表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
81/212

【e4m7】エネルギー

誰も待ってはいないと思いますが、やっとできました(ちょっと長い)。活動記録でちょっと言いましたが、取材してきた内容を組み込めで満足しています。

 冥界と例えても過言ではない、地下約4キロの坑底に降りた俺たち。その目前には、ゲージ室の扉が閉まっていた。遠征リーダーである小早川氏は、 地形スキャナーMk2から目を離さない。

「モーショントラッカーはどう?」

怱卒(そうそつ)に接敵するわけなかろ? 見入っておるので、わ御前は抜きの手立てでも考えたも。かような(ところ)、おどろおどろしうておりとうない」

 同感だ。先鋒のカレンが木製の扉に手をかけた。

「んもぅ……またぁっ! これぇっ! 開かねーじゃんっ!」

 扉を打ち鳴らし乱声(らんじょう)上げる。同好会室のドアと同様、うんともすんとも動かなかったのだ。俺が押したり引いたりしてもダメだった。

「マジで開かんぞ。普通さ、遊びで微動ぐらいするもんだが、なんつーか完全に密閉してる」

 振り向くと、カレンはいきり立って手榴弾を手にしていた。

 それを制したのが小早川氏。彼女は扉についている小窓に注目した。それを引き上げると、外の空気がドッと押し寄せた。

「この扉は風門。小窓を開けて、内外の気圧を等しくする」

 なるほど。外と気圧が違うなら開かないはずだ。空気の壁で塞がっているようなものだから。

「なんなのよぅ気圧って……」

 カレンは小さくぶちまけた。もう臨戦態勢に入っているので、ピリピリしているのだろう。

 気圧を整えるとなんてことはない、簡単に風門は開いた。そこからまっすぐ坑道が伸びていた。床には歪んだレールが敷かれ、坑木が奥に続く細道を支えている。死んでいる鉱山は不気味だ。人の声や採掘機の騒音はとうの昔に鳴りを潜めている。

「つか、肌寒いな」

「太陽エネルギーが届かないから当然」

 地球の中心に向かっているから、暑いと思ってた。そうなら、事前に教えてくれてもいいじゃないか。まあ、小早川氏からすれば常識なのだろう。

 一歩一歩踏みしめて前進していく。メグのパワーローダーが照らすのは、黒々とした岩盤だ。これがゲームなら『すげーリアル……』と絶句するが、今は本物だからな。だが、最近のグラフィックエンジンとそう大差ない。そう考えると、その凄さがよくわかる。

 途中ちょっとした落石に、カレンがミニガンを振りかざした。

「チッ、チラ見せなんかやめて、さっさ出てこいよ」

 一方小早川氏は、ライトニングボルターすら肩にかけ、スキャナーとにらめっこだ。警戒はもう他のヒロインに任せている。

「あいや、あはなんぞ?」

 小手をかざした辻さんが見ている物を追った。打ち捨てられた貨車だった。消えかかった文字で、“ハト”と書かれている。

「鳩ぉ?」

「貨車記号やね。“ハ”が函台(はこだい)車、“ト”は積載重量10(じっ)トンち意味」

「アンタ後ろに目があるん?」

「目はなかけど、カメラがあると♪ モニター見とかんと、後ろ歩きは酔うし……」

 殿(しんがり)のメグは、後ろからの襲来を警戒しているからな。ふと横を見やると、動力ケーブルが、岩盤を這うように先に先に続いていく。


 その後、先に進むにつれ、古びたヘルメットやつるはしなどを見つけた。感慨深い。今まで死んだように見えてていた鉱山から、途端に坑夫の息遣いとか、つるはしの音とかが聞こえてきそうだった。人によっては、単なるゲームのオブジェ程度かもしれない。けど、なんというか……生々しい存在だった。

「ここから、堆積(たいせき)岩が続くようね」

「ウチにはどれも同じにしか見えん」

久流万(くるま)にも等しう言えますの」

「あーちくしょう! ブーツに小石入った!」

「ねえ、貴女顔色悪そう」

「かように空氣が淀んでおると、息苦しゅうございます」

「“空気負け”やね。1年おったら慣れるばい♪」

「ほ。お戯れを」

 強がる辻さんは、カカと(わら)った。ピンと張り詰めていた緊張感が、だんだんと弛緩しているな。火器は下ろしがちで、いつもの雰囲気に戻りつつあった。

「真夏や真冬だと、坑内外の気温差で自然に通風する。今は初夏だからあまりしない。昔は火炉を焚いていた」

 しばらくすると、落下防止の柵が横一列に現れた。その先の眼下には底の見えない谷。

 先に進むためには、截然(せつぜん)と切り立った、岩盤の横に穿った木の回廊だけだ。

「無理じゃね?」

 1%の可能性があれば、それに賭けるカレンですら、これである。あんな腐った木の足場、NPC扱いの俺だって渡りたくない。いわんやローダーはどうだ? もしも“重力に敗北”したら、ガチの事故じゃん。どうやって蘇生するんだよ……。

