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大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
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【e4m12】希少標本

遅れました。ごめんなさい。

「ウゼーよオメー! もーいいだろ⁉︎ 切り抜けたんだし! なにイキリ立ってんのっ⁉︎」

 ハァ……外敵がいなくなった途端、またこれだ。辻さんが、“カレンの発砲不許可を破った儀”、“先刻ロケットバラージした儀”、“グラップリングガンで脱出できたにも関わらずFFされた儀”を、綿々と恨み立てている。

「されば、そちの浅猿(あさま)しき挙動(ふるまい)に腹立てておるのだ! 一度ならず二度三度! 犬畜生とて先見持つだに、闇雲に怒りに任せ、あたら矢弾を浪費せしめる愚行よ!」

「動物は大概、過去未来を考えない」

 ポツリつっこむ小早川氏に脇目も振らず、罵倒と非難の長合唱だ。メグはひょいと肩を上げ、我関せずといった感じ。

「ともかくくさ、ここまで来たつはよかばってん、どげんす? アモ1発も残っとらんし、詰みやろ?」

「……」

 氏もメグも黙してしまうと、『オメーが、そちが』と罵言雑言の塊が、ピストルの無限弾のように飛び交う。メグは再度、さっきのダイナマイトボックスを開けた。もう空なので、首を左右に振った。俺が後先考えずに、全部持っていったからな。

「あの未確認生物、通称シャコについて――」

 小早川氏が前触れもなく語り始めた。

「吸い出したデータに、鉱山安全規則:別冊第七版があって、当時の通称、ムカデに関する項目があった」

 カレンと辻さんは、暴言の撃ち合いを止めた。ただその面は、『また講釈垂れ始めやがった』と苦々しいものだった。

「どうやら、鉱山会社はシャコを、抑え込もうとした。旧文部省への答申もある。捕獲幼体の簡易検査によると……明暗の認識可、色彩不可。暗所を好み、明所を避ける。音響、振動、気温、湿度、気圧などの変化に敏感。金属など光り物を集める習性――」

「アタシ興味ないっ!」

 カレンがピシャリ制すと、場に沈黙が漂う。

「それよ! その“撃てば事足れり”こそ疎漏(そろう)よ!」

「……尻尾の刃、時速65〜80㎞で突出。衝撃力、最大1,800J(ジュール)と仮定すると、エネルギーは――」

「サンガツわからん! つかもっと簡単に説明できねーの? アンタみたいな優等生って、わざと聞き慣れねー用語とありもしねー概念を並べ立てて、さぞ『自分は賢いんだぞ! 桜チンパンジーとは違うんだぞ!』ってしたり顔で、ムカついてしょーがねーよ!」

 もうね、すごい剣幕で早口まくし立てやがる。しかし一方は大人だ。チンパンジーの吠え立てなんて、“何?”という(てい)だ。

「その、わからないというのがわからない。落ち着いて、順番に噛み砕いていけば、理解できる」

 それができたら、桜カレン卒業なんだよなぁ。

「もし。人類進化図を見たことは? この拚命(べんめい)御前めは、げに左様ぞ。さしずめ、“(嘲って)スピード! パワー! パンツァーファウスト!”であろ? 何説いても無駄よ無駄」

「んだとぉ⁉︎」

 怒号は一層甲高くなった。鹿島がいないから、ほんと手に負えん。

「とにかく、地震で巣が混乱、蒸気ポンプで気温と湿度が変化した。振動も加わった。だから、シャコはやって来た。そこに先制攻撃。自分らは外敵と認識された」

「(当てつけに)ほっ!」

「だってここまで大事になるってわかんねーし!」

「それが抜かりと申すのだ!」

「あの小型シャコ、“係員”と呼ばれて、小スワームの指揮統制する。嚢胞の体液、それ自体は無害。自分、pH(ペーハー)メーターで検査済み。けど、攻撃フェロモン含有する。兵隊シャコ、頭部レセプターで受容すると、怒りホルモンが分泌され、攻撃目標となる」

