【e3m20】Exhausted
誰も待っていないと思いますが、お待たせしました。
夕日に向かって、カラスが帰っていく。アホーアホーとバカにしてら。いやアホだな……。俺はジャンクヤードの地べたに座り込んで、空を仰いでいた。
「疲れた……マジで……」
ツナギの中は汗だく、顔と髪には砂塵がこびりついている。今ほど風呂に入りたいと渇望したことはない。元廃人ゲーマーがゆえ、数日入らなくったって気にしないのに。
「リアエキゾーストパイプ……」
1人ぼやいた。修理に取り掛かるまで、あの紫が海外仕様の逆輸入車なんて考えもしなかった。左ハンドルなので、変だなとは思っていたが。国産仕様の純正品を買ったのだが、“不適切なパーツです”と拒否されたので、色々調べてやっとわかったのだ。
『アホかオメェは?』
ダッドに相談すると、こんな貴重なご意見を頂いた。けど、これは意地でもやらないといけない修理なので、俺は飛び出してきた。しかし……ダッドの言う通りアホだった。
マップを開いて、地域に点在する幾つもの廃納屋を訪れた。金を払って入っても、紫と同じ海外仕様の廃車は出てこない。悪質なガチャだった……。そこで大枚叩いて、ここジャンクヤードに来てみると、膨大な車のスクラップに圧倒された。こんな形も定かではない金属の塊から、目的の部品が探しだせるかと閉口した。それでも気合を入れて片っぱしからチェックしたが、無駄に時間を食った挙句、今に至る。
「リアエキゾーストパイプだけなんだよなぁ……」
今一度呟く。目前には、ひしゃげた車がバランス悪く積み重なっている。正直あんな所は探せない。
もうね、スタミナも意欲も底を突き、チェックする気も起きない。せっかくのバイト代を散財したのが馬鹿らしい。ひとえにメグのため、と向こう見ずに手をつけたが、無駄足だった。
「メグ……やっぱダメかもしれん」
閉じこもっているであろう、彼女に向かってささやく。こんな情けねぇ俺を見て、なんと返答するだろう?
「なん言いよると? そげん弱音ば吐くシンは好きじゃなか」
「…………これほど似てないと、どうリアクションすればいいんですかねぇ?」
相変わらず猫みたいに忍び寄るヒロインだ。もうね、どこにいても俺の後ろに隠れていそう。
「大宮が探してる車は――」
「え⁉︎ ちょ、ちょっとタンマ! お前さ、どうして俺のミッション目標を知ってる⁉︎ おかしくね? 何も話してないのに……読心術でもやったのか⁉︎」
話を中断された小早川氏は、快く思わなかった。眉間にしわを寄せ、ジト目で凝視してくる。
「そんなの2つの因子から容易に推論可。で、目的の――」
「待て待て、その2つの因子とやらを話せ」
「………………」
無言。話すのは面倒くさい、もう察せと言わんばかりだ。
「休憩の時、ずっとあの紫の車を見てた。そしてメグと言った」
驚いた……。いつもボーッとしているが、頭の中は違うのだろう。
「何、その顔。ともかく共有したい情報がある。さっきここのオーナーに調べてもらった。貴方の目的と同じ車が1台ある」
俺は片手を上げて、これ見よとばかり一帯のヤードを示す。
「とは言うものの、これだけのスクラップだぜ? 3号炊きから、特定の米粒を探すようなもんだ。虱潰しに――」
「仕事率低すぎ」
「じゃあどうしろと?」
「ヤードの拡張工事の時期に、その車は持ち込まれている。当時の空きスペースはいくつかあって、そこを絞って探せばいい」
「拡張工事っつったって、景観が同じでよくわからん。迷路みたいな部分もあったし」
氏はポケットからコンパスを取り出し、差し出した。インタラクトして受け取る。
!失われたアイテムを回収した!【コンパス】
「くれんの?」
「マップの北西に行く。該当車種の持ち出し記録はないから、必ずあるはず」
相変わらず問答がずれているが、とりあえず、ミッションの助言者的立場のコイツが言うなら、そうするしかあるまい。気だるく立ち上がって、尻の砂を払う。
「わかった。じゃ後は俺がやっとくから、お前はもう帰れ」
「いいえ。自分も協力する」
どういう風の吹き回しだ? 以前はさ、ドライに静観しろと、トラブルから距離を置こうとしていたのに。
「貴方、言ったじゃない。『俺は他人じゃない。メグの友だちだ』。自分も他人じゃない。ミーガンの友だち。ミーガンは、一番自分に声かけてくれる」
あれは出まかせの言葉だったが、なぜか氏に通じていたようだ。彼女の口調は平坦だが、友だち想いの気持ちを感じた。俺とは違う組だから、メグと氏がどんな関係か知らない。けど、お互いパートナーなので、仲は良いはずだ。
「自分はうまく言えない。けど気持ちは大宮と同じ。メグを元気にしたい」
いつものぼんやりとしていた表情ではなかった……いや、そんな風に見えただけかもしれない。
「貴方はミーガン好き? 自分は大好き」
「そっか。わかった。いや、むしろ俺からお願いするよ。協力してくれ」
「了解。次のスプリクトあるから」
タッタッタと走り去っていった。よくわからんやつだ……。
いつの間にか、俺のモラルは最大値まで回復していた。歩き回って、足が痛いのは相変わらずだが、そんなこと言ってられん。小早川氏という強力なバックアップを得たからな。彼女がああ言って、肝心の俺がヘタっていたならザマねぇよ。
『そげん弱音ば吐くシンは好きじゃなか』
これは、メグの言葉を借りた、氏の気持ちなのかもしれない。
その後、コンパスを見ながら、迷路のような通路を歩いていく。左右にはスクラップにされた車がそびえ立つ。夜になるとさ、ジャンクメタルがスポーンしそう。まさかモンスターは出ないと思うが、アレどうやって倒すんだっけ?