 辻さんが、試しにフレアを(ほう)り捨てた。たちまちその光は小さく消える。

「奈落ですの」

 しかし、あの足場以外に進む道はないわけで……。お手上げの態を表していた俺らを他所に、スキャナーを見ていた小早川氏は、右側を指差す。

「そこ、連絡坑道に繋がっている」

「Bow bow♪」

 待ってましたと言わんばかりに、油圧機構独特のぎこちなさを見せつけながら、前に打って出るメグのパワーローダー。甲高いドリル用モーター音が、けたたましく耳をつんさぐ。

 お互い反対に回転する複合刃が、岩盤にぶつかった。

「YEAAAAH! IT’S FUN!」

 メグの本能だな。破鐘(われがね)声を遠慮なく轟かす。普段はもっとまろい声なんだが。ドリルの餌食となった岩は、微塵に粉砕され、もしくは砂塵となって、もうもうと舞っていく。ごっついローダーは、やがて煙の中に紛れて消えた。

 リーダーのスキャン通りだった。すぐに別ルートへの掘進(くっしん)作業は完了した。

「Done!」

「すげぇ、あんな簡単に砕けるんだ」

「砂岩は柔らかいから」

 その時――

「な、なに?」

 足元がふらつく……いや揺れているのだ! モンスターか⁉︎

地震(ない)ぞッ!」

「Watch out!」

 これは大きいっ! と一同警戒した所で、波が引くように揺れは小さくなって、そのままあっさり収束した……。ヒロインたちは、いまだ目を白黒させている。沈黙を破ったのは、自動音声だった。

『警告。今の地震で、岩盤強度及び地殻構造が不安定になりました。マップ形状も一部変化が観られ、現在精査・描き替え中。データは逐次送信しますが、引き続き、地震は発生し得るので、速やかな脱出を推奨します』

「なんなの⁉︎ ミューテイターってわけぇ?」

「Wow……見てんあの落盤。ふとさー」

「大丈夫大丈夫、あんなんダメージ判定ねーから。単なる演出だって」

「ゲームではな?」

「ねーサミー、ちと急がん?」

 コクリと頷く小早川氏の顔は、フルフェイスで覆われており、焦っているのか否かはわからない。だが、冷静さでは同好会一である。そして、彼女がこの遠征計画の発起人だ、よほどのことでたじろぐ胆力じゃないだろう。

 しかし、他のヒロインには多少の不穏が漂い、それは足早から見て取れた。誰だって、こんな地下深く埋もれて、化石になりたくないのだ。それに、リーダー以外はどこに行っているのかは知らない、というもあるだろう。

「もう大丈夫じゃね?」

「地震予報ほど難しいものはない」

 その後、さっきの地震は気まぐれというほど何も起こらなかったが、確かにそれが起こった形跡は、あちこち散見した。古い機材が横倒しになったり、落盤したりしていた。

 道が塞がっている度、メグの(ひのき)舞台だった。ドリルとマニピュレーターは、こんな状況で一番頼もしかった。

「そろそろインサートブレードば交換せんといかん。なまくらになってきとー。サプライん気送管はどこにあっと?」

近傍(きんぼう)にはありませぬな」

「キンボーってナニ?」

 はぁ……と辻さんは、烏滸(おこ)御前に呆れ返った。

「して、御大将(おんだいしょう)。わ御前の目指す所いずくにかある? 直道(ひたみち)に引き具されとる様で、(しょう)は愉快でないの」

「マップ更新中。コムサットステーションとの通信が遅い」

 それでも無線接続しているのがすごいな。数キロという地殻の壁に遮られているようなものだから。

「けどさっきの地震で、今までなかった、火成岩の反応でた。チャンス……」

「左様なら、()う/\導き給え」


 しばらく進むと天井の高いホールに出た。と言っても、自分らのライトが照射する範囲以外、その全景はわからないが……。

「ここ」

「Light up!」

 ローダーの頭部から、フレアが飛び出た。その光が照らしてから、一同息を飲んだ。さっきの地震で、あちこちで床が隆起陥没したり、天井が崩落していたからだ。ここは鉱山会社の機械室だっただろう。酷い有様だった。

