表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
73/212

【e3m21】Salvation

ネットに繋げなくて時間が開きました。申し訳ないです。

 週明けの放課後、懲りずにガレージにいた。いつもの仕事に加え、あの紫の修理、そして今日はダッドの“足”でもある。知らない人に説明すると、痛風は主に足が腫れ上がって、歩けないほどの激痛が起こるが、それ以外は健康体なのだ。 

『100%オレンジジュースを持ってこいっ!』

『マックスとレキシに電話してくれっ!』

『オレの遺書が有効か確認しろっ!』

 状態異常のダッドは、暇で暇でしょうがなく、ずっとマムに喚き散らしていたらしい。手を焼いた彼女が、もう仕事させた方がマシと、キャスター付きのイスに積載して、ガレージに放り出したのだ。

「Ugh! XXXX(ピー)!」

 痛みが走るたび、Fワードを乱発するダッド。その両足の親指付け根には、湿布が貼ってある。風が吹いても痛いらしいが、確かに赤く腫れ上がっていた。

「熱がこもってズキズキ疼いて、たまんねぇ……」

 あっちこっちにウェイポイントを出すので、言われるまま移動する。タトゥ彫りの大柄な男が、小さなイスに猫背で座って、それを学生が押している姿って、はたから見てシュールだ。そんな1発ネタシミュレーターが200円で売ってそう。

「薬やペインキラーは処方してもらいました?」

「医者は嫌ぇだ……」

 手に負えんわ。鹿島もさ、この仏頂面に痛風対策を説いたらしいが、馬耳東風だったろう。

「昨日ナースの小娘がいただろう?」

「ナース? ああ鹿島ですか?」

「いいことを聞いた。患部を氷で冷やせとか、心臓より高くして鬱血(うっけつ)を防げとか。じっとしてろとも言いやがったが、そりゃ無理だ……」

 だからここにいるわけで。

「ヘイ、オメェのやった仕事を見せやがれ」

「あ、はいぃ」

 とっさに思い出した。カレンがやらかした旧車は黙っていよう。クラッチディスクとクラッチプレッシャープレートをやっつけ交換したので、大丈夫……のはず。けど、この人が乗ったら、すぐに違和感を察知しそうで、後々怖い。

 俺が渡した修理票をペラペラ見て、しかめっ面になるダッド。いや、もともとしかめっ面だけど、その色合いが濃くなった。

「なんでぇ? エレメント交換、タイヤローテション、ブレーキパッド交換だぁ? そんなんばっかじゃねぇか」

「すいません。レベルの高い依頼は達成できないので……確認お願いします」

「しゃらくせぇ」

 アドバイザー欄に次々に押印(おういん)し、どんどん出庫させるダッド。作業が足にくる(・・)からだろう。あーあ、俺知らないぞ? 責任はガレージだからな?

 ガレージ内に溜まっていた車が、消え失せてスッキリした。自分の大切な車を除いて。昨日カレンがぶん回したマッスルカーもあった。あいつ乱暴に扱いすぎて、リアタイヤ1本をパァにしたんだよ。

「シビーをバーストさせた小娘もいただろう?」

「は、はい……す、すいません」

「あ? ありゃ、なかなか度胸がありやがる。最初は、勝手に乗り回しやがってと怒りもしたが、レイナと同じ年で、あそこまでエンジン回して、コーナー攻め込む女はいねぇ」

 ガレージ中にジムカーナみたいな音がずっとしてたからな。ダッドが気づかないわけがない。

「それに、いい目をしてやがった……あいつぁ、嫌いじゃねぇぜ」

 きっと愛娘に輪を掛けた胆力の持ち主だからだろう。ダッドはそんな女性が好きなのな。よかったなカレン、宇宙海兵隊みたいな男に気に入られたぞ。

「ガキ。オメェみたいにナヨナヨしてんのが一番嫌ぇだ」

「すいません」

「ヘッ、謝るだけなら猿でもできらぁ。おい、さっさとあのエンジンクレーンに行きやがれ。クリーニングの途中だったんだ、はやくしろ」

「はい」

「オメェはオメェの仕事やりな。オレがヤメとけつっても聞かなかったんだろ?」

 後ろからだと、彼の顔が見れないが、やってる事は全てお見通しのようだった。そして咎めもしなかった。その理由をわかっているからだろうか? 気まずくなって話題を変えた。

