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新藤戦 Ⅶ

 蛍のような儚げな光。

 ぽつぽつと黄色に発光する点がふらふらとした無秩序な軌道を描いて飛行する。

 もしこの光がこんな白昼の真っただ中でなければ、天音もこの光に手を伸ばし、その光の主を確認しようとしたかもしれない。

 一つ一つが独特な軌道を描いて飛行する光の粒は、まるで吸い寄せられるように天音へ向かってくる。

 あまりに幻想的な光景に、一瞬気が緩みそうになるが電子刃を握る手に力を込める。

 直径一センチ程度の小さな光の粒子を、天音は持ち前の取り回しで次々に打ち消していく。

 もし自分に戦闘の才能があるとするならば、三宮の攻撃を捌くことに成功したこの武器の取り回しの正確さだろうか。

 だとすれば、これを活かしながら戦うことが今後の課題だろう。

 短剣にしては重過ぎる剣を振りながらに天音はそんなことを考えていた。

 あくまで天音の目的は新藤の撃破であり、いま天音に攻撃を行っている相手にはさほど関心を抱いてはいなかった。

 それどころか、次に戦う新藤のためにいかにして無傷でこの場を切り抜けるかばかりが頭をちらつき、未知の電子刃に対しても意識が向いていなかった。

「……」

 黒いフードの彼も名前どころか顔も明かすことはなく、未だに声すらも聞いていない。

 今後ランク戦で相まみえるかもしれない相手ではあるが、ここは出来るだけ速くけりを付けたい。

 天音は光の弾の少しの隙間を身体を捻って縫うようにすり抜けると、一気に距離を詰めた。その間も低速の光の弾は放たれ続けるが、その弾速の遅さから避けることも撃ち落とすことも容易であった。

 よし、間合いに入った。

 黒フードの男までの距離は約五メートル。これではまだ天音の剣の刀身の長さの十倍以上の距離があるように見えるが、天音はここからでも斬撃を当てられると確信していた。

 剣を握る手に思念を乗せ、渾身の力で逆袈裟の太刀を振るう。

 両手持ちで振るった一撃は風を切る音が鳴るほどに盛大な一振りであった。

 もちろん天音はこけおどしでこんな行動を取ったわけではない。

 天音の振るった剣の延長線上を沿うように、まるで地割れでも起きたかのように地面に切れ目が入っていき、その見えない斬撃は黒フードの男にまで到達した。

「きゃっ……」

 まるでかまいたちのような現象に、今まで一言も発することのなかった彼も悲鳴のような声を上げた。

「浅いか……っ!」

 地面が裂けた瞬間、後ろに飛び退きどうにか即死を逃れたようだ。

 しかし、それよりも天音はフードを取った彼の……いや、彼女の姿に驚きを隠せなかった。

 黒いフードに覆い隠されていた髪の毛は、色素の抜けた見事なまでの真っ白。肌も驚くほどに白く透き通っていて、どうみても男子高校生の肌質ではなかった。

 日本人以外の血統なのか、鮮やかな碧眼はサファイアが埋め込まれているのではないかと思うほどに美しく際立っていた。

「……女の子だったのか」

 たしかに上背はさほどなく、華奢な身体つきをしているという印象はあったが、女の子であるという可能性は完全に排除してしまっていた。

 下腹部から首筋にかけて天音の太刀の切り傷が赤く光っているが、彼女はまったく気に留めることなく、まるで観察するかのように天音を舐るように見ていた。

「ふーん、やっぱり、弱いって噂は嘘みたいだね。そんな攻撃、初見で避けられる人間がそういるとは思えない」

 見破られた。

 天音は完全に彼女を甘く見ていた。

 それに加えて、初めて見せる奥の手をまさか躱されるとは思いもよらず、完全に手の内を晒すことになってしまった。

「斬撃の拡張なんて、そんな電子刃があるんだね」

「なんのことだ」

 一応とぼけてはみるものの、天音の動揺は激しく、心理戦でも優位を取ることは難しいように思えた。

 S―202の能力に気づいたのはつい先日のこと。

 詩恵との模擬戦闘時に感じた違和感をどうしても拭いきれなかった天音は、個人訓練の空き時間にとある実験をしていたのだ。

 あの時の感覚、剣に力のすべてを乗せて前方の景色をすべて薙ぐような感覚で剣を振るう。すると、剣を振るうその一瞬だけ、まるで剣の刀身が拡張されたように空間を切り裂くことが出来た。

