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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e4m17】亀裂

遅れました。申し訳ないです。

 気だるい月曜の朝。スズメが楽しげに(さえず)り、学生の声が交差する。全身筋肉痛の俺は、自分の机に突っ伏していた。フワリと石鹸の清潔な香りがする……鹿島だな。

「おはよう」

「めちゃ痛ェ……」

「随分派手に暴れたらしいね」

 脱出は100%成功。しかしヒロインらは、その10%も喜んでいなかった。特に、俺を見捨てた事に激怒したメグが、小早川氏と言い合いになったのだ。いや、“言い合い”は違うな。メグが一方的に責め立て、氏はなぜそう詰られるのか理解できなかったらしい。“らしい”と言うのは、俺はその場にいなかったから。結局、辻さんのグラップリングガンを拾って、時間をかけて地表まで登り切ったが、とっくに氏が一人萎え落ちした後だった。

「筋肉痛を一瞬で治すアイテムない?」

「何でもかんでも薬に頼るのは良くないよ」

 あの時、NPC扱いの俺が残る他なかった。脱出成功か失敗かの瀬戸際だったので、聡明な小早川氏が俺を締め出して、ヒロイン達の安全を確保した。結果的に、俺を見捨てた形になったのだ。もし俺に考える暇があったら、むしろ進んで降りただろう。

「あれで良かったんだ」

「え?」

 地上に戻った後、俺はそう説得したが、メグは納得しなかった。

『あげんかこつして……!』

 俺のために怒るメグを、俺自身が氏のために宥めるのも、ちゃんちゃら可笑しい話だ。突っ伏した顔を上げると、キョトンとした鹿島が見つめていた。

「なあ。お前って、預言者とか助言者とか、そんな立ち位置だろ?」

「はい?」

「一緒にいれば、些細な事から問題が起こるとか言ってたよな。今あんな感じだよ」

 鹿島はちょっと困って頰をポリポリ掻き、目を逸らす。

「えっと、まだ把握できないけど……あれ出まかせに言ったんだよ。てことは、いよいよエピソード後半?」

「そーです。前半は空気以下の俺氏が、トラブルに陥ったヒロインを助けるべく奮闘する後半でございます。もう4回目か……型にはまって慣れてきたよ。これから氏の家族が登場するんだろ」

 自嘲気味に今後の展開を予想する。

「小早川さん一人暮らしだって」

「そのロード画面のチップみたいな情報、感謝するわ。じゃ、個性的な父親とかにビビらずにすむのね」

「けど、大宮くんを助けてくれるキャラがいないってことだよ?」

「むう」

 カレンをチラ見する。奴も相当疲れたのだろう、朝からずっと今まで机で寝ていた。ちなみにカレンも先輩も氏に批判的だったが、俺が無事に帰ってきて、且つ説得がうまくいったので、その刀を納めてくれた。

「今日の夕課外、どうなるんだろ……」


 当然、2人は邪険のままだった。俺の前に並んで座っているが、2人の間にピリピリとした緊張感が走っている。

「卑怯者ん隣とか嫌かー」

 露骨に嫌味を曝け出し、当てつけにひとりごちた。メグってこんな態度取るんだ。一方の小早川氏は、いつも通り能面。メグの一刺しなんぞ何処吹く風よ。

 授業が始まった。相変わらずホーキンス博士の話は適当。生徒のほとんどは、ぼんやりしてるか寝てるかで、多分頭に入っていないだろう。

 ただ小早川氏は例外だった。彼女にとっては既知の学習内容であろうが、真剣に耳を傾けている。目は先生に向け、シャーペンを軽やかに走らせ、内容を漏らさずおさらいしている。なるほど、彼女が博覧強記なわけだ。

 聴講はまだいい、ただ話を聞くだけだから。だが実験はな……テーブルの者同士が関わりあう事になる。班長である氏は、俺やメグにあれこれと実験の指示をだす。が――

「NO」

 目も合わせないメグは、自分の爪をいじっているのみ。反抗期のティーンエイジャーだった。それどころか、わざと乾電池と豆電球を床に落とし、大げさに両手を挙げ、呆れ顔を作り上げる。

「Oopsy」

 流石の氏にも、眉間のシワが寄った。

「ふざけるなら出て行って」

「ふざける? ふざけるってウチが⁉︎ 面白かこつ言うやん。ばってん、昨日シンば突き落とした悪ふざけと、どっちが面白かやろか?」

 実験中、突発的に声を張り上げ、実験室は水を打ったかのように静まり返った。

「まだそんなこ――」

「は? そんなこつとか言いよるし。ホントはシンに泣いて詫びんといけんのに、なしてそげんしらーちしとっと? ちかっぱぐらぐらすー。ふざけとっとはそっちやろ!」

「何度も説明した。貴女はまだわからない? 大宮はNPC扱い。だからヒロインの生存を優先させるため、仕方なく降りてもらった」

「だ、け、ん、シンの同意も契約もなかったやん! せんかつ理由にならん!」

「大宮も理解もしている。現に自分に怒っていない……でしょう?」

 急に小早川氏が振ってきたので、俺は軽く頷く他なかった。

「そんなん後付けやろ。シンは優しかけんね」

「これ。喧嘩は後でやってほしいのう」

 その言い合いに終止符を打ちたいホーキンス博士が、介入してきた。

「ウチ、GET OUT言われたけん帰る。こんやつと一緒におりたくなか」

 すっと立ち上がると、メグはスタスタと実験室を去っていった。小早川氏は、授業を妨害されてしまって、狙撃するような目線でメグを追い続けていた。

 その後、まるでメグなど最初からいなかったかの如く、実験を進める俺と氏。2人とも、余計なことも口に出さず、黙々と作業を進めた。彼女はどう思っているか知らんが、俺はぎこちなくて堪らなかった。


