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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e4m18】弾性力

サボってました。ごめんなさい。

「君たちは毎回ここに来とるな」

 校長は呆れ顔だった。放課後、小早川氏を除くeスポーツ同好会全員が招へい(・・・)された。職員室は通報か何かで、俺ら中で誰かが廃鉱山を荒らしたと踏んだのだ。ただ『先の休日は、どこで何をしていたか?』と婉曲的だったので、全員『奴らは決定的証拠を掴んでない』と察知し、そば目合わせて知らぬ存ぜぬの一点張り。生徒指導がしつこく――

「本当に君たちじゃないのですね?」

 と疑惑の眼差しを緩めず詰問する。

「だから違うと申しておるに」

「なんでんな場所にいなきゃいけねーの。家にいたっつーの!」

「仕事やったけんね。疑っとーなら、ダディに電話して良かー」

「( ˙³˙) 知らないよ?」

本当に(・・・)いませんでした」

 このしらばっくれよ。こんな時は、やけに結束強いのな。顧問の梅本先生が切り出す。

「まあ、こう言ってますので――」

「あの、俺――俺は、小早川さんと一緒でした……」


 静まりかえったカウンセリング室に、学習机が2つ。1つは俺の、もう1つは小早川氏のだ。

「が、奴は不在……と」

 あの後校長決裁で、俺は校内謹慎に処された。これで札付きのワルだ。きっと父親にも連絡がいっただろう。まあ、だからなんだって話だが。

「あいつが教師にビビって、“知りません”と言うわけないか」

 服装頭髪検査を(かえり)みれば、よくわかる。

『なんでマジ――あー嘘つくの!』

 バカが喚いていたが、マジでなんでだろうな? 咄嗟に真実を喋ってしまった。嘘をつけば、氏と会えなくなるからだ。ここで同居すれば、顔を合わせる機会もあるだろう。メグの気持ちも伝えないといけない。

「しかし、素直に来ると思った俺がバカだったな」

 これじゃ嘘ついてた方が、まだ可能性があった。はぁ……さっきから反省文が全く進まない。ふと窓の外を見る。陽気な日差しだ。こんな息苦しい部屋は抜け出してぇ。

『なんでよぅ! ちょっと話すだけだって!』

『面会ぐらいよかろーもん⁉︎』

『( •᷄ὤ•᷅) おーみやくんに会わせて』

『ことを和らげい! 理屈かましく声高にすな!』

 時々外で強談判(こわだんぱん)が繰り広げられているが、お前ら大人しくしとけよ? 絶対にドリルを扉に突っ込んで――


[ /// E-SPORT CLUB RESCUE IN PROGRESS /// ☠☠☠☠ /// E-SP]△


 とかすんなよ? まあ良識派の鹿島がいるので、大丈夫だろう……多分。

 毎時限ごとに、授業担当がやってきて、プリントを渡しては去っていく。そして帰りのホームルームでは、A組副担が反省日誌を渡す。

「小早川さんは、今どこにいるんですか?」

「知りません」

「じゃあ、家の住所教えて下さい」

「貴方に関係ありません」

 うはは。ここまで露骨だと笑っちゃうね。まさに腫物、けんもほろろに拒否。真面目に反省文とプリントを書いているというのに。しかしな、俺にはメグと氏の関係修復というキャンペーンミッションがあるのだ。このままじっとしていられっか。

「おるか?」

 副担と入れ違いだったのは、化学のホーキンス博士だった。

「ほれ。今日の課題」

「すいません」

「小早川クンは、またばっくれとるか? 困ったの」

 閃いた。この人は、型にはまった教師ではないから、話が通じそう。何か有益な情報を聞き出せるかもしれない。

「なんで僕らが鉱山荒らしたって、学校は嗅ぎつけたんですか? もしかして小早川さんのレポート……?」

「馬鹿モン、ワシが告発するわけなかろ。職員会議の話じゃ、監視カメラのデータが委員会に送られたそうな」

 なんたる失態。まだ会社は、山や施設を放棄したわけじゃないのか。そこまで考えが及ばなかったわ。

「お宅ら2人も、なぜしらばっくれん? 知らんの一言で嫌疑不十分じゃろ? こんな所に詰め込まれることもなかったろうに……」

「ですよね」

 県教委の下達で、仕方なく調査したに違いない。金髪のメグがいたから、特定も早かったのだろう。けど、もし全員でシラ切っていれば、A4一枚で終わった懸案のはず。それを馬鹿正直に吐くから、俺らは反省文、顧問は始末書、管理職は生徒管理不行届をお上に提出だ。

