【e4m22】沸点
長くなるので分割しました。
不意打ちを食らうとは、こんな状況を言うだろう。
「この反省日誌は、認められません」
「えっ⁉︎」
森厳な生徒指導部が眼前に雁首並べて、さながら判決の態だった。
「君はこの日、無断離席しましたね?」
冷淡な主事が、机に置かれた反省日誌を突っ返す。小早川氏をナンパした日の分だ。
「けど受理したじゃないですか……」
「受理すれば必ず承認とはいきません。君は謹慎中にも関わらず、日誌をぞんざいにしました。生徒指導部として、十分な反省が認められないと合議しています」
「わざわざ話し合ったんですか? 暇なんですね」
「とにかく、この日の分は書き直しです。加えて、今の態度にも反省が見られないので、最終提出分も承認しかねます。もう一度、気持ちを悔い改めて書き直しなさい」
「はぁ⁉︎ んな馬鹿な!」
真っ白な用紙も追い打ちをかける。腹たち紛れに煽ったのがバカだった。教師の中には、薄笑いを浮かべている奴もいた。怒れるカレンならたちまち“GO LOUD”となるが、俺はそうはいかない。会話の応答として、以下の選択肢しかなかった。
『わかりました……』
わけわかんねー理屈こねてんじゃねーよ。だったら今まで書いたのはなんだってんだ……どう考えても嫌がらせじゃねーかバーカ」
「途中から声に出てますが?」
「〜〜〜〜」
遅筆にも程があり、俺は声にならない呻き共に、頭をかきむしる。ったく、平常心はどこへやらだ。こんな厄介は過ぎ去るを待てば良かったのに、下手に抗ったので、状況が酷くなってしまった……。
「せっかく先輩から士気をもらったのに〜」
頬杖ついて、もぬけの殻となった生徒指導室を見回す。教師らは、どこかに行ったようだ。
「!」
その時目を引いたのは、片隅にある棚。そこに携帯ゲーム機、チェスや変装グッズなど、学校に不適切な物が、無造作に置いてあったからだ。
「ありゃ生徒からのルート品だな……どれ」
作文に厭飽極まった俺は、フラフラ見に行く。へぇ、いろんなモン持ち込んでんだな……。げ、このお菓子干からびてら。卒業式で返されても困るぞ。
「ん……これは?」
FOUND A SECRET!
『1ーD 小早川ささみ』と名入りの箱を発見。チクリと魔が刺す……いや妙案が浮かんだ。これには、氏の私物が入ってるよな?
「で、奴らはいない……」
日誌を速やかに書き終えて、置き去ろう。無論この箱を持ってな。ゲーマーの感から判断すると、これは小早川氏との会話で、絶大な効果を持つはず。ダイアモンドを大層お気に召したので、その確証もある。だから、メグと仲直りの交渉材料にできるはず。
本来なら主人公らしく、熱弁で説得すべきだが、俺には理系パラメータが120もないし、そもそも残り字数が足りない。だが、ゲーム的には正しい攻略と言える。
「奴らが戻ってくる前に、日誌を仕上げよう」
その後、士気が戻ったおかげで、程なく全ての行を埋めることができた。
「うっし……」
小早川氏の私物箱を抱える。こんな終盤でステルスやるなんてよ。勝利条件は、これをクラスに持ち帰ること。ただし、箱がオブジェクト扱いだ。つまりインベントリーに入らない。殴って壊すと、重要アイテムが溢れ出るが、俺のキャパからして持ちきれないだろう。敗北条件はBUSTEDだな。そうなったら、今の二の舞よ。
箱を持ち上げると、視界がそれでいっぱいになるが、ゲームのように半透明になって、移動に支障はない。
ドアをインタラクトすると――
「!!!」
目を丸くした生徒指導部数人と鉢合わせてしまった……。
「どこへ……?」
「あー日誌は終わりました、帰ります……」
「それは――ッ⁉︎」
指摘された瞬間、主事に箱をぶん投げた! 痛みのあまりに、奴は顔を覆ってしゃがみこむ。勢い余ったオブジェクトは、物理演算が荒ぶってゴロゴロと吹っ飛んでいく。
「アラート! アラート!」
副攻撃で、残りの教師2人を薙ぎ払うと、全く同じタイミングとアニメーションでよろめく。それを機にダッシュし、箱を拾う。
「冗談じゃねぇ! いきなりかよ!」
チェイスイベントに毒づきながら、逃走が始まった! 脳内ダイナミックミュージックが奏で始める。校内放送のチャイムが鳴り――
『先生方、先生方。大宮伸一さんを発見したらお知らせください。繰り返しお伝えします――』
事務的な声色だったが、まくし立てるように一気に喋る。クッソ、やっぱりもう全職員に知れ渡ってやがる!