余計な思索をしていると、小早川氏がほのめかした地区に来た。ここは開けた場所になっていて、雑然とスクラップが散らばってある。
「んー……」
片っ端からスクラップ車に近づいて、インタラクトできるか否かを確認する。どれも単なるマップのオブジェだったが……向こうに、“不自然にキラつく”車があった!
「あれか? あ、ヘッドライトが同じだ。中を見るまで海外仕様かわからんけど、まあエピソードの進行度合い的にこれなんだろうな。けどさ……」
俺は仰いだ。目標車両の上に、スクラップが多数積み重なっている。リアエキゾーストパイプを、都合よく引き抜くわけにはいかなそう。となると、ミッション目標は、“スクラップを取り除く手段を見つける”になるわけだが、手持ちの小道具じゃ到底役に立たない。メグならダイナマイトで吹き飛ばすだろうが、俺はそんな危険物を持っていないし、そもそも目標パーツまでオシャカにしそう。
「参ったな……。零点エネルギーガンでもなきゃ無理だぞ?」
考えあぐねていると、近くでディーゼルエンジンが唸りをあげた。地面が振動し、キャタピラ音が徐々に大きくなる。
「⁉︎」
全身を大きな影が覆った。黄色で細長いアームが、俺の真上を、ぎこちなく横切った。その先端にはシャベルではなく、円盤が装備されている。呆気にとられていると、それが廃車のルーフに当てられ、そのまま吸着して持ち上げた。積み重なった車は次々に取り除かれ、目標の海外仕様車も持ち上げられた。すると、リアエキゾーズトパイプがぽろっと外れて、地面に落ちる。
「すげぇ何もせずに目標達成だ……」
今までの苦労はなんだったんだってくらい、簡単にミッション目標をクリアしてしまった。リフティングマグネット付きシャベルカーに乗っていたのは、当然小早川氏。もう感謝しかねぇ。最初から連れてくるべきだった。彼女に向かって“いいね!”エモートする。重機のキャブは高い所にあるので、その姿はわからない。
早速回収しようとすると――
「またいたらんことやっとるなぁ?」
蔑まれた声とともに、乱暴に腕を掴み上げられた!
「うげえぇ⁉︎」
振り返ると、進路指導主事だった! ジャンクメタルじゃなくて教師がスポーンしやがった!
「なんでこんなとこに⁉︎ イテテ、ちょっと離して下さいっ!」
「お前、念書を忘れたかぁ?」
「意味がわかりませんっ!」
「とぼけるな!」
捕らえた獲物を逃さすまじと、ぐいっと力任せに引き寄せられた。
「俺ジャンクヤードにいるだけじゃなっすか⁉︎」
「お前また就労しているだろう!」
「してません!」
「そのロゴはなんだぁ⁉︎」
「……」
ツナギの胸には“Mayer’s”という刺繍があった……。
「これ記念品っす……。あのですね、これにはのっぴきならん状きょ――」
「何がのっぴきならんだ馬鹿者! お前とあの外人のせいで、県教委から問い合わせが来ている! 職員室は対応にてんやわんやだ。以前もお前らは校内秩序をかk――」
すぐそばにいるというのに、不快で横柄な声がビシビシ鼓膜を刺激する。
「ええ、そうっすよ、就労っすよ(半ギレ)! けど、こうなったのもメグが追い込まれたからでしょ? 学校はあいつを慰めるどころか、自宅謹慎にしましたね? 県が怖くて、さっさとトカゲの尻尾切りっすか? こういう時は即決するんですね?」
「馬鹿め! 処分は生徒指導部会、学校安全委員会、校長決済、職員会議の合議を経ている。担任も毎日訪問しておる」
「右から左に話を回して、家庭訪問するだけの簡単なお仕事じゃないですか」
煽った俺も悪かった。逆上した進路指導主事は、遂に平手打ちを食らわせてきた! 視野が飛んでノックバックする!
