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新藤戦 Ⅹ

 奇妙なまでの静寂。

 苦痛に唸る雀の声。

 なにか天音に話しかけている新藤。

 街路樹からは少し気の早いセミの鳴き声が聞こえていたはずが、今は全くの無音。

 世界は音という彩を失い、天音の目に映る景色にぴしりと亀裂が入った。

 少しの亀裂だ、まだ小さい。まだ持ち直せる。

 ほんの少し残る冷静な思考ではそう理解していた。

 しかし、今まさに飲み込まれようとするその小さな理性では、覆いかぶさろうとする本能にも近い濁流を抑え込むことは出来なかった。

「俺は……」

 視界が明滅し、壊れたテレビのように画面が勝手に切り替わる。

 そこはどこかの教室の一角。その時も、俺は一人で雀に手を出した相手と対面していた。天音の後ろに控える雀は涙を流し、兵司は俺の手を掴んで必死に何かを叫んでいる。今の感情はその時のそれによく似ていた。

 ただ一つ違うところがあるとすれば、いまはその止めてくれる人間がここにはいないということだろうか。


「……だめっ」

 痛みは大したことはなかった。

 だが、あまりにも不意な攻撃に、雀は表情を崩してしまった。

 天音の感情が不安定であることは理解していたつもりだった。あんなに余裕のない天音を見るのは長い付き合いの中で二度目。

 新藤との戦闘においてもそうだった。

 天音はこの二人の電子刃についてすでに経験済みである。たとえ白銀が隙をつくように射撃したとしても、それが隙を突いた攻撃であると理解していれば躱せない攻撃ではないはずなのだ。

 そしてなにより、あらゆる可能性を考慮し、勝利のためにより確実な道を選ぶ網羅型の戦いを好む天音であるはずなのに、刹那的な動きが目立ちすぎる。

「あれが兵くんの親友ねぇ」

 ここに来てようやく口を開いた白髪の少女は、容易に聞き流すことが出来ないことを口にした。

「兵くんって、どうしてあなたが兵司のことを知ってるの」

「あなたも兵くんのお友達なのよね。聞いていたより全然大したことないのね、彼」

 白銀は再び指先を天音に向けるが光の弾を放つことはなく、代わりに嘲るようにくすりと笑った。

「せっかくこんなところまで見に来たけれど、これなら自分の方が兵くんの隣には相応しいと自信をもって言えるわ。城野くんだったかしら、噂ほど弱いわけではないけれど彼では役不足だ」

 言葉の端々から感じ取れる嫉妬にも似た感情。

 彼女がどこで兵司と知り合ったのかはわからないが、天音に特別の対抗心を燃やしていることだけは確かだった。

 しかし、その対抗心の矛先に自分が存在していないことに、雀は安堵と共に悔しさも感じていた。

 同じ時を過ごしたはずの自分だけは蚊帳の外。ずっと隣に居たはずのその場所は、知らない間に他人が成り代わっていた……。

「そんなことはない」

 彼女の言葉と、それを無意識のうちに肯定してしまいそうになっていた自分を払いのける。

 自分で思っていたよりも大きい声が出た。

 反論されると思っていなかったのだろうか、白銀は予想外の雀の反応に驚きを隠せない様子だった。

「もしかしたら、今は誰かが兵司の隣に居てあいつを支えてくれているのかもしれない。面倒見はいいけれど、一人で生きていけるほど器用なやつじゃないから。でも、これだけは断言させてもらうよ」

