2話:彼女の名前は斉藤舞
――回想――
僕が結婚するならこんな人とだろう。
高校に入学して初めての中間テストを終えた5月、
窓際の席に座る彼女をぼんやりと眺めながら、僕はそう思った。
恋心があったわけじゃない。ただ、僕と同じだと思っただけだ。
斉藤舞。その普通な名前、普通な顔、周りにいる友達も普通。
目立たず、地味すぎず、特徴といえば女子にしてはちょっと高い身長くらい。
それは、渡辺翔という普通の名前で、普通の顔、普通の友達と付き合う僕と、
まさしく釣り合っていると思えたのだ。
きっと将来、普通の大学に進み、普通の会社で普通の恋愛をして、
普通に結婚するんだろう。僕も、彼女も。
そんな風に思ったからか、それ以降僕にとって彼女は、
同じレールを歩くモブ人種であるという意味で気になる存在となった。
テストの点数は、好きなミュージシャンは、好きなテレビ番組は、
彼女とその友達との会話に聞き耳を立てると、やはりそのことごとくが普通。
そしてその度に僕は「よし」と彼女が普通であることに謎の安心と、
親近感を覚えるのだった。
しかし、そうして彼女を見ているうちに、あることに気づいた。
保健委員である彼女は、とにかく人の不調によく気がつくのだ。
中山さんの顔色が悪いのをいち早く見抜いては保健室まで連れて行き
高橋がかすかに震えているのを発見しては熱があるからと保健室へ連れて行き、
岡田先生の声が若干かすれているのに気づいて、保健室には連れて行かないけどのど飴をあげたりと、
目につく範囲の人間なら誰であろうと、
ほんの少しの異常でも彼女はすぐに察知し、丁寧に寄り添ってあげるのだ。
なんだ、モブじゃないじゃん。
蛍光ペンでノートに線を引く彼女を眺めながら、
僕は勝手に突き放されたような気分になっていた
彼女には常に他人を想い、心を配る、優しさという長所があった。
ラブコメだったらヒロインレベルの特徴じゃないかと、
僕はがっかりしながらも、
心の中にもう一つの気持ちが芽生え始めていることに、
うっすらと気付き始めていた。