【e4m19】氷河期
すいません、サボりました。
「劣等感とみて構わないが、お前と張り合えるのが何もないので悔しい。名前の文字数ぐらいだ」
成績や身体スキルなど、あらゆる要素を鑑みてボヤいた。隣の小早川氏は、本から目を逸らさない。カウンセリング室のシンとした雰囲気は、読書にぴったりだ。彼女はワンテンポ置いて応える。
「それは良かったじゃない」
「……待てよ、画数だとどうなる?」
「少ない方が、早くテストに取り掛かれる」
「あ、これも同じか」
「貴方、プリントは終わったの?」
初めてこちらを向いた。ちなみに、彼女はとっくに終わらせている。
「共通点がまた増えたってわけだ。嬉しいねぇ」
「そう。貴方と自分なんて、同じ惑星に生きている程度しか、共通事項がないかと思った」
「奇遇だな。俺も全く同じことを思ってた」
「面白い人。確かに暇にならずに済みそう」
「あんだけ高ぇ石ころ買わされちゃ、それくらい言って欲しいね」
「本気よ。媚びていない」
「ちっとは媚びろ、このやろう(泣)」
「それに、ダイヤは結晶であって石ころじゃない。まあ見た目が綺麗か、そうでないかで区別するんだけど」
俺のおふざけには、全く意に介しない。彼女は例の、“思考中の絵文字”顔になって、知識をさらりと披露する。
「しかし、ダイヤが炭と同じ物質とは、とても考えられんな」
「グラファイトも同じ炭素からできている。違いはイオン配列。それによって結合強度が変わる」
横髪を掻き上げる薬指のリングが、キラリと反射した。
「なあ。それジルコニウムだよな?」
「今日は炭素」
「ハァ? 没収されたら卒業式まで返ってこないぞ。それとも俺の大金は、ヘアクリップ並みってか?(泣)」
「こんな貴重品は没収しない。できない。誰も責任取りたくないから。傷ついたら訴える、そう脅せばいい」
「公務員の臆病を見越してか。心証は最悪だな」
「貴方は迎合しすぎよ」
「お前は反抗しすぎだ」
「同好会にぴったりね。入って良かった」
「俺もお前が入って良かったと思ってるよ。ただゲーミングPCの公費は下りないな。カレンが鋳造した偽金もなくなったし」
まさかチャーム効果があるとは、予想もしなかった。まあ、冒頭の伏線回収に困って、無理やりシャコの設定に、“光り物を集める習性がある”を付け加えたのが、関の山だろうが。
「けど実際、錬金は無理なのか?」
「理論上は可能。鉛の原子は、82の陽子・125の中性子ある。一方金は、79の陽子・118の中性子」
「じゃあ3つの陽子、7つの中性子を抜けば、金になるってか。苺の種をピンセット抜く要領でできんかね?」
「途方もない作業ね」
「だいたい、原子とか目に見えないからわからん。概念でしか理解できん」
「特殊な顕微鏡で見れる」
「教科書の口絵にあったな」
「一番大きなのはセシウム。半径約300ピコメートル」
「ピコとかよくわからん。具体例は?」
「金箔の厚さ、金原子500個分」
しょーもない話題が続いていく。読者諸兄には申し訳ないが、キャンペーンミッション攻略と思って辛抱してもらいたい。
このヒロインは、自分の興味関心が狙撃銃並みに狭く長いので、射界外の話題などを振っても、全く反応しない。だが、その範囲内ならそこそこ反応する。俺が黙っていると、彼女は本の世界に戻っていった。
「マグマはじっくり冷却すると、生長する結晶構造に合う、大きさや電荷を持ったイオンが中を移動して、結晶中に位置を占める時間的余裕があり、大きな結晶ができる。逆に急速に冷えると、イオン移動の余裕がなく、小さな結晶が多数できる」
これは彼女の独り言だ。
「玄武岩質マグマが冷えていくと、まず最初にカンラン石が晶出し、次に輝石、角閃石、黒雲母、正長石、白雲母、石英の順で結晶化される。その残りのマグマは、鉄やマグネシウムのイオンが不足していて、ケイ素、ナトリウム、カリウムに富んだ花崗岩などができる」
そう音読した彼女は、艶かしい仕草で頬杖をついた。
「……ハバディウム」
「まだ言ってるし。玉の命を持って帰ってきただけでも、ありがたく思え」
「全然上手くない」
クッソ。時々腹立つよな。
「だいたいな、あんな危険物質持って帰ってどうする。エレメンタルダメージフラグだぞ」
「ウォッカを消費する」
「未成年の飲酒は禁止な」
「じゃあアンチ・ラッド」
くだらないお喋りに付き合っているものの、“EXPEDITION FAILED”は、まだ尾を引いている様子だ。まあ、あんだけ苦労して手ぶらで帰ってきたら、そら落ち込むわな。
