【e3m19】人騒がせ
ヒロインがたくさん出てくると書くのが楽しいです。
次の日、また俺はガレージにいた。メグを見舞うためじゃない。整備士としてだ。早朝にマムから一報あって、
『ハズバンド(ダッド)の痛風が発症した。しかも両足同時に。レイナは相変わらず籠もっていて、仕事にならない』
と緊急支援を請われたのだ。
当然俺は、未成年、無資格、未熟さ、お白州の件を1つ1つ述べて、丁重に断ろうとした。しかし、ガレージが繁忙期になって、四の五の言ってられないらしい。マムは、“俺に作業をしてもらうが、後日ダッドの最終チェックが入るまで出庫させない。当然責任はガレージが持つ”という条件を出した。
「そういうことなら……」
彼女の切な願いに、とうとう根負けした。ロッカーのツナギに手を通す。久しぶりだ、このオイルの香り。
理性的に考えると、やっぱ断るべきだったと今更頭をよぎる。ガレージはもとより、俺自身もろくなことにならないからな。
「……」
暗く、沈黙したガレージの大窓から、朝日の光芒が差し込んでくる。その中で、埃が舞っていた。静寂で神秘的な雰囲気だ。
『ウチ暗つは好かん』
メグは言った。あいつは明るくて騒がしいのが好きだからな。
スイッチを入れ、蛍光灯に電流を流す。むき出しのコンクリートやタイルが露わになる。メグのツナギがあった。けど、今は着る本人がおらず、壁の服掛けにダランと垂れ下がっている。
「あいつ、どうしてるかな?」
ダッドに怒りの矛先を向け、面を紅潮させ駆け出していったあの姿……。今彼女が何を思っているのか、全くわからない。
「けど、メグのためなら」
作業用グローブに指を通す。どうせ何もできないと尻込みしていたが、あいつのために作業すると思えば、少しは前向きの気分になれた。自分の部屋で悶々とするより、よっぽどマシだろう。問題が起これば、俺も土下座でもなんでもしてやろう。
『大宮君ができそうな依頼だけ、お願いね』
マムはそう残して、弁護士事務所に出張した。彼女は今日も事故代理人と折衝だ。ガレージの命運を分けると言っても過言ではないだろう。きっと彼女もしんどいに違いない。そんな中でも、日々の仕事は待ってくれないからな。だから俺も微力ながらがんばろう。
ガレージ内オフィスに入り、パソコンを起動。
「あ、早速来てる……」
『妻のクーペの調子が悪いらしい。どこが悪いかはわからない。総点k――』
拒否。
『ついにこの時が来た! イギリスから往年の名車キットが届――』
拒否。
『我々はプロのレーシン――』
拒否ッ!
はぁ……と長大息を1つ。今までの経験値とメグから借りた本で、多少はメカニックレベルは上がってると思ったが、とても俺が対応できるものはない。やっぱ現実は厳しいなぁ……。
「ん?」
『原付で校庭を爆走してから、センセーの手配レベルが下がりません。ボディの色を変えてください』
誰ですかねぇ、こんな注文するバカは……? まあいい、これは受けよう。ここに塗装ブースはないが、Gすればいい。
!実績解除!【スポイラー】
:条件:25の仕事依頼を断る。
その後は、ご覧の有様だ。
やれW12エンジンを組み立てろ、やれエンナのサスペンションセッティングをやってくれなど、無理難題の御用ばっかりだった……。オフィスチェアに座って、ゾンビのような顔で画面を見つめる。やっぱ引き受けるべきじゃなかった。もう自己嫌悪に陥って、依頼内容をよく見ない内に拒否していた。こんなんじゃ店の評判落ちるわ……。
そういう時に限って、嫌な考えが過ぎる。もし、“ガレージ評判度”というパラメーターがあったら、俺は相当引き下げたことにならないか? 通常職業シムは、小さな仕事から利益と評判を上げていく。俺はその逆をやっているかもしれない。
かと言って、下手に高難易度メンテを受注して失敗すると、ダッドのレイジメーターを熱くしてしまう。俺ができそうな依頼だけ、とマムは言ったが、ここまで無能とは思っていなかったろう。もうさ、今から電話して、家に帰らせてもらおう……。引き受けた依頼が1件と、大変不名誉だが、マジで手に負えない。
