【e4m8】作用反作用
なんとか年内に1つ投稿できました。本当は採掘ミッションは終わらせたかったのですが、やっと半分程度です。
殿から、ミニガンが轟々鳴り立て、トンネルに残響している!
走りながら振り返ると、カレンがバックストレイフで、遅れじとついてきていた。さすが名うてのアサルトだ。こんなひっ迫した状況で、よくパニくってズッコケないな。その彼女の目前に、数多の敵がトレインしているのは言うまでもない。
バレル先端は鉱炉の紅舌さながらだ。屍をトンネルに敷き詰め、散々フラグを荒稼ぎしている。
メグが時折フレアを上げると、大群の全体が露わになって、その数に絶望しそうになる。しかも、スワームの怒涛は止まらない。軽自動車程の大きさで、サソリのように尻尾を逆立て、仲間の犠牲も目もくれず、前へ前へ突進してくる。ミニガンに利する地形でさえ、後から後から沸く昆虫の数には、抑止力が足りなかった。壁や天盤にも張り付いて寄せてくる。
俺はカレンと背を向け合っているので、奴の顔容はわからない。わからないが、目は血走り、八重歯をむき出しにして、それこそ鬼の形相だろう。
ミニガンの鳴りが止み、ハンドガンの乾いた音が弾けた……。ああ、こりゃ終わりだ。もうシャコの津波に飲み込まれるのも時間の問題だろう。
尻尾の彫刻刀を食らったのか、防波堤たるカレンが一団の先頭まで突き飛ばされた!
がくと膝をつき、アーマーは放電してシールドが飛んでいた。
フレンドの危急と見たメグは――
「Engaging!」
と急ブレーキをかけローダーを反転。トンネルを突っ切るレーサーのように砂塵を荒捲き上げ、大群の矢面に立つ! 残りのヒロインも、邀撃止むなしと覚悟を決めたのか、メグと射線が重ならない位置取りした。
一帯が眩く朱に輝き、熱風が走った!
「Burn baby, BURN!」
ローダーのプラズマフレイムで、トンネルが灼熱地獄に一変する。全身に猛火を浴び、キチン質の外骨格がデロデロに溶け、筋繊維ごと焼けただれ落ちている。それでもシャコは突進をやめない。
動きが鈍くなった奴らに、辻さんがゲコゲコ音を奏でながらタングステンカーバイド弾をねぢ込んでいく。炭素と化した組織が、ボロボロ崩れ落ちて絶命していく。
NPC扱いの俺は、そもそも火器を持てないので、何もできない。だが、小早川氏は何をしている? 彼女は、ライトニングボルターを持ち、電極にチャージしているものの、全く狙い撃つ気配はない。
「クッソォ、やりやがってェ!」
「退けカレンッ!」
「うっせー!!!!」
「FUEL LOW! Need to reload!」
メグが声を上げた! マジかっ! 隙ができると一気に詰められるぞ! 吹き荒れる炎が、シャコの群れを飲み尽くしていたので、これは撃退できるかもと、うたかたの希望を抱いていたが……。
上下左右に撒き散らす炎の飛距離が短くなって、また赤々としていた明かりも小さくなっていた。燃料が少なくなっている証拠だ。炎をまとったシャコ数体が、ローダーに肉薄! これはマズイ!
「⁉︎」
目を疑った。なぜなら、シャコはメグを通り過ぎたからだ! 辻さんすら気を留めず突っ切る。せわしなく動く節足の先は……⁉︎
「カレンッ!」
戦闘を他に任せ、ハンドガンをリロードしていたので、とっさの対応ができなかった。燃え盛るシャコに詰め寄られ、そびえ立つ複数の刃の乱打を食らうと、再起動中のシールドリジェネレーターは、一瞬にして消し飛んだ! そのままカレンはタコ殴りとなり――
「ヒロイン、ダウンッ!」
あーあ、やられちまったwwww
すると、シャコの群れは奇妙な行動に出た。カレンを叩きのめすと、『はい、仕事完了』とばかりに撤収していく。なんだこの光景……? あ、見覚えあるぞ。ゲームの主人公がやられて、ゲームオーバー暗転の前に、敵が一律に退いていくシーンだ……読者のみんなは、俺の言ってることわかるかい?
