女とグラディウス
初投稿です。
一本の剣がある。
刃渡り50センチ程度、肉厚幅広の両刃をもつシンプルな直剣だ。
主要な構成元素は鉄(Fe)。
原子番号26の元素で、単体では十分な強度を発揮できない。
微量な炭素原子(C)や、マンガン(Mn)、ケイ素(Si)などと混ざりあい、結合し、強固な結晶構造をとることで実用に耐える素材となる。
また、人間を含む多くの動物にとっても、タンパク質と結びついた鉄は血液として酸素を全身に運ぶ重要な元素である。
他の元素とどのように結びつき、どのような結晶構造をとるかによって、様々な働きをする鉄だが、働かない鉄はこの世界に存在しない。
してはならないのだ。
世界にとって意味を持たない鉄は、異次元へと消えていく。
かつて鉄鉱石と呼ばれ、自然界に存在した鉄は全て消え去った。
同時に、死んだ人間の体が消えて、その場所に剣が現れる、という現象が時々起こり始めた。
今この世界に存在する「剣」は、そのようにしてできたものだ。
その現象を神と呼ぶ者たちもいた。
意味のない鉄が存在しないのなら、「剣」が存在する意味は何なのだろうか。
今、一本の剣が、意味を成そうとしている。
暗闇の中、妙齢の女が裸足で走っている。
剣と女の距離は、少しずつ詰まっている。
後ろを振り返る顔は恐怖で歪んでいた。
ついに剣が追いつき、背中へ振り下ろされる。
衣服を破り、筋肉を切り裂き、骨を打撃する。
叫び声をあげようとするが声にならない。
倒れた女のアキレス腱にさらに剣が振り下ろされる。
今度は悲鳴があがった。
助けは来ない。
這いずり移動する女の、二の腕への斬撃。
「いっ、いや……」
ダルマ状態となった女が、やっと発することができた言葉はそれだけだった。
ドロドロとした液体が地面に流れ、女のものだった手足は熱を失っていく。
この世界で死んだ者は、二つの塔のどちらかを登るという。
「受容」と呼ばれる塔と、「拒絶」と呼ばれる塔だ。
登ってみなければどちらの塔かは分からない。
前者を登ったものは、自然に帰ることを許される。
バクテリアによって分解された肉体は腐り、腐敗したガスをまき散らし、ウジ虫の餌となり、水分は蒸発し、骨は乾燥して粉になる。
後者を登ったものは、異次元で分解され、鉄原子と組み合わされて剣となり、再びこの世に存在し続ける。
剣は人を殺すために開発された。
人を殺すために使われることが、剣が存在する意味であり、そこに正義も悪もない。
槍や弓であれば狩猟、斧であれば伐採、槌であれば工作、鎌であれば農業など。
他の武器であったなら、別の存在意味もあったはずなのに。
暗闇の中に、殺された女と、一本の剣。
そして男の絶叫。
その光景は、死者の魂が塔を登りきるまで続いた。