【e3m22】Restored
なんとか間に合いました。
「失礼しました……」
学校の応接室から出る。手には以前書いた書類がもう1セット。後ろから、生徒指導、学年主任、担任、そして進路指導主事の視線が、矢のように突き刺さる。
鹿島は近くの廊下で待っていてくれて、俺を見るなり憂い顔で寄ってきた。
「次やらかすと、校内謹慎だってよ」
「そうなんだ。首の皮一枚で繋がったね。けど学校安全委員会ってのは、酷すぎない?」
「お前みたいな良識派からすればな。けどウチにはドン・サクラエリがいるだろ? それにさ、別に珍しくないぜ。これ者のご子息には、似たような委員会が作られて、卒業まで常時監視対象にするからな」
「流石にカレンちゃんは、そこまでないでしょ……」
「まあアレは単細胞銀河級バカ暴君なんで、比較できんが、それでもウチの校風には合わんだろ。かく言う俺も、同好会の裏金作りを疑われ、今や職員室の要注意人物に掲げられたわい」
「……」
「あ、そうそう。今日メグ来てた?」
「ううん。欠席だった」
看護科の鹿島は、理系のメグたちと一部教科が被っている。
「小早川さんもいなかったし、どうしたんだろ……? エピソードも佳境に入っているから、大変なんでしょ?」
「メグの奴、エンジ辞めるとか言ってな」
「大丈夫、それホラだね。専門一本気だったヒロインが、辞めて何するのって話だから」
「確信的な物言いですね」
すると鹿島は、ポッと頰を紅に染めた。
「多分ね、大宮くんにもっと構って欲しいとか、心配して欲しいんだよ。今はちょっと本気になってるけど、後になったら『勢いで変なこと言っちゃった。けど大宮くんが構ってくれたからいいか』ってね」
「ちょっとお前、エピソード2の労力を返せ」
「ご奉仕はいつもさせてもらってるけど? けどまあ、話に戻るとして……今のメグちゃんは情緒不安定だから、精神的な支えが必要かな。小早川さんも勿論だけど、やっぱりそれは大宮くんの役割だよ」
「しがない主人公には辛いミッションな」
「あ、やっと認めたんだ?」
「やりたかねぇよ。けどもうドゥームとでも思って諦めてら。次で3回目だからなぁ」
!実績解除!覚醒
:解除条件:大宮伸一は主人公として自覚を得た。
「実績解除おめでとー」
「こんなやる気なしムードで解除できるんか」
「はいはい。もう文字数も少なくなってきたから、気合を入れてね。あと、くれぐれも先生たちには気をつけるように」
「社長〜?」
ガレージ内オフィスからダッドを呼んだが、どこにも姿が見当たらない。
「タバコかな?」
“亀のように遅く”という条件はつくが、今日は歩くことができるのだ。困ったな……。書類いっぱいに散らかった長机から、とある顧客の請求書を探すよう言われていたが、さっぱりだ。こんな気を取られている時に、教師が不意に訪問しないとも限らない。身を隠して脱出する経路は常に心得ているが、もとより校内謹慎は覚悟の上だ。メグが復活するまで仕事は続ける、そう決めたのだから。それに、ガレージで働いていないと、ヒロイン遭遇イベントは発生しない。ただ、彼女のことばっかり考えて仕事するわけにもいかないわけで。
「……参ったな。どれもこれも英語だからわかんね。請求書ってインボイスとかペイメントとかビルとか、そんなんだよな?」
「コピーヤーに焼いたまんまやなか?」
「え? あ、本当だ。サンキュー…………!」
あまりにも自然で、振り返ることもしなかった。早速というか、シーンが始まってからすぐに遭遇イベントが発生する、この御都合主義よ。メグは戸口にのんかかって俺を見ていた。いつもの笑顔は……見られない。
「なんそげんか目で見っと? 別によかろーもん、ここはウチやし。けど勘違いせんどって? 忘れモンばとり来ただけたい。仕事しに来たっちゃなか」
「そう」
「ダッドもシンば気に入ったごたやん? 嬉しかー店畳まんですむー」
自分はエンジやめるぞという当てつけだった。真顔だった。しかし、鹿島からホラと聞いたので、俺は動揺しなかった。奴も当てずっぽうで放言するほど浅はかじゃない。ありがとよ、と今ここで感謝する。
「で? 忘れ物は?」
「Huh?」
「わ す れ も の。取り来たんだろ?」
「……あーそうそう、そーやった。ウチ忘れモンばとり来たったい(動揺)」
「何を?」
「え? えっと、えーっとね、なんやろ……あ、これたいコレコレ。こん雑誌ぃ!」
明らかに動揺を晒していた。適当に目についた雑誌を手に取り上げ、必死に取り繕っていた。片足を墓穴に突っ込んだな。仕事はしないとか言いながら、車の雑誌なんか選びやがって。
「………………」
「な、なん? そん顔……!」
「プッ! メグ、お前かわいいね?」
