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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e4m13】粉塵爆発

遅れましたごめんなさい。

「発破用穿孔……位置、角度、深さを計算。火薬は多すぎても少なすぎても不可」

 ひと気のない幅広な岩盤道に、風音とメグの声が通る。鉱山保安規則総覧の一部を、音読しているのだ。それにしても目がしみる。先輩が坑内扇風機を作動させ、(れき)、砂やメタンを吹き飛ばしているからだろう。服もすっかり汚れていた。

「シャコの動きがけしうあらぬ。桃御前が、お山を弄り回しておるからであろな」

 警戒を強めたヒロインらのフラッシュライトは、念入りに周囲を照らし、絶壁のようにそびえ立つ磐岩を映し出す。小早川氏は、地形スキャナーと干渉式ガス検定器を見比べていた。

「幹線岩盤道中層西40卸部内東4片払、人車ホームまで550m。CH4濃度817.4ppb」

「ねーメタンってやべーの?」

「おい、撃つ前にちゃんと確認しろよ?」

「ちょっとぐらい良くね?」

 辻さんが不審の雲をよぎらして振り返る。が、文句まで吐き出さなかった。

「マジで確認しろよ。一帯大爆発で、敵味方全てインスタントフラグだからな」

「ささみーヤベー時言ってよねー」

 氏は頷くのみ。いつも通りと言えばそうだが、どこか不貞腐れているようにも見えた。やっぱり、ハバディウムに未練があるんだろうな。

 いつの間にか、更に大きな幹線道に出ていた。斜坑ベルトもある。俺がしげしげ見ていたので、メグが教えてくれた。

「マンベルトやね。座ったまんま進めっと」

「敵は?」

「恵どのと櫻どのの色香が向い風に(くん)じて、後背がやたらひしめいておりますの。寄せ時も近いか?」

「ミーガン、ここから西43まで掘って」

「よかばってん、遠回りんならん? まっすぐ行った方が近かやん」

「敵、フェロモン頼りに追ってくる。拡散したら、戦闘回避できる……かも」

「Rog’」

 と新品のドリルを稼働。ウルツ鉱型窒化ホウ素の単結晶がコバルト鋼に散布され、理論計算ではダイヤより硬いとか。岩盤が溶けるように砕けていく。煙が舞う内、俺らは中に潜り込んで次の坑道へ出た。

「追い風」

「ほ。二御前は、さだめし凄艶無比(すごつやむひ)よ。先にも見えぬシャコどもの、既に色めきだっておりますぞ」

 モーショントラッカーの光を浴びながら、他人事のように放言して憚らない辻さん。

「ムシん好かれてもいっちょん嬉しくなかー」

「こいつにもぶっかけやがれ」

 そう憎まれ口を叩き合う中にも、心理的余裕があった。その後、何度も坑道を変えながら、駅に徐々に進んでいく。


Q.E.D.:トリガーから、離してる?

˚✧₊⁎❀R0keteeℛ✿⁎⁺˳✧༚:してる

 緊張がクライマックスだ……。今、自作トンネルで光と音を殺し、かがんでじっとしている。前後の坑道では、小スワームがフェロモンを頼りに巡回していた。ただ、ここは通気ポケットになっているらしく、それほど拡散しないらしい。もしくは、扇風機によって坑道に一定濃度充満して、シャコのレセプターが麻痺しているのかもしれない。そう、仮説を立ててみる。

RoadMaster123:ガバステルスやん

「お前らテキストチャットできんのな」

里の无名:(とつ)

 1匹のシャコが、人間臭いアニメーションで周囲を見渡している。こんなのを見せつけられると、興ざめするよな。

「よし風上に行ったぞー」

「ねーまたオイルん少なくなってきたー。まだ掘る?」

「ここ西40番、向かい風、ホームまで50m……」

「今のスワームさ、見た感じそう多くなかった。後ろから奇襲して、一気に電車に躍り込まね?」

「……」

 これだから桜カレンというヒロインは困る。コイツがいつ何時も、トンチンカンな提案をするなら、頭ごなしに却下すればいい。ただごくたまに、殊にドンパチに関して、理にかなった意見をするんだ。野生の勘であろう、俺らホモサピエンスが失った生存本能を、遺伝子まで刻んでいる。

