【e4m9】P2W
すいません。これ前に投稿したとばかり思ってました。
「大丈夫ごたんね」
メグと坑内食堂を歩き、壁や天井にフラッシュライトを当てながら、“不自然な”敵のスポーンポイントを確認していた。
暗く視界は限られているが、ほこりを被った粗末な机と椅子が、ずらりと並んでいる。就労の休憩時間に、坑夫は地上に戻らずここで一服したのだろう。
いかにもホラーゲーにぴったりのエリアだが、既に敵はお目見えしているので、全く怖くなかった。仮に超自然的存在がいたとしても、俺にはあのシャコの大群の方が恐ろしいよ。
「あ。ちとキッチン見て来ー。電源あるやろーし」
「じゃ俺、戻ってる」
端のテーブルにぽつねんと座っていた小早川氏。薄暗い中、ヘルメットを脱いでいた。しかし、足を伸ばしている様子ではない。麗しい顔立ちは、地形スキャナー画面のライトを浴びて、陰影をくっきりと浮き彫りにしていた。
遠征ミッション開始から一貫してNPCの俺は、これまた一貫して手持ちぶさなので、彼女の前に座った。それにも気にも彼女は留めない様子だ。
「お?」
しばらくすると、白熱灯が一斉に咲き始めた。“暗かつは好かん”メグ、やったな。空調設備も動いている。
俺の隣に、辻さんが静々と座った。炎の消えたフレアを握っており、別方向を調べていたのだ。
「わ御前も、ひととき休息してありなむ」
「面白いものを見つけた」
氏はスキャナーを机に置いた。聞いちゃいねえよ。
2人して覗き込むと、とある坑夫の作業日誌の1つだった。これ、辻さんが吸い出したデータだよな。
「えっと……『その時は、喫飯の時間前でありましたから、300名の大半は、食堂付近にガヤガヤと集合しておりました。そこに3名の囚人坑夫が息を切って「大変ですお役人。18番がやられました。早く来てください」と報告しました。そばにいた私は、「18番がやられた? それは坂井虎之助だ」と、いてもたってもいられず、他の囚人とともに駆けつけました。発破で開けた切羽の先が、ムカデの抱卵室で、彼奴らの怒りを買ったのです。ズタズタに引き裂かれ、肉団子になっている死骸も発見しました。私は思わず「おい坂井くん、やられたねぇ!」と叫びました』。このムカデって、シャコのこと?」
小早川氏はこくりと頷く。
「こっっっわ! アタシもそーなってたかもしんねー」
「うわっ……!」
後ろからの声に急に驚き、さらに――
「ちょっお前……!」
見てはいけないものを見てしまい、とっさに顔を正面に背けた。カレンの奴、倒れたコンバットアーマーを起こせないからって、脱ぎ捨てやがったな。つまり、今はRPGキャラメイクのデフォルト状態……ダイレクトに言うなら下着姿だ。
「真に女を捨つる女ぞ此れは……」
お隣が心底閉口している。つか、カレンってブラジャーするんだ。一瞬しか見てねーけど、スポブラっていうの? 『アタシにゃ必要ねーわ(涙)』と日頃から嘆いているのに。それによ、夏に奴の家に行くと、その……短パンと伸び切ったシャツだけで、もう本当に呆れるんだよ……。小早川氏は何食わぬ顔していたが、“一応”同じ性染色体XX同士として、流石に指摘せざる得なかった。
「この人いるけど?」
「あー気にしねぇ(オッサン声)」
これよ。女っ気が微塵もないから、俺はこやつのトップレスを見ても、色香など全く感じない。しかしな、しょんだれたスポブラというアイテムで、初めて女と認知してしまった……。きっと俺は性的倒錯してる。Karenphiliaとでも仮名してWHOに提出しようか? 『ミロのビーナス』は腕が失われたことで、逆に空想を膨らませる作品になったが、あれと同じ論理だろうか?
「あいや、何ぞ其の面は?」
「いや、なんでも」
「てか、アタシめっちゃ汗クセー」
真後ろで、自分を嗅ぐカレン。俺の鼻腔はシトラスの香気でむせかえっていた。こいつの汗って、柑橘類の出汁かい?
「Need some foods?」
そこに缶詰を持ってきたメグ。
「あ、気ぃきくじゃん」
「……なああん、そん格好」
「は? アンタも似たようなもんでしょ?」
カレンは、メグのキャミソールとホットパンツのコスチュームをジロと見た。確かに彼女も露出度高い。けどカレン、あれ下着じゃないぞ?
