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セミ相撲 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へっへっへっ、こーちゃん。今年もお宝ゲットの時期がやってきましたねえ。

「何が?」ってセミの抜け殻でごぜえやすよ。先走ったセミが、家の庭にある木の葉っぱの裏で、無事に羽化を終えたらしい。抜け殻が残っていたよ。もっとも、死ぬまでの間に、お相手が見つかるかどうかは知らないけどね。

 最近知ったんだけど、セミって土の中で過ごすのって何年にも及ぶらしいじゃないか。こつこつ、こつこつ、木の根を吸って生きながらえて、せいぜいが数週間の晴れ舞台のためにすべてを懸ける……なんとも、ロマンを感じる生涯じゃないか。

 昔の人たちも、このセミたちから何か生き方のヒントを得られるのでは、と考えたのかもしれない。そう感じさせる話を、僕もいくつか聞いたことがあるよ。そのうちのひとつ、聞いてみないかい?


 むかしむかし、とある村では「セミ相撲」なるものが行われていたらしいんだ。相撲といっても、実情は我慢比べに近いものがある。

 指定された会場には見上げるほどに大きな大樹が選ばれる。そこへ身軽な者が樹に登り、てっぺんから地上へかけて、目の細かい網が家のような形で張られる。その中へ各家庭が捕まえたセミたちを放つんだ。

 狭い樹だ。彼らは時折、他のセミと衝突して喧嘩を始めることもしばしば。もし、捕らえた中にたまたま相手がいて本願を果たせても、途中で力尽きて地面に横たわることになろうと、最後の一匹になるまで網から解放されることはない。その間、外部から人が刺激や細工を加えることは禁じられる。

 ただ捕まえるだけではいけない。どの辺りの地面から這い出たセミなのか、出自が明らかになっていることが重要だった。

 夏が近づいてくるとご近所通りが組になり、自分たちの住んでいる場所の地面を、交代で見張る。たいていは子供達にこの任務が与えられて、遊びついでに、幼虫が出てくるところを探り、大人達へ報告するんだ。


 その年も田植えが終わった辺りから、子供達はセミの幼虫探しを頼まれて、各所へ散った。

 子供達の遊びは、その大半がかけっこの絡むもの。遊び回る前に、その場所におけるセミ探しは必須だった。誤って穴を埋めたり、幼虫そのものを踏み潰したりしないようにする配慮が求められたんだ。

 比較的、草の少ないむき出しの地面が調べられて、ついにそれを見つける子供たち。穴からちょうど、幼虫が這い出てこようとするところを抑えたんだ。

 幼虫の動きは緩慢。穴から姿をのぞかせても、実際に這い上がってくるまで一刻(約2時間)前後、かかることも珍しくはない。集まった子供達の数人は、自分たちの家へ大人を呼びにいく。その間、子供達は幼虫へは手を出さず、さりとて遠くへは離れずに、ゆるく囲みながら観察を続けるんだ。

 幼虫には鳥などの天敵が多い。それらを寄せ付けないように囲い込む必要があったんだ。子供達はめいめい、近寄ってきた小動物を追い散らすための小枝を握りながら、幼虫の歩みに合わせて、のろのろと自分たちも動いていく。


「今回こそ、セミ相撲で勝てるといいなあ」


 集まった男の子のひとりがつぶやいた。セミ相撲で最後まで残ったセミを見つけた組には、村長から各家庭に報奨が出ることになっていたんだ。山分けしても、数ヶ月間ほどならば生活に潤いをもたらすには十分な額だったという。

 

 やがて大人達が来て、見張りの役目は交代されるが、セミの羽化に興味のある子供はそのままついていくことを許された。

 出てきた穴を振り返ることなく、羽化に適した場所を求めて突き進み、足を引っかけて体を固定して準備に入るんだが、これがまた長い。夜を迎えた後、背中が割れて白く新しい体を露わにし、色づいて飛び立つまでの一部始終を見届けると、翌日の明け方ということもざらにあった。

 そうして一度は飛び立ったセミを追いかけ、どこかの樹に止まるのを待ち、それを捕らえることが求められたのだから、並大抵のことじゃない。

 そうして村人達が苦心して集めたセミたちが集い、その年もセミ相撲開催の日がやってきた。

 

 参加するセミたちは、腹部や後頭部に、組みごとに割り当てられた布を貼り付けられ、網に囲われた一本の樹の中で、生涯を過ごすことになる。新しくセミが追加されることはない。

 村人達は仕事や遊びの折りに、網の中をのぞいて、自分たちの組に所属するセミたちの動向を探ったという。枝葉の中へ隠れてしまったりして、ぱっと見ただけで判断できない時などは、非常にはらはらする。時間を置いて、再び姿が見せた時には、望みがつながったことにほっと胸をなで下ろすこともあったとか。

 しかし、いくら来て欲しくないと願っても、訪れる時は訪れる。日を重ねていくうちに、木の下へ転がってピクリとも動かなくなってしまう自分の組のセミたちを見ると、「はあ……」とため息を漏らす者が出てくる。最終的に、一匹でも生きているうちは勝利の可能性はあるんだが、分母が減った事実を変えることはできない。

