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彼女は優しい極度のS  作者: イカ
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1話:告白

「好きなんだ。君のことが」


夕方5時を過ぎた二人きりの教室に、僕の声だけが響いた。


彼女は黙っていた。答えを待つ僕には長い、長いその沈黙。


半分開いた窓の隙間から、滑り込んだ風がカーテンを揺らし、

やがて彼女の頬へたどりつく。

黒い髪がさらりと広がり、その中に閉じ込められた光が弾ける。


彼女の口がかすかに開く。

目の端の涙が夕陽に反射して、オレンジ色に、きらっと光った。


「ごめんなさい……」


かすかな声だったが、間違いなく聞き取れた。

恋が叶わなかったことよりも、好きな人を泣かせてしまったことがショックだった。


慰めることもできず、謝ることもできず、ただ立ち尽くしていると、

彼女が再び口を開いた。


「好きなの……あなたが……」


かすかな声だったが、間違いなく聞き取れた。


「……え?」


その瞬間。僕の頭の中では、緊急の三者会議が開催された。

よくお金が目の前に落ちている場面などで、頭の斜め上辺りに出現する

天使と悪魔の恰好をした自分。通常、善悪の葛藤が起こる時に出てくるはずのあれが

緊急事態ということで、もうそういうのと関係なく召集された。



「ええ、どうも、僕です。今日集まってもらったのはほかでもありません。ご覧の通り今、告白を断られました。涙まで流され、粉砕されました。ですがその後、その後の『好きなの、あなたが』このセンテンスの意味が分かりません。つじつまが合っていません。そこでお二人からご意見を頂きたいと思っております」


頭上の神々しい輪っかに照らされながら、白い布をまとった僕が手を挙げる。

「はい。思うにこれは一種の幻聴なのではないでしょうか。人は時に現実をねじまげてまで自分の願望を叶えようとします」


「なるほど」


「例えば、投資などうまい話の詐欺なども、冷静に考えたら何で騙されるのかと思うような稚拙な内容に引っかかる人がいます。それはつまり、うまい話の通りになってほしいという強烈な願望が、話の細かい矛盾点を無意識に無視させるという心の働きを起こしているといいます」


けがれ一つない透き通った声の僕が続ける。


「つまり、今の『好きなの、あなたが』は、彼女と付き合いたいという願いと、その告白を泣くほど嫌がられて瞬殺されたというショックが相まって、一時的に頭がイカれたことにより生み出された空しい愛の幻、すなわちラブ・ファントムなのだと思います」


「ありがとうございます。君は天使側なのにえげつない角度で現実を突き刺してきますね。

 最後のどうでもいいB‘zはともかく、とても参考になりました」


僕が自分自身の精神的攻撃に少なからぬダメージを受けていると、


「私は、また別の見解を提案します」


黒い全身タイツに紫色の唇をした僕が、頭に2本生えた細長い矢印のような角を揺らしながら言った。


「まず最初の『ごめんなさい』これは果たして告白を断る言葉なのでしょうか?」


「ほう、と言いますと?」


先端が三又に割れたえげつない槍を持っている割に、丁寧な口調の僕が続ける。


「ご存知の通り『ごめんなさい』は断りの文句以外にも単純な謝罪、訪問する時の挨拶まで幅広い意味があります。つまり彼女は『あなたの気持ちに応えられずにごめんなさい』と言っているとは限らないのです。そして続く『好きなの、あなたが』これには一通り、そのままの意味しか存在し得ないでしょう。これらの事実を総合して推測すると……」


「推測すると……?」


「つまりこうです『私もあなたのことは好きですが、謝っておきたいことがあります』。その事柄はおそらくこれから起こりうること、例えば彼女は単なる学生ではなく『組織』に追われる『ルナ』の調査員であり、付き合うことであなたにも『ドグマ』を狙う『組織』の手が及ぶとか。もしくは『エターナルゲート』を開く時に『ドグマ』からの『セント・ディプロマシー』による干渉を受けたり、そういうことかと」


「なるほど。後半は何言ってるか分かりませんでしたが、ポジティブな解釈をありがとうございます」


三者会議による結論は出なかった。当たり前だった。

この間およそ2秒。人生で最も頭を酷使し、最も意味のない時間でもあった。


結局その答えは彼女に聞くしかない。

僕はもう一度彼女を見た。すると、彼女の口が動いた。




「好きなの、あなたが……」



さっきと同じ言葉だ、だが今度は、さらに続きがあった。

さっきよりもたくさんの、きれいな涙を流しながら彼女は言った。




「あなたが……苦しんでるとこが」




かすかな声だった。しかし今回も、間違いなく聞き取れた。


強い風が、もう一度教室に吹き込んだ。

誰かが机の上に置きっぱなしにしたプリントが飛ばされ、

空飛ぶじゅうたんのように少し滑空してから床に着陸した。


その様子をぼんやり見ながら僕は、

人生でこれほど意味の分からないことが起こるのか。と考えていた。


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