「ま、あやつのレポートは素晴らしかったがの」

 空席を見て、ホーキンス博士はニンマリとした。やっぱ、彼女はお気に入りなんだろう。つかもう書き上げたんだ、すごいな。

「お宅のもなかなかじゃった。それともプロバイダーに感謝すべきかな?」

「ネットから盗用はしてません。小早川さんに実験を手伝ってもらいました。あと桜カレンさんの手伝いにも熱心でした」

「ほう。あのウルサイのか。レポートも面白かった。お宅が吹き飛ぶ動画も添えてあったしの。ワシがいない時に、ぜひやって欲しいものだ」

「あの、先生は小早川さんと……なんつーか、仲が良いですよね?」

「ん? 授業サボった時に、実験室で勉強させとるとか、質問に答えてやっとるぐらいしかしとらん。あとは……志望先の教授に『将来有望なのがおる』と口添えしとるぐらいかの?」

 スッゲー、特別待遇じゃん。

「ただのう……才気あっても、ちと小早川クンは頑固すぎる。周りが何も見えんほど打ち込んで、人と協調せん。今のビッグサイエンスでは、それではとても通用しない。人脈やら学閥やら予算やら、思いの外学問以外で苦労する。あやつが今のままだと、遅かれ早かれ干されるやろ。どうしたものやら」

 そこには、いつも気だるく授業をしている博士ではなかった。憂う眼差しの先には、教育的指導を物とも思わず、空席で反骨精神を表す生徒はいなかった。

「ミーガンクンとは、仲直りできたのかね?」

「いえ。だからちょっと小早川さんを……」

「ほう。お宅は、あのウルサイのの面倒だけじゃないのか、苦労者よの」

「もし彼女に会ったら、ここに来るよう言ってもらえますか? 他の先生だと絶対聞き耳持たないんで」

「そうしよう。じゃワシャ帰るぞい。歯医者の予約があるのでな」

 小さな背中を見せ、片手を振りながら、さっさと出て行った。博士、夕課外を自習にして時間休取ったな?


「日誌が雑になっています。本当に反省してますか?」

「と言っても、もう書くことがないです」

「それを反省してないと言うのです」

 A組副担の女が、軽侮を隠さない。だってよ、俺は廃鉱山で何1つ破壊しなかったし、文字通り虫1匹殺さなかったんだぞ?

「ともかく、自分の行動を深く省みて、きちんと最後の行まで埋めなさい。20分後にまた来ます」

 にべなく突っ返されちゃった。そして嫌味ったらしく扉をバンと閉める。俺は机に突っ伏してしまった。

「くそったれ。もうさ、あいつが読んで鬱になるようなの書こうか? 今思うと『eスポーツ部を設立したい』って書いたカレン、あれは傑作じゃねーの?」

 ただ、マジで書く豪胆は持ち合わせていない。壁時計の秒針の音が、大きくなったり小さくなったりする。

「俺ばっか、独居房でずーっとプリントと反省文。頭おかしくなっちまいそう。1日マジで長げぇ」

 いけしゃあしゃあと、自由を満喫してる小早川氏が、急に恨めしくなってきた。まあ、職員室もこのまま黙っちゃいないだろう。最終的には、強制連行かもな。だとすれば、結局俺らはすれ違ってしまうし、この誠実さはなんなのだろう……? 泣けてくる。

 窓の外には、ちらほら下校する生徒が通り過ぎていく。未履修問題に引っかからなかった連中だ。中には俺に気づいて、晒し者でも見るような目つきになっていた。

「あっ! あれって小早川ささみ氏じゃね⁉︎」

 (なんだ)潤うかすみ目でぼやける中、見間違える事なきeスポーツ同好会のブレーン、スナイパー、麗しきリケジョを発見した! 人々に混じって、平然と下校してやがる! どこかに隠れてやがったな?