「まあよかけど。あんね、レトルトんキャリーあった。消費期限はとっくに切れとーばってん」
「食べる食べる。めっちゃ腹減ったー」
「自分は遠慮しておく」
「腹を下しとうありませぬからの」
「じゃ、アンタらの分もらうわ。腹減ってたら、戦えないし」
その缶詰ってさ、アイテム説明欄に“腐っている”って書かれてない? 心配をよそに、スプーンを取る2人。まあ、こいつらはタンク系ヒロインだからな。ちょっとやそっとじゃ体壊さないだろ。けど良い子は、消費期限を守ろうな?
「酸っぱくね?」
「しょーがなか」
どんどんスプーンが進んで、空腹ステータスを満たしていく中、小早川氏が訊ねた。
「ねえ、包丁あった?」
「あるやろ。見とらんけど」
何を思い立ったか、彼女は足早にキッチンに向かった。そして、包丁を持ったままシャッターへ向かう。帰ってきた時は、片手にシャコの頭部を切り取っていた。俺らの表情を想像して欲しい。
「……なんしよっと? シャコ味噌でん食べる?」
「違う」
否定しつつも、その頭部に包丁を入れた。
「ちょっと! 饐えたニオイすんじゃん! あっちでやってよ!」
「よかよか、ウチら行こ? もーばりすごか血やんここ」
「こは堪らぬ……」
鼻を抑えたヒロイン3人は、隣のテーブルに避難した。俺は興味深いので残った。いろんな部位をスキャンしながら、彼女は手際よく解体している。錆びついた包丁だったため、全身の力を押し込んで、攻殻や筋繊維を断ち切っていた。魚屋だな、この作業は。
「何のために?」
「後で」
「ほ。後とな? しばらくこれよ。動かざること山の如し」
辻さんの一刺しを受けた氏は、ピタリと作業を止めて、彼女に視線を向けた。
「間違い。山どころか大陸すら動く。プレートテクトニクス」
素で間違いを指摘しているのか、嫌味に嫌味で返す高等テクなのかわからなかった。俺は苦笑いを禁じ得なかったが、辻さんは何とも言いようのない苦々しさを呈していた。
「やっぱり……」
彼女はスキャナーを片手に得心した様子だった。
「このシャコ、他の甲殻類に近い。そしてわずかに、ERR//:23¤Y%/、ERR//:27⋈み«、ERR//:29Àœが、含まれている」
そう言われて、このイベントはハバディウム採掘だったなと思い出す。もうシャコの襲来で、それどころじゃないけど。
「この元素、依然わからないけど、自分の仮説正しいかも……」
満たされた声色だった。エピソード1から登場している小早川氏だが、めったに表情を出さない。出すとすれば口元と声色だ。
「もしそうだとしたら、こいつらって微量な放射線出してんのかよ。まあ、その大きさと凶暴性を考えれば、さもありなんって感じ」
「あくまで仮説」
今しがた、ちょいと覗かせた彼女の感情は、既に心のひだ深くに隠れていた。
「……」
俺は、小早川氏の大人びた顔に見とれていた。
というか、気になっていることがある。このイベント中、彼女は自分の計画ばかり気にしているのだ。戦闘や脱出、他のヒロインなんかは、二の次という感じ。まあ、付随的に発見したシャコの生態には、興味関心があるようだが。
「なに?」
俺の意味ありげな凝視に、やっと反応してくれた。普段は、気にも留めない素ぶりなのに。
「えっと……」
どうすべきか迷う。この小早川ささみというヒロインは、我がeスポーツ同好会一の切れ者だ。だから、凡下が敢えてお尋ね申し立てるのは無用だろう。だけど、どうも彼女は独断的に先走りしている気がしないでもない。
「あのさ、この後どうする?」
「?」
『なぜそんなことを聞くのか、わからない』という顔だ。『計画書読めば、わかるでしょ?』という顔でもある。だが、その計画書にしても課題の設定がメインで、事前の広域調査などは、白紙だったからな。実際、ヒロインらに身体1つ持って来いと下逹のみ、且つぶっつけ本番で臨んでいる。
「いや、あいつらも気になって不安だろ」
視線をお隣に向けた。小早川氏のそれも追従する。3人のヒロインは、雑談に花を咲かせていた。一見、平然としているように見える。
「考えすぎ」
俺はさ、ヒロイン心理なんてちっともわからんし、わかろうとも思わん。だが振り返ると、彼女らのちょっとした言動から、大なり小なり不穏が漂っているのを嗅ぎ取っていた。辻さんは早くから地上に上がりたがっている。カレンは、圧倒的な数の大部分を1人さばいて重責を感じているはずだ。メグもその明るい人柄が、この暗黒の地下では蝕まれて、言葉少なげだ。
