【e4m1】抵抗
とりあえずミッション1の部分だけ。全エピソードの終わりに課題を書いたら、むしろ問題が整理されて、それをテーマにしようと思いました。まだ詳細は煮詰めていませんが、そんな感じで進めます。
セーラー服が替わった。紺に近い黒地は、薄い白地となり、心なしか女子の気持ちも軽やかになっている。もちろん俺らも学ランを脱ぎ去り、スクールシャツになった。
ある先生が、授業の雑談で言った。
『学ランやセーラー服は昔からの学校で、ブレザーは新しい学校、というイメージがあるだろう? 実はな、校内風紀が悪く、服装を乱して、教師がお手上げになった学校が、ブレザーを採用する。一方、教師の力で抑えている学校は、学ラン・セーラー服のままだ』
さもありなん。というのも今、抜打ち服装頭髪検査が行われているからな。
桜カレン……このアサルトクラスの哀れな女よ。奴のボブヘアーは、何度も俎上に上がっている。頭髪証明を、入学時に提出しているのにも関わらずだ。トレードマークと言える明るい栗色は、れっきとした天然だ。今まで一度も染めたことがない。いわば、生まれつきのミュータントだな。奴の甲高い声が辺りを貫く。
「だぁかぁらぁ地毛だって! 証明書出してんじゃん!」
それより明るくなっていないかと、あらぬ疑惑を持たれている。カレンにとっては不当な謂れだが、まあ普段の所業のせいだな。
別の女子も、生徒指導部からお咎めを食らっていた。彼女の場合、金髪のおさげが対象になっているのではない。
「長かつはピラピラして好かんっ!」
父親の口吻を想起させる、この頑固さよ。レーシーなまでにスカートを切り詰め、もはや下着の端見えるんじゃねレベルのエンジニア、ミーガン・R・メイヤーが、必死に反抗していた。で? なんで女子の検査に俺がいるかって?
「やけん言うたやろっ⁉︎ シンが短かつ好いとーけん、こげんしとっと!」
メグさん。俺にその素晴らしい太ももを惜しみなく開帳するのは、謙虚になると共に、感謝の気持ちでいっぱいだ。だが先生の前で喚くのはやめてくれ。女性体育教師が、訝しげな目で俺を見る。
「それ言いがかりっす……」
「ウソやん! いっつもいやらしか目で見とるくせに! ウチ、それに応えようとしとるだけやろ⁉︎」
人を社会的に抹殺しようとしてますね。まあ、なんだ? 見ているのは否定できん。けど正直言うと、お前はミニスカよりも、薄汚れたツナギの方が似合ってるよ。
加えて後1人、黙秘非服従している奴もいた。スナイパーの小早川ささみ氏だ。彼女は決して教師と目を合わせず、腕組みして不遜な態度を醸し出していた。
「アクセサリーは禁止って、何度言ったらわかるの?」
教師が氏の横髪に手をかけた。耳たぶが光ったが、氏はその手をすぐに払いのける。
「ヘアクリップも……これパーマかけているよね?」
「……」
蛙の面に水とは、このことだ。
「全くeスポーツの女子は……」
また1つ、同好会への心証が悪化しました。本当にありがとうございます。もうね、eスポーツというか、レジスタンス同好会に改名した方が良くね?
「とにかく、そのヘアクリップは没収です。イヤリングも外して」
氏は自ら装備を外し、床にポトリと落とした。それを指差し、感情を込めず事務的に言った。
「欲しいなら拾って、どうぞ」
この人をなめきった態度で、教師の堪忍袋の尾が切れた。もうね、チェーンソーで鯰切りと言っても過言ではなかろう。ヒステリックに声を荒げる教師に対し、小早川氏は何処吹く風だ。ぼんやりとした顔には『してやったり』という流し目があった。
「うははは〜草生えるぅwww」
「シン、シン! ウチもスカートば脱ぎ捨ててやろかwww?」
とバッドアス2人はゲラゲラ笑ってやがる。恐ろしい……。もうね、同好会の良識派は、鹿島ぐらいだろう。俺もそっち側だと自負していたが、前エピソードの不法就労事案で、すっかり悪人派になったからな。
「無駄なことに時間とりがって……バッカじゃね?」
悪の巣窟、伏魔殿、学校の掃き溜め、ハイドアウト、もといeスポーツ同好会室で、カレンが不満を漏らした。
「艶ある垂髪は、女性の雅。それを心得ずして、『こやせまし、あやせまし』のたまうこそ、浅ましけれ。興もさめて、こと苦うなりぬ」
翠の丈なす美しい黒髪に、大いに矜持持つコバートオプス、辻のぞみもまた検査対象になっていた。薄化粧もしているからな。
