マ族のマはマッチョのマ
「マ族、攻めてくるってよ」
そんな情報が出回ってから数日、実際には何も動きがなくてあたしは退屈していた。
「今日は、何かすることありますかねー?」
「うむ。マ族が今日にも動き出すかもしれんからな。引き続き動向を調査してくれ」
最近はそんなんばっかり。マ族なんて本当はいないんじゃないだろうか。
と、文句を言っていたら以前怒られたので、今日はおとなしくしておく。
それにしても、暇だわ。
「あたし、外見回ってきまーす」
何かと理由をつけて、外に出たいあたし。
そこへ。
「ギルドから連絡があった。町の東の森にマ族の陣営が見えたらしい」
ついに、お待ちかねのマ族がきた。
「急いで速報を刷ってくれ。臨時で配達も頼む」
「あたし、前線の取材に行きたいです!」
「この忙しい時に何言ってやがる! だが。むむ。前線の情報も貴重だな。行ってくれ」
そんなわけで、大通りに出てきた。
冒険者達がいよいよ戦いの最終準備をしている。
装備を点検するもの。パーティーメンバーで打ち合わせをしているもの。腹ごしらえをしているもの。
みんな邪魔だった。人が多すぎ。死ねばいいのに。
人だかりの合間を縫って移動していると、見知った顔があった。
「およ? いつぞやの新聞記者さんじゃないか」
いつぞやの、優男の冒険者だ。
「あらあらどうも。優男さんは準備ばっちりですか?」
どんな感じで死ぬのかな、なんて楽しみ。
「いや、私は戦いなんかより生産が向いてるからね」
貧弱! 冒険者なのに戦いもしないのかー。
「考えてみれば私は、マ族と戦うよりもコンドームを作っていたほうが世の中の役に立ってる。自分の強みに気づいたんだ」
まぁたしかに、コンドームは大切だけど……。
てかコイツが作っていたのか。
儲かってんだろうなー。
クソ、うらやましい。
死ねばいいのに。
「前線、行かないんですか?」
「行かないよ。他に転生してきた人達はみんな、おぉ勇者よとか言われて、この世界を救うんだーとか思ってるらしいけど、ほんと、バカだよね」
愚痴なのかな? 自分の臆病さを正当化しているのかしら。
「バカ?」
「そう。世界を救おうだなんて、普通の人は考えないよ。
そんなことより、自分の変わらない日常のほうが大切。
自分の力で世界を救えると考えているだなんて、狂気の沙汰だよね。
一人の力なんて、たかが知れてるんだから。
それなのに本気で世界を救おうとか思うのは、狂気だよ。
みんな、知らずに狂気の世界に正気で突っ込んでいるんだ。
これをバカといわずに何という」
「そうなんだー」
要するに怖いんでしょ。
そんな自分を必死に正当化して、ほんとつまんねーやつ。
まぁでも、コンドーム作ってくれてるのはありがたいけど。
なかったら今ごろあたし、誰かのお母さんだもんね。
嫌だよ。子供なんてめんどくさい。
「前線に向かうのかい?」
「仕事ですからねー」
「それも、狂気だね」
うるさい、死ね。
「あはは。そうですねー」
テキトーに返事をしておく。
「死なないように気をつけてね」
お前はあたしが殺してやろうか?
あ、だめだめ。コンドームなくなったら困るからね。
殺意を言葉には出さず、愛想笑いでその場を去った。
……苦笑いだったかも。
前線が近づいてきた。
冒険者たちの歓声やら、装備がガチャガチャする音で騒がしい。
「よし、敵は引いたぞ。深追いはするな。森に伏兵がいるかもしれんからな。
後続の冒険者たちと合流した後、追撃をする。それまで小休止だ」
リーダーっぽい人が指示を出していた。
「小休止か。かったりーな」
聞き覚えのある声。見覚えのある金髪のオールバック。
なんでレオナルドがいるの?
「アニキ、そう言わずゆっくりしてください。
転生者と違って、アニキにはステータスやスキルないんっすから」
「あ? ステータスやスキルのないやつにぶっ飛ばされてるお前はどうなんだ?」
「それを言わないでくださいっす……」
レオナルドの隣。黒髪のオールバックがいる。
オールバックブラザーズだ。
なんか、聞いたことある声なんだけどな。
「レオナルド、どうしてこんなところに?」
「クリスか? 俺はバイトだ。お前こそなんでこんな危ないところに?」
「あたしは取材よ」
えっへん。
「アネキ! こんなとこまで来たら、危ないっすよ。もう少し下がっていてください」
黒髪のオールバックが声をかけてきた。
うんうん。声をかけたくなるのも仕方ないね。あたしかわいいからね。
さながら、戦場のヴィーナス。砂漠のオアシス。荒野のサボテン。
そんなところかしら。
「ご心配ありがとう。でも、あたしがいた方がやる気出るでしょ?」
「アネキは相変わらずっすねぇ」
ん? 知り合い?
「ヤスハルにな、バイトとして連れてきてもらったんだ」
「アニキ、内緒っすよー?」
ヤスハルだったんだ。前髪ぱっつんだったのに、オールバックなんて……
あたしは必死だった。笑いを堪えるために。
ヤスハル、変わりすぎー。なんか、ニキビも目立たなくなってるし。
一晩でずいぶん成長したもんだなー。しみじみ。
プププ。
口を押さえていたけど、笑いがもれてしまう。
「あぶねえっす!」
肩を押された。
あたしのいた場所に、何かが落ちてくる。
赤黒いものが土を汚していく。
腕。首。
左肩から袈裟斬りにされた、マ族の上半身だった。
「おいおい。ほんとあぶねーな」
「特攻してきたやつが斬られてそのまま飛んできたんすね」
あたしはマ族を眺めていた。
形だけみたら、人と変わらないな。
ただ、その腕の太さが人の脚ほどある。
まだ、生きているらしい。
「あなた、マ族?」
タイトル案
・マ族のマはマッチョのマ