「あっ!」

 何か見つけたカレンが、そちらの方に駆けていく。

「ターミナル見っけ! おいチビ、ちょいアクセスしてみろ。何か生きてるかもしんねー」

「たわ言を。生きとる故由(ゆゑよし)なかろ」

「いや、こんな時の奴の直観って、なかなか鋭いんだ。やってみる価値はあるぜ」

 俺が催促すると、辻さんはさあらばとターミナルの方に出向いた。みんなそれについて行く。彼女がキーボードに息吹かけると、長年の塵芥(ちりあくた)が舞った。

「ほ。予備電力は消えかねておるわ」

 当然OSなんか入っていない年代物だが、辻さんはコマンドラインを打ち込んでいく。

「コバートオプスの仕事してる……アタシ初めて見た」

「それな」

()っ。あれやこれや(のぞ)いておりますが、いずれも切れておるの……こは……如何?」

 エンターキーを打つと、1発の発動機がぎこちなく息を吹き返し、電力ケーブルが通っている部分だけ照明が点灯した。とっくに消失したフレアのごく一部分を、再度光で描き出している。

「うっしゃ!」

「大将どの、文書(もんじょ)は物の用に足るのではないかえ?」

「ふむ……坑道全体縮図、鉱石採掘場一覧表、保安規則、各種業務日誌。全部自分とコムサットステーションにアップリンクする」

「ほ」

「無理?」

(たやすき)こと。NANDとorあらば、論理回路は()く舞いまする」

「へーアンタやるじゃん……(わけわからンゴ)」


 辻さんがアップリンク用の命令文を生成した後、全員でこのホールの様子を探り始めていた。小早川氏が、さっき火成岩の反応があると言った場所も、ここだからな。

「Hey! I found morki……no, SOMETHING!」

 姿の見えないメグが、反響音を利かせて叫んだ。そっちに駆け寄ると、地面の一部が大きく隆起して、シルと呼ばれる岩が俺たちの目の間に露出していた。

「調査開始」

 小早川氏は、元素分析装置を取り出して、そのレーザーを岩に当て始めた。

「うし。ささみ防衛ってわけね」

 後ろを向き、ミニガンを引っ提げるカレン。彼女の予定では、今からホードモードになって、モンスターがウェーブ形式で襲ってくるのだろう。しかし残念だったなカレン。氏の頭上に出ていたインジケーターは、すぐ100%になって、分析は完了したぞ。当然、モンスターはただの1匹も出てこなかった。

「なんなのよ……」

 誰になく1人不満を漏らす。それを横目に俺は尋ねた。

「どうだ? この岩回収すんの?」

「この角閃(かくせん)岩の組成物、ケイ素、酸素、アルミニウム、マグネシウム、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、水素の他……ごく微量なERR//:23¤Y%/、ERR//:27⋈み«、ERR//:29Àœの3つ、含んでいる」

「エラー吐いとるやん」

「この分析装置は従来品だから。ハバディウムに対応していない」

「つまりさ、仮に1つがハバディウムだとすると、2つも未確認元素があるってこと? あの計画書にあった、放射性崩壊前の元素とか?」

「わからない。いずれも含有量は少なすぎて0%。ミーガンの言う通り、エラーかもしれない」

 とりあえず俺は、地面に転がっている石ころの1つ2つを取り出して、袋に入れ込んだ。

「まあ適当なのを入れとくわ。後で調べりゃいいだろ?」

「つーことでミッション完了? もう脱出ってワケ? お目当の元素、見つかったことだし」

「自分は元素が欲しいわけじゃない。標本が欲しい」

 氏以外の面々はキョトンとした。

「えっと、お前さんが欲しい標本ってのはさ、鉱石なの? それとも結晶? よくわからんぜ」

「鉱物の定義は、均一で比較的一定な化学的性質を持った天然産無機の結晶鉱物。ケイ酸塩、酸化物、炭酸塩、硫化物、炭酸塩、塩化物。イオン化傾向が小さいなら、単体産出する。自然金、自然銀、自然銅、自然硫黄のように1種類の元素から――」

