【e4m20】タリウム
あまり話は進みませんが、とりあえず切りの良い所まで書けたのでアップします。
俺の校内謹慎が終わる。指折り数えて待ってないし、むしろ延長してもらっていいぐらいだ。ふと横を見ると、小早川氏の艶めく横顔が目に入る。
「どうしたもんかな」
自分でも聞き取れない程小さな声で呟く。職員室は、氏のバックレを刑期と当然見なさず、俺と2日のずれが生じてしまった。そして、この時限が終われば、俺はシャバに解放される。
横髪を搔き上げる、この艶かしさよ。
『ミーガン。自分ら冷却期間が必要』
あれはハッタリではないだろう。メグも本気だ。だからこそ、関係修復が俺の至上命題なのだ。
当初は俺の扱いを巡って、不和が起こった。今やお互いの為人を詰って、一層亀裂が深くなった。俺はもはや第3者だ。そして小早川氏は、俺が介入するのを嫌がるに違いない。
「貴方が考えていること、当てていい?」
サラサラとプリントを解いている氏が、目を落としたまま俺に問いかける。
「お前さんとメグが、どうやったら仲直りするか」
どうせピンポイントで狙撃されるならと、こっちから教えてやった。
「なら自分の考えていること、わかるでしょ?」
「わからんね」
彼女はシャープペンを止めて、横顔を曇らせた。どう捉えただろう? さしずめ“わからず屋”とでも思ったかな。頭を上げ、こちらを向く。
「貴方って人は――」
ここで切ったまま、黙ってしまった。言葉に出すのも面倒くさい、後は察しろというのか。くどくど言わないのが小早川氏らしかった。しばし見つめ合っ――いや不穏な空気の中睨み合って、彼女は長嘆息を隠さなかった。
「黙っていて」
『無理だね』
俺の回答はこうだ。けど、言葉に出せなかった。しかも仲直りの説得なんて、できるはずもない。そして無慈悲に謹慎終了は近づいてくる。
「お……?」
甘ったるい香りがほのかに漂っていた。常田先輩だな。廊下にいるのか?
「なあドクター小早川」
「博士号は持ってない」
「話変わるけどさ、先輩って香水キツくね?」
「……言っている意味がわからない」
「いや、今先輩が廊下にいるだろ? ここからわかるじゃん」
「わからない」
「マジ?」
「…………貴方、変態ね」
すっごい蔑んだ目で言われた。ご褒美ですね。
「嘘よ。貴方、フェロモンに誘引されてる」
「ゲゲッ……」
「類似するものとして、カイコガが使う、ボンビコールというアルコール物質、微量でも数百メーター先の異性を惹きつける」
ちょっと、先輩マジで止めてよwww
「ちなみに、どんな香り?」
「バニラエッセンス」
「面白い。バニリンと命名」
常田まい先輩の、異性を惹きつけるフェロモンの学術名が決まった。
「話を戻す。もう余計な介入はしないで。主人公でもウザい」
「あのな、これは俺のキャンペーンミッションなんだ。止めろと言われて、止めれるかよ」
「本当にウザすぎ」
「ウザかろうが、なんだろうが知ったことではないね」
彼女は懐から、香水の瓶のようなボトルを取り出した。
「?」
「これはタリウム。急毒性の元素」
「イイッ……!」
「嘔吐、脱毛、精神異常、盲目、腹痛。あらゆるステータス異常に苦しみながら、フラグに至る。もうメグの話はしないで。さもないとこれを被ることになる」
“THALLIUM”と書かれた瓶を振りながら、無感情な目で俺を射すくめる。ここで時限終了。チャイムが校内に鳴り響く。先生はまだ来ていないが、俺はお役目ご免となった。
「んな脅しに屈するか――うわっ!」
小早川氏は、問答無用で俺の顔にスプレーした。慌てて、顔や頭に纏わりつく死の霧を追い払う。ハゲ散らかして、嘔吐しながら、発狂するという、とんでもなく醜いフラグになるかと思ったら、全然そんなことはない。単にすこぶるかぐわしい香りが漂うだけだった。
「???」
「嘘よ。確かにこれはタリウムという香水。けど、その元素は入っていないし、そもそもタリウムに即効性はない。それに自分、無香料製品しか使わない」
!実績解除!組香
:解除条件:全ヒロインの香りを覚えた。
あっけにとられている俺に、氏はドアを開けた。
「=͟͟͞͞つ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥)つ おーみやくぅぅぅん!!!」
間髪入れずに、常田先輩が尋常でない跳躍で、俺をがんじがらめにした! どう猛なバニリンが鼻腔から脳内、全身を駆け巡り、意識クラクラする。
「じゃ、さよなら」
「ちょ、ちょっと小早川――っつ!」
先輩にもみくちゃにされる中、ふと顔を上げると、彼女はすでに姿を消していた。
今回も読んでくれてありがとうございました。