「せめて、あのバカの依頼があったのが救いか……」
「カレン?」
「うわぁい! だぁかぁらぁ! 急に後ろから声かけんなっ!」
この、間近で聞こえる位の音声。気配を消して立っていたのは、他ならぬ小早川氏だった。なんでこいつが……? ああ、メグのパートナーヒロインだから登場して当然か。
「問題?」
「あ? ああ。メンテ依頼のレベル高すぎて、お手上げなんだよ」
「ふーん」
「なぁ、なんかいい案あるか? ってスナイパーに聞いてもな……」
「かして」
俺とパソコンの間に、ずいっと入ってくる氏。よく見ると、今日もおしゃれに装っているな。こんな油っぽいガレージには場違いに思える。彼女は、依頼ページを閉じ、メニュー画面へ戻った。そこで、“ジョック・メイヤー”をログアウト、新しく“シンイチ・オオミヤ”を作った。
「これでいいんじゃない?」
何が何だかわからない。彼女はパソコンから離れた。俺が画面を見ると――
『メイヤーズへようこそ:このチュートリアルでは、自動車整備士としての基礎を学びます。そして、最初のいくつかの仕事を選り分けます』
「何これ?」
「それはスキップしていい」
言われるがまま、依頼画面を開くと、
『私の車のフィルター類を全て交換してください(リスト提供)』
「あれ? えらい簡単な……俺でもできそうな仕事になってる。なんで……?」
「今までは社長のプロファイルで進めてたから、レベルが高いのは当然。新たに、貴方のを作れば解決じゃない」
「天才か……?」
いかにもゲーム的解法だが、目から鱗が落ちたよ。レベルの低い依頼なので、収益は減ってしまうだろうが、そこは目を瞑っていただきたい。
オフィスを出て、なけなしの気合いを入れる。小早川氏もついてきた。
「うしっ! やるか!」
「そうそう、忘れていた」
「?」
彼女は、ガレージ入口の方を向いて言った。
「もう出て来てい――」
「おーみやくうううん─ =͟͟͞͞つ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥)つ」(グシャッ!)
Shinichi was smashed by Mai’s leap.
「垂乳女どのッ!!! 巫山戯は止め給えッ!!!」
「残念、すぐこれだよ……」
「ここがメグん家なん? スゲェ、工場じゃん」
「こやつめッ! 止めいと申すに!」(パコーン!)
「Σ(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐ キャン!」
横から急に何かがのしかかってきて、顔から床にぶっ倒れた。鹿島に蘇生してもらってから、まい先輩の長距離ジャンプ攻撃だとわかった。
「宮どの。今一度申すが、女性の狼藉など、造作にないはず! いかでか――」
「何度も言うがな……先輩に攻撃されると、3人称視点に切り替わって、自力脱出は不可能なんだ。後はラブラブ乱打攻撃を受けるがままになって、他のヒロインの援護を待つしかねぇ……俺の言ってる事わかるか?」
「ひがごとを。胸乳を堪能してるのあろ?」
「んな余裕ねぇって……」
「๐·°(৹˃ᗝ˂৹)°·๐ わ〜ん、のんたんにぶたれたぁ!」
と“殴る”を受けよろめいていた先輩が、パッと後ろから抱きついてくる。
「大宮くん仕事ですから、遠慮しませんか?」
「٩(๑`^´๑)۶ イヤッ!」
「オメーいい加減にしろ。シンイチもいい迷惑してんじゃん」
カレンもいるのか……。って、メグ以外全員がいるの⁉︎
「何アンタその顔?」
「いや……なんでいるの?」
エピソード後半になると、該当ヒロイン救済のため、そのパートナーヒロインしか登場しないんじゃ? 他のヒロインは鳴りを潜めるのだが、大挙して出てきやがった。
「あのね。私たち、大宮くんのお手伝いができないかなって相談したんだ」
「本当は、エピソード完了ヒロインの出番が欲しかっただけ」
「残念、あけすけに言わないで……ねぇ?」
「アタシは別にぃ。エピソード1もさ、問題起こって超メンドーだったし。たまに出るぐらいでいーよ」
カレン、お前は曲がりなりにもタイトル背負ったメインヒロインだろ……?