「のう(めぐみ)どの、好きなおむすびの具は何ぞ?」

「海老マヨやね」

「この(いわお)御前は、石をば入れておりますわえ。もう話の厭飽(けんぽう)際無きことよ」

 うんざりした顔が並んでいた。けど、俺は興味があるんだよね、こんな知的な話。他のヒロインはできないからな。

「一方結晶質は、イオンが一定の幾何学模様成して配列する。例えば、岩塩……地質学では岩塩、化学では塩化ナトリウムと言うけど――」

「宮どのも不思議、奇っ怪なり。(せん)なき話を、只聴くのみは……」

「そうね? こん人結構努力家ばい」

「(当てつけに)コホン。とりあえず、ハバディウムの可能性は高い。このまま探索しつつ、脱出ルートも探す」

 1発の鉛すら撃ってないカレンと、好奇心旺盛なメグは納得したが、辻さんはすぐにでも脱出したい色をしていた。

「けど問題があって……」

 氏はヘルメットをとある方に向けた。そこは暗くてよくわからないが、そのまま話を続ける。

「下に続くトンネルが、閉山以降の湧水、もしくはさっきの地震で異常出水している」

「泳ぐの?」

「ご無体を申されるの」

「ミーガン、あれ使える?」

「あんポンプ座に据え付けとるタービンやろ? 見たばってん、全部オシャカやった」

 指を顎に当てて、小早川氏は黙ってしまった。

「鉱山設備一覧表に、ランカシャーポンプがある。これ使えるかも」

「他所の卿筒(ポンプ)と等しう(たお)れておろ」

「ポンプ本体はここにある。けど、蒸気機関部は地表にある」

「そんなん残ってたんだ……スチームパンクゲーでしか見たことない」

「電力ポンプ普及した後も、蒸気は使われた。問題は、ボイラーとの距離あるほど温度・圧力が低下、お湯になる。しかもさっきの地震で、パイプ破損して更に圧力低下している可能性高い」

「電力はあんモーターがあるし、変電設備もここにあるけんね。ちと見て()ー」

「それに賭けるしかねーな」

 それから、“室筒卿アシカンラ”を見つけ、ホースを引っ張ってくる。もちろんローダーから降りたメグが、できる限りポンプ部の補修を行っている。頼りになるエンジニアだよな。

「機関部は大丈夫かな?」

「知らねー。なんかあったら、ピンクに頼むしかねーじゃん。役に立つかどうかは知らんけど」

「Starting now……」

 錆びや劣化が酷くて、何度も始動に失敗したが、彼女のスキルでぎこちなく唸り上げはした。

「どげん? 動きはしとーばってん、しゃんと吸っとー? にしても振動ん激しかー。パイプぱげるっちゃなかコレ?」

 どうでもいいが、今メグは薄くてルーズなタンクトップと、パツパツのホットパンツだ。つまり、すんげー露出が激しい。入坑した時は、私服だったのにいつの間に?

 俺はホースを持って、小早川氏の方に向かった。なるほど、先に進むにはアーチ枠のトンネルを進むしかないが、天井近くまで泥水が冠水していた。

 ホースを浸らせる。そのうち、あちこちから漏れてきた。一応……排水はしているのな。辻さんが冷めた目で、

「こは百千万億恒河沙劫無限(ごうがしゃこうむげん)要りますの」

「バケツリレーよりましよ」

「あ、止まった」

「バケツリレーがましね」

 メグの手を何度も焼かせながらも、ようやくポンプは途切れることなく動作し続けるようになった。俺ら4人は、トンネル入り口に突っ立って、ぼんやりと排水を眺めていた。後ろからメグが帰ってきた。

「なああん。全然やんねー」

「けどグッジョブ」

「はぁーサンドイッチでも、持ってこりゃよかったー」

 カレンがバイザーを上げ、ドカッとミニガンを床に置いた。確かにこれはしばらくかかりそうだった。小早川氏も、ヘルメットを脱ぐ。汗ばんだ髪と顔がなんとも色気立っていた。フゥと小さくため息を吐く姿も艶かしい。彼女も緊張していたのな。

