仮想訓練 Ⅳ
本日の授業は一限目から個人訓練。
朝から三宮女史のしごきに仮想体とはいえ音を上げてしまいそうになりながら、必死に三宮女史の動きを追いかけた。
「まだまだ!早く動けないのなら、せめて武器の取り回しを研ぎ澄ませ!」
今日の訓練内容は、三宮女史の攻撃をひたすら受け続けるというもの。
俺はぎりぎり彼女の攻撃を目で追えているが、これはまだ彼女の実力の半分ほどの速度だ。詩恵の矢とほとんど同じペースで放たれる斬撃は一つ一つが確実にガードの空いた部分を攻めてくる。
あまりにも速い斬撃に時々肉を切られつつも、どうにか致命傷になる攻撃だけは捌くことが出来てきた。
「よし、少し休憩だ」
「ありがとうございました」
『仮想体、復元します』
十分近く打ち合っていた、というより一方的に打たれた天音の身体には自動的に復元が実行されたが、三宮の身体には傷一つ入っていなかった。
「盾と両用の使い方……たしかにその電子刃は、銃弾や大槌の攻撃でも弾くことができる強固さがあり、一応武器としては機能している。だが、やはり手数の多い相手には不利だな。加えて、射程のある相手への対策としている捨て身の突進も、脳を守るために顔を覆ってしまう必要があるからあまり有効とは言えないな。だが、」
剣を鞘に戻した、と思った瞬間、先ほどまでとは一線を画すほど高速の斬撃が天音の首筋を撫でた。
「君は、しっかりと自分の強みも理解している」
首の皮一枚だけを切り裂いた斬撃。
もし、天音の剣がその軌道をずらしていなかったらどこまで斬られていたのだろう。
ぎりぎり割り込むことに成功したが、本当に切っ先がかすった程度。
「買いかぶり過ぎですよ。今のは偶然で……」
「ほう、偶然で私の『スラスター』に反応できたのか」
「……まさか、冗談ですよね」
「はたしてそうかな?」
いたずらに笑う彼女は、結局本当に『スラスター』を使用したのかは明言しなかった。
それにしても、あれだけ高速で打ち込みつつも、今の天音の弱み強みをたった一度の打ち合いだけで見抜いてしまうとは、さすが咬園学園随一の剣の使い手。
仮想体の戦闘は息も荒れないし筋肉が悲鳴を上げることはない。
しかし、実体の肉体を使わない分、反射という神経による反応、つまりは偶然のような動きは出来ないようになっている。
すべてを脳の命令だけで仕切る必要があるため、一年生の始まってすぐは体の動きの不自然さに驚いてしまったりもした。
「私は別に、学科試験一位だったから君を指名したわけではないよ?」
「え?」
「たしかに去年、君に質問されたとき、私は学科試験の成績順で決めることにしているといったが、そんな理由だったら藻是とイムを選ぶと思うか?」
俺は去年、どういう理由で自分が三宮女史の目に留まったのか気になって聞いたことがある。その時は、てきとうに上から順にと言われてしまったが、今考えてみると彼女の言う適当に意味がなかったことはない。
「ですが、あの時の判断材料は学科試験と能力測定くらいのものだったのでは、」
「2190年、七月十九日。県内のとある中学でノアーによる爆発事件が起こり、全校生徒並びに教職員の大半が逃げ出すようなパニックが発生」
「……」
「そんな状況で、ノアーに一泡吹かせたなかなか面白い生徒がいたらしい」
「よく調べましたね」
「調べてこんな情報は出てこないよ。岩田がうちから一人、少し危なっかしい生徒が入学するから気にかけてやってほしいと言うものでな。思った以上に色々問題があって、私も退屈しないよ」
「岩田先生がそんなことを」
「優秀な奴は最初からある程度、型が決まっているからな。その点君は能力面では申し分ないが、どの型にはめるにしても少しずつ欠けている。それに一見冷静に見えるがその実、感情に正直。こんな面白そうな素材は一条や二葉には渡せないだろう?」
「そんな不確定なことで俺を選んでよかったんですか」
すべての可能性を考慮したうえで判断を下す天音の性格ではありえない、感覚肌の決断。その決断が彼女にとって果たして正解だったのだろうか。
先生たちの評価で言えば、三年の藻是先輩や一年のイムなんかは三宮女史の評価を確実に上げていると言えるだろう。だがしかし、俺はその評価をゼロにしてしまえるほどの最低ランク。
俺だったら、こんな出来損ないを選んでしまったことを後悔してしま……。
「後悔はしていないよ」
「え……」
まるで思考を先読みされてしまったかのような三宮のはっきりとした言葉。
「まさか、ここまで戦闘が苦手だったとは思わなかったが、君が一番育て甲斐がある」
「そう……ですか?」
意外だった。
天音の三宮への印象は冷静で効率重視の現実主義者。てきとうと適当を使い分けて意識を割くべき物事をしっかりと判断できる人間だと思っていた。
「意外だったか?」
「……先生からは、俺と似たようなものを感じていたので」
「つまり、君は自分を過小評価しているということだな。確かに、私は論理的にものごとを考えられない人間は苦手だ。そういう人間は自分の得だけを考えて、その後のことを一切考えていないからな」
「では、俺は……」
やはり失敗だった、と口にしようとしたが三宮はそれを遮った。
「だが、完全に論理で動く人間はもっと嫌いだ。だから、君と私が似ていると感じているのなら、それは正しい感覚だな」
三宮女史は優秀な教師だ。
それは誰もが認める事実であり、俺一人の評価ではない。
そんな彼女と自分に共通点があるとするならば、それは損得の計算を常に考えている点だと思っていた。
それだけで、彼女に自分を重ねた自分はあまりに短絡的だと思っていたが、自分と似たものを持っていると思っていたのはどうやら自分だけではなかったようだ。
「……三宮先生。もう一つ試してみたいことがあるんですが、いいですか」
「ああ、いいとも。もし私に傷を付けられたら私のポケットに入っている飴をあげよう」
「いいですね。それでは、行きます!」
俺は自分のランクにこだわりなんてなかった。
次にノアーと相対するとき、あいつの仮面を剥ぎ取るだけの力を身に着けられるのであれば、そんなランク付けに興味はない。
しかし、気が変わった。
これだけ真摯に向き合ってくれる先生に、俺は人生で二人も出会ってしまった。少しはなにか目に見える結果を残すくらいしても、誰も文句は言うまい。
一限目の訓練が終わり、第一仮想訓練ルームを出た天音は、戦利品をポケットに入れると三組の教室へと戻った。
雀や徹たちはまだ訓練中なのか、彼女らの姿は教室内にはなかった。
次の授業は一般常識の座学だ。そのうち戻ってくるだろうと思い、天音は自分の席について、半分ほどまで読み終わった小説を開いた。
指先と目線を動かし数ページ読み終わったころ、廊下の方でなにやら同じクラスの生徒たちが騒ぎ立てていた。
「なんかうちのクラスの子たちが四組の新藤くんと言い争ってるって」
不穏な会話が耳に入り、気づいたときに天音はすでにタブレット端末を放置して立ち上がっていた。