頭を抱えてしゃがんでいる生徒を、避けたり飛び越えたりしながら、あてもなく逃げ回る。1人称視点じゃ背後を振り返れないが、多分追っ手も追従している。そして、俺のクラスは絶対に固められたので、愚直に逃げられない!
いつの間にか校庭に出ていた。そこかしこから教師の喚き声が聞こえてくる。
「えっと、ステルスゲーで隠れる場所は……ロッカーと――」
業務用大型ゴミ箱! 蓋を開けると、隠れてくれと言わんばかりに何も入っていない。酸っぱい臭いを我慢し、その中に入った途端教師が垣間見える。多分ここが見つかることはないだろう……多分。
「見失った!」
大仰なアニメーションで見回すと、地団駄を踏んで、どこかへ行ってしまった。
「ホッ……」
一難去ったが、校内アラームは消えてない。これをなんとかしない限り、俺はお手上げなんだよ。
『繰り返しお伝えします。大宮伸一さんを発見した――(ノイズ)やよ、こは妾が僻事ぞ。宮どのをば、な搦め取りそ。とう/\散り給え』
俺の危急を聞きつけた従姉妹が、ペイジャーで警報を止めた。ありがたい。だが、ここは学校で相手は教師。まだ分が悪い……。
ゴミ箱から這い出て、ソロソロしゃがんでブッシュや日陰を歩く。生徒群衆に紛れ込みたいが、先生には通用しないか? 連中はわめき散らして、走り回ることはしなくなった。が、警戒レベルは今だに高い。数多くが巡回している。これさ、全職員が駆り出されてない?
「そこにいるのは、わかってます。出て来なさい!」
ゲッ! お決まりの台詞で、生徒指導主事が自らの存在を知らせる。生垣からリーンすると、主事がゆっくり近寄っていた。
これはあれだ。ステルスゲーやってる奴はピンとくると思うが、奴は俺の位置を知ってる動きだ。なんとかしないと、確実に見つかる……。
向こうの勝手口に突入したいが、そこに仁王立ちしてるのは体育教師。額から冷や汗が流れた。どうする? 気付かれずに逃れるのは不可能。かといって無配慮に飛び出しても、また警報が鳴るだけ。
そう考えていると、主事が前の生垣まで分け入ってきた。
「クッソ、また箱をぶん投げるしかねーか……?」
投擲モーションを取ると、軌道が示される。それを主事に合わせ――遠くで爆音が轟然と鳴った!
『職員室で火災が発生しました。生徒諸君は、近くの先生に従って運動場に避難しなさい。先生方は、二次災害がありますので、水をかけないで下さい。繰り返します――』
主事含む教師たちは、慌てて駆け出した。あれだ、石を投げたらそっちを見ずにはいられないAIの習性だ。
「た……助かった?」
陽動としてありがたいけど、これ余裕で退学レベルだぞカレン……。きっと今頃実績を解除して、ブンダバーと喚いているだろう。
多分次でエピソード4は終了すると思います。今回も読んでくれてありがとうございました。