「はっ、珍しー。シャンプー1日1本チビと同意見なんて」
「あれや、無道チンパンの悪しき戯れにこそ申して候へ。妾が髪と等しうするは」
「んだとぉ!」
煽ってくる辻さんに瞬間沸騰し、スコップを突き付けるカレン。心からのお願いです、ここでデスマッチは勘弁してください……。鹿島がすかさず割って入る。
「はいはい、力比べは外でやってね?」
「……来いよチビ。ピーピー泣かせてやるっ!」
「ほざけ。そちこそ懲りずに大往生とな?」
「……」
ジュースを吸いながら、見送る小早川氏。その頭にヘアクリップはなかった。ピアスも没収されたままだ。
「ここが同好会室?」
「ああ」
「パソコンがない。ただの物置じゃない」
ぐるり見回して、痛い所をつく。鹿島がアハハと取り繕った。
「ノートパソコンはあるんだけどね」
「使い物にならん奴な。eスポーツなんて、夢のまた夢よ」
しかしその低スペPCを巡って、リアルスポーツならしょっちゅうやっている。外の愚か者2人がな。
「桜バッドカンパニーに改名したら?」
それはもう俗称となっている。ちなみに、同好会担当であり、俺らの担任である梅本先生が、何度かやって来たことがある。単にふらっと寄ったと言うが、まあ彼も教師だ。裏の、学校安全委員会の使命を帯びているのだろう。
もし生徒指導部や学年主任が来ると知ったら、カレンはいきり立って、この周囲に地雷原や鉄条網を張り巡らし、屋根上でMP40とパンツァーファウストを担いで撃退するつもりだろう。ゾンビサバイバルゲーの最終ホードのように。
その時カレンが、ドアを蹴り開けて帰ってきた。
「今日はこれぐらいで勘弁してやらぁ!」
「こちとら女房の情けよ。次は命はかなしと思ひ給え」
ボロボロの2人に、鹿島がヘルスパックを支給してやる。本当に仲のいい奴らだな。
「……」
小早川氏が頬杖ついて、ぼんやりと見ていた。ジュースは既に空のようだった。ホステス気取りの鹿島が、申し訳なさそうに、
「ちょっと待ってね」
と声かける。てか、氏がここに来たのは初めてだな。籍だけ置く幽霊部員かと思っていたが……何か用があるのか?
小早川氏の視線は、片隅に積まれている段ボールに飛んだ。手持ちぶさに氏はそちらに歩み寄って、手当たり次第インタラクトし始めた。
「………………」
ガラクタばっかりだが、とある箱に氏の興味が起こった。化学の実験道具……そうだった、こいつはリケジョだったな。彼女は鹿島に問いかけた。
「バーナーある?」
「カセットコンロならあそこに……」
氏は蒸発皿をコンロの上にのせ、その中に粉末亜鉛と水酸化ナトリウム水溶液を加えた。そこに小さな銅板を入れ、溶液が沸騰するまで加熱し続けた。その後、ピンセットで銅板を取り出して水洗いし、ティッシュペーパーで水分を取り除いた。さらにその銅板をバーナーの炎でちょっと炙り、冷めてから水洗い、水分を取り除く。
周りの連中は不思議な目で見ていた。完成した金属片をカレンに渡す。
「はいどうぞ」
「何これ?」
「純金」
「き……きき、金! ゴールド? マジィ⁉︎ マジ純金なん⁉︎ すげぇ!!!! ささみアンタ錬金術師なん⁉︎ ブンダバー! これでウチの資金問題が全部解決じゃん!」
すごい早口、且つボリュームマックスで喚くカレン。何ですか? これを大量生産して、売りつける算段ですかねぇ?
「ハート型にして、恋のペンダントにしたらバカ売れ間違いねーよ!」
手榴弾も爆ぜる哄笑が、辻さんから起こった。しかし、鹿島が笑顔の圧力をかけたので、口に出すことはなかった。およそ『色も香も知らぬ爬虫類御前が、戀とな?』と嘲りたいのだろう。その代わり、
「いえ、何もございませぬ。お気に障ったのなら、平に平に……」
と睨みつけるカレンを、軽くいなす。しかし、カレンは世紀の大発見を目の当たりにしたようで、辻さんに突っかかる遑ない。
「ねえアンタ今何使ったん? 粉末亜鉛と水酸化ナントカに銅板? こんだけで金ができんの! アンタ天才じゃん! 特許とって――いや極秘にしとこ! なんで世の科学者はこんな簡単な方法も思いつかないの⁉︎」
うるさいことこの上ねーな。そろそろ居ても立ってもいられなくなるぜ?
「ちょっと10t買ってくるっ!」
と同好会室のドアを目一杯蹴る!
