魔剣? そんなことより鉄拳だ
「お前が黒幕だったのか?」
怪訝な眼差しで見つめられる。注目されてる感じでちょっとうれしいけど、あたし関係ないから。
「違うよ。あたしはその人のこと知らないし、名前も知らない。関係ないよ」
怯えた表情で答えてやる。知らない人に名前を呼ばれて、そそのかされたんだとか言われたら怯えるよね、普通の人は。
「こ、このやろ……。昨日も今日も一緒に寝たくせに!」
それをここで言うか。あたしのイメージが崩れるじゃない。良い子のクリスちゃんは、誰にでも股を開くようなアバズレじゃないんだから。
「えぇ……怖い……」
怖すぎるわー。初対面なのに一緒に寝たとかいう知らない男も、幼馴染から向けられる疑念の眼差しも。
細めた目で見つめられる。あたしも負けじと見つめ返す。
あたし嘘ついてません、という目で。
「助けてレオナルド……」
媚びた上目遣いになる。
「かったりーなぁ」
やっぱり信じてもらえないかなぁ。長い付き合いだもんね。嘘くらいわかるよね。鉄拳制裁も仕方ないか。
観念して、ぎゅっと目をつむっていた。
「俺はクリスが本当はいいやつだって知ってる」
「え?」
そっと目を開く。
レオナルドは、ヤスハルの方へ向き直っていた。
「信じてくれるの?」
「長い付き合いだからな」
「遠慮しなくていいんだよ? バチーンと来てもらっても」
本当は遠慮してほしい。
「もういい」
いいんですかー! ラッキー。
「ありがとう、レオナルド」
ということは。
「観念しな、コソドロ野郎」
すべての責任はヤスハルにあります!
「ななな、なんでだよぉ!
その女、絶対怪しいじゃないかぁ」
「言い訳すんじゃねぇ」
拳を鳴らしながらレオナルドが近づいていく。
「くっ、こうなったら力づくだ!」
剣を振りかぶるヤスハル。
レオナルドは左にステップ。右半身をひいてそれをかわす。
そのまま軽く一歩踏み込む。右ストレート。
顔面に直撃し、ヤスハルは倒れた。
「くっそ。なんでだ……。魔剣を手に入れたのに。ステータスの加護だってあるんだぞ……」
剣を取り落し、顔を押さえながらヤスハルがつぶやく。
「その剣は魔剣なんかじゃねぇ。花屋みてーに色とりどりになるように、色粉を混ぜて打った、ただの鉄の剣だ。大体、柄もついてねー剣をまともに使えるわけねーだろ」
たしかにそりゃそうだわ。よく握れたな。
「仮に魔剣だったとしてもだ。こっちはいつも仕事で命の重さのハンマー振ってんだ。強い武器手に入れて、手っ取り早く強くなろうなんて浅はかな考えのやつに、負ける気はしねえ。ステータスなんてもんより重たい魂込めてんだ。なめるんじゃねえ」
頭だけ持ち上げていたヤスハルは、完全に伸びていた。おっつかれー!
「さっすがレオナルド。ありがとう。こわかったー」
力のない少女を装いつつ。
「大したことじゃねえ。ま、お前は本当は悪いやつじゃないって知ってるからな」
いやー、本当のあたしが知られなくて良かったよー。レオナルドもまだまだ分かってないなぁ。プププ。あいつの方が分かっていたかも。
倒れている男を見る。白目むいていた。
あいつ、起き上がったらあたしのこと恨んでるかな。いいようにおちょくってたもんね。あたしが人を恨むのはいいけど、恨まれるのはだめよね。
なんとか始末をつけとかないと。
「レオナルド、このどろぼう自警団に突き出して捕えてもらおうよ。気がついたらまた盗みやりだすかも」
「そん時はまた一発殴るさ。これでこりただろ」
甘い、甘すぎるよレオナルドくん。それじゃああたしが危ないじゃない。
「あたしは不安だな……」
ヤスハルを見る。黒髪の前髪ぱっつん。幼い顔の口からは泡を吹いている。
ま、こいつには報復するような度胸ないか。大丈夫だわ。
「ま、レオナルドがいるから大丈夫ね!」
泡を吹いた顔が起き上がってくる。
ぎょええ。
「レオナルドさん」
「あ?」
「あんたの鉄拳にほれました。弟子にしてください!」
「お前、頭大丈夫か? おかしなところでも打ったか?」
「そうじゃないんです。僕、今まで誰からも殴られたことなくて」
レオナルドを見上げる目が少し潤んでいる。
「生まれて初めて、魂のこもった拳をいただきました。それで、気づいたんです。人の強さっていうのは、持っている武器とかスキルやステータスで決まるものじゃないって。レオナルドさんには本当の強さがあると感じました。ぜひ弟子にしてください。僕も、本当に強い男になりたいんです……!」
「……かったりーなぁ。強くなりたけりゃ自分で頑張れよ」
ため息まじりで言うレオナルド。ちょっとうれしそうだぞ。
「まぁ。いいぜ、勝手にしな」
「ありやっす!」
ヤスハル、多分殴られた衝撃で、頭のネジがどっか飛んだんだろうな。
「アネキには、いろいろ思うところはあるっすけど、今は飲み込んでおくっす。自分で強くなるって決めましたから。全部自分の責任っす」
おかしなことを言い出しているし。急に性格変わりすぎ。
タイトル案
・剣どろぼうに鉄拳制裁
・嘘の見破り方
・頭のネジのぶっ飛ばし方
・華やかな剣には毒がある
・弟子の心得