【e4m6】自由落下
今回バカイベントは長めになるので、ちょっと区切りました。
その週の休日、俺たちは某廃鉱山に来ていた。小早川氏の遠征計画書に記載されていた場所だ。
施設一帯は既に朽ち果て、寂しげな雰囲気を漂わせていた。門戸は倒れ、社屋や寄宿舎はボロボロだ。雑草も伸び放題だった。
特に目を引いたのが、巨大な立坑やぐらだ。あちこち錆びついて、今にも倒壊しそうだが、初夏の太陽を浴びてギラギラ輝いており、俺らを巨人のように威圧していた。
落書きがそこかしこに描かれ、やんちゃ者が出入りした形跡もある。施設周辺には、レトロなレンガの壁が巡らされ、その上に鉄条網が敷かれてある。敷地外部は立木に覆われ、当然人気はない。
今、俺らが立っている廃鉱山の坑口は、分厚い鉄の扉を開けっ放しにして、奥をポッカリと晒している。さしずめダンジョンだ……。
ミッション開始が迫るにつれて、不安が高まっていた。しかし、我が校きっての問題児らは、そうではないらしい。
「うっし、やるか!」
軽く屈伸運動をしていたカレンが合図を打った。
6人の前に、大きな木箱が5つあった。小早川氏は、その1つをバールで破壊する。
丸っこくゴツゴツした大型アーマーだ。身体よりふた回り大きい装甲と内部クッションに包まれる感じである。
「パワーコンバットアーマー……」
「ブンダバー! コンバットとくりゃ、アタシしかいないっしょ⁉︎」
一同まあそうだよなと納得。普通ガンナーとかアサルトって、IQが限りなく0に近いヒロインが選ぶべきだから。目をキラキラさせてるカレンは、彼女好みの、深紅のアーマーに落書きされているラテン語を読んだ。
「パン……ト・ロ・グ・ロ・ダイトぉ? なにこれ? 意味わかんねーけど、ローマ戦士っぽくてカッケーじゃん! 気に入った! 敵性生物でもエイリアンでも、なんでも来やがれっ!」
小早川氏が辻さんに耳打ち。彼女は手を口に当てて吹き出した。
「おほほほほ。それはそれは蓋し名でございますな」
「ブンダバー! ミニガンにロケランついてんじゃん!」
最も渡してはいけない武器を、最も渡してはいけない輩に渡しましたね? ゲット&ランで使われたミニガンに、アタッチメントとしてマイクロロケットランチャーが装着していた。まさに社会復帰センターにぶち込まれた犯罪者歩兵ユニットだ。いやお前の場合、カウンセリング室送りの校内謹慎ヒロインか。
「不用意に、発砲しないで」
「了解」
あらかじめ釘を刺す氏。トリガーハッピーセットのお預けを食らった猛獣は、“了解”とは言ったが、多分聞いちゃいねーよ。氏は次の木箱を破壊する。
「スカウトスーツ、これは貴女に」
スーツと表現するように、俊敏な活動性を優先し、タイツのように伸縮性のある強繊維が肢体を覆う。装甲は、胸部や膝などに限定的だ。
「…………」
長く艶やかな黒髪を後ろに結い上げていた辻さんは、呆れ顔だった。そして、咥えていたピンセットを落とす。
「何?」
「……のう、こは圖らざりきものか。季節に合わせず、壊色をば目立うて、紋様だに无しとは。地は止むを得じと言えども、妾かような不体裁甚だしき装束着とうない」
「バッカじゃん! ドンパチやんのに、スキンが気に食わねぇだぁ⁉︎」
「荒夷は黙してくれたも」
コバートオプスの辻のぞみは、一応洋服を着装するが、和要素を至る所にあしらっている。小物も和物ばかりで揃えているからな。今着ているのも、日本古来のなんとか染のシャツとスカートだ。
同じ洒落者である小早川氏は、そんなクレームにも冷静だ。
「コスメカスタマイズはある」
「ほ」
「有料コンテンツ」
「申すに及ぶや。宮どのの手前、こちなき姿なぞ見せとうありませぬ」
「ウハハーwww こんなヤツに色目使ってどーすんのwww」
「ござんなれ。あれなん女を捨つる女ぞ」
カレンに指さされて大笑いされようが、辻さんは涼しげな表情を崩さない。小早川氏は、彼女が使う武器の説明も忘れなかった。
「これが貴女の武器。MC-Rサブマシンガン。軽量でブルパップ方式、タングステンカーバイド・ケースレス弾を使う。装弾数は50。ゲコゲコと面白い音で撃つ」
「はて。こもカスタマイズ能くするであろな?」
風流人は、性能なんかどうでも良さそうだ。ひたすら見た目を気にしていた。
「可能」
「さらば、はや」
最後に、小さなリールの付いた拳銃を渡した。
「あと、これはグラップリングガン。ヤモリの剛毛を利用した、NASA最先端技術を応用している。ほぼどんな物質にも強力に粘着するから、高速移動にはもってこいね」
メグの前にある、ひときわでかい箱を壊すと、アーマーというより、もはや2足歩行の小型パワーローダーが出てきた。
「採掘用ローダー」
「Bring it on」
