることが多いであろうクラスメイトに、明確に敵意を示されるのは、天音には少なくないダメージがあった。
「おはよう。天音、雀」
そんな不穏な空気を打ち破るように、いつもと変わらぬ明るい詩恵が二人の前に現れた。
さらに、後ろから現れた大柄の徹によって、クラスメイト達からの視線は清濁併せ隠した。
「おはよう。詩恵、徹も」
しかし、彼らの変わらない反応に救われた。
隣に立つ雀は精神的に特別弱いわけではないが、感情的になるとすぐに涙が零れてしまう。
そうなってしまえば、再び天音は黒い感情に呑まれかねない。
いまだ飼いならすことのできていない恐ろしい人格は、まだいなくなったわけではない。
ちょっとのことでは顔を出すことはないだろうが、それでも、理不尽な理由で再び雀が傷つけられれば再び現れる可能性はある。
そもそも、あのすべてをそぎ落としたような集中力を以てしてようやく発揮できる力であり、普段の天音にはそこまで突出した力はないのだから、彼らの敵意は意味がないと言えるだろう。
初見の相手では、まだ『見えない斬撃』を振り回す程度の対策しか出来ていない天音は、手の内の明かされていない相手には後れを取ってしまう。
それでも、以前よりはまともに戦えるようになったとは思うが、ここまで警戒されるほどではないと謙遜ではなく事実として語ることが出来る。
「なんだか、有名人だな、天音」
「どうして個人的な模擬戦闘がここまで知れ渡っているのかな?」
「なんでも二葉先生が言いふらしてたみたいよ。自分の生徒たちにも比較するようなこと言っちゃって、刺激されたんだろうね」
二葉先生か……。
教師としての評価はあまりいい方では聞かないが、個人での戦闘能力という点においては三宮と肩を並べる。
特に肩書にこだわっている様子はないが、同じく特記戦力の一条、三宮と席を同じにすることも多く、彼ら三人は咬園の三傑として同列視されている。
「でも、あの人ならやりそうだよね」
「うん、笑いながら『Fランクの天音くんにできてどうしてあなたたちは出来ないのかな』とか平気で言いそうだし」
軽率な行動が目立つ彼女の評価はイメージとかけ離れ、普段の彼女は身勝手なものいいと、悪意のない罵倒が印象的だ。
残念なことに、彼女は本音と建前の使いわけを知らないので、彼女に認められれば伸び、批判されれば地まで落ちてしまうこともしばしばだ。
「まあ、彼女に不満を言ったところでなにも好転はしないだろう。むしろ、最悪の場合は彼女と一戦交えなくてはならない可能性まで出てくる」
二葉の戦闘狂は新藤以上だ。
彼女の選ぶ生徒の基準は純粋な戦闘力のみ。
特に正統派な攻撃を得意とする生徒たちを、まるで食い物のように使い捨てにしていく。
といっても、力の差を見せつけられた生徒たちの方から去っていくので、彼女にはそんな意思はないのかもしれないが。
「一条先生も褒めてくれたよ。今まであんな風に言ってくれたことなかったから嬉しかった」
「意外だな。一条先生だけはそれほど興味を示しているようには見えなかったんだが」
「天音と一緒で感情が読み取りにくいからね。その点、私は天音で慣れているから、一条先生の反応にもすぐ気づくんだよ」
にこにこと微笑んでいる雀だが、今の一言で二人の人間を罵倒したことには気が付いていないようだ。
たしかに、一条先生はあまり感情を顔に出さない人だが、俺はそこまででは……。
徹と詩恵に賛同を求めるべく、彼らに目を向ける。しかし、彼らはまるで示し合わせたかのようにお互いにそっぽを向き、天音の視線を回避した。
「どうしたの、天音。落ち込んでるの?」
「なんでもない。少し自分の表情筋に自信がなくなっただけだ」
しかし、この状況においても彼の表情は多少眉が傾いただけに過ぎず、やはり雀以外は彼の感情を読み取ることは出来なかった。
「それより、今日のホームルーム、電子刃持ちは講堂に集合らしいぜ」