「いかがいたしまする? このうつけを頼んで獅子奮迅(ししふんじん)すべきか、はたまた軽忽(きょうこつ)を案じて(べち)な道考えるか……」

「……」

「スピードとパワーでやれるっしょ?」

 小早川氏が距離や残弾など考えあぐねている中、カレンはもう一度催促した。多分コイツは何も考えていない。ただ本能でいけると確信してるのだ。

「わかっ――え?」

 氏の3文字が、ゴーサインだった。既にカレンはトンネルから飛び出していた! どうやら心の準備をさせてくれないらしい。

「しゃつ、猪武者めッ!」

 辻さんも吐き捨てて疾駆、メグと氏も続いた。また俺だけ残されちゃった。

 見知らぬ坑道、多くはない弾薬、巡回する敵、ステルスで、気が張っているヒロインたちだったが、最初の1発が放たれ、いざ戦いの渦中に突っ込むと、そんなものは雲散霧消(うんさんむしょう)だ。もう檻から脱走した猛獣で、特にカレンが肉薄して暴れに暴れている!

 メグはスワームを横切って、先の電気機関車に接近した。

『メイヤーさん。機関車が規定電力の半分も出ていません。確認してください』

「なん、さっきと話ん違うやないね! これやろか? 確か上から特別高圧11,000v、高圧2,200v、低圧440v、操作線55v、誘導線微弱で、下は散水管とエア管やけん関係なか」

 彼女はローダーから飛び降りて、アーチ枠の岩盤に這っている各種ケーブルを点検し始めた。

「Guys, need to take a look. Happy hunting!」

「ほっ! ごゆるりとご覧あれッ!」

 また防衛ミッションか、もうステレオタイプだな。辻さんの皮肉もきっついし。

 ドンパチに目を戻すと、すでに小スワームは片付けていた。カレンがミニガンを後方に突きつけ、

「来るぞっ! 鉛の嵐食らわせてやらぁ!」

「間違い。アンチモン加えた、弾丸用合金」

 小早川氏としては、化学的に正さずにいられない。だが、カレンのやる気を削ぐ嘆息が聞こえた。ガサガサ多足せわしく砂を払う音が、地響きを伴って大きくなる。先が見えない分、恐怖を煽るよな。

 “トリガーを引く指が軽やか”なカレンだが、まだ我慢していた。ギリギリまで引きつけて無駄弾を抑える胸だろう。だがこちらにとって、唯一で絶対的優位である遠距離射撃を、みすみす捨てる博打でもある。

 マイクロロケットの水平射撃! 暗所だと距離感覚がわからず、シャコの尻上に飛ばしてしまうが、そんなヘマをカレンはしない。全弾直撃し、先鋒の一団がもんどりを打った。

 後は……そうだな、今までの繰り返しだ。最初こそ威勢良く返り討ちにしているが、徐々に数で押されていくというパターン。しかもそのペースが、やばいほど早い。理由は明快、弾の節約に加え、ローダーが暴れていないからだ。

 実況者としては、“非常に強いヒロインらが、無数の敵を蹴散らす”と描写したいが、そうは問屋が卸さない。

 しっかし、本当にカツカツに戦ってるな。これじゃ、何かの弾みで全滅するかもしれない。一方、後先考えずに撃ちまくっても後で詰む。さっき小早川氏が、ギリギリの難易度が絶妙とか言ってたが、マジそれな。

「きりねーよコレッ!」

「うつけに従った(しょう)が大うつけで御座候ッ!」

 根を上げるのも早い。

 その時、辻さんがしかめっ面で、耳を塞いだ。何かを探すように、薄暗い辺りを見回す。グラップリングガンに持ち替えると、天盤に撃って突っ込んでいく。そのまま何かを掴み、シャコの群れの真ン中に落ちた!

