仮想訓練 Ⅱ
『仮想体、復元します』
模擬戦闘ルームにのみ備えられているシステム、復元が作動し絶命したはずの徹の体はもとの状態へと戻っていく。
深々と刻まれた首の傷は赤色のドットを散らしていたが、復元によって補修された首は抉られた部分も含めて綺麗にもとの形に再生した。
「おお、やられた、やられた」
「すまない。戦闘不能まで持っていく必要はなかったな」
「いや、模擬戦とはいえこれは戦闘だ。手を抜かれる方が後味が悪い」
喉笛を掻き切られた徹は、勝負が終わるといつも通りの穏やかさを取り戻した。
痛覚が存在しない仮想体であっても喉を斬られれば、表現し難い不快感が襲ってくる。急所である喉、頭、心臓などはそれらの感覚が末端よりも大きめに設定されているため、それなりに苦痛を伴っているはずなのだが。
「それで、これにどういう意味があったんだ?ただ普通にカウンターを食らっただけのように思えるんだが」
「正解、これはただのカウンターだ。だが、俺はあえて一撃目二撃目は躱して、一番威力の乗った三撃目に狙いを定めていた」
「威力の高い……それだとリスクが大きくなるだけじゃないの?」
「たしかにリスクも大きいが、威力の高い一撃は小手先では出せない分、隙も大きくなるんだ」
「なるほど、大ぶりの攻撃だけに狙いを定めるってわけか」
「そうだ。だが、これは相手の癖を知っている必要があるから、少なくとも一回は戦ってみないと使うことが出来ない。加えて、詩恵や雀のようなある程度射程のある電子刃だと一切効果がない」
「だから俺が一番手だったのか」
合点がいったらしい徹の反応に天音は頷く。
「でも、それだと私たちにはできることはないってことかな?」
「いや、そういうわけでもない。これはまだ不確定要素が多い策なんだが、今度は雀と詩恵、二人同時にお願いしたい」
「二人同時?」
あまりにも無茶な申し出に、三人は怪訝な顔をした。
「天音、それはさすがに無理があるんじゃ……」
雀も心配そうにしているが、これは自分たちの方がランクが上なのに、という見下したような心配ではないことは理解している。
「射程持ち二人相手に、そんな近接武器で挑むこと自体無茶だって言うのに、そんなゼロ距離でも扱いが難しい電子刃でどうするつもりだ」
「それは……」
「まあいいじゃない」
「詩恵?」
一歩前に出た詩恵は自分の電子刃である弓を引くモーションを取った。
詩恵の手には矢は握られていない。このまま引いたとしても、放たれる矢がないのでは弓は機能しないはずだ。
「はーい、仕事の時間よ、メテロー」
詩恵の言葉に反応したように、名前を呼ばれた電子刃はその能力をようやく覚醒させた。
実体があるのかもわからない光の矢が生成され、解き放たれた矢は天音に向かって一直線に飛んでいく。
「……っ!」
「……さすがね」
放たれた矢は天音の頬を掠め、二百メートルを超えた辺りで自然と消滅した。
「詩恵!?」
「お前、どういうつもりだ」
状況の把握できない二人が詩恵に詰め寄るが彼女は平静を保ったまま淡々と続けた。
「悪かったわよ。でも、これでもう二人を同時に相手にするなんて、馬鹿にしたようなことは言わないわよね」
「……そうだな。詩恵を侮っていたわけではないんだが、そういうことなら一対一で正々堂々とやろうじゃないか」
「おい、雀、離れるぞ」
「え、えぇ?」
「それじゃ、その対策とやらを、見せて貰おうじゃない!」
詩恵の性格からこういうことになる想定はできたはずだったのだが、ほかのことに気を配るあまり俺としたことが見誤ってしまったようだ。
超至近距離からの三連射撃。
通常の矢を使うのならこんな芸当は現実的ではないのだが、詩恵の使う電子刃『メテロ819』は秒間三発という驚異的なペースで打ち出すことができる。
連射するときはほとんど照準を調整する暇がない。
これならば避けられる。
至近距離ではあったがほとんど同じ軌道を辿って飛来する矢を、左足を一歩引くことで躱す。
「まだまだ!」
今度は発射のペースが少し遅い。四本の矢が扇状に広がり、左右への回避を完全に封殺している。
「仕方ないか……」
徹との戦闘時とは打って変わり、天音は矢の軌道よりもさらに体勢を低くし、さらに距離を詰めた。
「そうするしかないわよね!」
読まれていた。
そもそも近接武器の天音には距離を詰めるほかに方法はないのだが、この攻撃で打って出ることまでバレてしまっていたようだ。
間髪入れずに放たれる五連射撃。
そのすべてが急所に向けて放たれ、一発でも被弾すれば即死は免れないだろう。
「……素直な軌道だな」
頭に二発、喉に一発、心臓に二発の矢がほとんど一直線の軌道で天音に向かってくる。
天音は右手に握っていた電子刃を顔の前に突き出し、頭と喉に被弾するはずだった三発の矢を弾いた。
しかし、このままでは心臓への被弾は避けられない。
被弾する瞬間、このタイミングで!
