仮想訓練 Ⅲ
「よし、それじゃ今日はこれくらいにしておくか」
「そうだな。速い弾への反応もだいぶ慣れてきたし、助かったよ」
あの後、雀と詩恵に一人ずつ射撃を行ってもらい、それを発射角から弾道を予測してそこに剣を置く、という練習を何度も繰り返した。
詩恵は射程とリロードの必要ない弾幕、雀は連射速度と弾速で常にプレッシャーをかけていた。
交代でこれらが繰り返されることで天音の動体視力、判断力はかなり鍛えられただろう。
「しかし、一朝一夕ではやはり難しいな。また、明日もお願いしていいか?」
「ああ、もちろんだ」
「むしろ、私がリベンジするんだから引きずってでも連れてくるわ」
「任せて!明日も天音を頑張ってハチの巣にしてあげるから」
「そ、そうか」
無意識に恐ろしいことを言う雀だが、本人は善意で言っているのだから指摘し辛い。
四人は仮想体を解除し、元の次元を生きる体へと意識を戻した。
仮想体に変換するときとは打って変わって、現実の体に意識を戻すときは簡素なもので、『解除』と呟くだけでブレーカーが落ちたように意識が元の体に返される。
「あー、疲れた。天音、帰りになんか奢ってよ、おなかすいちゃった」
「ふむ、たしかに夕飯までまだ時間があるしな」
徹と詩恵は物欲しそうな顔で天音を見ている。
「二人とも、そんなこと言っちゃ……」
雀の言葉を遮り、雀のおなかから空腹を訴える叫びがしっかりと全員に聞こえる音量で響いた。
「ほら、雀もこう言ってるよ」
「私はなにも言ってないよ……」
顔を真っ赤にして小さな抵抗を見せた雀だったが、あまりの恥ずかしさに耐えられなくなったのかどんどん小さくなっていく。
「うん、そうだな。お礼ということでなにか帰りに食べていくか」
「やったー!」
戦闘においては負けず嫌いで異様なこだわりを見せる詩恵だが、一度臨戦態勢を解くと子供らしい無邪気を見せる。
二面性というと聞こえが悪いが、これだけ切り替えの早い人間もそういないだろう。
あれだけ鋭い目をしていた詩恵が屈託のない笑顔ではしゃいでいる姿はなにか微笑ましいものがあった。
「それじゃ、今日はもう……」
「なんだ?誰が使ってんのかと思ったら、お前かよ、城野」
楽しげだった雰囲気をぶち壊す、舐めるような声が入り口の方から聞こえてきた。
声に反応し、四人は入り口の方に眼を向けると、そこには入り口を塞ぐようにして三人の男子生徒が立っていた。
「新藤……」
その中の一人、声をかけてきた人物には見覚えがあった。
ランク戦の最終戦。
天音がなにもさせてもらえず、加えて一撃で戦闘不能まで追い込まれてしまった相手。
「なんの用だ」
「なんの用もないよ。一番大きい第一模擬戦闘ルーム使いたかったのに、どこかの誰かさんたちが先に居座ってたんでがっかりしてただけだ」
詩恵たちのものとは違い悪意十分の嫌味に、反応したのは俺だけではなかった。
「誰だ、あいつ」
「二年四組、新藤香月。前回のランク戦では八勝二敗の好成績でBランクの優等生だ」
「さすが城野。頭の出来だけは学年一だな」
「ああ、君とは違って才能には恵まれなかったものでね」
「謙遜するなよ。しかしまあ、そんなに練習しているのに、結果が振るわないとは悲しい奴だな」
「なに、あいつ……頭ぶち抜いてやりたい」
怒りを露わにし、隠そうともしない詩恵は、仮想体を解除しているのに弦を引きそうな構えを取っている。
「詩恵、落ち着いてくれ」
前に出そうな詩恵を制し一歩前に出ると、さらに新藤の罵倒は続いた。
「どうせなら、俺が相手してあげてもよかったんだよ?戦闘ルームが処理落ちするかもしれないけどね」
新藤だけではなく、後ろに立っている取り巻きたちもにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべ、天音の後ろに立つ三人も相当頭に来ているようだ。
「どうしてなにも言わないのよ」
「事実だからしょうがない。今の俺ではあいつに一泡吹かせる能力がない」
「だったら私が殺ってやるわよ」
やってやる、の部分に不穏ななにかを感じるが、どういう理由であっても俺のトラブルに彼女らを巻き込むわけにはいかない。
「だめよ、詩恵。天音が我慢してるんだから……」
「でも……っ!」
天音はずっと新藤たちの方を向いていたから気づかなかった。
ずっと大人しくしていた雀はこの状況に怖気づいて黙っていたわけではなかった。
彼女の手はずっと腰の位置に当てられ、まるでそこにホルスターが存在しているような威圧感がある。必死で自分の怒りを制していることは頭に血が上ってしまっている詩恵でさえも臆してしまうほどの圧力だった。
「ここは黙って見守ろう。こいつも男だ、女子に庇われてしまったら立つ瀬がないだろう」
言葉だけはいつものような穏やかな徹と同じだったが、その唸るような声と険しい表情がぎりぎり平静を保っているように見えた。
「今日はもう終わりにしようと思っていたところだ。使いたかったらそのまま先生に許可を取って使うといい」
「……そうだな。鳴かないホトトギスに時間使うほど俺たちも暇じゃないからな」
そう言い残すと、三人は職員室の方へと向かっていった。
最後の一言まで悪意に満ちた言葉しか出てこないとは逆に感心してしまう。
新藤のための対策も考えていないわけではないのだが、今ここでそれを口にしたところで昨日の今日では負け犬の遠吠えでしかない。
「よく耐えたな」
「悪かったな。いやな気分にさせてしまった」
「はあ、いいわよ。そのうちランク戦で当たったら体中穴だらけにしとくから」
「私も、天音の仇は討つから」
「はは、それは嬉しいが、どうせだったら自分であの気障な顔に刃を突き付けてやりたいな」
天音にも悔しいという気持ちがないわけではない。
ただ、嘲や憎悪といった悪意を自分に向けられても、怒りの感情というものがあまり湧いてこないのだ。
「さあ、邪魔が入ってしまったが行くとするか」
「おう、そうだな」
「じゃあ私、肉食べたい!」
「野性的だな」
「体動かした後はタンパク質が欲しくなるのよ」
「いいんじゃないか。徹と雀が良ければの話だが」
「夜ご飯食べられなくなっても困るから、ちょうどいいかもね」
「俺も異論はない」
「それじゃ、さっそく行こう!」
どうにか彼らの怒りも鎮まったようだ。
自分のために怒ってくれた気持ちが決して嫌だったわけではない。
だが、戦争を一か月後に控えたこの状況で諍いは極力少ない方がいい。
疎まれるのは俺だけで十分なのだ。
だから、もしこの場の誰かに俺に向けられた悪意の一端でも向いたなら、俺は自分でもどういう行動に出るか想像出来ない。