「ミーガンさん、どうしてます?」

「ああ? 知らねえな。部屋にいるかもわからねぇ」

「……」

(ふさ)ぎ込むのも構わねぇが、限度がある。いい加減仕事に戻ってもらわねぇと。けど、年頃の娘にどうすればいいのかわかんねぇ。いつもなら減らず口叩いてりゃよかったけど、あんなになっちまったらな。オレはマリーンと機械いじりしかしてねぇんで……」

 柄にもなく弱気だった。

「ガキ、ちょっとこっちに来い……オメェはレイナのお気に入りらしいな? そうなんだろ?」

 最初の自己紹介の時、メグは言った。まあ、出まかせのホラだが。

「あいつぁよ、もう一人前のメカニックだ。必要な手ほどきは、ほとんど身につけちまってる。だから、今回のことも克服できるだろう……だがよ、今はちっとばっかり自信を失ってやがる」

「……」

「オメェがレイナを支えてやれ。本来なら、ワイフがやるべきだろうが、あいつぁ弁護士と折衝(せっしょう)で頭抱えてやがる。きっと奴もオメェに期待している」

「ええ、やってみます」

「なんでぇ? その平然としたツラはよぉ? 頼りになるのかならねぇのか、わかんねぇ野郎だ……」

 とりあえず、ダッドから依頼を持ちかけられた。ヒロインの救済は、俺のエピソードミッションだから、当然拒否する理由はない。そうしないと先に進めないからな。もう3回目なんで、時期も要領もわかってきた。

 しかし、その依頼主が保護者となると、責任を感じるな。カレンの時は、発見するのが目的で、説得までは期待されていなかったから。

「ただし――」

「え?」

「レイナに手ェ出すなよ?」

 そうするつもりは露ほどもないが、ネイルガンで釘を刺された気分だった……。


「やっぱ来たね」

 正面の海を見据えたまま、メグは切り出した。

「俺は主人公らしいのよ。だからお前のいる場所はわかるんだ。んなことはどうでもいい、そろそろ心配でね」

 そう、今回もマップを開いてヒロインの場所を探し当てたのだ。どんな理屈か知らんが、役に立つ機能だよな。

「サンクス。もうダイジョーブ」

 そういうものの、端正な横顔を見るに、とても大丈夫とは思えない。

「あんね、マムと一緒に相手ん事務所まで行ったと。訴訟は取り下げになった。示談になったけん、もう心配せんでよか」

「え? そりゃよかったじゃん」

「話聞いとるやろーけど、あん紫やっぱ任意保険掛けとらんやった。事故被害者に医療費が払えん。やけん、ウチが直接見舞金を出す条件で和解ばする」

「……それで納得してんの?」

「しとるわけなかろーもん。どげん考えても腹たつ。ばってんくさ、泣き寝入りする人ば思うと、無下にできん。あんバカップルの無い袖ば振らせるこつできんし、下手したら行方くらますやろ。金ん無かモンは、よう変なこつすっけんね」

「支払い能力なくても、工面する(すべ)はあるだろ?」

「うん。やけんあんカップルも、月々に少額賠償する。でもくさ、よー考えたら、ダッドがニュートラルにしたつに、我ば張って鬼キャンに戻したつがいかんやった。やけんウチの責任たい。そう考えるなら、自分の貯金が治療費に当てられるのも納得できるー。ガレージも大ごとにならんし、それに越したことはなか」

「え……自腹切ったの⁉︎」

「うん」

 マムの説得もガレージのお金も突っぱねたのだろう。本来なら保護者の責任になるのだろうが、ダッドはメグを一人前として扱っていた。直接そう言ったわけではなさそうだが、もう彼女も内心理解していたのだろう。