 なるほど、今の説明でシャコの行動に納得がいった。

「問題は、フェロモンの残留。体液1mlあたり、6,800倍の水で希釈しても、なお兵隊は受容できる」

「つまり、おこ者と恵どのは、今や歩く狼煙かえ?」

「そう。その粒子、軽い。ドアの隙間、ダクト、空気が流れる場所からフェロモンも飛ぶ。おそらく、シャコは、自分らの位置わかってる」

「洗えばいーじゃん」

「溶媒は、無毒・甘味・無色透明・速乾性・無臭。けど、浸透が高い。溶質のフェロモン、繊維・金属・皮膚の奥まで食い込み、年単位で残留飛散する。鉱山作業員、これを被ったら、直ちに地上に配置転換された」

 無害とばっかり思っていたが、実はとんでもなく有害なのな。

「なん。姿くらますには、キャレンのアーマーとローダーとウチば廃棄するしかなかやん」

「馬鹿らしい。弾あれば全部潰すっての!」

 相変わらずのカレンに、小早川氏はあくまで冷静だ。

「いくら武器弾薬あっても4人。シャコの数は検討もつかない。補給もままならない内に、踏み潰される」

「なんかくさ、威力偵察しとー時もあった。逃げるんじゃなくて、ある程度戦ったら、一斉に退いていくみたいな」

「しかもさ、いくつかのスワームが、俺らを袋小路に追い込んでいる気もする。追撃するランナー、先回りのアンブッシュ、そして……どこかに待ち構えている本隊みたいに」

「んな知能あるわけないっしょ! SFゲーのやり過ぎじゃん」

「“撃つべからず”を無きになす、亡是公(ぼうぜこう)より(さと)いがの」

「じゃどうしろってのよ! 今更謝ってもどーしよーもないでしょ!」

「ござんなれ。居直りて、かしがましく喚きおるわ。理性の(かけら)だに見当たらず」

「オメー……雑音出す口をいい加減閉じろ。無尽蔵に嫌味ばっか吐き散らかしやがって。FF有りって知ってんのかぁ? あぁ⁉︎」

「黙れ! そちが嚆矢(こうし)に矢弾控えれおれば、かように人心地失うこともなく過ぎしに!」

 こんな状況だから、お互い手は出すまいと暗黙裡に守っていたが、いよいよヒートアップが冗談じゃ済まなくなってきた。顔面を近づけ、眼は峻険(しゅんけん)に釣り上がり、犬歯むき出しで、青筋立っている。空気は恐々と張り詰めた。もうまともに話し合う状態ではない。これ以上もの言えば、次は鉄拳が飛び出すに決まっている。

 小早川氏が、大きなため息をついた。

「2人とも止める。カレンは謝らなくていい。けど2度とやらないで。辻も徒らに対立煽ってはいけない」

「…………わかった」

「ほ。かようにこそあらまほしけれ」

 氏にたしなめられると、カレンも辻さんも一歩引き下がった。ここで殴り合えば、2人ともどうなるかわかっていた。ただ、徒らに募る怒りの捨て場に困っていながら、自分から引くと沽券(こけん)に関わるので、そうできなかったのだ。俺が安堵の息をすると、隣でメグが苦笑いをした。

 その時、坑内用電話機が響き渡った。一同、ギョッとしてそのレトロな音色に視線を向ける。小早川氏が受話器を取った。それから一言二言話すと、呆れ顔を見せた。美人だな……。基本ポーカーフェイスなので、こんなちょっとした変化ですら“心にくる”ものがある。あの耳に髪を掛ける仕草よ。ずっと戦い尽くしで、髪が乱れているのもそそる。受話器を静かに置くと、軽く首を振った。一体なんだ?