「( ✧Д✧) たまに出るぐらいでいい……?」
「むっ、この顔よ。櫻どの、桃色御前めの肚黒が、顕證にこそありけれ」
「d(•̀ω•́‧̣̥̇) のんたんシー」
このかまびすしさよ……。本来ならさ、今頃いつものおちゃらけを封印して、真面目になるはずだが、いつものおちゃらけのまんまだ。そんなカオスに陥るのを見かねて、我がeスポーツ同好会の常識人が、手を叩いた。
「はいはい、みんな手伝いをしにきたのを忘れないでね?」
「手伝うって、一体何を……? お前らエンジニアじゃないだろ?」
「えっと……今から考えていい……?」
ポリポリ頰を掻いて、バツの悪そうな笑顔を見せる鹿島。こりゃマジで出番が欲しかっただけだな。
その後、鹿島はガレージ内のファーストエイドキット及び清掃道具の点検補充、辻さんはメイヤー家に上がり込んで、勝手に家事をやっている。カレンと先輩はガレージ内の掃除だ。けどなんで先輩は、白レンズ付き一眼レフを俺に向けているんだろう?
「(๑ゝω╹๑)凸 おーみやくん、わらってー」
「勘弁してください……。なにが楽しくて、こんな所撮ってんですか? あ、ブラウス汚れていますよ? ジャンプ攻撃なんかするから……」
「Σ(๑・o・๑) あ、本とうだ。いいよ、あらうから。それよりわらってー」
こんな薄汚れた俺じゃなくて、自分撮るべきじゃない? 私服の先輩を初めて見たが、一層お嬢様感が醸し出されているな。小早川氏と違って、アクセサリーなんかはしていないようだが、十分清楚でおしとやかだな。中身は違うけど。
パァン!
「うわあああぁ⁉︎ おいバカ! お前何やってんの⁉︎」
「えぇ? 向こうの棚に缶が並んでたから――」
「射撃練習ってなるか!」
「別に爆発するわけ――」
「横、横ぉ!」
真っ赤なドラム缶が鎮座していた。マジで恐ろしい……。これに当たっていたら、あっちのガス缶に次々に誘爆してガレージごと吹き飛ぶ。つまり、全員フラグだろ⁉︎
「なによぅ、いちいちイチャモンつけてさ。せっかく人助けしt――」
「お前のは、人助けじゃなくて人騒がせだ!」
いくら掃除がつまらんと言えど、本当に後先を考えない奴だ! 俺の家の爆破ならまだいい……いやよくねー!
「そんなイライラしない」
従容として、小早川氏が話しかけてきた。
「ガソリン缶は撃っても簡単に爆破しない。そもそも燃焼には必須な物は3つ。酸素・火花・燃料。撃った時に、火花起こった。燃料もあった」
「酸素もあるだろ?」
「ガソリンが最も燃えやすい比率は、空気15に対しガソリン1。つまりタンクがほぼ空の時。液体のガソリンには、引火しない。気化したものに反応する。つまり、燃焼に不適切なら穴か開くだけ」
「けどなぁ、ゲーム的なお約束があるんだよ。カレンが撃てば、満タンだろうが、空っぽだろうが、赤い物体はすべからく爆発する法則がある」
「その理屈だと、ケチャップすら爆破しそう。青2号でも入れるべきね」
「am͜a͉zonessのお急ぎ便で買うわ」
小早川氏の講義を拝聴していると、突如車のエンジンがかかり、すぐさまギギギギギィイと嫌な音がした。そしてエンジン音は消え失せた。
「カレェェェン!!!」
次のオモチャは、手元の車だった! 最悪、よりによってダッドのお気に入りじゃねーか! あの馬鹿、クラッチ切らずに、ギア痛めやがった……。
「シンイチィ? マニュアルなんコレェ?」
窓からひょっこり顔を出す。俺は思わず顔を覆った。ダメージ受けてたらどうする? 俺に修理できるか? てかこんな旧車のパーツ売ってあるか? 整備作業はゲームだから、あるだろうな? ともかく、ダッドの旧車に駆け寄って、カレンを強制降車させる。
「クッソ、余計な仕事増やしやがって。今すぐ修理しなきゃ……って、空きのリフターないわ。どれか即行で片付けな――」
隣の車のエンジンが唸りだした。
「え⁉︎ あ、ちょ、カレン! おまっ……!」
とっさに身を乗り出して制止させようとしたのが、歴史上最大の馬鹿でした!