 彼女の自己決定に、俺は当然口出しできない。だけど、メグが割を食って万事解決したようで、モヤモヤが晴れなかった。

「あーあ! せっかくコツコツ貯めとったんが、パァんなったー」

 それを吹っ飛ばすように、快活な声を出す。そして、やっとこっちを向いた。無理やり作る笑顔が痛々しい。

「シン覚えとー? ウチにくさ、あん小っちゃかジープん似合っとーて言うてくれたやん? バリ嬉しかった。ほんなこつ。ウチも好いとったし、シンに言われたけんくさ、近いうちに状態ん良かつば買うて、シンといじくり回して、一緒に山にでんBBQばしに行ったら、そら楽しかろーて考えとった」

 過ぎ去った時間はもちろん、未来のそれまで潰されたようで、今まで平静を装っていた彼女の声に、(うる)みが滲み始めていた。

「アメリカん輸入パーツんサイトばずーっと見とって、あれは買える、これは自作とか計画上げて、カラーリング変えて、キャレンたちはトレーラーに詰め込んで……次はどこ行こか、そげんかこつば考えて、ワクワクしとったとばってん……ばってん……」

 彼女は俺を見ているようで、そうではなかった。将来の楽しみが思い浮かんでは消え、思い浮かんでは消えているのだ。そして、ついに涙腺が決壊した……。

「全部オシャカやん! バリ腹立つ! あんカップルじゃなか、ウチにグラグラすっと! なしてあん時ダッドの言うこつば聞かんやったっちゃろ? バカやん!」

「そんな責めるなよ……失敗がない人はいないだろ?」

「そーやけど、やってよかミスといかんミスがあるやろ⁉︎」

 俺はさ、あくまで第三者なんで実感がわかない。けど、メグは弁護士から、事故被害者の状態なんかを聞いたんだろう。あんな怪我人が出たなら、確かに“やってはいけないミス”だった。

 浜辺沿いの散歩道を行き交う人の視線が、徐々に気になっていた。メグが抑えきれず声を上げているので、物見根性で立ち止まっている人もいる。撮影でもされたら、たまったもんじゃない。

「とりあえずさ、一緒にガレージ帰ろう?」

「No way! ダッドに合わせる顔んなか!」

「心配してたぞ? 『どうすればいいのかわかんねぇ』って弱音吐いてたし」

「あん堅物が、シンにそげんかこついうわけなかやろ? ダッドもあれから全然声かけてくれん。馬鹿な女だ、もう辞めちまえとでも思っとーやろ?」

「そんなわけn――」

「もうやめーシン! そげん嘘ばつくと、余計辛か! シンもほんとは呆れとるくせにぃ!」

「ちょっと待――」

「もうウチ、エンジ辞めっけん! お金とそれでケジメばつける」

「えええ⁉︎ またそれ(・・・・)?」

 メグ、砂浜からすっと立ち上がった。これはヒロイン退出の兆しだ! 何とか連れ帰らないと。

 俺はとっさに手を伸ばすが、ひらりと(かわ)され、そのまま走り出す。俺も足を踏み出すが――

「STOP! ウチ、シンの来るのば見越して、こん砂浜に地雷ば埋めとー」

「えッ⁉︎」

「Bye」

 去っていくメグを、追跡できなかった。

 地雷を踏めば、フラグ確定だからな。解除にはエンジニアが必要だが、当然メグは助けてくれまい。大きく迂回するか? そうしたら、もう追いつけまい。メグに伸ばした手をだらんと下ろす。彼女の姿は小さくなり消えた。