『地下採掘チームとの接続確立。ピン200内を維持、音声通話は良好』

「今すぐピンクに弾送るように言え!!!」

「落ち着く。オートマッピングは?」

(さわ)りなく、伝送しておりまする」

「手元のマップは古い。そっちにある閉山前の――」

「こっちは1発も残ってねーんだっ! とにかく弾ァ送れ!」

 カレンは、天を仰ぎ両手を振り上げて喚き散らす。

「聞こえてんのか⁉︎ いいからピンクに繋げ! 最優先で送れ! もう心臓発作起こしそう!」

 そんだけ興奮すれば、本当に起こすぞ。氏は、『カレンの馬鹿さ加減が、指数関数的に増加している』と哀れみの目つきだ。

「のう、さしあたり託けておくのはどやろ? こうかまびすしく騒がれると、話も話になりませぬ」

「ア〜〜〜〜モ〜〜〜〜〜!!!」

 本当にうるせーったらありゃしねーよ。

「やね。ヘイ、コントロール。サプライばお願い。必要なモンはなん? キャッシュ? ニトラ?」

『サプライ投下に、お金も鉱石も不要です』

「じゃ、なんなん?」

『各ヒロインのおーみやくん仲良しポイントが20控除され、わたしに加算されます』

「すわっ!!!」

「オメーピンクかよっ!!!」

 辻さんとカレンが大音声上げて驚いた。

「なんか悪いモンでも食べたん? いつもみたくアホっぽくねーじゃん」

『電話口では、失礼のないようにしています』

 本人に明かされると、声が先輩と寸部違わない。が、語調と語彙が違うだけで、別人のようだな……。なんかさ、気品があって落ち着きのあるお嬢様って感じ。

「恵どの、如何せん。音声麗しかれど、その(いい)は尋常でありませぬぞ?」

「サプライ握っとるからって、えらい足元見とーやん」

「さればこそ申し候いつれ。あやつを引き具するに存疑呈したものを」

「かと言って、弾ねーと詰みじゃん。おい、ポイントなんぞくれてやるから、さっさとよこせ!」

『サプライ投下。桜さんのポイントは、既にマイナスであるため、他のヒロインから分割して差し引かれます』

「なんという肚皂(はらぐろ)! 言の葉も出ませぬ……」

「そう、出てるけど?」

 しばらくすると、古ぼけた大型気送管から、各ヒロインの補給品が届けられた。嬉々として受け取るが――

「Ugh! 交換ブレードも燃料も少なか!」

「なんなんだよコレェ⁉︎」

 気送管の中に怨嗟を吐く。パイプからカレンの声が響くって、先輩にはホラーだろ。

『サプライは33%分送信されます。これはイベントの難易度調整で、決して他意はありません』

「しゃつ! さてはことなしびたる気色で、宮どののお心をばひ取る胸にござんなれ」

「ばってん、いっちょん足りん」

「先輩、もう1回願います」

 小早川氏があっさり決断した。

『サプライ投下。各ヒロイン25の仲良しポイントが控除s――』

「は? 数ん上がっとる」

『再度確認ですが、イベントの難易度調整です。決して他意はありません』

「宮どのっ! こやつが言うておる、(なず)み度数とは真に明徴(めいちょう)なしであろな? (しょう)はばかられておらぬであろな?」

「んなもんが感情に影響するなら、俺はとっくに鹿島梢エンドだろ? なにそんな焦ってんだ? お前らしくもねぇ」

「……是れは聞こえた」

 仲良しポイントなんて虚構だから、好きなだけ補給しろよ。

「まだ足んねーよ……」

『3度目の条件は、“桜カレン:エピソード5でサブヒロイン降格”です』

「えげつなかー」

「こはあなづりやすし。とく/\届けてくれたも」

「無理ィ! 流石にメインポジションは渡せねーよ!」

「とりあえず66パーあれば、大丈夫やろ」

 4回目は、『大宮伸一は常田まいにラブラブされた❤︎』に表題変更して、本気で乗っ取ってきそう。ともかく各ヒロインの不安は、給弾補修したことで多少和らいだようだった。