跳ぶ!
「な……!?」
前方に向かって全力で跳んだ天音の痩身が電子刃の刀身でほとんど遮られる。
完全に躱しきることが出来ず、足に被弾してしまったが、この距離であれば再び跳躍する必要もない。
剣の間合いまで飛び込んだ天音は剣の防御を解き、袈裟斬りの構えを取る。
詩恵も反応して後方に跳躍するが、天音の剣はすでに肩口を捕らえようとしている。
これなら、届く。
「まだ……!」
「な……!?」
予想外にも、詩恵は予想以上に体を反らしぎりぎり剣の間合いから抜け出してしまった。
しかし、すでに振り下ろされる剣を制することも出来ず、天音はそのまま剣を振り抜いた。
届かなかった……。
手ごたえはなく、切り裂いた空気の感覚が歯がゆい。
次の瞬間に放たれる一矢を天音は静かに待った。
しかし、矢が天音の頭を捕らえるよりも先に地面に激突してしまい、アスファルトががり
がりと皮膚を削る。
「俺の負けだな」
顔を上げるまでもなく自分の敗北を悟った天音は両手を上げて降伏の意思を示した。
「……それ、どういう意味?煽ってるんだったら、その頭に千本くらい矢ぶち込んであげるけど」
「……どういうことだ?」
どうにも話がかみ合わない。
顔を上げた瞬間に打ち込まれることも予想したが、意を決して天音は顔を上げた。
『仮想体損傷甚大、戦闘不能』
再び感情のないナレーションが入り、仮想体の絶命を報せてくれる。
しかし、仮想体が死んだのは天音ではなく、詩恵の方だった。
「もう、絶対躱せたと思ったのに」
悔しそうに頬を膨らませる詩恵の表情には威圧感よりも可愛らしさの方が目立つが、未だに天音は状況を理解できずにいた。
「届いた……のか?」
「これを見ても信じられないの」
見せつけられたのは詩恵の体に刻まれた左肩から右脇腹にかけた深い傷。
おそらく心臓に届いているであろう、その傷はたしかに天音の想定していた剣の軌道をしっかりとなぞっていた。
『仮想体、復元します』
仮想体の復元は天音にも行われ、被弾した足に穿たれた穴も綺麗に元通りに治った。
「あーあ、これでしっかり天音の作戦通りになったってわけね」
「いや、たしかにそうなんだが……」
たしかに、天音は射程のある相手に対して有効な攻略手段として電子刃を盾にする方法を考えていた。
事実、途中までは天音の想定道理に運んでいたのだが、あの瞬間だけは完全に想定外だった。
「でも、これで一勝一敗だからね。明日もまた勝負よ!」
「ああ、こちらこそ頼むよ」
「もう、詩恵ってば本当に負けず嫌いなんだから」
「いきなり矢ぶっ放したときはさすがの俺も驚いたぜ」
「悪かったわよ。でも、これで雀と同時に相手にするなんてもう言わないわよね。それに……」
詰め寄ってきた詩恵は天音の耳元で小さく呟いた。
「雀とあんたを戦わせるなんて、可哀そうなことさせられないでしょ」
「どういうことだ?」
「少しは雀の気持ちも考えろってこと」
それ以上詩恵は何も言うことはなく、代わりに脇腹を突かれそのまま詩恵は踵を返した。
なにもかもが予想外なことばかりで処理が追い付かない。
「しかし、あれは一体……」
何よりも、確実に空振りだったあの斬撃がしっかりと詩恵に届いていたこと。あれだけが、天音の思考を支配し、他のことはすっぽりと抜け落ちてしまった。