「貴方が怖いんじゃ?」
「うっ……」
寸鉄俺をフラグ。
「あのな、ここは学校じゃないから、もし全滅したらどうなるんか不安なんだよ。入り口にリスポーンするのか、それとも延々と助けを待つのか。それに……」
「それに?」
氏はまっすぐ俺を見据えていた。普段あまり目線を合わせないで喋るので、なんとなく物足りないというか、お前は人の話を聞いているのかと問い詰めたくなる。が、じっと見つめられると背中がゾクゾクする。忘れていたが、こいつスナイパーなんだよ。
「大ごとになって学校にばr――」
「気にしない」
言葉を覆いかぶせるように遮った。そうだったな、服装頭髪検査を鑑みれば、職員室から何言われようが、どこ吹く風だ。
「それに、外に先輩いる」
「あ、そうだった。てか、先輩はどうなっているんだ?」
「地震以後、通信障害」
聞きたくないことを聞いた。彼女はポーカーフェイスを崩さない。まあ、危機的な状況になっても、冷静でいられるのはいいことだ。先輩もさ、長時間上がってこないなら、流石に外部に助けを呼んでくれるだろう。
「何? その不満顔」
「いやね、ちと度を超えているというか、深入りしすぎてる感じがしてよ」
「大丈夫。今、丁度いい難易度。ゲームなら高評価」
「何それ? まるでクリアできるかできないかの境目が、絶妙な難易度バランスとでも?」
「それにハバディウムのサンプルを、まだ採取していない。そうしないと、レポートが書けない」
“もう撤退したい”を含ませた提案は、却下だった。こいつにとっては、レポートを書き上げるための遠征だったよ。だから、何が何でも探す胸だろう。“隅々まで探せなかった”とか“戦闘が難すぎて頓挫した”とかで結論づけると、努力はともかく、体裁が悪いだろうし。
「話を戻すがな、あいつらに次の目標地点とか行動は、適宜知らせておいたほうがいいぞ? お前の頭の中じゃ練られているかもしれないが、それをみんなに共有するのが大切だろ? なんとなく行き当たりばったりになってて、ヒロインの士気に障りが出てる気がする」
彼女は指を顎に当てて考えるエモートをする。しばし黙した後――
「わかった」
小早川氏は全員を集めて、簡潔なブリーフィングを行なった。現在先輩と通信が取れないこと、先ほど入手したデータでは、現在利用可能な脱出手段はわからないこと、シャコの生態の報告などなど。そして坑内にある保安監督室に行けば、様々な情報が手に入る可能性があることを示唆した。
ヒロインらの眉が若干開いた。みんな強がって口には出さなかったが、やはり今後どうするのか気がかりだったのだ。ここは学校という遊び場じゃないからな。
「――以上。質問は?」
「ねーささみ」
カレーで口周りを汚しているカレンが反応した。
「さっきさー、チビがコスメカスタムしてたじゃん? あれって武器アーマーとか強化できんの?」
「できる」
「マジッ⁉︎ なんで教えてくれないん?」
「有料コンテンツ」
「で? どうやんの?」
「自分のスマホのインベントリ画面からアクセス。けどマイクロトランザクション。P2W。自分はおすすめしない」
「対人戦ならともかく、PvEじゃん! てかシャコの数が多すぎてチートでしょ! 絶対デブは、金ジャブでまともに戦えるバランスにしてるって!」
そんなデタラメを言うカレンは、メグと辻さんに向かって問いかける。
「聞いたか? 金で装備品アップグレードできるってよ! ここでケチる奴はいねーよな⁉︎」
「ほ」
「自分、使いたくn――」
「ハバなんとか無しで、惨めに帰っていーの⁉︎」
渋る氏に詰め寄るカレン。しばし無言のにらみ合いがあった。
「ハァ……」
お。珍しくポーカーフェイスが崩れてる。P2Wの是非はともかく、ゲーマーとして、ここばかりはカレンを支持するわ。何時間も粘って失敗、無報酬はとんでもなく落胆するからな。
早速各ヒロインは自分のスマホを出して――
「強化クーリングシステムで、オーバーヒートまでの時間――はい開発。大型ドラムマガジ――はい開発。シンプルなサーボシステムで、移動速度を――はい開発。プレート溶接を変更してアーマーの耐久力――はい開発! ぜーんぶ開発!」