 次の日の昼休み。俺とメグは、中庭のベンチに腰掛けて昼食を取っていた。

 蝉はまだ鳴いていないが、初夏の陽気な日差しが、一面を照らす。たおやかな風も吹く。側から見れば、仲睦まじいカップルだろう。

 普段なら、この陽気に負けないぐらい溌剌(はつらつ)としているメグだが、昨日の夕課外が尾を引いて、気まずさが漂っていた。

「もうバターロールやなかと?」

 苦笑い。カレンの功績で、俺のクラス近くにも売店ができた。なので、今日は普通にサンドイッチだ。ゲーマーにとって、手が汚れないので嬉しいね。

 沈黙が続く。お互い小早川氏のことを切り出せない。ウグイスが鳴いた。

「ねー。ウチば馬鹿にした先生(しぇんしぇ)に手ェ出したっちゃろ?」

「え? あーそんなことしたな」

「嬉しか。キャレンば馬鹿にされても、そうすー?」

「しないしない。アイツが馬鹿なのは論理的真で、自明の摂理だろ? だから怒りもしないし、むしろ納得するね。けどお前は違う。だからキレた」

「よ、よーわからん……」

「あはは」

 俺がふざけているのか否か掴めなかったのか、メグはちょっと困った。しかし居住まいを正し、思い切って聞いてきた。

「あんね、昨日んこつやけど……やっぱ納得いかん。ウチんベストフレンドば、あげんぞんざいに――」

「だから――」

「シンの言うこつはわかっと。わかっとっとばってん理解できん」

 言うのはわかるが、理解できんとは……こっちが理解できん。

「Say……ウチん心情に合わん」

 俺の?マークを読んでか、補足する。なるほど、俺を見捨てた脱出は、それが最適解であったにしろ、メグの性格的に納得し得るものではなかった。要するに、『そげん酷かこつすっぐらいなら、全滅のが良かったろーもん』なのだ。

「優しいのな」

「うんにゃ。サミーん冷たかと」

 風が一陣吹いた。美しい金髪が揺れる。しかしその顔は、陰が差し挟み、友情の亀裂が入ったパートナーを思い浮かべていた。彼女はフゥと嘆息を入れてボヤいた。

「キャレンとドクんうやらましかー」

「は?」

先輩(しぇんぱい)とゾミーも」

「何を急に……?」

「わからん?」

 メグの眉が八の字に垂れていた。つまり、パートナーヒロインたる小早川ささみに不満を持っているという謂だ。

「みんな、ばり仲良かやん?」

「まあ」

「ウチらね、ふざけたり喧嘩したりせんと。ほとんど遊びにもいかん。まぁウチは車屋やけん、そげん遊べんとばってん。けどくさ、サミーて元々素っけなかやん。そげん人柄てわかっとーとばってん……」

 他人のパートナーは良く見えるってわけか。なるほどなるほど。メグの胸内がわかってきた。つまり、長年のモヤモヤがあって、今回で噴出したってわけか。

「サミーと同じ中学やけんわかるとばってん、あん人は独りよがりったい。学校さフラッと来て、いつん間にか帰っとる。めんどくさか行事は欠席。ばってんよーら成績ん良かけん、先生(しぇんしぇい)も強く言わん。しかもしゃれとんし、女子からメッチャ嫌われとったと」

 なるほど、孤高のヒロインってわけか。成績優秀で早熟な理系スナイパー。周りの生徒なんて幼稚園児だろうな。

「別にね、サミーは人ばバカにしとるわけじゃなかと。ばってん、あん人柄やけんそー見えるったい。それにくさ、頭ん良かつば、自分でよーとわかっとらんけんね。誰でん彼でん自分と同じ考えになるっち考えとる。やけんコミュニケーションもとらん」

「すげーわかる。採掘ミッションでも、独断的だったもんな」

 『そのわからない、というのがわからない。落ち着いて、順番に噛み砕いていけば、理解できるのに』は、今のメグの台詞をよく体現していた。俺らに見通しも持たせず、ただ自分に従えば事足れりと言う考え。思い返せば、ゲット&ランの時も、1人奮闘してたな。モブ男子との連携は全くしていなかった。

 メグは腕時計をチラと見た。

「そろそろ行くけん。話ば聞いてくれてありがと。ちっとは気持ちん楽になった」

「やっぱさ、俺がお願いしても許してくれんか?」

「ゴメン、あん行為はやっぱ許せん。じゃね」

 はぁ……これは困った。物腰はマムのように穏やかやったが、その意思の固さは、紛うことなきダッドのものだった。メグのモンローウォークを見ながら、思わず呟いた。

「にしてもいいお尻してんなー」


 教室に戻る前に小早川氏と会って、メグの心境などを伝えようと、A組に寄った。しかし案の定、彼女は不在。しょうがないのでF組に帰ると、騒がしい女子が、呼びかけてきた。

「ちょっとシンイチ、コレ見てよコレぇ!」

「なんだなんだ? 次は何の悪さを思いつ――」

「違うって。掲示板見てよ」

「ん〜?」


『県立東高等学校 校長 (おさ)幹事(かんじ)(校長印)

 以下の生徒は、私有地に許可なく侵入し、器物破損のゆえ、教育上必要とする懲戒を受ける。

 2年A組 小早川ささみ【校内謹慎4日】』

次もすでに取り掛かっています。

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