「ミッション失敗」

「……そうっすね」

 遅かれ早かれ、小早川氏が登場してくるなと予想していたが、果たしてそうだった。どんな責め句が連なるかと覚悟していたが――

「ごめん」

 と、それだけだった。ポーカーフェイスなのは変わりなく、謝意がこもっているのかいないのかわからないが。

「は? 何を?」

「自分も出たかった。できなかった」

「いーよ。俺のミッションなんだし」

「自分はこんなの苦手。ずっと避けてた。ごめん」

「俺だって苦手だ。気にすんなって。それよりさ、双眼鏡かしてくんね? 持ってんだろ?」

 少し首を傾げたものの、無言で渡してくれた。

 それを覗き込み、あたりを見回す。こうやって設置された地雷を検知するのだ。コンバットソフトボールの時のように、Mの印字された小旗が立つはず。

「……げっ、一杯食わされた」

 そらそうだ。カレンじゃあるまいし、メグが公共の場で危険物を敷設するかよ。

「ありがとよ。何もねぇわ」

「……それ、あげる」

「え? いらんぞ」

「自分、たくさんあるから」

 マジか。スナイパーというクラス柄、いろいろ持っているのだろう。

「それに失われたアイテムでしょう? とにかく、もらって」

 そうですか、じゃありがたく頂こう。


!失われたアイテムを回収した!【双眼鏡】


「じゃ、これで……」

「あ、おい」

 ふんわりと毛先がカールした髪をなびかせて去ろうとしたのを、思わず呼び止めてしまった。ほとんど表情は変わらないが、キョトンとしているようにも見える。

「途中まで一緒帰らね?」

「……ええ」

 対岸のビル群は電灯を灯した黒い影になり、その背景には美しいマジックアワーができていた。だが、俺はそんな風景に見惚れる気分ではなかった。当然、小早川氏と喋る気も起こらなかった。彼女も話しかけるそぶりすら見せない。ただ隣に歩いているだけ。1人で帰っても良かった? いや、誰かそばにいて欲しかった。そうしないと深刻に考えてしまうから。しかし彼女の無言の温かみも駅の改札口までで――

「自分、あっちだから」

「ああ」

 目も合わせずにスタスタと別れた。結局何1つ言葉を交わさなかったが、多少救われた気がした。

 結局、ダッドからの依頼は失敗となってしまった。ただゲームだと、失敗しても再挑戦が可能だ。なので――

「明日もう一度請負に行くか……」

 そう決めて、帰路に着いた。 


 ゲーミングチェアを平らにして、蛍光灯に手の甲をかざしていた。

『ウチん手ば見てんね。傷だらけやろ? ばってんダッドは好いとーって言ってくれると』

 いつだったかな? 確か……メグん家のゲストルームで、猛勉強をしていた時だ。何かの拍子で、彼女は自分の手を見せてくれた。

『グローブとスキンケアば毎日しとるとばってん、水と油に触れん日はなかけんね。ぱっくり割れると痛かし、絆創膏つけっと動きにっかし。特に冬が好かん』

 メグは俺の手を取って、自分のとまじまじと見比べていた。決して酷いわけではないが、仕事上手荒れは避けられない。努力の代償というわけだ。メグは少し寂しげに笑いかけた。

『シンの方が綺麗かー。「気にすんじゃねぇ」て励ましてくれるとばってん、ウチも女子やしね』

 俺を見ながらはにかんだ。俺の手は取ったままだ。あの時勢いで言ってしまったが、今更赤面してしまう。

「俺もお前の手が好きだ」

『ありがと。シンもそげん言ってくれて嬉しかー』

 きれいに矯正した白い歯がちらりと見える、あの微笑みが忘れられない。俺さ、いっつも“笑顔”とか“笑う”とかの乏しい語彙でしか表現できないが、メグのことを思い出すと、必ず多種多様の笑顔が伴ってくる。元々欧米の気質があるのかもしれないけど、感情を隠さず素直に表に出すメグが羨ましいし、俺はそんな彼女が好きだ。

 唐揚げパンウォーフェアで初めて会った時は、既にフレンドのように懇意(こんい)に笑いかけた。

 コンバットソフトで兵員輸送車を運転した時は、背筋が凍るニヤつき方だった。

 ステルスミッション(笑)の時は、自信ありげに笑ってたな。

 俺がガレージで転んだ時は、ボリュームマックスで大笑いした。

 メンテで俺がミスを指摘した時は、慌てふためきながら笑っていた。 

『Bye』

 さっきこう言われた時でさえ、口元は笑っていた。目尻に“スコール”の跡筋が残ってはいたが、すぐに突発的な雨模様は消えた。実にメグらしかった。

「さて……勉強に戻るか」

 チェアのリクライニングを上げ、メカニックの教本に再度向き合う。内容が頭に入っているかと問われると、ちょっと怪しいが、ほとんど読破した。ただし、ミントの香りは既に朽ち果て、既に俺の家の物として馴染んでいる。メグの落書きと“Roadmaster123”というハンドルネームだけが、彼女の所有物として主張していた。

次がラストになります。ほとんど書いているので、そんなに時間はかからないでしょう。お待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