 ひと呼吸おいて自分の気持ちを再確認する。しかし、何度確認したところでその気持ちが変わるわけもなかった。

「私を守ってくれるのは二人、二人を守ってあげるのは私。これだけは、私たちの誰かがおじいちゃんになって死ぬまで変わらない」

 私は本当にあの二人を守ってあげられるのだろうか。

 これはあまり自身がない。

 私は守ってもらう側になるばかりで、あの二人は全然弱い所を私に見せてはくれないから。

 だからだろうか。私は二人の感情の機微を敏感に感じ取ることが出来る。

 二人には天然やぼけているとしょっちゅう言われている。実際、私は自分のことを鋭い人間だなんて思っていないが、すべてが鈍いわけではないのだ。

「あなた……っ!?」

 視線を交わしていた双眸が突如として雀の視界から消え失せた。

 かすかに見えた動きの先を見ると、白銀は後方に吹き飛ばされビルに強か打ちつけられていた。

「ぐっ……!」

 ビルの壁に磔にされた彼女は顔を歪めてもがいている。

 彼女は肩に刺さったなにかを引き抜こうと必死にもがいているが、雀の目にはそのなにかが確認できなかった。

 そう、雀の目にはなにも映っていなかった。

「……天音っ!」

 停止した思考を無理やり回転させ、この状況を作り出したであろう親友の名を叫んだ。

 見えない斬撃。

 短い戦闘経験でしか語れない雀では軽い言葉かもしれないが、こんな異次元の力はいまだかつて見たことがない。

「どうして、まだあいつの間合いには入ってなかったはず」

 天音はあの場所から一歩動いていない。

 しかし、確かに天音の剣の一直線上に彼女の傷があり、それが楔となって彼女はビルに磔にされている。

 バスと天音の距離は約二十メートル。そこから白銀の打ち付けられたビルまでが十メートルの計三十メートルも天音とは距離が離れているのだ。

「……はず、か。それも、可能性の一部として考えなかった。それが敗因だ」

「……」

 ほんの少し前までの天音とは打って変わって悠然とした静かさを取り戻していた。

 怒りは頂点が頂点に達したときでさえ彼は相手を追い込むための策を練るために思考を続ける。

 だが、そんな天音の余裕がなくなるほど今回は感情の揺れが激しかった。

 それが今はいつもの、いやそれ以上に落ち着き払った彼がそこにはあった。

「あの時と同じ……」

 止めなければいけない。

 勝負の行く末などかなぐり捨ててでも、今は天音の平常を取り戻すことが優先だと雀は判断した。

 だが、

「体が……動か、」

 トラウマによる体の硬直だろうか。

 アドラー心理学において明確に否定されているトラウマ。彼の言葉を信じるとするならば、今、私に起こっているこの状況は、過去に起こった体験から逃げ出そうとする目的論に基づいた逃避なのだろうか。

 いや、そんな理論的なことはどうでもいい。

 理由はどうあれ、いま動かなければ白銀の言う通り、本当に私は彼らの隣に立つ資格を失ってしまう。


「ようやく、やる気を見せてくれたようだな」

「やる気か……そうだな、言い方を変えれば覚悟が決まったという表現がもっともしっくりくるかもしれない」

「覚悟?思ったよりも感情論で動く人間だったりするのかな。動くべきだと思ったから動く、これ以上に理由は要らないというのが俺の持論なんだが」

「それは俺も同意だ。考えが及んだのならば、しっかりと行動を起こすべきだ。だから、俺が決めた覚悟というのはそういうことではない」

 天音は剣を握った手を細やかに動かし、剣を操る。

「ぐっ!」

 見えない刀身が今度は白銀の左肩を貫く。

 再び悲痛の声を漏らす白銀を、天音はまるで虫の足を千切る子供のように罪悪感を感じることもなく眺めていた。

「これで、白銀は両手が使えない。もう援護射撃はない」

「それは助かるよ。やはり、男同士の戦いに茶々を淹れるのは無粋というものだ」

 同じく新藤も、仲間の窮地になんら興味を示していない。

 それどころか、先ほどの邪魔者発言を確定させてしまい、本当に仲間だったのかと疑ってしまいたくなる。

「君のすべてをねじ伏せて勝つ。さあ、ここからが本番だ」

「では、俺はこうしよう。お前の勝利への道、それらすべてを遮断して苦痛の境地へと追い込む。勝つつもりなら自決には注意しろ」


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