比日(ひじつ)起居(ききょ)すること何如(いかん)?」

 バカ丁寧に挨拶をした相手は、あの係員シャコ。ひっくり返ってジタバタしている頭を踏み潰し、嚢胞をヨキ()で切断した。

(いくさ)奉行、討ち取ったりぃ!!!!」

 と武者声荒々しく、嚢胞と勝鬨(かちどき)を上げた。

 奉行を仕留めた瞬間、雑兵列が乱れ、明らかな動揺がスワーム中を駆け巡った。

「櫻どのっ!」

 辻さんは、嚢胞を頭上高々に(なげう)った。

 カレンのハンドガン射撃と、辻さんのグレジャン(グラップリングガン充電中)は同時!

 赤々輝き膨らんだ嚢胞は、その怒りフェロモンをふんだんに含んだ体液を、四方八方にまき散らして破裂した。下にいるのは、忠実な兵隊である。

「発砲を止めて。自滅させて」

 スワーム指揮は消失し、無残な同士討ちが始まった。辻さんは、空中で体勢を整えながらカレンの前に着地。

「ほ。無辺世界を射給えた暁には、どうしてくれようと思うたのに」

「ヘッ、オメー知恵回んじゃん」

「そちもの。(しょう)にも漏れずに注ぎおって」

 と体液に濡れた背中を見せつける。ニヤリとする2人を見て、やっぱこいつら仲いいんだと改めて感じた。

「Booya! Guys, get in get in, time to go!」

 メグは、空の鉱石車にローダーを置き、トリコロールカラーの動力車から呼びかけた。坑内を走るだけあって、車両が小さいんだな。上にはトロリーが張ってある。

 中間制動車を挟む、前後の動力車のモーターが力強く唸った。三つ目のライトが先をカッと照らす。俺たちはホームに駆けて、先頭鉱石車に次々に乗り込んだ。

「We’re leavin’ now. Next stop is……well, donno」


 ガタンガタンと、リズムよく岩盤の中を進んでいく。周囲には坑木、管、ケーブル、トロリーが血管のように張り巡らされている。地下鉄とはちょっと違うな。

「おっせー原付じゃん!」

「石運ぶっちゃけん、スピードいらんやろ。30㎞が限界たい」

「つか鉱石車の数がすごいな、最後尾まで見えん」

「電車んとこ目ぇ通しとって正解やったー。通信と信号は大丈夫んごたんね」

 と青信号を通過する。はぁ、後はもう巻上げ機を呼んで地上に帰るだけだ。長かったな。ヒロインらは、ドンパチ(たけなわ)の尾が引いて、まだ息が整わない。空の鉱石車の中に座り込んでいた。

 どれほど沈黙が続いただろう。それを破ったのは先輩だった。

『自動進路制御装置に問題が発生しました。分岐器に異常電圧が加えられ、指示を受け付けません』

「はぁ⁉︎」

『進路が切り替わります』

 すぐに、レール横の分岐器で放電しているシャコと、レバーを尻尾で押しているシャコを通り過ぎた。

「Brake, brake, WHAT THE――⁉︎」

 目を疑った……。壁や天井にびっしりとシャコが張り付いて、同じ方向に進んでいる! 電車は次々に追い越していくが、その数に限りがない!

「止まってはダメ!」

「すわっ! こはいかに⁉︎」

 天井のシャコが次々に落ちてきた。電車を止める気か? 中には高圧線で自爆したり、轢かれたり、撥ねられたりしている。

「バカやん、150t牽引力あっとn――」

 言葉が切れ、荒々しい騒音が入ってきたので、身を乗り出して先頭を覗く。あ、1匹が運転席上部に張り付いて、側面から頭突っ込んでる。

「なんか速度落ちて――ゲェ!」

 カレンが、鉱石車からリーンした。多数のシャコが、電車のあちこちに噛み付いて、ブドウの房のように固まっていたのだ。そいつにまた噛み付いて、地面に引きずられているのもいる。それに乗り心地も悪い。死骸が、レールと車両に巻き込まれている。