「なあああん! しからしかシン。仕事せんばってん雑誌ぐらい読んだってよかろーもん!」
湯気が出るほど紅潮して反骨する。本当は仕事が気になって見に来たのだ。まあ、それを今直接言うほど野暮ではない。
「それに急に“かわいか”とか……」
普通だったらさ、忘れ物とやらを予め決めてから来るものだが、メグはしてなかった。そんな純粋な所よ。
「なあ、やっぱ俺一人じゃ無理だから――」
「Naay! ウチせんって言っとるやん? 何回言えばわかっと?」
「その頑固さはダッドそっくりな」
「だ、誰があげんか人に似とるもんね!」
「今の『Naay!』は、お給料袋を渡すのを拒否したダッドと同じだったぞ?」
「うるさかー。ともかく、ウチはもう金輪際、車をいじらん!」
本人は怒っているつもりだろうが、腕を組み、プイとするメグも、どこか愛嬌がある。
「なぁ……俺18になったらすぐ免許とるからさ、山にバーベキューに行こうぜ?」
唐突に話題を変えた。メグもこの台詞で、昨日の言い合い……というと語弊があるが、その続きであることを瞬時に察知した。
「Thx. 気持ちだけ受け取る」
「冗談じゃないんだけど?」
「車どげんすっと? お金ある?」
「お金はない……けど車はある」
「グレイトセフトオートでんしたと?」
「俺はカレンじゃねーよ」
すると、クラクションがプップッと軽く呼びかけた。お? ちょうどいいところにあの車が来たな? 早く俺と見切りをつけたかったメグは、親指で指差して、
「ほらシン、仕事ばい。はよ行かんね。ウチも戻る。あん人と顔合わせたくなかし」
「ああ。アレがマイカーよ。手続きとかは全然してないけど」
「ほーん。よかハッチバックば買うたやん」
お? 気付かないかな? まあ色は地味になったし、ヘッドライトのマスキングとかスポイラーとか全部取っ払ったからな。原型をとどめていなかった車が、原型返りした感じ。
横目で見ていたメグは、徐々に訝しげに凝視し始め、やがて目をまん丸くして両手で鼻と口を覆った!
「OMG! あれって……!」
「ああ」
そして、車から降りてきた人物に第2撃を食らった。ダッドと共に小早川氏もいたからだ。メグは一目散に駆け寄る。俺も後ろからついていく。
「こんにちは」
「サミー、ここでなんしよっと?」
「息しとっと」
ダッドは娘になんて声をかければいいか困っていた。そんな父にメグは気付かず、問いかける。
「ねぇ、これアレやろ? なしてこげん……修理しとっと?」
「オレに訊くな。あのガキに訊け」
「シン……なんで?」
「これさ、すげー酷いDQN車で、もう傷物でスクラップ寸前だったけど、どうしても廃車にできなかったんだ。だってさ……わかるだろ? お前と必死で中古パーツ探して、一緒に汗だくになって徹底的にメンテしたからな。その分愛着が出たんだ。オーナーはもう手放しているから、これはチャンスかなって。金欠な俺でも買えるだろ?」
「その代わり、ガレージの資材をしこたま使いやがった。チューンするのに金かけるのはわかるが、金かけてノーマルにだぜ? オレには信じらんねぇ」
俺は頭を下げて、ダッドに協力してもらった。そして、レベル15のプロフェッショナルメカニックのスキルを間近で刮目した。痛風に苦しみながらも、長年のベテランの仕事ぶりに、度肝を抜かれた。
「大宮はパーツ探しに必死だった。お金もたくさん使った。危険な目にも遭った」
「いや、お父さんとお前の協力がなかったら、ここまで漕ぎ着けられなかったよ。改めてお礼を言うよ。ありがとう」
メグは、車の変貌ぶりに釘付けだった。あれだけ派手な外装と内装は、落ち着きを取り戻していたからな。もはや元オーナーが見ても、以前の愛車とは気付かないレベルだろう。
「なぁ。これ最終点検してないんだ。メグ、お前がやってくんねーかな?」
「ウ、ウチ知らん……!」
「まだわがままなの?」
「あのジープじゃないけどさ、これでバーベキュー行こうぜ? もちろん全員誘って。ちょっと席が足りないから、カレンと辻さんは、トランクに押し込もうぜ? あいつら仲良しだから大丈夫だろ」
「いいね。社長もバーベキューに行く」
「オ、オレもですかいお嬢? オレは……」
「当然。社長は焼肉奉行。それまで尿酸値を下げておくこと。これはお嬢命令。行かないなら、リースは打ち切りね。ミーガンも参加。そして仕事するのが条件」
「だけん、仕事h――」
「じゃあ留守番」
無表情で断言するほど怖いものはないな。氏は本気だ。メイヤー親娘はタジタジになっていた。
「ウチ、ウチ……!」
「大宮。最後の気の利いた台詞を言って。ゲームだとあと少しでミーガン陥落」