 天音の切り札は三宮にさえも初見では見破られることはなかった。

 もしかすると、これを使えばどんな相手でも初戦は勝つことが出来ると思いあがってしまっていたのかもしれない。

 言葉にはせず、心の中で悪態を付くと天音は間髪入れずに次の一撃を放つべく前に出た。

「情報の確認完了」

 彼女は人差し指を天音に向けると、先ほどまでとは比べ物にならないほどの弾速の光の弾を放った。

 あまりに考え無しの突撃に、回避行動が間に合わず、左腕が跳ね飛ばされて後方に転がっていった。

 苦し紛れにはなった横薙ぎの一閃も、ネタが割れているこの状況では簡単に回避されてしまう。

「それじゃ、ボクの仕事はここまでだから」

 ここで追い打ちをかければ天音を討ち取ることが出来る状態であるにも関わらず、なぜか白髪の少女は撤退の構えを見せる。

 しかし、情報、状態ともに劣っているこの状況では追撃も負け筋が濃厚だ。

「じゃあね、またあとで」

 彼女はそう言い残すと、車、屋根と飛び移って天音の視界から消えてしまった。

 不意打ちを警戒して彼女の消えた方向をしばらく見ていたが、本当に逃げてしまったようだった。

 散々煮え湯を飲まされた挙句、勝ち逃げされるとは、完全に舐められている。

 そしてなにより、天音の得意とする相手を観察して可能性を潰していく戦闘スタイルを完全にまるで当てつけのように見せつけられ、直接煽られるよりも何倍も悔しかった。

 千切れて転がった腕が、ドットの欠片へと変わって霧散していく。

 しかし、傲慢という罪を犯した自分に対する罰としては十分な代償だ。


「ふんふんふーん」

 道路に放置された車の上に寝転がり、ホログラムのマップを鼻歌交じりに眺める人影。

 建物の影に身を潜めてはいるが、マップを起動しているためおそらく居場所はすでにバレている。

 あまりに余裕たっぷりの新藤の態度に雀は攻めあぐねていた。

 新藤くんの電子刃は光剣。

 名称までは把握していないが、実体がない分かなり軽いが威力は十分。

 天音との試合を見た感じでは、その攻撃速度と手数がかなりの脅威だ。

 さあ、どうやって突き崩す……。

 雀は天音のように策を講じてから攻撃を仕掛けるタイプではない。

 雀の武器は黒尾にも勝るとも劣らない敏捷性と、ある程度離れた位置から放つことが出来る射程の長さだ。

 自分の武器はしっかりと把握している。

 出来ることを十二分に発揮することで相手の予想を上回る。これだけが、私にある唯一の戦闘スタイルだ。

 呼吸を整え、カウントを始める。

「さん、にぃ、いち……ぜろ!」

 ゼロのカウントと同時に飛び出し、姿勢を低くして一気に距離を詰める。

 疾走する雀の姿は、まだ新藤の視界には入っていない。

 このまま電子刃を起動する前に、一発だけでも弾丸を撃ち込む!

「はい、残念」

「え、」

 すでに五メートルほどにまで目標の車に近づいたと思ったその時、なぜか足元から誰かの声が聞こえた。

 身の危険を感じ、その場を離れようと飛び退こうとするが、なぜか足に込めた力が地面にまで伝わらない。

 それどころか、バランスを崩した雀の視線はぐらつき、視点を固定することすらも叶わなかった。

 勢いを殺しきれず、ごろごろと地面を転がり、次に視界が安定したときには車の上にいたはずの新藤の姿が消えていた。

「想定通りの動きだったよ、霧崎ちゃん」

 声がしたのは視界がぐらついた場所の木の陰。

 妖しい紫の蛍光色の熱線と地面に転がる二つの足首。

 そこには、思い通りになったことを満足げに微笑む新藤の姿がそこにはあった。

「君には、城野をおびき寄せる餌になってもらおうかな」

 地を這い、厳しい上目遣いで悔しそうに新藤を見上げる雀に、新藤はいたずらに微笑んだ。


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