【e4m4】塩
調子を崩していました。すいません……。
「これ、ネイチャーの参考文献。引用すれば、レポートに華を添えられるから」
「うげぇ、英語じゃん」
「貴女は洋ゲーやってるじゃない。大丈夫」
「ゲームと論文じゃレベル違うしぃ……」
爆破実験の次の日、俺らは同好会室にいた。カレンは、髪を揉みながらレポートを書いている。その指導教官は、小早川氏。こんなに手厚いサポートまでするなんて意外だな。もう他人事として、放っておくのかと思っていた……。
それにしても、氏は見てくれも人柄も大人っぽい。馬鹿イベントで、俺らが暴れようが喚こうが、取り乱さず対応している。服装頭髪検査の時は、黙って抵抗していたし。
この横髪をかき上げる仕草よ……俺のやましい視線に気づいたのだろう。
「なに……?」
「え⁉︎ いや、なんでもねー」
氏は能面の表情で、俺を捉えたままだ。
「いやさ、面倒見がいいなって――」
「鳥肌立ったけど?」
「今日寒いんだろ(すっとぼけ)」
「ねぇ、翻訳サイト使っていい?」
氏の疑惑に横槍を出したカレン、ナイスだ。
「ダメ」
「ちぇっ……ねぇ?」
一難去ったら、今度はカレンから目をつけられた。
「アンタ暇そーじゃん、ちょっとこの論文訳してよ」
「冗談じゃねぇ」
「……昨日の金属まだある? コイツの口にねじ込みたいんだけど?」
「かせっ! 今すぐ翻訳するわ!」
クッソ、いくらレートがEでも、そんなフラグあってたまるか!
「えっと――アルカル金属は水で爆破反応を示す。熱放射、蒸気形成及び発生水素ガス点火という、強力な活動結果であるのは、教科書レベルの知識である。ここに示した、水中のアルカリ金属を爆発させるという初期プロセスは、全く本質から異なっていた。ハイスピードカメラによる撮影によると、水中の一滴の○○○○○/○○○○合金は、0.001秒でその表面に金属スパイクを突き出す、という形状を示した。分子エネルギーの模擬実験では、水没したとほぼ同時に、金属表面から電子を放出した。このシステムは即座にレイリー不安定限界まで到達し、一滴のアルカリ金属をクーロン爆発へと導く。結果として、水と接触した新しい金属表面が形成され、それがなぜ反応が自らの産物によって抑制しないのか、むしろより爆破反応を示すのかという理屈になる……なんのこっちゃ」
「まあそんな感じね」
「アタシも全然さっぱりだわ。けどウーロンって、なんか授業で出てきたような?」
「物質が帯びる電気量の単位だっけ? 1Cは、1Aの電流が1秒流れた時の電気量」
「あーもうウザすぎっ! 結論は“とにかく爆発します”でいんじゃね?」
「そういうものだと、覚えて終わるのもいいけど、化学的にどうして爆発するのか、理を調べるのが科学的探求。先生はそこを評価する。大宮の訳したのと、化学式を入れるのを忘れずに」
頭チンパンのヒロインに科学的探求とか、そもそも無理難題でさぁ。
「えーっと、コレと反応してぇ……アレを発生させながらぁ、ソレに変化する。化学式は……これでいい?」
「貴女、本当に論理わかっているの?」
「あ? 正直よーわからんし。さっきの訳を丸写しする。アンタ、もう1回訳して」
小早川氏は軽く頭を左右に振った。ま、単細胞にそんな期待しなさんな。カレンが化学式を書いた時点で大したもんだ。チンパンジーが書いたのと同レベルだよ。
「できたーっ! 提出してくるー!」
十分な見直しもせずに、部室を飛び出すカレン。
「……“職員室を吹き飛ばす○○○○○の量”って、普通レポートで出すか? 脅迫してるに他ならんぞ?」
「先生には意外とウケるかも」
あのレポートには、小早川氏の手も相当入っている(俺の尊い犠牲も)ので、流石にホーキンス博士から突っ返されることはないだろう。
奴が扉を開けっぱなしにしたので、昨日の爆心地がふと目に入ってきた。真砂土で覆われ、更にブルーシートが敷かれている。カレンの奴、俺や鹿島に感謝すらしてない。小早川氏も、同じく現場を見ていたらしく、ポツリと漏らした。
「職員室吹き飛ばす金属か……」
「そんなのより、桜カレンを直接入れたほうが、よっぽど派手に吹き飛ばせるんだよなぁ……」
「プッ」
小早川氏が吹き出した。クスクスと可愛らしく笑うのな。
「桜カレン、R3」
「?」
「鹿島梢さん、極めて安定している、希ガスる」
そんな彼女をまじまじ見ていると、彼女はそれに気がついた。襟を正し、俺の方に向き直す。
「それはそうと――」
「ああ、今日は俺のレポート実験だ……先に聞いておくが、爆発しないよな?」
「しない」
「よかった。お前におんぶ抱っこになって大変申し訳ないが、疑ってよ。で? 塩を作るんだって?」