 こんな部屋を脱出して、イベントを発生させたかった。今逃せば、当分見つからない気がしたからだ。しかし、目を下にこぼせば反省文。

「ええい、こんなんテキトーに書いたれ。窓は開くよな?」


「ねぇねぇ〜今暇ぁ?」

「ナンパは、お断――」

 おちゃらけた声に騙されたのか、彼女は振り返りざまに目を丸くした。

「頭の打ち所、悪いの?」

「正常だ」

「けどナンパした」

「したよ?」

「緊急外来、この付近だとどこだろう……」

「だからステータスは正常だって」

 彼女は、小馬鹿にプッと吹き出す。

「カレンの家来がナンパなんて、笑える」

 クッソ、こんな屈辱で氏の笑いを取ったなんて、俺は喜んでいいのか怒っていいのかわかんねぇ。

「それに貴方は、謹慎中じゃ?」

「その台詞、そっくりそのままお返ししよう」

「謹慎なんて、懲罰的意義しか持たない。生産的ではないので、自分には無用」

 相変わらずよ。カレンと違って、喚き散らしたり、理屈を捻じ曲げたりしないが、こう決めたらテコでも動かない点は同じだ。しかも頭空間御前と違って、やたら聡明なので、下手するとこっちが論破される。

「で? 本当にナンパなの?」

「う……」

 そういえば、こいつは昔、彼氏がいたんだよな。しかも複数……だから異性慣れしてそう。

 ハッと目覚めるような美人だから、こいつ好みの年上も貢いでいるかもな。もしそうだとしたら、ステータス平均以下の俺は飛んだ笑い者だ。

 ぱっと見、いつも通りの顔つきだ。だが、その顔の裏では冷笑しているのだ。

「いや、今のはな――」

「答えはYES」

「……え?」

「暇だし」

「そ、そうか――よかった」

「で?」

「で?」

「どこへ行くの? 楽しませてくれるでしょ?」

「あ……えっと……」

 そこで彼女は長嘆息1つ。

「何も考えてなかったの……」

 そら、ナンパなんてしたことないから。


 とりあえず、キャナルパークにやってきた。俺が考える限りオシャレな場所だ。ただ、氏には驚きも何もない。自分の庭みたいな場所だろう。

「ウィンドショッピングでも?」

「驚くなよ。こんなこともあろうかと、予算を確保しているのだ」

「……」

 そしてリードするために、そっと彼女の手を握った。

 流石に俺の方をちらりとすると、目元と口元がわずかに怪しげな笑みを湛えた。俺は背筋がゾクッとする。な、なんだろう。獲物を罠に捉えた狩人のような、この微笑は。

 彼女は離すどころか、力強く握った。そして、カツカツと歩くスピードを速める。

「えっと……小早川さん?」

 加速度的に、どう考えてもあの高級貴金属店に直行している。これ、どうやったら摩擦抵抗を高められるんですかねぇ? 哀れな子鹿ちゃんたる俺の手は、熊バサミたる氏の剛力にしっかりと挟まっていた。

「ちょっと離さね?」

「繋いだのは貴方」

「急に離したくなったのだ」

「自分はそうしたくない」

「いらっしゃいませ」

「すいません、冷やかしっす。今すぐ――」

「ダイヤモンドを」

「ダダダダダイヤもンドゥ⁉︎」


 その後、イタ飯店で軽食を嗜んでいた。だが俺の食欲は完全に消失し、味覚も死んでいた。対面する小早川氏は、小さなダイヤモンドリングを、しげしげと見つめている。

「ダイヤは確かに美しいけど、希少ではない。ましてや、永遠でもない。全てダビアースのマーケティングね。独占がなければ、1/10程の価格まで下落する。高温加熱すれば二酸化炭素。そんなもの」

「そんなものに12万払わされた俺の気持ちを知れ……」

 そろそろPC新調を考えていたが、スペックダウンどころか、無期延期になりました。本当にありがとうございますっ!!! 彼女は薬指にはめると、満足げに俺に見せびらかす。

「ロマンスの対価は、安くない」

「言ってくれますねぇ……」

「今までしつこくナンパしてきた人、ああすると逃げた」

「俺もそうすりゃ良かった」

 しっかし、さすが小早川氏だ。あんな高級店でも全く動じず、“エメラルドの緑は、不純物として含まれるバナジウム”など、豊富な化学知識を遺憾なく発揮し、スタッフもタジタジだった。もうね、女性が宝石を買ったと言うより、化学者が元素を買ったと評した方が適切かもしれない。それを補強する証拠がこれだ。