「痛って! 体罰www」
「体罰ではない! 暴れる生徒を取り押さえる措置である!」
「暴れてねぇしwww」
いい加減ウザいので、無理やり手を振りほどこうとするが、もみ合いになってしまった。会話にならない罵言雑言が飛び交う。
「だいたいなぁ、お前が気に食わん! 念書の数日後にこれだ! 鳥頭か⁉︎ それとも、金髪の馬鹿女にたぶr――」
対教師暴言と対教師暴力を頭に据えて、絶対に取り乱さないと決めていたが、メグを“金髪の馬鹿女”とこき下ろされた瞬間、レイジメーターはとっぺんを突き破って……えーと、その〜なんだ? “ポカリ”とおててが出てしまった……。
『げげっ……やっちまった――!』
と自分の拳を見るも、リワインドスキルは持たないので、もう取り返しはつかない。あとは怒りに任せるしか……とは言うものの、既にレイジメーターは空っぽ。と、とりあえず、気の利いた台詞言わなきゃ。
「今のは撤回してください……指導者としてあるまじき言葉です。俺は、俺は、メイヤーズが行き詰まっているから、働きました。念書は覚えてます。覚えてますけど、しょうがなかったんです。このまま他人事のように傍観しているのがいいのかって……。俺、メグと友だちだし、その家族にも大きな恩があります。だから懲戒は覚悟のう――」
こんなんでいいのか? ダメだろうなぁ。これだから俺は主人公とやらには向いていないのだ。ぶん殴――あ、いや、小突かれた生徒指導主事は、いまだうつ伏せにバッタリと倒れていた。もしかして、俺フラグしちゃった? いや、そこまで力んでないし、そもそもログ出てないし、大丈夫だろ……?
「あのー先生? 大丈夫ですかぁ?」
彼に駆け寄ろうとすると――
「フンッ!(残響音)」
怪しい殺意のオーラを纏って、彼は飛び起きた。仁王立ちしているその目は、ギラギラと朱に輝いて、俺を睨めつけている!
「懲戒に関する内規6番、対教師暴力……確認ッ‼︎(残響音)」
「エッッッ⁉︎」
ちょ、ちょ、ちょっと! 進路指導主事が、“真・進路指導主事”に進化したんですけど! 彼はインベントリから“棒状の武器”を取り出すと、もう中国棒術の達人のようにグルグルと回転させた。
「防 犯 さ す ま たwwwww」
とりあえず、今後不審者が来ても、校内安全は確保されるだろう。
「大宮……あくまで教師に立てつくつもりか? ならば良い。あのパーツを取りたければ、俺を倒せ(残響音)」
もうね、beat’em upゲームになってる……。このストーリーはシリアスが嫌いで、容易にギャグに奔るとはいえ、これはあんまりだろ⁉︎
で? 戦うんか? 当然俺は格闘技の経験は皆無で、体格がいいわけでもない。このまま殴り合ったら、進行詰むぞ? やけにパーツが簡単に見つかるなと怪しんでいたが、ここが難所でしたか……。
しかし、あっけない幕切れだった。真・進路指導主事に影が差すと、彼は宙に浮き、そのままシャベルのリフティングマグネットに吸着してしまったのだ!
「何ィ⁉︎(残響音)」
さすまたと腕時計がガッチリ吸着している。足をジタバタしながら、そのまま高く持ち上げられた。落ちたら、落下フラグ確定だなアリャ。またしても小早川氏に助けられてしまった。
家に帰った時、とっくに22時を過ぎていた。
「はぁ疲れた」
どっかりとソファに座り込む。
「すっからかんになってしまった……」
けど後悔はしていない。むしろ、こうするためにお金は使うべきだった。ガレージに帰ってからも作業を続けたが、ついぞ終了しなかった。掛け時計がカチコチ鳴るしじまの中、俺は今日のイベントをぼんやりと思い出していた。
カレンはダッドの車のタイヤをバーストさせ、先輩はオーバークックでキッチンに火柱を起こし、鹿島はダッドがうんざりするほど痛風を説明したし、辻さんは彼の口に大量の海藻をねじ込んだ。小早川氏に至っては、メグの部屋の前で座り込んでいた。
「人騒がせだった。ま、かく言う俺も、ろくな仕事できなかったけどな……」
けど――
『みんなが来てくれて、本当によかった』
マムは、別れ際にそう言った。ここ数日漂っていたクサクサした雰囲気を、吹き飛ばしたのが、取り立て嬉しかったらしい。海外にいる娘たちが、やってきたような活気を思わせた。今日のイベントは人騒がせに他ならなかった。けど、確かに人助けでもあった。
状況はあまり変わっていないのもの、一歩だけ前進した。ヒロイン連中には感謝しないといけないな。後は……俺の仕事だろう。そう、メグの元気を取り戻す大役がある。
いよいよラスト近辺になります。筋書きは書いているので、そこまで時間はかからないとは思いますが……。