「バカ、外に出る時は“引く”だろ! もう耐久力なくなって破壊するぞ」
はい、全く聞きもせずロケットのように飛び出しました! 小早川氏は呆れた目つきをカレンの背中に向けた。
「冗談なのに……」
「ほ。天下のかくなるおこ者には、ちと及ばざる痴れ言に存ぜられる」
当然俺らは、錬金は不可能で、試金法で偽物と判明できるのも知っている。しかし、あの銀河級馬鹿にはな……。
「ねぇ、早く止めないと、本当に爆買いしちゃうよ?」
「おほほ、妾はその態を拝見しとうございます、如何?」
「いかんって……。別に作るのは構いやしない。問題は、奴が偽金とわかっても、マジで校内に売り出すぞ。それが職員室にバレたらさ……」
なんか“給料日2”のミッションにあったな。ここが偽金の製造工場になって、教師連中との攻防になりそうだ。
「ねぇのぞみちゃん、ちょっと追いかけてくれない?」
「はて、異な仰せを。かような一人合点他にありませぬ。せいぜい粗忽させ、大方の嗤笑を招かせとうございます」
「えっとね、私と小早川さんはちょっとこれから話し合いをするの。大宮くんもそれに参加してもらいたいので、のぞみちゃんしかいないんだけど……」
辻さんは一瞬だけ妖しげな笑みを浮かべた。しかしすぐに面を取り直し、
「こずゑどの仰せとあれば、いか仕方なし。妾、確かに心得ましたぞ」
と合点して出て行った。
「やっとあの2人出ていった」
「そだね。仲が良すぎるのも困るなぁ……」
『自分はヒロインの自信ない』
鹿島と小早川氏の話し合いのテーマは、これだった。本人はちょっと深刻そうだったが、相談を受けた鹿島はそれほどでもなかった。
「気にしなくてもいんじゃないかなぁ?」
「自分は、大宮と接点ない」
チラと俺を見つつ、鹿島に返す。
「あ、それは不利だね」
「大宮に押しかけるのは面倒くさい」
「うーん、前からずっとヒロイン側が、この人に押しかけるのが形になってたからね。大宮くんがってのは滅多にないから」
「アプローチしてきた人で、彼氏は何人かいた。けど自分が興味なく、自然消滅」
「そうなんだ。どんな人がタイプ?」
「……年上で、リードしてくれる」
へぇ。つまり同級生の男子とか、ガキぐらいにしか認識してなさそう。しかし鹿島の奴、こんなこと聞かなくてもいいじゃないか……。
「あ、それはダメね。この人、基本受け身クンで、いっつもカレンちゃんに振り回されてるから、リードとか無理だと思う」
笑顔で指差されるが、事実なので反論できねぇ。
「けど、いざとなったらちゃんとやる気出すし、リードもできるよね?」
「知らねぇよ」
「まあ、それは置いといて、ヒロインと主人公の接点がないのは問題かな」
「大宮はメグの友だち、カレンの友だち。その程度」
奇遇だな、俺もだよ。前のエピソードで、ちょっとはその為人を知ることはできた。多分、俺の“なかよしポイント”とやらも、カレンを除けば一番低いのではないか? まあ、あれが高いからなんだって話だけど。
「ミーガンも迷っていた」
「だから大宮くんのお家爆破して、無理やり接点作ったんでしょう? 良識派のヒロインにしては、大胆なことするなって……」
「同じネタはできない。面白くない」
「マジですんなよ?」
「あと、問題起こさないといけない。それもわからない」
「問題? ああ、エピソード後半のね。それは大丈夫。みんなと一緒に過ごしていたら、大なり小なり問題は起こるから。リアルと同じだね」
もうね、ヒロインが別ヒロインに、ヒロインの在り方を指南しているってのもおかしな話だ。そんなのオフレコでやれよ。エピソード始まってからやるなって話だ。
「大宮くんも、小早川さんのお悩みわかったでしょ?」
「は?」
「じゃあさ、今回大宮くんが、できるだけ小早川さんに会いに行くのはどうかな? たまには形式を変えようよ?」
「そうね。それがいい。そっちが楽だし」
「お前さんが、そう望むなら……」
「でも、ネタを提供するのは、小早川さんだよ?」
「それも悩み。自分はスナイパー。大宮を狙撃するぐらいしか、能がない」
「俺は脳がなくなってしまうので、全力でご遠慮申し上げますっ!」
「別にクラスを生かす必要はないよ。私だって、学校行事だったんだし。さっき化学の知識で、パパッとクラフトしてたよね? そんなのでどう?」
「理科とかは好き」
「じゃあそれにしよ? 基本おバカなイベントばっかなので、たまには知的なのもいいかも。まあ、誰も望んでいないかもしれないけど」
本当に誰が望むんだよ。ん? てことは……俺は薬品で燃えたり溶けたりするんじゃね……怖っ!
「というわけで、こんな感じでいきますっ! エピソード4もよろしくお願いしますっ!」
「相変わらず、俺の中の読者さんに語りかけるの好きだな?」
Shinichi was shot by Sasami’s Welrod.
「とりあえず、フラグしてみた」
「……意味がないのはかわいそうだから、止めようね?」
「難しいのね」
今回も読んでくれてありがとうございます。次の話も比較的早く出せそうです。