こんな重機を扱えるのは、ブロンド美しきエンジニアのメグしかいない。片手にドリル、もう片方には、火炎放射器付きアーム型マニピュレーター。頭部にフレアガンがあった。足元から胸元まで装甲で覆われているが、そこから上はロールケージが組まれ、腕はむき出しなのが、作業用を伺わせる。
「アルミスカンジウム合金フレームに、軍用テフロンアーマープレート。ドリルはコバルト鋼と、ウルツ鉱型窒化ホウ素単結晶の組み合わせ」
そう説明する小早川氏本人は、HEVハズマットアーマーだった。わざわざ解説しないが、まあ調査機器などが搭載されているのだろう。その武器は、ゲット&ランで使ったライトニングボルターだ。
ヒロインたちの装備は一瞬だ。各々インベントリー画面で、装備品をポートレイトにドラッグ&ドロップするだけだからな。
「あいや、手羽先どの。我ら御前原は、顔こそ顕證にありけれ。冑するは雑兵ぞ」
「漫画アニメの固有キャラ、頭部保護しない。それはおかしい。人体で頭部が一番大事なのにに」
小早川氏らしい理屈に、吹き出してしまった。今彼女の頭部は、バイザー付きのフルフェイスに覆われている。
「( ˙³˙) まいちゃんは?」
1人放ったらかしだった常田先輩が問いかけた。
小早川氏は、最後の木箱を破壊。コマンダー用のモバイルコムサットステーションだった。大丈夫かな? 先輩ちょっと……いやかなりポンコツなんで、任務を全うできるか不安である。
「ここへ」
先輩を招き寄せ、ステーションの使い方を指南している。他のヒロインも、武器や装備の点検に余念がない。辻さんはコスメカスタマイズだが……。
「てか、俺の装備は?」
先輩への説明に割って入ったため、ちょっとムッとする氏。
「ない」
「はぁ?」
「自分は言った。“各ヒロインの装備は、自分が準備する”。誰も主人公の――」
「いやいやおかしいでしょ! 超危険な物質を手づかみしろと?」
「有名坑夫のアーノルド・ワイスには、免疫があった。今主人公は貴方で回収役。だから、敵性生物に攻撃されないし、環境ハザードも影響ない…………多分」
「多分www」
「とにかく、工業用フィルターバッグの中ある、鉛の容器に採掘物を入れる。放射線シールド用重カドミウム箔、付いている」
バッグを下手投げにされ、俺の顔にボフと張り付いた。まじかよ、俺シャツと長ズボンで潜るのか……。
「宮どの、宮どの、見てたも!」
弾んだ声の辻さんが視界に現れた。
「装束に、3つ配色当て申したので、表に濃蘇芳、中陪に紅、裏は黄の、櫨紅葉の襲にし候。や? 『紅葉とはあやしき者かな』と思しておろ? 陰暦ではとうに秋でございます。装甲の端に、覆輪を施しておるが、ご覧ならるるか? して紋様は、窠中に家紋の辻を描いておりまする。一方、火器に目を零せば、漆を塗りて艶を出だし、海浦模様の蒔絵を施し、青貝の螺鈿をちりばめて装飾し申した。いかにいかに?」
「…………」
「あれや、妾のあはれに、目もあやなりて言葉を失のうておるわえ」
「ガチのマジで呆れてんじゃん(小声)」
(メグ、こめかみ辺りを指差しクルクル回す)
坑口に佇むフル装備の女子高生4人。協力FPSのミッションイントロだな。平服にバッグだけ持った俺は、すごく場違いだけど。
黒々とした口から、冷風が吹き出してくる。周りの梢がサラサラ鳴って、すごく不吉に感じた。
「暑っつ……エアコンねーんか」
カレンがバイザーを上げた。重装甲に包まれるとはこのことで、頭部から足先まで、全てアーマーに覆われている。長いまつげ、ぱっちりした目、そしてスッとした鼻筋しか見えない。細身のアーマーに包まれた氏が、ポツリと言う。
「エアコンは自分だけ」
「ずりー」
恐る恐る坑口を通過したが、すぐに行き止まりだった。そりゃそうだ、地下に行くんだからな。
『ゲージ(エレベーター)起動中、全員乗り込んでください』
インカムを通して、女性のアナウンスが流れる。これゲット&ランと同じ声だな。今回のイベントでも自動音声が流れるのか。
錆だらけの粗末なバケットと表現していいゲージは、律動するモーターと、防爆型の赤い回転灯で、地下へ潜る準備を知らせていた。
『各員着座し、シートベルトを締めてください。採掘ローダー操縦士は、ゲージ接合ランプ、及びマウンテンブレーキランプが点灯しているのを確認』
「Confirmed!」
『降下開始まで:5、4、3、2、1、入坑――』
荒い網戸がガチャンと閉まると、けたたましいブザーを狼煙に、モーターが唸りを上げた。ひどい金属の軋みを立て、荒々しく沈んでいく。
周囲は赤いランプに照らされ、まるで現像室だった。降下スピードは徐々に本調子になり、遠慮なしに地下また地下へ誘う。それにしても揺れがひどい、絶叫マシンかよっ!