「そう。昨日の――」
「今爆発しないと言いましたよね?」
「しない。なぜなら濡らさないから」
「読めた。実験中に雨降るオチだろ?」
小早川氏はスマホを取り出した。
「朝に小雨が降ったけど、現在の降水確率10%。風速は0.3m/秒未満」
「マーフィーの法則というのがあってな、たとえ1%でも、確実に降るんだ。もう絶対に! オチはわかってんだよ」
「同じネタは面白くない。だから降らない」
なんだよその理屈。窓の外を見上げると、雲はあったものの太陽の光が差し込んでいた。
「ごねるならしなくてもいい。けど今日が実験日和。後日にするなら、協力しない。自分でやって」
「それは困る」
「じゃ、さっそく」
氏が実験用手袋を渡してくる。それを2人して装備し、部室の外に出た。確かに雨の予感はしないし、風も全く感じない。
彼女はコンクリートブロックを並べて、その上に小さな鍋を置いた。
そして、ケロシンの瓶から、あの忌々しい金属の塊を取り出し、鍋の中に入れた。
「このバーナーで加熱。持ってて」
「……大丈夫だな? マジ爆発しないよな? 塩とか言いながら騙してねーよなぁ⁉︎」
氏はうざったいとばかりに睨み返す。
「きょどりすぎよ。これの融点98度、沸点883度。爆発せずに、液体になるだけ」
鍋の金属は、もう液体に溶けつつあった。そこに氏が、ガスボンベに繋いだチューブを持ってきて、鍋に差し込んだ。
「もう十分。これを装備」
「え?」
ガスマスクだった。同じものを既に被っていた小早川氏を2度見するが、理由を問う暇は無い。急いで頭に被る。
!失われたアイテムを回収した!【ガスマスク】
「これも」
マスクの次に、おむすびも1つ渡された。彼女はボンベのバルブを開いた。ガスを鍋の中に噴射する。鮮やかな赤橙の炎と火花、そして白煙が発生した!
「おむすびを煙に晒して」
「フラグ? ねぇフラグなの⁉︎ 俺、おむすびと一緒に――」
「うるさすぎ。早くして」
柄にもなく怒ったニュアンスだ。命令に従い、おむすびを煙に晒した。
「あ、すごい……マジで塩味がする。本当に塩なんだ」
白煙に晒していないおむすびと、食べ比べた感想だった。
「てっきり、嘘つかれて爆死するかと――」
「しない」
何度も疑ったので、うんざりしたジト目で反駁された。
「あの金属に噴射したのは、塩素」
「あ、あの混ぜるな危険の?」
鳥肌が立った。ガスマスクを被るのも当然だった。
「だから、無風の今日を選んだ。ガスの量は少量だから大丈夫。けど、良い子はマネしないように」
そして、どうか近隣住民に被害が出ていませんように……。
「しっかし不思議だな。この金属と塩素、2つとも劇物で、それらを足すと更なる極悪物質ができそうなものなのに。よりによって、どこにでもある塩だなんてよ……」
小早川氏はわずかに口元が綻んだ。
「この結合、覚えてる?」
「あ、イオン結合か。この金属の電子1価が塩素に行って引き合うんだろ? 今日習ったばっかじゃん」
「それは、忘れずにレポートに書くように。自分、ガスマスクを渡さないつもりだった。そうすれば、レポートに体張った記録書けた。けど、かわいそうと思った」
「ご慈悲をかけて頂き、本当にありがとうございますっ!」
「自分は以前、少量の塩素を吸い込んだことある。鼻を炙られる激痛。即病院送りになった」
表情1つ変えず、訥々と過去を語る。俺さ、色んなフラグを経験しているが、絶対にガスではフラグされたくないっす……。
「けど低濃度の塩素は、水道・排水の消毒に効果的。害の少ない殺菌剤でもある。みんな塩素くさいと嫌うけど。他、胃酸の主成分も塩素なの。知っていた?」
「そうなんだ。塩素だけじゃないんだろうけど、毒にも薬にもなるとはまさにこのことだな。化学って面白いよ」
「そう。化学って面白い」
「ともかく、今の話も含めると、レポートは十分書けそうだ。ありがとな」
軽く感謝すると、ちょっと彼女は頷いた。
「では……」
「え?w」
彼女がカバンからウェルロッドを取り出したのを見て、彼女の腕に飛びつく。
「ちょ、ちょっとフラグは勘弁してくだせぇ!」
「なぜ?」
「シーン終了際に俺がフラグされないと締まりが無いってのはおかしいでしょ? 昔からそれが様式美みたいになってるけどもうマンネリしてるし見てるプレイヤーもどうでもいいっしょ? 後生ですから――」
Shinichi was fragged by Sasami's welrod.
「こんな感じ? 自分よくわからない。鹿島さんを呼ばなきゃ」
次回はそう遠くない内に出せそうですが、高校理科を始め、いろんな資料を読まないといけないので大変です。