パトロンの親父さんは、こんな娘に言葉も出ないだろ。
「CPUオーバークロックでローダーん処理能力を――これいる。新型マニピュレーターで作業効率を上げ――採掘しとるわけじゃなかけんいらん。配線を銀に置き換えて伝導性の向上――これはいる。潤滑油を人工滑液にし、総合的な――これもいるね。ドリルモーターん回路を見直して――どうやろか?」
これが普通だ。要不要を吟味しているあたり、メグのエンジニア的良識が伺えた。
「擲弾発射装置――こは醜くくなりますの。さればとて、打撃无しは歯がゆいもの。追加装甲――こは美しゅうない。いらぬいらぬ」
辻さん……。
「……あのファンデ、次のセール25%オフと仮定すると、大丈夫」
一方、数字で考えるのは小早川氏らしい。ファンデに反応したカレンは、嫌らしく――
「ケチくさー! 誰のために金使ってんですかー?」
「櫻どのも、あなとるべからずよ」
「まーまー。人ん懐事情はそれぞれやろ? で? 買ったつはどーすっと? 自分でDIYする?」
「んなわけないじゃん! 開発した瞬間勝手に装備されてるって。ゲームよゲーム。ほらぁブンダバー!(宇宙海兵隊的笑顔)」
と、さっきと明らかに異なる様相のミニガンを取り出した。下着姿のカレンと、ごっついミニガンの組み合わせって、なんか凄まじいな。スチールアクティビティにネタ画像として貼られそう。てか、いい加減服着ろ。
「はっ、こんだけ改造すりゃ5,065匹だろーが6,440匹だろーが問題ないっしよ? いつでも来やが――」
バァンッ!
何かが入口シャッターを打ちつける音がした。ヒロイン全員が氷つく。もう一度。これは……もしかして……!
「スカウトォ! なにサボってんの⁉︎」
既にコンバットアーマー(ローダーで起立済み)に駆け出しているカレンが、振り返り詰った!
「おざなりにはしておらぬ! 細やかな動きはえまみえず!」
辻さんは、机にぞんざいに散らかしたマガジンを、急いでポケットに詰め込みながら反論した。なるほど、モーショントラッカーだからな。ゆっくり這うように動いたら、検知しないのか。
ジリジリとシャッター間際まで寄せたシャコの大群は、ラッシュの準備ができたと判断したのか、バンバンあちこちで乱打している。徐々にその形が歪んで、こちら側に膨らんできている。俺は攻撃されないとわかっていても、かなり怖いぞ。
「Darn it! Quick quick quick……!」
ローダーに飛び乗ったメグは、システム起動に焦っている。
「こっち」
小早川氏は流石だ。抜けの通路を用意しており、小さな勝手口に誘導する。
「こは、ハバ某を尋ねる暇もありませぬな⁉︎」
「今から保安監督室に移動」
「Rock n’ Roll!」
マシマシに強化したミニガンをこれ見よがしに取り出し、戦意高揚しているカレンは、武者声喚いた!
こちらの形勢が完全に整わない内に、閂……いやシャッターは抜かれた!
ブラックフライデーの開店直後ように、一目散に駆け込んでくる兵隊シャコ。ただ人間と違って、奴らは壁や天井からも入室している!
メグがシャッターに向けて火炎放射しながら撤退。眩い光源を放ちながら、紅蓮の炎が荒れ狂う! カレンも負けじとマイクロロケットを、そこら中にお見舞いする!
「お前ら、撤収だぞ? わk――」
「わかってる!」
カレンに怒られちゃった(笑)。
「辻、キッチンにグレポンを」
言われた通り、ポンと景気良く打ち込む。渦巻く炎でよく見えないが、キッチン内がめちゃくちゃになった。
メグは氏と辻さんの意図を察して、すぐに放射距離が延長された炎をキッチンにまで注いだ。ガス管や赤バレルが次々に誘爆し、爆炎や金属片がシャコの大群を襲った。
「Firewall is DON――Uh-oh」
火災報知器のベルが乱打され、頭上のスプリンクラーが作動した。それでも、メグのファイアウォールは、しばらくシャコの足止めとなるはず。
「急いで」
勝手口で辻さん、メグ、そしてカレンが脱出するのを見届けた小早川氏は、すぐに自らも飛び出てドアを閉めた!
「あの……俺もいるんだけど?」
ガチャリ。
「そうだった。ごめん……」
今回も読んでくれてありがとうございます。次もほぼ仕上がっているので、明日にでも投稿します。