新藤戦 Ⅱ
換装が終了し暗闇の世界を抜けると、次にあらわれた景色は見たこともない市街地だった。
街路樹は青々と生い茂り、照り付ける日差しは季節に相応しく道路に蜃気楼を作り出している。周りに人影はなく、視界に入るのは人気のまったくないビルばかりだ。
『模擬戦、チーム戦闘モード開始』
聞きなれた声が響き、天音の目の前にホログラムの青いウインドウが現れる。
『勝利条件、敵陣営の全滅。チームメンバーはランダムに転送されています』
今回の勝利条件が提示されると、そのウインドウは五秒ほどで消えてなくなった。
なるほど、チーム戦の内容は前に三宮先生に聞いた通りだな。
チーム戦では極端な籠城戦になることを避けるために、換装後の転送位置がランダムに設定されているらしい。
だが、こうなってくると射程持ちの武器は圧倒的に有利であり、死角から撃たれてしまうと天音のような近接武器だと相手を視認することもなく即戦闘不能ということになってしまう。
そこで、天音は仮想体に設定されているとある機能を作動させた。
人差し指と親指でタブレット端末を操るように指を動かし、先ほどとは違うウインドウを出現させる。
緑色のウインドウには赤く光る点が四つと白く光る点が三つ表示されている。このマップは今、天音が立っている仮想世界の地図で真ん中で点滅している白い点が天音の現在位置だ。
意外と散らばっているな……。
その点の位置に規則性はまったくなく、その間隔も最低限度の距離は存在するようだがすべてが同じ距離の中に納まっているわけだはなかった。
ここからもっとも近い点は赤色。つまり、敵陣営のメンバーということになる。
ただし、名前は一切記載されていないため、この点が一体誰なのかはまったくわからない。
「近づいて確認するしかないか」
ウインドウを閉じると天音は赤い点が指示していた路地を目指して駆けだした。
と同時に天音は自分の電子刃を鞘から抜き放ち、いつでも応戦できる体勢を整えた。
マップは電子刃と並行して使えないため、逐一相手の位置を確認することはできない。
もし、あの座標にいる人間が椎名だった場合、いつ狙い撃ちされるかもわからないためそんな無防備で近づくわけにはいかなかった。
「さて、とここから一番近いのはっと……」
天音が移動を開始したころ、詩恵はビルの屋上でマップを起動していた。
狙撃場所の確保を急いだ詩恵は、なによりも先に近場で最も高いビルに上り射程持ちの優位を確立したといっても過言ではなかった。
「一番近いのは徹か。でも、あいつはここまで上ってくるのに時間かかるだろうな」
赤い点は二つが移動中。あとの二つは様子見なのか目立った動きはなく息を潜めているのだろうか。
「一人近寄ってきてるね。この速さだと椎名じゃない……黒尾かな」
黒尾とは一度、ランク戦でぶつかり敗北を喫している。
その時は、たった二十メートルしか離れていない状態からの正面戦闘だ。
だが、今は違う。
相手は私の大まかな位置しか把握していない。マップは平面で立体的な表示まではしていないから、かなりの距離まで接近しないと私の正確な位置はわからないはず。
「もちろん、私の射程はそれよりも広いけどね」
電子刃を起動すると猛る気持ちからかかすかに光がプラズマとなって漏れ出している。
コンクリート製の床に腰を下ろし、敵が向かってくるであろう方向に狙いを定める。
ゆっくりと、ただ力強く弦を引き標的が現れるその時を静かに待つ。
速射を主とする戦術はランク戦の形式に合わせて変化したもの。本来の詩恵は、ただ静かに息を潜め、背中を向けた相手に研ぎ澄ました一矢を撃ち込むスナイパーなのだ。
「さあ、いつでも来なさい」
「そうか、なら遠慮なく」
「……っ!?」
一点に絞っていた狭い視界の中に現れた黒い影。
とっさに身をのけ反らせ、視界を塞いだ物体に向かって矢を放つ。
しかし、手ごたえはまったくなく、代わりに左腕に痺れるような違和感が襲い掛かった。
「ぐっ……!」
左側に転がり、両足で思い切り床を蹴ってその場を少しでも離れようと足掻く。
「よく躱したな」
どこから現れたのか理解が追い付かなかったが、襲来した人物の人相がその答えを一瞬で引き出してくれた。
「黒尾……」
制服のボタンは一つも留めることなく全開で、真っ黒なインナーが顔を出している。
鋭い目つき、手足に取り付けられた金属製の鉤爪。歪んだ背中はまるで本物の黒猫のように怪しく、煩わしい。
「即死は免れたようだが、開幕早々、お前は詰みだな」
「……!」
左腕の感覚がない。
その間隔は正しかった……いや、想定としては甘かった。詩恵の左腕は肘先から斬り飛ばされ、やつの足元に転がっている。
「お前の電子刃は片手じゃ撃てないからな」
「……どうやってこんなところまで」
このビルは八階建てだ。そのうえ、黒尾が上ってきた場所は凹凸もほとんどなく反り立っている。
「上を取れば勝てるなんて考えが甘ぇんだよ」
鋭い爪をきらりと光らせた。
なにをやったのかはそれを見ただけで理解できた。
まさか、本当に……。
よじ登ってきたっていうの……。
「あんた、やっぱりおかしいんじゃないの」
「ふん、いい褒め言葉だ。普通や無難、なんて言葉は俺様には似合わねぇからな!」
予期していたが予期できぬ方法で現れた来訪者。
その野性味に満ちた獣のような瞳に、狩人詩恵はもはや仕留め終わった獲物のように映っていた。




