【e4m15】コロニー
続きです。
COという環境ハザードは、シャコにも致命的だった。脱出地点に向かう中、あちこちで死骸を見つけた。粉塵爆発でやられたのも合わせると、相当なフラグ数だろう。
「こはけしからず」
辻さんが訝しげに漏らした。周りの様相が人工物とかけ離れていたからだ。トンネルが無計画に蛇行したり、また径も太くなったり細くなったりして、坑道というより巣だった。
「I have a bad feeling about this too」
「この方角が最短距離」
ラノベ的には正しいのかもしれないが、自ら地獄の釜に入ろうとしていないか? 辻さんは目を凝らして暗闇の先を見ていた。
「軍奉行がおりますの」
「なんでわかる?」
「羽音が聞こえまする。高うなったり、低うなったり」
「全然聞こえない」
「ほ。古女房聞く能わずか」
果たしてその通りだった。係員を含め、初めて見る虎模様のシャコが俺らに尻を向けて、羽ばたきしていた。俺らがいようが構やしない様子だ。
「新種発見やん嬉しかー(棒)。ばってん何しよっとやろ?」
「COの流入を防いでる?」
小早川氏の了承で、メグは焼夷手榴弾を投げた。炎が一面に開花したが、シャコは逃げようせず、焼死するまで羽ばたきを止めなかった。残ったのは、メレーで全て潰す。
「殺傷算無しよ」
「しょーがねーだろ?」
「ねーサミー。ほんなこつ、こっち行くと?」
氏はコクリと頷き歩みを止めない。この意思の強さには感心するよ。どっかの誰かと違って、命知らずの暴挙ではないが、紙一重とは思える。なぁカレン? ローダーが通るギリギリの狭い場所を通り抜けると、開けた場所に出た。
「………………」
誰もが絶句した。もしこれがゲームなら、カットシーンに切り替わって、不穏なBGMと共にカメラが全景を舐めるようにパンするはず。
こんな地下深くに、途轍もない露天掘りがあったのだ。暗くて全貌がわからないが、そのほとんどが紫色の土で“汚染”されており、多種多様のシャコが渦巻いていた。
全身から放電しているシャコ、ホバリングしている虎模様のシャコ、信じられないぐらい甲殻が嵩張っているシャコもいた。俺の隣にいた小早川氏は、
「巣ね」
壮大な生態系を見下ろしながら、従容且つ端的に述べた。
「こんなんいくら弾あっても足んねーじゃん」
「はたせるかな。おどろおどろしき事限りなし。とく/\罷り出るぞ」
「Hey! Watch out!」
1匹の虎模様が羽音を響かせながら、こちらにやってきた。咄嗟に、蟻塚のような土塊の陰に身を潜める。息を潜めること寸刻、無事にあの空飛ぶシャコは過ぎ去っていった。小スワームも俺らの間際を過ぎていった。おかしなことに、フェロモンに反応しなかった。なぜだろう、それより上位命令が発せられているからだろうか?
実際、巣はCO流入を察知しており、大わらわだった。兵隊は卵や金属を咥えて避難行動の態。壁に張り付いている係員も、その陣頭指揮に羽をバタつかせている。俺らの周りには既に死骸が転がって、とても異分子に構っている暇もなかった。ステルスで進み、とある出口の1つにたどり着いた。ここで巣ともおさらばだろう。
「よかったやん」
「COに助けられるなんて」
そそくさと出口に入り込むヒロインらの中、カレンはじっと崖縁に立って、シャコ蠢く深淵をしげしげと覗いていた。
「おいカレエぇえ⁉︎」
腕を豪快に振りかぶって、何かをぶん投げた! 下からクラスター手榴弾の爆音が残響し、巣は輪をかけて騒然となった。もうね、こいつの驚異的な馬鹿っぷりに、全員が硬直していた。
「貴女、何を……?」
「え? もっと混乱させた方がいいっしょ?」
もう1発露天掘りに投げ込む。怒りに紅潮、心昂ってガスマスクが吹っ飛んでしまう勢いで詰る辻さん。
「このこともの狂ほし! そちほど因果見えぬ愚者を、妾未だかつて見ず! 思へらく、うるさき事を差分くにあらずや⁉︎」
「Run, dammit, RUN!」
蜂のように巡回していた虎模様が、こちら目掛けて急降下してくる。近くの兵隊シャコも、ウジャウジャ露天掘りを登り上がっている。
“戦う”という選択肢はあり得なかった。巣から逃げ出したものの、そこに繋がる本道なので、息つく暇もないラッシュが始まった!