 ポンプ室から、暖かい蒸気が漏れてくる。気が張り詰めていたので、そこまで寒さを感じなかったが、よく考えると、ここは冷蔵庫の温度だよ。

「ねーどんくらいかかる? 計算してよ」

「水の容積とポンプの揚水力がわからないから、無理ね」

「ちぇ……マジでゲーマーズ●ート並みにおせーじゃん」

 カレンが排水を手持ちぶさに眺めている間も、小早川氏はスキャナーに夢中だ。さっき辻さんから受け取った文書などに目を通しているのだろう。

「気分はどげん?」

「今にも死にそうに存じます」

「LOL。しゃんとしとー顔でよー言う。ばってん、空気ん量ば計算して、先輩(しぇんぱい)に調整してもらわんといけんね」

(しょう)は、地震(ない)が気がかりでの」

「アレば見てんね」

 メグがあごでしゃくった先には、ネズミがいた。

「少なくとも、“今ん所”やけど、ネズミおっけん落盤ん心配はなかっちゃなか?」

「ほ。こは頼もしいたわ言よ」

「坑道ん盤圧が変わって坑木が軋む音とか、岩盤ぶくれがあっと、ネズミは察知して逃げるけんね」

 根拠のある言葉を返された辻さんは、豆鉄砲を食らった。しかし――

「して、その装束はいかに?」

「Cuz ローダーんバッテリー熱が背中んガンガン来て暑かもん。ポンプ室にでん熱篭っとったし、今がちょうどよか。涼しかー」

「宮どのの前であるぞ?」

「シン、シン! ヘイ! ウチ今露出ん(たっ)かコスばしとーよ! ほら、いやらしか目でねぶるごつ見らんねっ! シンってば!」

 俺は顔すら動かさず、聞こえないふりを決め込んだ。ここまであけすけだと、逆に観る気無くすわー。

「この色御前めが! そちは様もなだらかならずして、そぞろなること言いおって!」

「なああん。そげん悔しかと? なら、ゾミーも露出すればよかろーもん?」

「な、な、なでふ――」

 こいつら仲良いよな。まあ、いっつも辻さんが誰かに食いかかる構図だけど。

 その時――

「Huh? なん? なんか鳴っとーやん。メールね?」

「はて……こはなんぞ…………すわっ⁉︎」

 弛緩していた辻さんの目元が、一気に張りつめ、瞳孔が縮み上がった! 

「訝しげなる動きこそあれッ! 御前原ッ! 成りを整えられいッ! 寄せておるぞッ!」

 武者声荒々しく()ると、バイザーを閉じたカレンは咄嗟(とっさ)にミニガンに手を伸ばし、目一杯の力を込めてバレルを回しながら、先頭に躍り出た。ローダーに飛び込んだメグは、ライトを前方ハイビームにして、火炎放射器の点火システムを起動。辻さんもサブマシンガンのセーフティを解除。小早川氏だけは、のんきに武器も構えずを先を見ていた。

 ピッ……ピッと、辻さんのモーショントラッカーが、俺ら以外の存在を知らせる。ポンプの騒音もしているが、もはや環境音になってしまって、誰も気に留めてない。

 強張った顔が並ぶ。特に切っ先たるカレンは、瞬きすらしていない。大きく開いた目は、見えない何かを捉えようと必死だった。

「近し。げに間近し。されど――」

「なんもおらんやん」

 ビープ音の間隔が短くなるにつれて、俺らの心拍数も上がってくる。ゲームとか映画なんかでは、モンスター視点がカットインされ、誰か1人が真っ先に犠牲となる。

「なんなの……ステルス迷彩ってわけ?」

「熱、電磁波に異常なし」

「なあ……」

 張り詰めた空気を破ったのは俺だ。

「なによう、後にして!」

「あのさ……落ち着いてだぞ? 落ち着いて上を見てみな……」

「っ⁉︎」

 ダメだった。息を飲んだカレンは、脊髄反射的に上方に向かってミニガンをぶっ放した。

 ローダーライトの範囲外なので、いくつかの影がうごめいている程度しかわからなかった。だが、狂ったように吐き出される弾薬の数多が、影に当たらないわけがない。

 地面にドッと落ちたのは、青色の体液を噴出し、攻殻が無残に引き裂かれた、節足類の昆虫(?)だった。俺はこんな大型の虫を見たことがない。

「カレン、ホールドファイア」

 小早川氏が抑揚のない声で下令する。他のヒロインは、律儀に発砲せず、そば目合ったが、一体全体カレンが聞き入れるわけがあろうか?