「受領完了。次に、脱出手段ですが――」

『今、中央管理制御室にいます。ここのコンピュータで、機械設備を監視制御できます。もちろん稼働するものに限りますが』

「ほ。少しは物の用に立つなるよ」

『それと、コムサットステーションを移動させた際、電源ボタンを忘却して長い間不通でした。今お詫びします』

「地震障害じゃねーのかよ……やっぱ役立たずじゃん」

 カレンは、ありったけの弾薬をフィーダーに食わせていた。

「とにかく、ゲージ、物質搬入用ゴンドラ、電気巻上げ機、これらを探してください」

『了解。距離、通電、破損状態を、総合的に鑑みて提案しますが、検索に時間を要します』


「この厳重なロッカー気になるぅ。最強武器が入ってそうだけど、鍵かかって開かねーよ。おい、のん。オメーのスキルでなんとかなんねーの?」

「あな(かま)

「これは官庁への文書。これは念書? “入坑するにあたって、どんなことがあっても弊社は責任を負いません”」

 その後、この保安室を調べていた。役に立つ資料があるかもしれないからだ。

「ミーガン、鉱山保安規則総覧あった。電気工、機械工、採掘工、堀進工の作業手順、詳しく書かれてある」

「Rog’」

 いつの間にか、メグはキャミソールにホットパンツという出で立ちから、坑内作業着にキャップ付きランプ、分厚い安全靴、ベルトに各種装備をぶら下げた鉱夫コスチュームになっていた。やっぱ、彼女は作業着の方が似合うよな。

「なん? ジロジロ見て。さっきんとが良かった? あーブービィ出とらんけんね」

「……ちがっ! つか、あっけらかんに言うな」

 その時、室内に音楽が流れ始めた。カレンと辻さんが、埃かぶったレコードのジュークボックスで遊び始めたからだ。カレンはコルナを立ててバンギングし、辻さんはコサックダンスをしていた。

「あいつら……てかグリーンスリーブスでよく踊れんな」

「こはいかに⁉︎」

「ウッソ⁉︎ 3人称視点で、体が勝手にっ!」

『もしもし? 常田です』

 場に緊張が走った。皆一様に人差し指と中指を耳に当てる。

『中央東4卸北2片上層1号沿いの坑内鉄道を利用してください。駅番号ロー7番に、架空線式電気機関車と底開き鉱石車があります。確認したところ、通信信号システムは稼働しているようです』

「はぁ? 中央だか上層だかわかんねーよ!」

『小早川さんにピンを刺してます。駅番号ニー3番で停車させますので、第2南昇5号下層払SDへ向かいます。距離420M。そこの立坑に小型巻上げ機があり、昇降可能です』

「確認。マップの、この黄色い線は?」

『メタンガス濃度が非常に高い甲種坑道です。今から、電動ターボ扇風機を稼働させますが、注意してください。他、温度、湧水(ゆうすい)処理、電力供給など調整するので、通信を終わります』

 普段の先輩とは打って変わって、コマンダークラスの名に恥じない仕事っぷりに感心した。もしかして普段は、わざとやってんのか?

「聞いた? これから脱出シーケンス」

「BRRRRRRR……」

 カレンがミニガンのバレルを力一杯回しながら、リップロールを鳴らした。他のヒロインも、地上への見通しが立ったので、生気が戻ってきた顔色だ。

「なあ……」

 俺は、手に持っている鉱石回収袋を持ち上げた。ヒロインたちが一斉に振り向いた。

「いいんか?」

 そもそもこの遠征は、ハバディウムのサンプル回収のためだった。だが現実には、手に余る敵数で、岩盤調査すらろくにできない有様だった。事前の調査が不足していた、いや学生にはできなかったとはいえ、脱出はミッション目標を(なげう)ったも同然だ。

「……」

 雇われヒロインとしては、当然これ以上地下にはいたくない。だが起案人を憚って何もいえず、ただその美しい顔をじっと見守った。小早川氏は、目を閉じて軽く鼻で息を吐く。憂い顔が一層色艶を際立たせた。メグや先輩と違って、彼女は笑顔が想像できない。

「未練はある。けど、しょうがない」

 潔く言うと、彼女はあの無機質なヘルメットで顔を隠した。惨めさを見られたくないように。他のヒロインの眉は開いた。しかし、ミッション失敗が確定したのだった。

今回も読んでくれてありがとうございました。

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