ちなみに、カレンは全く失意を見せていなかった。むしろ満足していた。なぜなら十分撃ちまくれたから。例えばアクションゲームで、“どこかに潜入して、あるアイテムを取得する”といった目的がよくある。しかしこの場合、実はそのアイテムはどうでもよく、単に戦闘の理由付けとして何かが必要だから、そう設定しているのだ。
ガタッと物音がしたかと思ったら、小早川氏はドアに手をかけていた。
「どこへ?」
「そんなこと聞くなんて、野暮ね」
「あ……けど、勝手に出歩いたらヤバくね? 授業中だぞ」
「こっちは生理現象。怒られたら、体罰と抗議すればいい」
飄として、去ってしまった。けど、相変わらず我が強いのな……。寂寞とした雰囲気が強まった。
はぁ、いつまたメグのことを振ろうかな? 小早川氏が、カウンセリング室に来たのは、大きな一歩だ。だが、これから慎重にしないと。あんまりメグメグ言うと、また逃げてしまう。
すると窓から影が差し、ガラスを叩く音がした。メグその人だった。窓を開けると、彼女は両腕を広げた。
「Ready」
「は?」
「なあん、ツーマンセルのゲームでよくある協力ムーブやろ? こん障害物ば乗り越えっと」
なるほど。メグにインタラクトすると、彼女は俺に抱きつく形で、壁と窓を登って入ってきた。
「何してんの? 作業着のままじゃん」
「別に。課題が早よ終わって、先生も居らんけん来たと。どげんね?」
「どげんって言われても、普通に刑期を全うしてる」
「そー? 面白んなか。いつでも“シニチ・ブレイクアウト”できとっとに」
とダイナマイトを取り出す。俺FBIに護送されるほどの重罪はやってねーんだけど。
「キャレンもゾミーもやる気バイ」
「あのな、このシリアスな状況を、ここぞとばかりにお馬鹿イベントに転じ――」
彼女の陽気な顔に陰が差した。焦点は俺にあっておらず、俺の後ろの氏に向けられていたのだ。
「なん……おったと」
「貴女、授業は?」
「関係なかろーもん」
2人の邂逅によって、空気が急速冷凍する。メグの声色は露骨に冷めていた。小早川氏はいつもと変わらないが、どこか拒否感を滲ませていた。
お互いにらみ合った後、氏はスタスタ歩いて、カバンからハンカチを取り出した。忘れていたのだろう。何も言わす、そそくさと出て行こうとする。
「またばっくっれると?」
売り言葉に、氏は珍しく眉色を悪くした。
「違う。決めつけはよくない」
「そー? 日頃の行いやん?」
「偏見ね」
「先入見ち言うて欲しか。ウチが悪そうに言うとるけど、それに値する行為ばしとっとのは、そっちやん」
「今は違う。貴女、自分を独断的とか言ったそうだけど、よく考えた?」
「Huh! サミーに言われちゃおしまいやん。ウチはシンを蹴落としたりせんよ」
ヒロインのら掛け合いがグツグツ煮え立ってきた。ここで小早川氏は、あけすけな長嘆息を見せる。
「何度も言うから、何度も答える。あの時はああせざるを得なかった。自分の行為に対して、大宮は怒っていない。それで終わり。貴女が怒っているのが筋違い」
「や、け、ん、フレンドばそげん簡単に見捨てっとが好かんと! サミーんしょうがなかとか、シンの納得したとか、関係なか! なんでわからんと⁉︎」
お互いの主張に納得しないのか、ボルテージまで上がってくる。俺に仲裁する度胸はない。けど、このままいけば職員室が異変を察知するぞ?
「それは貴女の価値観。自分と大宮の事象に、なぜ第3者が怒る? それがわからない」
「そんわからんつがわからん。シンもサミーもフレンドやろ⁉︎ 関係なかこつなか」
「余計なお節介ね」
「そんなんが好かん!」
もうね、堂々巡りだ。その時だった。廊下から足早の音が聞こえてきた。さては、誰か嗅ぎつけたな? 小早川氏は、咄嗟に錠を下ろした。
「ちょっと⁉︎ なぜ閉めるのですか⁉︎ 開けなさい!」
と怒り心頭のA組副担が声を張り上げる。だが2人は気にもしない。むしろ、別れる機会となって都合が良い、そんな顔つきだった。
「ミーガン。自分らには、冷却期間が必要」
「そやね」
「早く行って」
無表情な氏は、メグが入ってきた窓を指差す。ステルスが露見されないため、脱出を促しているとも取れるが、実の所、邪魔者を追い払う語気だった。
「言われんでも、わかっとー。Bye, Mrs.KOBAYAKAWA」
名残惜しさの微塵も醸し出さず、メグはぴょんと窓枠を飛び越えて去っていった。あ、協力ムーブはいらんかったの……?
彼女らはお馬鹿ヒロインではないので、読者膾炙の毒舌戦や銃撃戦はやらない。だが、メグから苗字呼ばわりされた氏と、軽蔑の念を込めた眼差しで見送られるメグとの間には、仲直りどころか、余計に亀裂を深めていた。
俺のキャンペーンミッションは、一層難しくなってしまった……。
以後の大筋は考えましたが、まだ書いていません。またしばらく時間ください。