 ミニガン先端は、真っ赤に(ただ)れるまでになっていた。正確に捕捉できないので、あてずっぽうに狙っていたが、1体、また1体と地面に撃墜する。虫たちは、急な攻撃に大わらわとなり、元来た暗闇へ足早に逃げようとしていた。

「クッソ!」

 ついにオーバーヒートした! 赤熱した排熱フィンがせり上がり、蒸気を発している。

「キャレンッ! Hold FIRE DAMMIT!」

「愚か者ッ! 止め給え!」

 そんな声が届くはずもない。俺は身を乗り出して、カレンのごついアーマーに飛びかかった。

「バカヤロー! 止めろって言ってんのがわかんねーのガッ!」

 腹部に一撃! そのまま吹っ飛んで尻餅を打つ。クッソ、あいつ――思いっきり肘打ち食らわせやがったなぁ……!

 絶対カレンは無意識で、俺をぶん殴ったことすらわかっていないだろう。見開いた目は、昆虫が逃げた先に釘付けだったから。

 ミニガンから、マイクロロケットの閃光が走り、そのまま向こう側で爆発が起こった! そして昆虫の影を追おうと、太い脚部をノシノシあげている時――

「!!!」

 上方からなんらかの液体がアーマーに直撃した! カレンは少しよろめいたものの、すぐに体勢を立て直し、その返礼にと、一匹孤立していた昆虫を蜂の巣にした。

 昆虫らは完全に鳴りを潜め、辺りにしじまが戻った。

「ブンダバー!」

 敵を血祭りにあげた快感を雄叫びで表すカレン。が、彼女を称賛する者はいなかった。俺たちの元に帰ってくると、すでに不穏な空気が漂っていた。

「……なによその顔? 撃退成功じゃん」

 あれを見ろとばかりに片腕を広げ、死骸の群を提示する。 

「流石宮どのはよう観ておるわ」

「はぁあ? アンタ頭パーなわけ⁉︎ ポンプ動かしたから、キモいシャコみてーなのがわんさか来たんでしょ⁉︎ これで戦わないバカがどこの世にいるってわけ?」

「音んすごかけん、見に来ただけかもしれんやろ? 下手に刺激せんでもよかったっちゃなか?」

「ポンプ壊しに来たに決まってるし!」

 下手()った行動を必死に自己弁護しようとして吠え猛る。いまだにミニガンから湯気立っているが、それが彼女に纏綿(てんめん)して、そのまま彼女の憤懣(ふんまん)の念に見えた。今の今までペタンと座り込んでいた俺は、尻についた砂を手で払った。

「あのさ……」

 俺にまで物言いを挟まれると誤解した彼女は、嚇怒(かくど)した眼をそのまま俺に向ける。

「いやいやいやそうじゃねーって。お前さっき何か食らってたじゃん。大丈夫なの?」

「……別に」

 ゲームだと酸液だよな。けど、アーマーになんら異常がない。ここで初めて小早川氏が口を開く。

「自分も気になった。一見して、損傷、腐敗、溶解、その他に化学変化は検出していない」

 どうでもいいが、小早川氏の癖を見つけた。考えているときは、思考中の絵文字のように、指を顎に当てるのな。

「唾でも吐きかけられたのであろ」

 遠くで、暗く、しかも視界も良くないから、昆虫と表現していたが、寄って見ると、甲殻類……カレンの言う通りシャコに近かった。ただ甲殻も鈍色の迷彩で、岩と同化しやすいようになっている。

 完全に死んでいると願いたいが、なんか急に息を吹き返しそう……。

 俺らは気味悪がって近づきたくなかったが、知的好奇心に駆られた小早川氏は、なんらためらいなく近くに屈み込んだ。ハズマットアーマーの上とはいえ、平気で触っているし。

「青い血液……銅?」

 ひとりごちた。俺らは苦々しい顔をあわせるだけ。

「人間の血液に含まれる、ヘモグロビンには鉄。イカ、タコ、エビ、カニのヘモシアニンには銅。だから青い」

「それ、魚介類なん?」

「わからない。社会性昆虫に見えた。解剖したいけど道具がない」

 アーマー内蔵のカメラで記録している氏の知識の範囲外なら、当然俺らの範疇にもなかった。ただカレンに噴射した透明な液体と、大きなシャコの遺骸が気味悪かった。

「やよ、各々方。(みち)は拓けましたぞ」

 本当だ。いつの間にかポンプの排水は完了し、ぽっかりとアーチ枠のトンネルがさらに下に向かう道を示していた。

 しかし、NPC扱いの俺ですら、もう先に進みたくなかった。どうせこの先、このシャコにわんさか襲われることは、火を見るより明らかだったから。

次回も結構長くなりそうなんで、しばしお待ちください。筋書きはしてますが、まだ1字も書いてません……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