「ヒロインがあけすけに言うな。えっとまあいい。メグ、あのさ、あんま上手く言えねーけど、この車には嫌なことがあったけど、それも1つの思い出として残さね? 後になったら、『最初は嫌なコツがあったばってん、残しとってよかったー』ってなるだろうよ。ダッドから聞いたけど、事故被害者は順調に回復してるんだろ? 酷かった人も意識取り戻したって言うじゃないか。だから、“やってはいけないミス”じゃn――」
「長すぎ」
「うっせw えっと、えーっとなんだ? あーお前のせいで考えてきた台詞飛んだわ。クッソ、ともかくメグ、お前以前、『壊れとったモンがちゃんとしたり、動き出したりするのは、見てて嬉しか』って言っただろ? 俺、仕事している内にお前の―そのー……あー! 面倒くせー! お前の笑顔がないと耐えられんだよ!」
「臭い。39点」
「赤点ギリギリ落第ですねぇ⁉︎」
「というわけで、ミーガン。大宮にハグしてハグ」
小早川氏が軽く顎でメグを指した。メグは、うっすら目に潤みを含ませて、むんずと口を一文字に結んでいた。
「あ、別にそんなこt――」
このセリフを言い終わる前に、メグは俺と小早川氏の2人を覆うように抱きついた。
「みんながそげん心配しとって、わからんやった……バカやんウチ……迷惑ばかけてごめんっ! ほんなこつ……」
言質は取れてないが、これはもう仕事に復帰するだろう。久しぶりにミントの香が辺りを充満した。フゥ……とその横で安堵の息が漏れたと思ったら、小早川氏だった。お互い近々距離で見つめ合う。『一件落着』とは言わなかったが、珍しく彼女の目元口元が綻んでいた。軽くではあるが、こんな柔和な顔もするのな……。で、感動的なシーンのはずであるが――
「エヘンッ!」
一人取り残されたダッドの大きな咳きで俺はむしろ身震いした。“レイナに手を出すなよ!”この台詞が脳裏を過る。
「小早川氏も抱きつかれているのでセーフ……」
俺はメグの肩を掴んでぐいと引き離した。いつの間にか、目元には大きな涙の筋ができていた。
「ウチね、あのね……」
「もういい。言うな」
「うんにゃ言わせ――」
「こんにちはー。坂田で――」
「Oh, darn it! RUN RUN!」
A組担任の不意の到来によって、メグの台詞は強制中断された。俺らは余情に浸る間もなく、脱出せざる得なかった。結局今回も、俺は気の利いた台詞を言えなかったが、小早川氏とダッドの協力と勢いでメグを助けることができたので、よしとしよう。彼女の茶々で、変にシリアスにならなかったのもの助かった……。
!実績解除!Moved!
:解除条件:ミーガン・R・メイヤーを復帰させた。
その後、小早川氏は気を使ってくれて帰ったが、俺はメグに引き止められ、最後のパーティを楽しんだ。ダッドの痛風を気遣って、小さなサイコロステーキが出た程度で、海藻やサラダが多かった。彼はいつになくむなしそうだったので笑えた。
いよいよお別れの時。俺と一家はメイヤーズのサロンにいた。その中には、大排気量スポーツカーや最新高級車に混じって、ちっぽけなハッチバックが申し訳なさそうに佇んでいた。もちろん元紫の事故車だ。価格表には既に“売約済”とある。もうこれはマジで買うしかないな……。
「なにもショールームに置かなくても」
「よかやん。ちょうど今空きあるし。新かつが来たら、駐車場に戻すけど」
「なんだか寂しいね」
とマム。2度目のお別れだからな。俺は、しばらくこの付近には寄らない事にした。彼女も俺の立場をわかってくれている。
「と言っても、すぐ来れますから」
「そーよ。そげん悲しまんでよか。また忙しくなったら、ヘルプで呼び出すし」
「それもそうね」
それまで光学迷彩パーカーを買わないとな。マムは、むんずと突っ立っているダッドに気づいた。
「ほら、あなたも何か言いなさい。しばらく会えないんだから」
「…………じゃあなボーズ」
一同吹き出してしまった。“ガキ”から“ボーズ”にランクアップしていたから。たった一言だったけど、嬉しかった。ちょっとだけダッドに認められた気がしたのだ。
「じゃ、そろそろ電車来ますんで」
「うん。また明日ね」
すっかり暗くなっていたが、メグの眩しい笑顔は見事に復活していた。なんだか照れくさいな……。
「シン」
歩き出した直後に声をかけられる。
「あん車、リアのゴムブッシュん1つ足らんやったよ。さっき入れといた♪」
「……仕事はえーな」
自分のミスに相変わらず恥じると共に、早速メグが点検してくれたことに嬉しさを隠しきれなかった。笑顔は一層眩しくなって、彼女らしいいたずらっぽさまで含んでいた。
とりあえずエピソード3を終わります。ここまで読んでくれてありがとうございました。本来ミーガンと小早川はサブキャラ扱いで、エピソードを丸ごと割り当てる予定はなかったのですが、友だちから提案があって、そうすることになりました。