「講堂に?どうしてだ」
「理由はまだ聞いてないが、相当試験がどうとか」
「相当試験?」
聞きなれない単語にオウム返しをしてしまう。
だが、その単語について詳しくないのは自分だけではないらしく、他の三人もなにが待っているのかはわからない様子だった。
「そろそろ時間だし、行けばわかるんじゃない?」
「それもそうだな」
天音たち四人は講堂へと向かった。正直、電子刃持ちしかいない空間というのは苦行にも近かったが、あまり過敏に反応するのも彼らとの軋轢を一層強めるだけだ。
講堂内にはすでにほとんどの生徒たちが集合し、各々の席に着いて時間潰しに励んでいた。談笑するもの、読書をするもの、タブレット端末でゲームをしているものなど様々だったが、教室の時と同様に天音たちに好意的な目を向けるものたちはほとんどいなかった。
「お、現れたね、城野くん」
「おはようございます。二葉先生」
ちょうど入り口付近にいた二葉と鉢合わせしてしまった。状況が状況なだけに彼女とここで親しく話をするのはまずい。噂の信憑性が上がってしまい、なお一層彼らの目が厳しくなるだけだ。
軽く会釈をし、挨拶を済ませると天音はさっさと自分の席の方へと向かっていった。
「あれ、そっけないね。まだもう少し時間があるんだからお話しようよ」
しかし、天音は二葉に呼び止められ、観衆もあるなか二葉と話をすることになってしまった。
「天音、それじゃ俺たちは先に席に着いてるぞ」
「わかった。俺も後から行く」
精いっぱい気を使ってくれたのだろうか。
三人はもっとも天音が着きやすい席を確保すると、通路側を空けて席に着いた。
「この間の模擬戦は見事だったね。思わず私も見入ってしまったよ」
「ありがとうございます。二葉先生のような方にお褒めの言葉をいただけるとは光栄です」
「堅苦しいなぁ。別に私は君に指導したこともないんだから、普通に接してくれて構わないんだけど」
「これが教師と生徒の普通の関係なのでは」
「ん?ああ、確かに」
間の抜けた声を上げると、一応自分の方が目上に当たるということは自覚してくれたらしい。
彼女は三宮のように才色兼備というほど多方面において優れているわけではない。
ただ、戦力としては一級品。
三宮が研ぎ澄まされた太刀だとすれば、二葉は一点集中の大剣といったところだろうか。
「電子刃の機能が優れていた。ただそれだけのことですよ。汎用型ならこうはいきません」
「だが、汎用型ならFランクになることもなかった。そうじゃないかな?」
「……」
「梶ちゃんに聞いたよ。ついこの間まで、『S』を手放すつもりだったらしいじゃないか。それも含めて運がよかったで済ませるつもり」
まるで見透かしたかのような獣のような視線。
彼女は思考力という面では三宮に後れを取るが、鋭さという第六感のような力が彼女には備わっている。
あまり長く話していると、心まで透過されてしまいそうだ。
「すべて運ですよ。この世の中にあることの決定打はすべて運です」
「つまり、それに至る構造がどうであったにしろ、君はそれを否定し、自分の実力も努力もなんの意味もなしていない。そう言いたいのかな」
「……」
舐るような彼女の目に睨まれ、天音は身を強張らせた。
これ以上嘯いていると喉元に食いつかれるような、そんな怖気が全身を貫いた。
しかし、まるでタイミングを見計らったように始業のチャイムがなり、彼女との会話は強制的にお開きとなった。
「あら、残念。もう少しで本音で語り合えそうだったのに」
さすがにここで我がままを通すわけにはいかないのか、二葉はおとなしく教員席へと戻っていく。
「あ、そうだ。君が自分の力をどう評価しているのかは知らないけれど、AASは君をどう評価するか楽しみだね」
「……」
最後に不穏な言葉を残し、可愛らしくもウインクをして彼女は去っていった。
『AAS』か……