 二週間が経つと、全滅の憂き目に遭う組さえ出てくる。何度も経験している大人達にとっては「やっぱりか」で済ませられるが、まだまだ長く生きていない子供たちには、衝撃が大きい。

 自分たちが、穴より出るところから追いかけ続けてきたものだ。愛着が湧くのだろう。その分、生き残っている組にとっては競争相手の減少で、がぜん士気が上がってくる。自分たちが優秀なセミを捕まえてきたのだと、優越感に浸ることができる。

 あくまでセミたちの自然な行いの果て。自分たちが関与することを許されないからこそ、そこには越えられない隔たりが存在している。優良なものを選べたかどうか、その点が、村人たちの一喜一憂をより際立たせていた。

 

 そしてついに、最後の瞬間を迎えることになったが、その年は今までとは少し異なる決着の着き方だった。例年ならば一位になったセミも、他のセミが倒れてからせいぜい三日で力尽きるもの。

 けれど今回の一位は夏の合間もずっと生き続け、田の稲穂が黄金に色づくまで、その声を止ませることがなかったという。そのセミを捕まえた組に対しても、これまでに倍する量の報奨が用意されたらしいんだ。

 だが、その年がセミ相撲開催の、最後の年にもなった。

 報奨を渡す村長は、すでに100歳近い年齢で、杖がないと歩けないほど足腰が弱り、目もほとんどめしいていたらしい。実務はほとんど補佐役の息子が取り仕切っており、村長はいわば、村の顔役だったという。

 毎年、セミ相撲で優勝した組を称えるのも、村の代表としての役目。しかし今回は祝いの言葉もそこそこに、件のセミが抜け出てきた穴がどこにあるかを確認してきた。その上で、皆へ告げる。


「わしはもう、この世を去ろうと思っておる。すでに息子には教えるべきことを教えた。後はよろしく頼む」


 村長はふらふらと、しかし、真っ直ぐに話に聞いたセミの抜け出た場所へ歩いて行く。普段から付き添っている者は、クワを手に持ってその後を追ったんだ。村人の中には村長の怪しい言動を確かめるべく、ついていこうとする者もいたが、村長は警告する。


「前途ある者を関わらせたくはない。もし今すぐ世を去っても構わぬという、この世に飽いた者のみ、ついてまいれ」


 その言葉に若者は軒並み離脱。残ったのは村長ほどではなくとも年経たり、長年の持病に苦しめられながら、身寄りのない者たちだけになった。その者達にもクワが渡され、一行は現場へと向かう。

 話に聞いた穴があったという地点は、すでに二ヶ月近い日が過ぎようとしているのに、埋まることなくその場へ残り続けていた。村長はそのことを付き添いの者から聞くと、すぐにそこを掘り起こすよう指示を出す。

 所詮はセミが掘った穴。すぐにでも底が見えるだろうと、ついてきた皆は思ったが、穴は掘れば掘るほど、むしろすり鉢状に大きくなっていく。


「セミは何年も土の中で命を育て、蓄えて、ようやく太陽の光を拝む。そこから散るまでの彼らはまさに溜めた命が激しく燃やしたといえよう。そして同族の中でもひときわ優れた命を得、生きながらえるもの。その根が、この下にあるとわしは考えておるのだ」


 そう語る村長も、穴が広くなり始めると、余分なくわを手にして作業を手伝い始める。


 およそ半刻ほど掘っただろうか。穴の中へ入っていた皆の足下へ、にわかに水がしみ出し始めたんだ。それはまるで油を混ぜたかのように、五色の光をほのかに漂わせている。それでいて匂いはなく、むしろ暖かささえ感じる。

 かさが増すのは早い。すでにこの穴は、皆の身長を超える深さに達していたが、水はみるみるうちに足首、すね、膝を隠しながらも、なお止まる気配を見せない。

 このままでは溺れ死ぬ。そう感じた、生き飽いていたはずの者たちは、本能的に穴の縁へと逃げ出していた。が、村長は水に浸りながらも、手を合わせつつ動こうとしない。近づこうとすると、「離れていろ」と持っていたクワを振り回し、拒んでくる。

 ほどなく、穴は完全に水没。村長も完全に頭まで水の中へ浸かってしまう。改めて穴へ入り、村長を連れ出そうとした者もいたが、付き添いの者は手を出さないようにお願いする。


「これが村長の願いです。『老いさらばえ、苦しみにさいなまれながら死を迎えるより、気力に満ちあふれた姿で死ぬことができたら』と常日頃、おっしゃっていたのです。

 なればセミのように、短い時間でも活力にあふれて散っていきたいと。それが今、叶うのです」



 穴の縁でおろおろする彼らの前で、水面の中心からにわかにあぶくが浮き出始める。そこから飛び出たのは、一糸まとわぬ姿の長老だった。その背中には大きな、セミを思わせる羽がついており、それをしきりに震わせながら彼方へと飛んでいく。

 それに遅れ、うつ伏せになりながら浮かんできた村長の体は、背中がぱっくりと割れていた。しかし、中に骨や内臓は一切入っておらず、まるで抜け殻のようだったとか。

 


 

 

 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです! なるほど、そのためにセミ相撲を開催していたのですね。 これはある意味、尊厳死にも近い考えなのでしょうかね……。 どうしても囲われる方に窮屈さと不自由さを感じますが、囲…
感想一覧
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