「こは倹約こそ無理なれ!」
穴という穴からシャコが出てくるので、節約なぞしようものなら、即全滅だ。なけなしの弾を遠慮なく消費し、血路開いて逃げることで、何とか命を繋いでいる。ただ、この火力はいつまで続くか……?
特にあの虎模様、ホバリングするシャコは、トリッキーな動きで、貴重な銃弾を徒労に終わらせている。奴らの嚢胞からは、粘着質の体液が飛び出し、カレンの足を取る。体に帯電しているシャコが猛スピードで突進し、自爆攻撃を仕掛けてくる。
「アタシん命は、んな安くねぇぞ!!!!」
字面じゃ伝わらないが、およそヒロインらしくない、骨々しい猛獣の怒号だ! 人生で一番アドレナリンが弾けているに違いない。ミニガンから、炎の豪雨が絶え間なく吐き出され、近づく虫を徹底的に粉砕している。
彼女が一団の殿を担って、攻撃フェロモンを被っているというのもあるだろう。そして、余計なちょっかいを出したせいもある。とにかくシャコは、桜カレンを最優先目標にしていた。
辻さんはグラップリングガンで、跳躍を繰り返しながら、スワームの流れを逸らしている。ただ、彼女もフェロモンを被っていて、しかも火力が一番細いので、孤立したままダウンする危険性があった。
一方メグはシャコから恐れられていた。火炎放射器の火勢が近づくと、逃げ出してしまう。小早川氏はそもそもフェロモンを食らっていないので、よほど接近しない限り、攻撃対象ではなかった。
「クッソ、弾が……!」
そりゃそうだ。これだけ景気良くぶっ放せば、あっという間に底突くに決まってら。もともと66%しか補給できなかったのもある。無尽蔵とも言えるシャコを抑えることすら、間違いだった。ヒロインらは、ウサギよろしく惨めにバニーホップで逃げるだけ。その後には、怒り狂ったトレインがいつまでもついて回る。
「シンイチィ! なんとかしろぉ!」
剛腕で鳴らすカレンがこのザマよ。ハァーやれやれ……。なんで俺が尻拭きしなきゃならんのかね。大方、ぼんやりと戦闘を描写しているので、暇そうに見えるのだろう。ま、ともかくだ。ゲームで困ったら、“周りをよく観察”が鉄則だ。
「お……?」
いつの間にか、再び坑道に戻っていた。そこには、井桁に組んだ木材が天盤を支えていた。小早川氏にそれを指差すと、乾いた音が反響した。
ガラガラと、井桁と共に天盤から落石し、後ろの坑道を塞いでしまった……。敵スワームは分断された。間近にいたシャコも、驚いて逃げ出してしまった。
「死ぬかと思った……」
満身創痍、とぼとぼ歩いてくるカレン。笑っちゃうね。自分の命をできるだけ高く売りつけるのなんの、吠え猛っていたが、まあこの有様だよ。彼女に対し、他のヒロインの目は厳しかった。
「貴女。今まで連続性という概念を考えたことは? 次どれくらい消費するとか予測したことは?」
「射つ時は許可ば得るって言うたやん。忘れたとー?」
「宮どのは、かような文殊観音も匙投げる御前とよう泥みますの。妾、腹たち紛れに射抜いて、虫どもの食に献じてくれようと過ぎりましたぞ」
カレンを切りさばく刃は、鋭く冷たい。心底侮蔑している。
「お前らわかってねーな。こいつは“都合の悪いことは忘れがち”なんだよ。何かを期待するのが間違ってる」
「フォローになってないしっ!」
「さらば宮どのが押し込めてくだされ! 妾、今も射抜きとうて指疼きまする!」
「俺にこの野蛮人が止められるとでも?」
本人は、散々詰られたのにケロッとしてやがる。打たれ強いよな。俺だったら、あそこまで言われると落ち込むわ。本当に、困ったヒロインだ。
「ねー辻のん。次の補給スポットってあるん?」
「存じませぬ!」
「なによう。過ぎた事ブリブリしてヤな感じ……」
まあこんな感じで、進んでいた。本来ならカレンの武器一切合切を没収するが、彼女が守りの要であるのもまた事実。そんなことをしたら、いざという時に全滅である。
次でバカイベントは終了です。