耳をつんさぐ音が鳴った。メグがローダーのドリルを回し、最寄りのシャコに大穴を穿った。しかし、そいつは反撃もせず、ただ無残に絶命する。周りも、仲間が惨殺されようが知らぬ態で後退中。辻さんも、潮引く群れの行動を、訝しげな顔で見つめていた。フルフェイスの小早川氏も思案顔だろう。
ただ1人、メグだけが奮闘の気たけなわだ。マニピュレーターで、シャコを掴みあげては岩盤に叩きつけ、極太の足で踏み潰し、ドリルで肉晩にしていく。まさにローダー無双! 敵の無抵抗をいいことに、散々暴れまわっている。
「ヘールプ!!!!」
おっと、大の字でぶっ倒れているカレンも忘れちゃいけない。てか、そんな叫びを上げる気力があるなら、自力蘇生できるんじゃね……?
お手すきの小早川氏が、瓶ジュースを取り出した。カレンのバイザーを上げると、ジャブジャブぶっかける。
「うわっぷ……ちょ、ちょっと何⁉︎」
氏から蘇生されたカレンはすぐに、戦意を取り戻す。
「サンクス! てか、どこ行った⁉︎ 全部蜂の巣n――」
「落ち着く。自分は鹿島さんじゃない。回復は最低限」
「どけっ! まだ弾ァある!」
燃え上がらんばかりに瞋らせた眼を、トンネル後方に射向けていた。唇を切っているのか、血がダラリと滴っている。
氏は、カレンのミニガンを制した。そして、錠剤を取り出した。
「これ飲んで」
きっと小回復するピルとでも思ったのだろう。カレンが飲み込むと、その烈火は一気に沈静化し、荒い吐息も消えた。すごいな、ちはやぶる桜カレンを落ち着かせるなんて……。
「一体何を?」
「炭酸リチウム。リチウムイオンは、人の気持ちを安定させる」
へ〜バッテリーの元素に、そんな作用があるんだ。人間の感情でさえ、化学に翻弄されるのか。氏はカレンの方を向いて、問いかけた。
「落ち着いた?」
コクリと頷くカレン。ほげ〜っとして、レイジメーターを根こそぎ抜かれた顔してやがる。大丈夫か? ここまで抜かれると、逆に不安だぞ。いざという時に戦えないんじゃないか……?
「ミーガン。戻ってきて」
あちらでも、フラグ祭りは終わっていた。シャコは既に撤退したか、動かぬ遺骸となって累々と重なっていた。
「Phew」
メグは、塵と血液まみれのローダーのヘッドレストに頭を預けて、大きく安堵した。ゴトンと燃料ボンベを落とし、新しい物と入れ替えた。
「とりあえず、全滅は免れたな……」
全員そのまま放心状態だった。口を開いたのは小早川氏。
「変」
「其れよ」
シャコの奇行は、彼女らにも疑問を抱かせた。カレンだけ狙い、他のヒロインには全く眼中になかった。そしてカレンをダウンさせると、途端に帰っていった。
「なんでアタシだけなんよ! マジムカつくわ〜!」
「害い過ぎよ」
「アンタらもやってんじゃん」
「お前さ、さっき変な液体ぶっかけられたろ? あれじゃね?」
「あ? ないない。もうとっくに蒸発してるし」
確かに。小早川氏が言ってた通り、何らアーマーに劣化は生じていないどころか、変色もしてないし、匂いもないし、すでに乾いてしまっている。
「うるさいから?」
氏はミニガンを見つめていた。なるほど。通例、アクションゲームの敵は視界と音、そして凝ったゲームの敵は匂いまで探知するからな。
「とりあえずさ、体勢立て直そ? 各自、残弾チェックして」
“わかんねーことは、いつまで考えてもわかんねー”のカレンは、気持ちの切り替えを促した。またピンポイントで狙われるかもしれないのに、大した奴だ。
「あとボンベ2本しかなか」
「つかささみ、なんで撃たねーの?」
「弾が少ない」
「はぁ⁉︎ こっち襲われてんのに、そりゃないっしょ⁉︎」
「ぬ……?」
突然辻さんの顔が、蓬を食ったようになった。そして、目も止まらぬ速さで振り返って、ブルパップを天盤に突き出す! 咄嗟のことで全員面食らったが、メグがすぐに察し、ローダーライトをその方に照射!
