ソーサラー
光剣を差し出す天音の真意が図れない。
新藤はすでに敗北を喫している。それは主観的な判断ではなく、誰の目にも明らかな完全な敗北だ。
すべての攻撃を見切られ、あまつさえ武器を弾き飛ばされ圧倒的なまでの実力差を見せつけられてしまった。
しかし、いま彼は自分で弾き飛ばした光剣を差し出し、まだ戦えと本気で言っているようだ。
「戦闘狂は理解できないんじゃなかったのか」
「戦闘なんかに興味はない。だが、勝手に始めておいて勝手に終わるなんて許されると思うなよ」
感情のこもっていない静かな言葉ではあったが、それはとても強い言葉だった。
戦闘には興味がない、か。
「ならばこれ以上、君は一体何を求める。俺に対する恨みか?だが、それは武器を奪った時点で無抵抗に殴り続けることが出来るんだから、こんなことをする理由にはならないだろ?」
「俺に無抵抗の人間を殴るような卑劣な趣味はない。俺が痛めつけるのは抵抗する人間だけだ」
光剣をなかば強引に押し付けられた新藤。
天音は堂々と背中を見せながら後ろに退き、改めて試合開始と言わんばかりに剣を構え直した。
「余裕だな。こんな負け方をしておいてなんだが、君は俺を少し舐めすぎなんじゃないか」
「舐めてなどいない。ここで叩き潰しておかなければ、今後も俺たちの脅威として立ちはだかる。それがわかっていて、どうしてみすみす見逃してやる必要がある」
「なるほどね……」
どうやら新藤は理解したようだ。天音の目的が、すでに勝利から征服に変わっていることを……。
「まだ、折れてくれるなよ」
「折れるわけがないだろう。むしろ、悔しすぎて発電できそうなほどに熱が入ったよ」
新藤は屈服するどころか、より一層熱が入り、それに呼応するかのように光剣が瞬いている。
腕を回し、動作の確認をすると一度は退けられた剣を再び天音へと向けた。
「行くぞ!」
「へえ、驚いたねぇ」
珍しく感嘆の声を上げた二葉。他人の戦いにほとんど興味を持たない一条もこの戦い、特に天音の行動には目を見張るものがあるようでモニターの前から動こうとしない。
「あの電子刃にあんな性能が隠されていたことにも驚いたけれど、それ以上に彼の動きが異様だ。たった一合打ち合った、といっても彼は剣を振るっていないが、それだけで新藤の動きを見切ってしまうとは……」
咬園学園の特記戦力。一条、二葉、三宮の見守るなか行われる戦いに、天音の個人訓練を担当する三宮でさえも驚きを隠せなかった。
「三宮ちゃんの教え子、本当にランク戦十連敗のFランク……なんだよね?」
「ああ、それは間違いない……」
天音が『見えない斬撃』についてはこの身をもって体験していた。
おそらく、白銀との戦闘時点ではその『見えない斬撃』こそが彼の切り札であったはずだ。
中距離であれば回避の難しい攻撃ではあるが、柄にもなく焦っていたのか、射程ギリギリで彼はそれを使い、白銀の首を刈り取ることが出来なかった。
その時点で、三宮はこれで終わりだと判断した。
強力な力を身に着けたことに慢心し、思考が単純になってしまったのだと。
だが、彼の本当に恐るべき力はそんな表面的な力ではなかった。
「たった二度の戦闘だけで、ここまで完璧に相手の動きを読み切ることなんてできるのか」
しかし、今眼前にあるモニターの中で動き回る彼らの戦闘を見ていると、その認識が正しいと認めざるを得ない。
光剣から繰り出される連続攻撃は使い手の腕次第では、まるで二太刀同時に浴びせられたのではないかと勘違いしてしまうほどに速度に長けている。
防御不能な上に息をつく暇もなく繰り出されるそれは、教師陣でも手を焼くほどに強力だ。
しかし、その攻撃が一度も天音にはヒットしていない。防御不能であるがゆえに、無傷で済ませるにはそれらすべてを躱す必要がある。
先の戦闘で天音がそれらすべてを躱す様子もかなり異様であったが、これは『異能』をも凌ぐほど動きだ。
新藤が剣を振り上げ、威力の込めて振り下ろす瞬間を狙って打ち込まれる黒刃の剣による殴打。強制的にベクトルの方向を変えられた新藤の光剣は狙い通りの場所、つまりは天音の身を通過することはなく、そのことごとくは空を切った。