「こは大丈夫でおざるな⁉︎ 昇降機毀て落つるなど、考えとうないぞっ!」
「天にまします我らの父よ、願わくはウチらを守り給え……」
「ちょっとアレェ!!!」
アーマーがゴツすぎて、仰角に制限があるカレンが、目線で必死に訴える。
ゲージを立坑に固定する滑車から、尋常じゃない火花が飛び散っていた。よく見ると回転軸がずれて、異音がさらに酷くなっている! これ……壊れたってヤツですかぁ⁉︎
周りがギャーギャー騒ぎ出す中、置物のように沈黙を守っている小早川氏。
もはや地下何メーターなのかわからないが、目前の地層が様相を変えながら、どんどん昇っていく! がたつきは更に程度を増していくばかりだ。
さっきの滑車が外れ、ゲージ全体が大きく傾いた! こ、これはまずいのでは……? といっても、ゴールドソースのバグのようにスタック……いやシートベルトにがっしり固定されているので、脱出などできないし、こんな所で緊急停止などしたくもない。クッソ、乗る前にセーブする癖が抜けていた。もうメグの言う通り祈る他ない!
「!!!!!」
下からの強い突き上げ、そして砂塵が一気に舞い上がった。
停止……した。
降下というより、自由落下の方が正しかった。ゲージはひしゃげ、完全に沈黙していた。焼けた匂いと、火花が発されていた。
「…………」
ヒロイン一同は、呆然として言葉もない。そして、ただ暗黒だ。
「うえぇぇ超気分悪りぃ。スッゲー揺さぶられた。おい、オメーら生きてるかー? クッソ、シートベルトが見えやしねー」
「光あれっ!」
聖書の冒頭を叫んだメグが、ローダー搭載の強烈なライトを点灯。暗黒から急に眩い光を食らって、目がシパシパする……。
「現在、マイナス3574m」
「シンイチ、ちょっとベルト切って。細かい作業できんわー」
「あ? ああ……」
こんな時、身軽な格好はいいよな。
「ダーン! ゲージん歪んで、接合切り離されん。ウェルダーで焼き切ってくれん?」
「ほ。世話の焼ける御前よの。しばししばし」
「パワーローダー、インターナルチェック……OS、油圧アクチュエーター、バッテリー、オートバランサー、マニピュレーター、ドリル用モーター、火炎放射器、各種センサー、フレアガン……よっしゃ、問題なかー」
辻さんから固定部を切り離され、晴れて自由の身となったメグ。ぎこちない足の動きだが、一歩一歩が重苦るしく、砂塵を巻き上げている。辻さんは、天盤から崩落した岩石を指し示した。
「先の地震で足場の悪うなっておるの。用心こそあれ」
「Rog’。ハイビームにするけん。Err……フラッシュライトモードはどこかね?」
コンソールのタッチパネルを吟味しながら操作し、ローダーのライトモードを周囲から前後に変更した。
「先鋒カレン、次鋒が辻さんと自分、殿ミーガン。バックワードモードで、後ろ歩きできる。カレン、再度言うけど迂闊に発砲しないで」
「わかってるって……」
スチールライブラリーが、ラン&ガンゲーでいっぱいのカレンは、動くもの(俺含む)は即蜂の巣にするんだよ。だから、氏に念押の“ホールドファイア”を食らって不満顔だ。
「あのー俺は……?」
「あ……」
氏の声色は、どう考えても“そういえばコイツもいたな”だった。
「その辺で」
完全にNPC扱いですねぇ……。ともかく、俺たち全員は息を整えた。なんとか落下フラグは回避したが、ここから本番だ。初っ端から言うのもなんだが、脱出手段どうするんだろうな? これはもう動かないだろうし。ホラーゲームでありがちな、一方通行のトリガーだった。
ゲームじゃそんなの笑い飛ばすが、いざリアルに食らうと冗談じゃなかった。
今回も読んでくれてありがとうございます。