全て退いたと思っていたシャコの1匹が、暗闇に潜んでいたのだ。光に晒され慌てて逃げ出すが、辻さんのゲコゲコ射撃にあっけなくやれれた。
「Bull’s eye!」
そのシャコは背中からどうと落ちて、ジタバタのたうち回っている。
一同気を抜いていたのが仇となった。それは死ぬ前に、尻尾をピンとこちらに突き出し、ローダー上肢に思いっきり体液をかけた!
「What the……甘かーっ! なんなん⁉︎」
「しゃつ! しつるわ……」
そいつはもう死後硬直していたが、辻さんは自らの不甲斐なさを罵った。俺はメグに駆け寄る。
「お、おいっ!」
「触っちゃだめ!」
一瞬、誰かわからなかった。大声を上げたのは、外でもない小早川氏だったから。
「ミーガン、それ……」
「Yep. キャレンと同じやね」
「大丈夫か……?」
「うん。ダイジョーブやろ、痛くも痒くもなか〜」
無色透明で揮発性も高いのか、すぐ存在すら失せかけていた。ただ、今回は装甲だけじゃなく、メグ本人にも直接かかったのが心配だ……。
「水飴ん味んするばい♪」
俺の心配をよそに、そんなスマイルを見せられても困ります。
「御前原。ちとご覧あれ」
辻さんは、自分が射落としたシャコの傍に立っていた。
「こやつ、雑兵と形異なりておりますぞ」
彼女はサブマシンガン先端で小突いて遺骸を転がす。酸っぱい臭いが漂ってきた。そいつは、他の兵隊シャコと比べると小柄で、色も濃い赤褐色。背中に縮小退化した羽根があって、何よりシャコの武器である尻尾の刃は、果実のような嚢胞になっている。カレンやメグにぶっかけた液体は、ここから発射されたのだ。
「ふむ……」
他のヒロインは気味悪がっていたが、小早川氏は、顔は見えないが興味深い様子だった。とりあえず、シャコにも種類がある、ということがわかった。
「すわっ⁉︎ こはいかに! 今一度寄せておる! 乱れた胸を平らかにする暇もありませぬぞ!」
辻さんがモーショントラッカーを見て叫んだ。
マジかよっ! つまりこの体液は、ゲームで言うところのラッシュの引き金じゃないか⁉︎ そして、俺の推測が正しいなら、今度はメグとカレンが狙われるはず。
「チッ!」
舌打ちしたカレンが今一度殿に立った。
「ここ抜けると、食堂がある。そこで休める」
そりゃ都合がいい。ゲームみたいにセーフポイントがあるなんてよ!
「ミーガンは先頭。自分ら、彼女を援護しながら撤退」
「しるべは如何?」
「とにかく走る」
「あそこだ!」
トンネルをスプリントで駆け抜け、ようやくセーフポイントの坑内食堂が目路に入ってきた。そう書かれてある標識を通り過ぎたので間違いないだろう。
問題は……なんつーか、やはりというか、お決まりというか、シャッターが閉まってら。
「ミーガン!」
小早川氏が、シャッター傍にある配電盤にピン刺しする。俺を含む全員に、白く光ってハイライトされた。
「Rog’!」
彼女はローダーに乗ったまま蓋をこじ開け、インタラクトし始めた。頭上のプログレスバーが伸び始める。これまたステレオタイプの防衛戦だ。メグが攻撃されると、バーが止まるんだろ?
