戦線布告
騒ぎが起こっていたのは二棟にある第五仮想戦闘ルームの前。
数人の野次馬ができていたその場所に割り込むようにして中心へと向かうと、見知った顔が対立して並んでいた。
並んでいるのは雀、徹、詩恵と新藤に加えた昨日の取り巻きたち。
よく見てみると詩恵と雀の手を徹が握って必死に抑えているようだ。
また、彼らの表情は昨日の日ではなく、眉を寄せ、雀に至っては真っ赤になって憤慨しているようだった。
「どうしたんだ」
「天音……それが……」
徹はなにかを伝えようとしているが、優しい性格が邪魔をして言葉を選んでいるようで、なかなか言葉が出てこない。
しかし、こんな状況を見せられれば、原因が天音自身にあることは疑いようもなかった。
「もう勘弁できないわ!あいつの頭、絶対にぶち抜いてやるから!」
「詩恵、雀、落ち着いてくれ」
「天音、私ももう我慢できない……」
今にも泣きそうなほど顔を真っ赤にした雀。落ち着かせるために声をかけてみるが、彼女の感情を鎮めるのは難しそうだ。
詩恵も徹もなかなか堪えてくれていたようで、かなりの苦痛を強いてしまようだ。
「なあ、新藤、こいつらになんて言ったんだ」
もう一つの原因となる人物に声をかけると、新藤はまったく悪びれることもなく何があったのかをぺらぺらと話し始めた。
「なにをって、別に彼女たちに君のことを話してあげただけさ。どうやら君のことを過剰に評価していたみたいだったから、勘違いしたままにしておくのはかわいそうだろう?」
「そうか、一年生のクラスが同じだっただけの新藤が、幼馴染の雀や一年以上ずっと一緒に研鑽してきた詩恵や徹よりも俺に対する正しい評価を出来ていた、とそう言いたいのか」
新藤は驚いたという表情をしていた。
無理もない。俺は新藤にどれだけ嫌味を言われようともまったく反応を見せないでやり過ごしてきたのだから。
反応すれば新藤が調子に乗ることが目に見えていたからだ。
初めて反応を見せた天音に対し、絵に描いたいじめっ子のような新藤は途端にイキイキとして口を開いた。
「おやおや、ついに城野も我慢できなくなったようだな。優等生の化けの皮が剥がれ始めたんじゃないか?」
「そんな皮をかぶったつもりはない。つまらないことで俺の友人たちを煽るのはやめろ」
「……なるほど、城野を焚きつけるよりもやはり、こっちの方が効率がよかったみたいだな。でもな、そこの顔真っ赤にしてる彼女ほどじゃないかもしれないが、俺も本当に君のことを評価しているんだぜ?」
不意に指を差された雀が前に出ようとするが天音がそれを腕で遮り、雀に口を開く余裕を与えずに先に返答した。
「評価している?低い方にか」
「違うよ。本当に君のことは強かなものとして評価している。ランク戦十連敗らしいがそんなことは関係ない。俺は君を称賛するよ」
どういうつもりだ……。
新藤に絡まれるようになったのはランク戦で彼に敗北して以来だ。
それまで一度も反応することはなかったが、彼が俺に対して罵倒以外の言葉、ましてや称賛の言葉など一度も言ったことはなかった。
なにを企んでいる……。
「勘繰るなよ。俺の言葉は素直な気持ちさ。一合打ち合っただけで君の戦闘センスはすぐにわかったよ」
「なにが目的だ」
「そんなものはないさ。強いて望むものがあるとするならば……俺と模擬戦をやってくれよ」
そういうことか。
「なるほどな……Fランクの俺なんかと今更模擬戦をやってお前になんの得がある」
「得はもちろん、その戦闘で学べるすべてさ。戦闘中にあれだけ相手を観察しながら戦う人間なんて、俺は君以外に知らない」
「そうか」
言葉を交わしている間にも、天音は彼から得られる情報をできるだけ得ようと脳を回転させていた。
新藤は思っていた以上に観察眼に長けている。たった一度の戦闘で俺がどういう戦い方を得意としているかを見抜いているようだ。
目的は俺との再戦。動機の方はいくつか思い当たるが、今はそれを考える必要はないだろう。
そして、新藤にバレている情報。一つは俺自身の能力値と電子刃の特性。次に俺の唯一の強みともいえる観察能力の高さ。そして、友人を傷つけられるとムキになるという性格。