Shinichi was road-fragged by Karen.
「大丈夫?」
「ありがとう。あのさ、あの破壊神を連れて来る必要あったか?」
「うーん、そう思ったけど、やっぱり仲間外れはダメだよ」
鹿島は、残念そうな色を示す。あのロードレイジ卿は、既にスキール音を鳴らしてガレージ外に飛び出していた。
「ねぇ。早く仕事始めたらどうなの?」
小早川氏がチクリと刺す。そう。今の今に至るまで、何1つ作業をしていない。けど、それは全てカレンのせいであった。
仕事がひと段落済んだので、ガレージの庭先で休憩していた。
向こうのテストコースでは、ブォンブォン響かせながら、カレンがタイヤを煙に変換させている。パワースライドが楽しくて仕方ないのだろう。スピンしまくって、ラインはめちゃくちゃだが、車をブン回すスキルを習得しつつある。
鹿島は先輩を連れ、辻さんの手伝いにまわった。彼女らは、一旦帰宅したマムとすぐに打ち解けた。そして、辻さんがダッドのために、海藻類、野菜、きのこの昼食を作った。当然肉食の彼は拒否したが、彼女は手厳しく一喝。また、マムの非難にタジタジになり、フォークを取らざる得なかったとか。
「車って、物理・電気・化学の結晶ね……」
俺と並んで、取り除かれた車の後部座席に座っている小早川氏が、そう漏らす。視線は、カレンが運転するマッスルカー。
正直、これほど助けになるとは思わなかった。俺が作業で手詰まりになると、彼女はオフィスに並べられたバインダーから、該当するサービスマニュアルを取り出し、内容を理解して、指示を出してくれたからだ。実験従事者の白衣を纏っているものの、作業は手伝ってくれなかったけど。
「ミーガンは出てこなかった」
「そうか」
話が飛んでわかりにくいが、ヒロイン諸氏はメグの部屋前に集結し、呼びかけた。それでも出てこないので、パンツァーファウストで吹き飛ばそうとしたバカがいたらしい。
『惡櫻 しばし黙せよ 座が白む』
流石に人の家では喧嘩ができないので、辻さんがそう詠んでチクリ、されど深めにぶっ刺した。
「フフッ。辻って面白いのね」
俺は昼食すらガレージで齧っていた。なので、その様子はわからないが、さぞキャアキャアうるさかっただろう。本当に人騒がせな奴らだ。
そしてもう1つ。仕事中、俺はあの紫の事故車が気になって仕方なかった。何度見ても、グシャグシャのリアは痛々しい。間違いなく、あれはジャンクヤード行きだよな。誰が大金かけて修理するもんか……。
「……なあ小早川さんよ」
「?」
「俺、ある程度仕事片付けたら、外出するわ。遅くなるから、みんなと帰って」
「わかった」
こういう、詮索もしなければお節介もしない人柄は、好感が持てる。俺たちの会話はここで途切れたが、V8の咆哮で、なんとなく気まずくならなかった。涼風が、わずかに排気ガスを運んできた。
今回も読んでくれてありがとうございます。