「虫愛でるのも楽でないわ!」
もうね、“大挙して押し寄せるシャコを、ヒロインが食い止める”というシーンが続いて、俺はもう描写説明に飽きたぞ。んなこと言うと、職務怠慢と鹿島にたしなめられそうだ。まあ、“ヒロインらが各種口径の弾薬を、シャコにプレゼントしている”で事足りるだろう。そして小早川氏も、流石に撃たざる得なかった。メグに接敵する虫を、リボルバーで確実に沈めている。
「I knew it! 持ってきとって正解やった!」
浮ついたメグの声が弾む。通常、この手の防衛ミッションは、“不自然に”落ちてるヒューズやバッテリーを探す行為も含まれるが、彼女はそれを見越してヒューズを持参していたのだ。
「AAAAND, OPEN!」
コミカルに唱えると、シャッターが開き始めた。人が通れる程までになると、俺らは次々と“インタラクト”していく。ただ1人を除いて……。
「カレンッ!」
背中に向かって叫ぶが、やっぱ聞いちゃいねー! 奴は熱病に取り憑かれたも当然だ。スワームを駆除することで、脳みそがいっぱいなんだろう。ミニガンで、迫り来る大群を刈り取っていく。1発1発が、敵の骨肉に食い込んで引き裂く使命を果し、それが何百と繰り返される。無用の薬莢が早くも、彼女の周囲に散らかっていた。
「ヘイッ! なんしよーと⁉︎ はよ退かんねっ!」
「カレン!」
小早川氏も声を荒げているのに……あの馬鹿、チームを全滅させる気かっ! このシャッター、全員が入らないと閉じないぞ……お約束ではな。
「しゃつ! 類なくをこなるを……!」
辻さんがグラップリングガンに持ち替えた。ロープが波打ちながら発射され、先端がカレンのアーマープレートに接着! しかし引っ張られるのは辻さんの方だった! そりゃそうだ。あっちは重装備重装甲の文鎮だからな。咄嗟に俺は、後ろから岸破と辻さんを羽交い締めにした。懐かしい……仏壇の香りがしやがる!
メグもマニピュレーターを突き出して、俺らが外に持っていかれないようにした。桜文鎮も、ローダーの重量と牽引力には敵わない。ズリズリと引っ張られる。あいつ、引っ張られてるのすら気づいてないな。足踏ん張って抵抗してがる。
その助け……と見ていいのかわからんが、結果的にそうしたはシャコだった。カレンに一撃食らわして、吹っ飛ばした。ダウンではなかった。だから、まだ容赦せず襲ってくる。彼女の周りに群がろうとして、彫刻刀のような尾をもたげて補足する。
無論、カレンもそのまま切られるタマじゃない。上半身だけ起こしてハンドガンで応戦! この不屈の精神には、つくづく感心する。さっき炭酸リチウムで、上気は冷めたと心配したが、たかが錠剤1粒では、所詮焼け石に水だ。奴の心の臓腑からあぶれ出る嚇怒のエネルギー量は、それこそ無尽蔵だ。
「閉め給え!」
カレンが食堂内に入ると、勝手にシャッターが閉じ始めた。
封鎖されるまでの間、坑道と食堂の境目で攻防が続く。その内、1匹が挟まって絶命。
轟音はやんだが、外ではギャーギャー喚く音とうごめく足音がしている。
安堵する暇もなく、“後退”という概念すら知らない女子が、不満を爆発させた。
「なんなのよっ!!!」
「愚か者ッ!!! “衆寡敵せず”すら及ばずかッ! 今一度仆れれば、いかが給はむずる⁉︎」
「逃げるなら死んだほうがマシッ!!!」
あーあ。共通の敵がいなくなった途端これだよ……。
「ちっとは周りんこつば見らん?」
「は⁉︎ 見てるし!」
メグは肩をひょいと上げた。“周りのことを見てる”と言うが、正確には“周りの敵”を見てるんだよ。戦況とか仲間じゃない。
「かようなうつけと、苔下共にしとうありませぬっ!」
辻さんはそう吐き捨て、ぶっ倒れているカレンを介抱もせずに去っていった。メグも彼女に続く。
「頭を冷やして」
あーあ、小早川氏までに言われたぞwww
「ちょ、ちょっと! シンイチ!」
「俺1人で起こせるもんじゃねーだろ?」
「あ、待てって!」
しばらくカレンは放置しておこう。
来年もよろしくお願いします。