「これもなかなか悪くない」

 ファンシーショップで買った……オホン……買わされた偽ダイアのリングを取り出した。

「キュービックジルコニア、立方晶形態の二酸化ジルコニウム」

 普通さ、偽物つかまされると、大抵の女性は憤慨するだろう。しかし氏にとっては、片方は単に炭素、もう片方が単にジルコニウムなのだ。氏は、キラつく2つのダイアを俺に見せる。

「区別つく?」

「わけねぇだろ。宝石商じゃあるめーし」

「なにをそんなに怒ってる?」

「怒ってねーよ、泣きてーんだよ……」

「キッチンで玉ねぎでも切ってる? 硫化化合物は鼻に突く」

 はぁ。そろそろふざけてないで、本題に入ろう。

「あのな、話がある」

「その切り出しは、悪い話ね」

「ああ。単刀直入に言う。謹慎を受け入れろ」

「お断り」

「あのな、教師を愚弄するのはいいが、限度がある。お前は才気立って優秀かもしれんが、所詮は生徒だぞ? どう考えたって、教師の権力に敵いっこねーよ。先のこと考えろ」

「教師には迎合しない」

「話は聞いたよ。いくらホーキンス博士がコネ持ってても、最終に物言うのは、校長印付きのA4一枚紙だ。今の校長は優しいが、来年は異動かもな? で、学年主任みたいなのが来たらどうする? お前の要録見た瞬間、進路パーだぞ?」

「自分の成績を客観的に見れば、受かる自信ある」

「……」

 こいつより成績の悪い俺が何言っても無駄だ。攻略法を再考する必要があるな(泣)。

「お前が謹慎を受けないと、eスポーツ同好会はお取り壊しだぞ? 意地悪な教師は、ここぞとばかりに御注進するだろうな」

「別にいいじゃない。機材も実績もない。名前だけでしょう?」

「けどカレンが勝ち取った会を、そんな形で終わらせるなんて、酷じゃね?」

「ゲームなんて、家でいくらでもできる」

「知ってる。けどな、本当は公費でゲーミングPCを揃えてもらって、何かの大会に出て、カレンに活躍の場を与えてやりてぇんだ。もしかしたら、ワンチャンあるかもしれないだろ?」

 氏は黙っていた。カランと、アイスコーヒーの氷が崩れた。

「極微量もない」

 すいません、俺も本心では貴女と同じです。けど、彼女からは冷徹なまでの否定があった。カレンを思いやる気持ちなど皆無だった。

「はぁ。俺さ、メグの気持ちがよくわかったよ」

 急にパートナーを引き出され、彼女は訝しげな顔をした。

「メグさ、お前があまりにも素っ気なさすぎ、独断的になりすぎ、目的にしか興味ないって、モヤモヤしてたよ。そりゃお前の性格だから、ある程度は理解する。しようとする。けどちょっと冷たすぎじゃね? メグの言い分はもっともだね」

 俺は席を立った。

「勘定持ってくぜ? メグの気持ちを伝えたから、これでナンパは終わり。リードするのも終わり。こんだけ愛想ないなら、そら男も逃げるわな」

「無いわけではない」

「へー。あのマジックアワーを見てどう思う? さしずめ『太陽は毎秒6億tの水素を消費して5億9600万tのヘリウムを生産する。水素1つの陽子からなる原子核が4つ合体してヘリウム原子核1つになる。2個の陽子と2個の中性子。400万tの差分はE=mc2乗によってエネルギーに変換。その内1.6kg/秒分が地球に到達する。その結果があの色』だろ? ロマンスもへったくれもないね。じゃな」

 息切れで死ぬかと思いました!

「とりあえず明日はカウンセリング室来い。俺もいるから暇じゃねーだろ」

 冷静な男を装っていたが、内心どうなるかヒヤヒヤしていたのは秘密だ。つーか来てください、お願いします小早川さん! 俺のキャンペーンミッションが達成不可になるんです!

「今、リードは終わったと言ったけど?」

「う、うっせー。細かいことは気にすんな、じゃな!」

気合い入れてい続き書きます。

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