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シャッター音のむこうがわ。

作者: お花

「先生、どっか行っちゃったね。」


何時かの夏の合宿、東京を知り尽くしている君は、渋谷のど真ん中でそんな風に言った。


どっか行ったんじゃない、私達が何処かに行こうとしているんだ。相手の声音が何処となしに弾んだものに聞こえたから。


きっと私が其処でそうだね、なんて行ったらほんとに君は私を何処かに連れて行くのなんて容易だろう。


そして私も、それを期待している。君は今は前を向いて携帯を触っているけれど、振り向いたらきっと手を差し伸べて来るだろう。


太陽の光で薄まった夏の青い青い、青過ぎる空。青過ぎて黄緑にも見える空。


ぴたりと人の動きが止まった。私の汗の動きも止まった。世界が灰色になった。……時間が止まっていくのを、ひしひしと感じた。


きっと私以外の皆は時間が過ぎているんだろう。私だけが、君の判断を下すことが出来る。


私には二つの権利がある。いや、三つかもしれない。


一つ目はこのまま振り返られる手を取る。そうすれば喜ぶだろう。君はきっと。


君の好きな東京の場所を教えてくれて、日陰で二人で食べる溶けたアイスクリームは素晴らしく美味しんだろう。


君の行きたい所にも連れて行って欲しいな。私はアニメとかそういう類の物が好きだし、秋葉原にも行ってみたいなぁ、なんて言ったら、君は本当に連れて行ってくれるだろう。


飴みたいな甘い選択肢とは違う二つ目に、このまま断るってのもある。それは神様の教えに従うって事なのかもしれない。愛されたいって事なのかもしれない。


正しいって事は人に好かれたり愛されたりする事じゃないかもしれない。でもそういうのは世間に愛される。そういう事なのかもしれない。


だって合宿はこれで終わりじゃないから、断ったって君が傷付く道理は無い。別に私達は恋人じゃないんだし、嫌われるのは怖いけど其処まで恐れなくてもいい。だからこの


じりじり、日差しが照りつけて来る。昨日の鎌倉高校前で見た海の太陽よりも、もっともっと冷えた、恐ろしい日差しが。


三つ目の選択肢を言う前に、私は声を出した。


「ねぇ、先生はあっちに居るよ。」


ハチ公前に先生と沢山の友達が居た。無理矢理その手を掴んで行けば、この冷たい日差しは止まるだろう。


でも君は、振り返らない。ずっと手元の携帯を見ている。


三つ目は、私がその手を掴んで、二人で楽しい逃避行。君が否定するのも聞かずに手を引っ張って、薄い青空が届かない場所まで。


森まで行くのもいいなぁ。海ばっかり行ってたし。そういや君は何処に行きたいって言ってたっけ?


……そうそう、聞き慣れたあの場所だよね。じゃあ行こう。こうやって引っ張って来たところで悪いんだけど、何分初めての東京だから分からないし教えてくれないか?


……そうやって言って、逃げ出したら。最初は難しい顔を君はするけど、きっときっと、笑ってくれるんだろう。


さぁ、もう決めなくちゃいけない。進まない時間の中で一分が経ったんだ。世界が見ている。全てが見ている。私と君の選択を、皆が見ているんだ。


この選択はきっとこの先の人生を変える。この選択は、きっと世界を変えるんだ。

吹かない風が吹く。背中を押す。私の選択はころころ変わる。


涙と汗が混じって、私はそこそこ大きな声で。


「せんせい、あっちに居るよ。」


もう一度、君が聞こえないふりをした言葉を言った。結局私は世間に愛されたかったんだ。それだけで、この善意を返した。

いや違う。これは正しい事なんだ。

言葉が回る。身体が煮える。

君はゆらり振り返って、


「ほんとだ。」


感情を出さない君だから、あの声が嬉しかった。掠れた声を奥にやって、


「さぁ行こう。」


そう言った。私は確かにそう言った。そういえば古文で省略されている場所があるらしい。


きっと私のと古文は違うが、省略せずに言うのなら「さぁ行こう。冒険の始まりだ!」って、勿体ぶって言ってただろう。君は私の奇行に笑ってくれる。軽蔑はしない。


多分私が先に歩いた。そしたら君も続いてくれた。


先生は近くに見える。指でカメラを作ってファインダーを覗いたら、空は青くてたまらなかった。

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