新藤戦 Ⅷ
天音に落ち込んでいる余裕などなかった。
白髪の少女が去ったあと、マップを起動して状況の確認を急ぐと、十分前には少し離れた位置で待機していた雀の点が移動していた。
先ほど天音の前から去ったあの少女も、どうやら彼らのいる場所へと向かっているらしい。
戦局がどうなっているのかはまだわからないが、もしこれが黒尾の取った戦術と同じだったならば、これは劣勢に立たされたと言わざるを得ない。
片腕を失いバランスの悪い身体を揺らしながら天音は出来る限りの速度で走った。
久しく感じていなかった焦燥感に、幼いころに受けた傷がまるで生傷のように痛む。
遅くて鈍間な足を呪った。回転の鈍い脳を呪った。
自分の想定が崩れ、動揺する自分が憎くてたまらない。
自分の無力さを痛感しているとある男の顔が脳内に浮かび上がってきた。
兵司、俺はお前がいないとなにも出来ないのか……。
人生の大半を共に過ごしてきた二人の親友の姿はもうここにはない。一年半前のあの日以来、ほとんど顔を合わせなくなったが兵司との仲は今でも変わっていないと信じている。
しかし、俺たちは道を違えた。
人生とは一部を共有することはあっても、生まれてから死ぬまでずっと一緒、なんてことはありえない。いずれ訪れるとは思っていたが、あまりに突然訪れたその時、天音は平静を保っていられなかった。
同時に今まで二人で守っていた雀を自分ひとりで支えなくてはならないということに、もしかすると俺は、まだ気が付いていなかったのかもしれない。
ひとりでもどうにかなるものだと思っていた。
自分の力を過信していた傲慢。
そのちっぽけな力に胡坐をかいて、相手を侮った怠惰。
無力にも関わらず欲張った強欲。
そして、そしてそんな自分を許すことが出来ないほど煮えたぎっている憤怒。
キリスト教における大罪七項目のうち四つを犯した俺に課された罰が、今のこの状況なのだろうか。
照り付ける太陽の日差しがまるで地獄の業火のように感じられ、熱せられる首筋がひりひりと痛む。
だが、そんな罰は絶対に受け入れられない。
自分が罵倒されることや、虐げられるのは大した問題ではない。
天音にとって最も避けなければならないことは雀の安全が脅かされることだ。
すでに何巡目か思考がループしたところで、ようやく天音は新藤たちのいる大通りへと到着した。
二車線の広い道路。中央分離帯に整然と並ぶ針葉樹。
日光を真上から受けるこの通りは百メートルも離れれば蜃気楼が見える。ここが現実の世界だったならば、熱中症になってしまいそうなほどに照り付ける日差しは厳しい。
マップ上に灯る三つの点は天音の視線の先。逆光のせいで表情までは望めないが大型バスの上に三つの人影が見えた。
「やあ、城野。調子はどうだい?」
不安定な場所に堂々と立ち、天音を待ち構えていた新藤。
もう一人の白髪の少女は、逃げられないように雀の両手をがっちりと掴んでいる。どうやら両足の足首から下を切り落とされてしまっているようで、ない足でもがく雀の姿は無惨でならない。
「どうして雀を捕らえたりした」
あんな状態になっているのだから、雀はいつでも手にかけることが出来る。
詩恵たちの時とは違って地形の有利を活かしたわけでも、飛び出してきたところに攻撃を仕掛けてくるでもなくただ平然と俺の到着を待っていた。
これではまるで、
「君を焚きつけるのに、最も有効だと判断したから」
「……っ!」
「その顔、やっぱりこの子だったか」
新藤は雀の横顔をちらりと見ると、満足げに微笑んだ。
「しっかり捕まえててね、その子かなり元気いいから」
「あいよー」
白髪の少女がじたばたと暴れる雀をさらにきつく締めあげたのを確認すると、新藤はバスから飛び降り、電子刃を起動した。
紫色の閃光を目にするのは二度目だろうか。
一度目はランク戦の時。あの時は新藤の電子刃の特性に気が付くことが出来ず、あっさりと敗北してしまった。
そして今回。どういうわけか、新藤は必要以上に俺を煽ってきて、まるでこの最終局面のみのためにすべてを仕組んだようにも思える。
「まだ、俺がなにを求めていたかの答えは出ていないようだな」
「ああ。新藤、お前のことはただの下衆野郎だと思っていたがどうやら違うらしい。そうだな、お前を表す言葉があるとするならば」
『鬼畜生』
目的のためならば相手を貶めることも厭わず、誰であっても容赦なく利用する傍若無人な態度。一限目の終わりまで連れていた取り巻きを容赦なく切り捨てている辺り、身内にもなにをしてもおかしくない。
冷徹、非道、無慈悲……形容する言葉はいくらでも存在するが、ここまで貶める言葉が似あう人間もそうはいないだろう。
「いいね。やっぱり、この学校で一番強いのは城野、君だ」
「……どういう風の吹き回しだ。つい数時間前まであれだけ十連敗だ、Fランクだと罵っていたくせに」
「俺はね、手段を択ばないんだ。君と再戦するためなら、君の評価や取り巻く環境にどんな影響が出ても関係ない」
「少しはお前を知ることが出来たようだが、仲良くしたいとは思わないな」
「俺は仲良くしたいな。そうすれば、君は俺のよき理解者となってくれるだろう」
馬鹿な振りが出来るのは頭がいい証拠か。
前時代の典型的ないじめっ子のような下衆な印象はいつの間にか消え去り、化けの皮がはがれたようだ。
化けの皮がはがれるという表現に、まさかプラスの評価を下す場合もあるとは思いもよらなかったが、彼に対する評価が百八十度変わったことは間違いない。
「仲良く?ここまで煽っておいてそんなことが叶うと思っているのか?」
だが、仲良くできるかといわれると話は別だ。
こんな鬼畜生とは正面には立てても、隣に立つのはごめんだ。
「手段は択ばないって言っただろう」
「……なにを考えているのかは知らないが、これ以上雀になにかするようなら」
「なら?」
「叩き潰す」
怒りを露わにした天音に新藤は再び満足げに微笑んだ。
あまり強い言葉を使うことを天音は好まない。
余裕がなくなっていることを相手に教えてやるようなもので、威嚇にしてもほとんど意味がないからだ。
合理的ではない。
しかし、それがわかっていても感情的になると荒い言葉は飛び出してしまう。
理想的な行動ではない。わかっている。
だからこそ、一度漏れるとそこでほころびに気づくことができる。
冷静になるんだ。俺はいま感情的になっている。
俺は怒ってはいけない。俺が本気で怒ると雀に迷惑をかけてしまう。
燃やすのは闘志だけ、熱くなる必要はない。
「……行くぞ」
「来い。俺を満足のいくまで痛めつけてみせろ」
なおも挑発的な言動をやめない新藤に、すこしだけ手に力が入る。
光の残滓を振りまき、光剣を天音にまっすぐと向ける。
天音もそれに対し、黒曜石のような輝きを放つ愛剣を居合の構えで対応する。
呼吸は乱れていない。俺はいたって冷静だ。
まだ大丈夫。
もう兵司はいない。
止めてくれる人間は誰もいないのだ。