「脱線すんじゃね?」

「メグ、さっさとそのQTE終わ――」

 カレンの台詞が終わらないうちに、先頭車側面から片足が飛び出し、シャコが吹き飛んだ。

先輩(しぇんぱい)、今止めたらいかん!」

『分岐器を調整中。危険です、甲種坑道に進入します。発砲を控えて下さい。3、2、1……』

「クソ、後ろから乗客だぞ! こんな時にィ! メレーはいいんだよな?」

 ミニガンを収納(・・)し、拳を突き合わせ、返答も待たずズンズンと進んでいく。俺もさ、ローダーで助太刀してやりたいが、インタラクトすらできねーんだよなぁ。

 空の鉱石車から、満載されたそれに飛び移る。リアルだったらさ、積鉱の山にカレンの足は取られてしまうが、この辺はゲームっぽいのな。

 足場の狭い車体のせいで、敵は十八番のシャコ海(・・・)戦術ができない。そのため、発砲禁止とはいえ、こちらが戦いの優先権を握っていた。おーおーカレンの手足が見境なく飛び出すことよ。

「おい、ちょっと場所考えて――あっ!」

 ほーら言わんこっちゃねー! 勇み足で、鉱石車から踏み外してやんの。間一髪、縁を掴んで、なんとか振り落とされずにいる。奴のシルエットが黄色く光って、“桜カレンを引き上げよう!”とポップアップする。

「ファー!!! 落ちるヘールプ!!!」

「まこと世話の焼ける御前よの」

 辻さんがすぐにインタラクトして引き上げた。

「サンキューチビ。ったく、普通透明な壁で落下防止っしょ⁉︎」

 それカジュアルFPSな。つか、所々にネタが入って、ヒロインらが助けられているのは気のせいか? それなら俺にも適応しろっての。

「キャレン、車体んばり重か。連結器ば外してくれん?」

「それどころじゃねー!」

 そう。車両に噛み付いているシャコを土台に、次々と登ってきているからだ。個の犠牲など厭わない戦術だった。もしメタン濃度が低いなら、こんなの火器で掃き捨てるだろう。それが不可能なので、連結器を切り離して、鉱石車もろとも置き去りにするしかなさそうだ。

「これかの?」

 辻さんが、戦闘の隙に車両レバーを引いた。ガコンと床下で衝撃。足元の鉱石が徐々に沈んでいく。

「すわっ! 底の開きおった!」

「うわーいwwww」

 慌ててヒロインらは、後ろの車へジャンプして逃げた。鉱石とその塵雲が巻き上がり、尾を引いていく。

『メタンガスの低下を確認しました』

「っしゃおら! 撃つぞ」

 カレンは発砲を開始。瞬きする間にシャコは一掃され、そのまま彼女は鉱石車後方に突進、連結器をハンドガンで撃つ!

 分断された鉱石車が、息切れしたように速度を落としていく。そして、何かの弾みで逸走したかと思うと、脱線、滅茶苦茶になって、そのままモクモクと舞う煤塵雲の中に消えていった。メグがストーンおじさんばりに雄叫びをあげた。

「YEAAAAAHOOO!!!!」

「ブンダバー!!!!」

「なんの、脇にしがみついておる客人(まろうど)もおりまする」

 その時だった。後方がカッと光ったかと思うと、鉄道全体を揺さぶる振動と轟音が電車を追い抜いていった……。

「えw 誰かグレネード置き土産にしたん? やるじゃん」

「やよ待て。にしては凄まじき音声ぞ?」

「CH4濃度1778.0ppb、メタン爆発じゃない……」

 一体なんだ? 爆発はその後も間を置かず、2次3次と続いていく。ヒロインらの顔面は喜びから蒼白と移り変わり、ただ漠然と後方を見つめている。

「粉塵爆発?」

 知ってる。小麦粉なんかを吹いて、火をつけると爆発する現象だろ? もしかして鉱石車が脱線逸走して、火花が散ったのか? 後ろの車両も鉱石積んでたしな。

 そして気がついた。今もその尾を引いていることを。俺らは無言で一様に、粉塵の発生源をたどっていくと……。

「不覚、前の車にあらずや!」

「ヤベェ! 戻れ!」

「ミーガン、全速力!」

「Huh?」

 そこで意識が切れた。あまりにも短くて何が起こったのかわからなかったが、凄まじいエネルギーが周囲に発生し、全身ブワッと持ち上げられたことだけ覚えている……。

次でバカイベントは最後にします。

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