新藤の目的を考えると、ここで挑発に乗ってしまうのは上策とは言えない。
だが、もはや胸の奥底から這い寄ってくる怒りを俺は抑え込むことが出来そうにない。
「どうかな、お互いの研鑽のためにも悪い話じゃないと思うんだが」
「いいだろう。今日の放課後でもいいなら、相手になってやる」
この時、まるで罠にはまった小動物でも見るような眼を新藤は天音に向けたが、そんな下卑た感情に今更天音は左右されない。
「嬉しいなぁ。ようやく君との再戦が叶うなんて」
「学べるものがあるといいな。あの時のように簡単にいくと思うなよ、新藤」
二人の間で心理戦が行われていることは、おそらくなにも考えずに眺めている野次馬たちには伝わっていないだろう。
交わされる視線に複雑な感情を感じ取ることが出来たのはおそらく後ろで堪えている三人くらい……。
「天音、私も戦うよ」
「雀……」
予想していたことだったが、彼女を巻き込むわけにはいかない。
悪いがここは引き下がってもらうしかないだろう。
意思を汲み取ってもらうために徹に視線を送る。彼ならば昨日のように彼女を止めてくれるだろう。
「待て、雀」
「どうして止めるの」
「いや、止めたりなんかしないさ。ただ、俺も混ぜてほしいだけだ」
「徹?」
徹の予想外な反応に天音はつい声を出してしまった。
しかし、どうやら視線の会話のことは雀たちにはバレていないようだ。
「今まではお前が我慢してきたから俺たちも手を出すのは我慢してきたが、お前が我慢しないのであれば俺たちにばかり我慢を強いるのは納得がいかんな」
「そうね。そういうことなら、私も遠慮せずに打ちまくるけど」
思わぬ裏切りに詩恵までやる気を出してしまい、天音一人では止められない状況になってしまった。
「いいよ。そういうことならチーム戦にしよう」
解決策を思案していると、あろうことか新藤までも彼らの参戦を容認してしまった。
「おい、こいつらを巻き込むな。これは俺と新藤の勝負だろう」
「かたいこと言うなよ、城野。煽ってしまったぶん彼女らにもそれを晴らす機会を与えるのは当然のことじゃないか」
しかし、彼の表情は、寛容な心で雀たちのことを認めているのではなく俺の弱点が増えたことに対して喜んでいる様子だった。
「天音」
「雀……」
呼びかけられ振り向くとそこには涙を流しながら両手を握りしめる雀の姿があった。
静かな声だったが、確固たる意志を持ち、まっすぐとした目をしていた。
「お願い。私にも戦わせて」
雀が涙を流すことは情けないことに珍しいことではない。
ドラマや映画の感動するシーンでは必ずと言っていいほどぽろぽろと泣き出してしまい、悲しくても嬉しくてもすぐに泣いてしまうような女の子だ。
それに加えて、彼女は小さいころはよく意地悪をされていて、そのたびに俺と兵司がしゃしゃり出てきていた。
しかし、いま彼女は天音自身が原因で涙を流している。
俺がもっと気を配っていたら、彼女にこんな感情を抱かせることもなかっただろう。
もう雀を泣かせるようなことはしない。
そう誓ったのは一体何度目だ。
「……わかった。一緒に戦ってくれるか?」
「うん……もちろん」
頭をぽんぽんと撫でてやると少し落ち着いたのか、涙を拭ってやるとそれ以上流れ出てくることはなかった。
「詩恵も徹も、お願いしてもいいか」
「もちろん!そう言ってくれるのを待ってたわよ」
「俺もやるぜ。実は俺は怒りっぽい性格だからな、手加減は出来ないぞ?」
「頼もしいな。そういうわけだ。時間は変わらず、今日の放課後、四対四のチーム戦でいいか」
「ああ、了解した。こちらも三人集めてくるよ」
再び新藤と視線を交わし、それ以上言葉を投げかけることはしなかった。
これほどまでにどす黒い怒りの感情に掻き立てられたことはいまだかつてなかった。
それは自分の怠惰と傲慢に対する怒り。自分の肉を掻きむしってやりたいほどの衝動に駆られるが、そんなことをしても雀の悲しみが増すだけだ。
しかし、俺は自分に対する怒りのぶつける矛先が確かに定まっている。
悪いが新藤。
お前には俺の八つ当たりに付き合ってもらうぞ。
殺意にも似た決心を胸に、天音は静かに拳を握った。




