31.暴くべき罪--03
そして一か八か、カルムはデュロノワルの企みに敢えて乗って見せるという奇策に出た。
表面上、カルムは、憎きエマリアの敵、マルガリータと婚姻を結んだのだ。
それは、自分にとって、かなりの犠牲を払う奇策だった。
愛しくも何ともない女との婚姻…。
それどころか、自分の愛しい人を死に追いやったかもしれない女とのまさかの婚姻である。
だが、カルムは悩んだ末にその道を選んだ。
魔法や呪術という自分に取って未知なるものを探るためにはそのくらいの犠牲と覚悟がいるのだと自分に言い聞かせて…。
全ては、エマリアを呪ったという黒魔石とマルガリータの罪を暴き、デュロノワル子爵家とその商売に関わる全ての闇取引を一網打尽にするための情報を得る為に!
そしてその時の自分はまだ甘かったのだと過去の自分を振り返るカルムだった。
まさか、まだ幼かったイリューリアにまで呪いをかけるなどと…。
いや、そんな力を持つようには一緒に過ごしてみても、全く感じられなかったマルガリータの愚鈍さに油断していたのだ。
それどころか、娘であるイリューリアを心から慈しんでいるかのようなそぶりを見せ、イリューリアもすぐにマルガリータに懐いた為、実家に操られていただけでマルガリータ自身は呪いには無関係なのでは?とまで思い始めていた。
そのくらい、マルガリータは普通の…大した能力があるようにも見えない普通のちょっと(大分?)我儘なだけの女だったのだ。
婚姻したからには不本意ではありながらも同じ屋敷に住まう。
召使たちにも妻だと知らしめる。
ただカルムの心は亡き妻のもののままだった。
露程もカルムの愛がマルガリータに注がれることは無かった。
もともと貴族間の婚姻など政略結婚が多く愛のない結婚など当たり前にありふれていた。
ただ、マルガリータが呪いに無関係ならば、マルガリータやマルガリータの実家の悪事を暴く為だけに婚姻まで結んだのは、さすがに申し訳なかったかと罪悪感を感じていた。
実家の悪事は悪事としてもだ。
その頃からである。
カルムはストレスのせいか、屋敷で過ごしているといつも原因不明の頭重に悩まされるようになった。
物事を深く考える事が出来ない程度に…。
正直なところ、そのせいもあってかマルガリータへの警戒が行き届かなかった事もあった。
一方的ではあるものの自分を慕っているというマルガリータに僅かながらにも愛情と言うほどまでのものでは無くとも憐憫の“情”と言うものが沸いていたのかもしれない。
「おかあしゃま、おかぁしゃま」とマルガリータを慕うイリューリアの可愛らしい姿を見てカルムは油断し、わずかながらも絆されてしまっていたのである。
それほど、マルガリータのイリューリアに対する見せかけの優しさは本物のように見えていた。
普段のカルムならば気づけたのかもしれなかったが、屋敷でのカルムは城で政務を行っている時のカルムではなかった。
それほど屋敷にいる時のカルムは頭重が酷かったのである。
ようやく、おかしいと気づけたのは、イリューリア付きのメイド達からの報告が上がって来てからの事である。
イリューリアも懐いていたし、その頃はカルムも実家とマルガリータを切り離して考えていた為に、にわかには信じられなかったが、王子との婚約破棄の一件のあとのマルガリータの対応をみてカルムは考えを改めた。
イリューリアの為と言いながら、イリューリアを閉じ込め、イリューリアに自信を持たせないようにし、学園にも行かせず家の中に籠るように仕向けたその事実にカルムは、マルガリータの陰湿さを知らされ目を覚ましたのだった。
メイド達に事細かく報告させ、屋敷の中で一番冷静な判断のできると信頼するジェームズにも、気を配らせ報告させた。
特に人ばらいをさせた後のイリューリアとマルガリータの会話を隠れて盗み聞いたというジェームズからの報告はカルムを激怒させた。
マルガリータは夜ごと、イリューリアに自分に自信を持て無くなるような事を囁き暗示をかけていたのだ。
(ただ、それが呪いというものにまで及んでいる事だとは、この時点では気づいてはいなかったが)
カルムは、マルガリータを別邸に追いやり、社交界への出入りも差し止めた。
デュロノワル子爵家の闇取引の立証というもくろみを投げ捨てマルガリータを離縁しようともしたが、それを泣いて引き留めたのは当の被害者であるイリューリアだった。
これ以上、愛娘を傷つける訳にはいかない。
せめてイリューリアが自信を取り戻し、マルガリータの罪が明らかになり、イリューリアも納得できる証を手に入れならなければ…と、マルガリータへの怒りを糧にデュロノワル商会の闇取引の証拠をあげようと躍起になった。
それから、かなりの人身売買や、麻薬取引を検挙したものの黒幕と思われるデュロノワル子爵はトカゲの尻尾切りの状態で確たる証拠は得られなかった。
マルガリータとの結婚により、デュロノワル商会に部下を流し込みやすくはなったし、検挙した闇取引は数知れないが、向こうもこちらの情報を得ているのだろう。
すんでのところで、黒幕の証拠をもみ消され続けて散々煮え湯を飲まされてきたのである。
そう!それは真にカルムにとっては生涯最大の宿敵と呼べるほどの相手。
それほどにデュロノワル子爵は裏の世界で暗躍し君臨する狡猾で黒い男だった。