「それで、あいつは一体なにをやってるんだ?ここまで実力の差を見せつければ、新藤だって負けを認めているだろう」
「叩くなら徹底的に……ってのは私も同じ意見なんだけど、これはもう遊んでいるようにしか見えないよね」
「二葉は戦闘を遊びだと言っているじゃないか」
「ん?たしかにそうだね」
間の抜けた会話をしているが、さすがの彼らもこの戦闘の違和感には気が付いているらしい。
城野の実力がここまでとは思わなかったが、それ以上に彼の真意がまったくわからない。
城野、君は一体なんのために戦っているんだ……。
「おやぁ?みなさんお揃いで一体どうしちゃったんですか?」
不穏な空気を払拭するような明るい声が室内に響き、モニターにくぎ付けになっていた三人は反射的に声の方向に振り向いた。
「咬園のトップたちが揃って、そんな面白い戦いなんです?」
「梶か、どうして君が学園内にいる」
「どうしてって、三宮さんが呼んだじゃないですか」
この医療技術の進んだ現代において、珍しく眼鏡をかけた二十代そこそこの女性。小柄ながらも女性としての成長は平均を超え、白衣の下に着るシャツにプリントされた文字が横に広がっている。
可愛らしい仕草や表情にバランスの悪さを感じるが、あまり見た目にこだわりがないのか特に化粧をするでもなく、もう少し頑張ったらかなり人気がでるのにと思わされる、なんとも残念な素材である。
「私がか?」
「はい、たしか、電子刃の交換がどうとか」
「ああ、あの電子刃の担当は君だったのか」
三宮は昨日、天音の電子刃について技工士たちに連絡をしていた。
あの時点では不良品を疑われていた彼の電子刃『S―202』だったが、この短い期間の間に彼はその真価を十二分に発揮し、三宮さえも打ち負かすほどに急成長を遂げた。
「はい、うちが造った電子刃に異常とあっては、居ても立っても居られないですから」
「そうか。わざわざ悪いな。だが、それはもう必要ないみたいなんだ」
「必要ない、と言われますと?」
「君の造った電子刃は疑いようもなく見事なものだった、ということだよ。ほら、ちょうどいま戦っている彼だよ」
三宮は梶にモニターを見るように促すと、三宮たちが腰かけるソファに手をかけ、モニターを覗き込んだ。
「『S―202』だったかな。これはほかの汎用型に比べても群を抜いている」
彼女の造った電子刃は本当に見事なものだった。使い手次第ではあるが、これだけ強力な電子刃ならば人工知能相手でも相当の活躍を見せてくれるだろう。
素直に称賛の言葉を投げかけたつもりだったが、梶は喜んでいる様子もなく訝しげに彼の手にある剣を注視していた。
「どうかしたのか」
「これ、本当にうちの造った電子刃ですか」
彼女の目は、我が子を見る親の目ではなかった。
首を何度も傾げ、持参した資料と何度も見比べて確認しているようだが、いつまでたっても納得しない様子だ。
「あの剣は君が造ったんじゃないのか?」
「いえ、確かに見た目も名前もうちの造ったものに間違いなさそうなんですが……うちの造った電子刃は剣ではなかったんですが……」
「剣ではない?でも、確かに分類は直剣に設定されていたが」
確かに、天音の持つ『S―202』は鍔に当たる部分が異様に小さく、刀身も直剣と呼ぶにはかなり短めになっているが、それは確かに剣の形をしていた。
「デザインは確かに直剣に似ていますが、あの電子刃の分類は正しくは『杖』だったはず。
そして、エスではなく正しくは『S202』です」
「杖?それじゃあ、あの『見えない斬撃』は杖の能力ということなの」
「それにしても妙ですね。あれはあまりにも性能が尖り過ぎているので、特化型として登録していたから、202なんて半端な数字じゃないと思うんだけどな」
「……」
梶の言葉を受け、明らかになった部分も増えたが、同時にわからないことも増えた。
「これは、終わってから彼に直接聞くしかなさそうだな」
さらに一人を迎え入れ、観客の増えた彼らの戦いは佳境へと差し迫っていた。




