新人記者と棒倒し
その夜あたしは夢を見た。
夢の中で、幼いあたしは何もすることがなくて退屈している。
父親は仕事で忙しく、母親は遊びなんて知らなかった。
仕方ないから大抵のときは一人で、砂山を作ったり、棒を倒したりして遊んでいた。
「父さんはな、家族のために働いているんだ」
家に帰ると度々、父親はそう言っていた。自分に言い聞かせるかのように。そんな父親に母親は文句を言う。
「何よ、働いてるのが偉いみたいに。仕事仕事って、ちっとも家族を大切にしていないじゃない。家族のために、なんて言ってるけど、本当のところは仕事にのめり込むための理由付けじゃないの」
そんなこと言ったらだめだと思うんだけどな。あたしだって、寂しいの我慢してるんだし。わがまま言ってたら迷惑になるんだから。
「なんだと! 家族なんだから、協力しないといけないだろ。食っていくためには稼がなきゃならん。そのために頑張っているんだから、もっと応援してくれてもいいじゃないか」
母親とはよく言い合いをしているけど、父親はあたしにはいつもやさしかった。
「クリス、しっかり食べて大きくなるんだぞ~」
「はーい」
あたしは満足気に、その日の夕食、肉厚な白身魚を頬張っていた。あたしは父親のことが好きだったと思う。そして父親も、あたしを愛してくれていたと思う。もちろん、大切な我が子として。
けど、次の日もあたしは一人で遊んでいた。
大切な家族を守るため、というけど、大切ってどういうこと? 守るって、どういうこと?
「何をしているんだ?」
そんなあたしに声をかけてきたのが、レオナルドだった。
「棒を倒して遊んでいるの」
あたしは他人に興味もなく、棒に集中して砂山を削っていた。どんな削り方をしたら棒を倒さずにぎりぎりまで削れるか。棒が倒れる方向を変えるには、どう砂山をコントロールすればいいのか。時計の一時から十二時まで順番に、その方向に棒が倒れるように練習していた。
レオナルドが声をかけてきたのは、五時の方向に棒を倒していたときだった。
「そうか。楽しそうだな。がんばれよ」
そういって彼はしばらく、あたしが棒倒しで遊んでいる姿を眺めていた。
一緒に棒倒しで遊ぶようになったのは、翌日からだ。
「あ、違う方向に倒した。レオナルドの負け~」
「かったりーなぁ」
遊び仲間ができて楽しくなったのだけど、心のどこかで寂しさを感じていた気がする。
しばらくして、母親が家を出ていった。
父親が守りたかった家族って、何だったのかな?
大切なものを、大切にするって、どういうことなんだろう。知りたいな……
目が開かない。真っ暗だ。
悪の組織に捕まって、改造手術を受けて、まぶたを縫い付けられたのかな。
ベッドの上でまぶたに力を入れる。
眉毛だけ吊り上がった。変顔になっているかもしれない。
両手は動く。
指でまぶたを押し広げた。
目が開いた。
どうやら、目やにでまつ毛がくっついていたらしい。
幼い頃の夢を見たけど、おかしな気分だったな。なんだったんだろう。
ま、いっか。
考えても仕方ないことだし、今の生活や仕事が大事だしね。
さて、仕事仕事~。