表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大宮伸一は桜カレンにフラグされた。  作者: 海堂ユンイッヒ
71/212

【e3m19】人騒がせ

ヒロインがたくさん出てくると書くのが楽しいです。

 次の日、また俺はガレージにいた。メグを見舞うためじゃない。整備士としてだ。早朝にマムから一報あって、

『ハズバンド(ダッド)の痛風が発症した。しかも両足同時に。レイナは相変わらず籠もっていて、仕事にならない』

 と緊急支援を請われたのだ。

 当然俺は、未成年、無資格、未熟さ、お白州(しらす)の件を1つ1つ述べて、丁重に断ろうとした。しかし、ガレージが繁忙期になって、四の五の言ってられないらしい。マムは、“俺に作業をしてもらうが、後日ダッドの最終チェックが入るまで出庫させない。当然責任はガレージが持つ”という条件を出した。

「そういうことなら……」

 彼女の切な願いに、とうとう根負けした。ロッカーのツナギに手を通す。久しぶりだ、このオイルの香り。

 理性的に考えると、やっぱ断るべきだったと今更頭をよぎる。ガレージはもとより、俺自身もろくなことにならないからな。

「……」

 暗く、沈黙したガレージの大窓から、朝日の光芒(こうぼう)が差し込んでくる。その中で、(ほこり)が舞っていた。静寂で神秘的な雰囲気だ。

『ウチ暗つは好かん』

 メグは言った。あいつは明るくて騒がしいのが好きだからな。

 スイッチを入れ、蛍光灯に電流を流す。むき出しのコンクリートやタイルが露わになる。メグのツナギがあった。けど、今は着る本人がおらず、壁の服掛けにダランと垂れ下がっている。

「あいつ、どうしてるかな?」

 ダッドに怒りの矛先を向け、(おもて)を紅潮させ駆け出していったあの姿……。今彼女が何を思っているのか、全くわからない。

「けど、メグのためなら」

 作業用グローブに指を通す。どうせ何もできないと尻込みしていたが、あいつのために作業すると思えば、少しは前向きの気分になれた。自分の部屋で悶々(もんもん)とするより、よっぽどマシだろう。問題が起これば、俺も土下座でもなんでもしてやろう。

『大宮君ができそうな依頼だけ、お願いね』

 マムはそう残して、弁護士事務所に出張した。彼女は今日も事故代理人と折衝だ。ガレージの命運を分けると言っても過言ではないだろう。きっと彼女もしんどいに違いない。そんな中でも、日々の仕事は待ってくれないからな。だから俺も微力ながらがんばろう。

 ガレージ内オフィスに入り、パソコンを起動。

「あ、早速来てる……」

『妻のクーペの調子が悪いらしい。どこが悪いかはわからない。総点k――』

 拒否。

『ついにこの時が来た! イギリスから往年の名車キットが届――』

 拒否。

『我々はプロのレーシン――』

 拒否ッ!

 はぁ……と長大息を1つ。今までの経験値とメグから借りた本で、多少はメカニックレベルは上がってると思ったが、とても俺が対応できるものはない。やっぱ現実は厳しいなぁ……。

「ん?」

『原付で校庭を爆走してから、センセーの手配レベルが下がりません。ボディの色を変えてください』

 誰ですかねぇ、こんな注文するバカは……? まあいい、これは受けよう。ここに塗装ブースはないが、G(外注)すればいい。


!実績解除!【スポイラー】

 :条件:25の仕事依頼を断る。


 その後は、ご覧の有様だ。

 やれW12エンジンを組み立てろ、やれエンナのサスペンションセッティングをやってくれなど、無理難題の御用ばっかりだった……。オフィスチェアに座って、ゾンビのような顔で画面を見つめる。やっぱ引き受けるべきじゃなかった。もう自己嫌悪に陥って、依頼内容をよく見ない内に拒否していた。こんなんじゃ店の評判落ちるわ……。

 そういう時に限って、嫌な考えが過ぎる。もし、“ガレージ評判度”というパラメーターがあったら、俺は相当引き下げたことにならないか? 通常職業シムは、小さな仕事から利益と評判を上げていく。俺はその逆をやっているかもしれない。

 かと言って、下手に高難易度メンテを受注して失敗すると、ダッドのレイジメーターを熱くしてしまう。俺ができそうな依頼だけ、とマムは言ったが、ここまで無能とは思っていなかったろう。もうさ、今から電話して、家に帰らせてもらおう……。引き受けた依頼が1件と、大変不名誉だが、マジで手に負えない。

「せめて、あのバカの依頼があったのが救いか……」

「カレン?」

「うわぁい! だぁかぁらぁ! 急に後ろから声かけんなっ!」

 この、間近で聞こえる位の音声。気配を消して立っていたのは、他ならぬ小早川氏だった。なんでこいつが……? ああ、メグのパートナーヒロインだから登場して当然か。

「問題?」

「あ? ああ。メンテ依頼のレベル高すぎて、お手上げなんだよ」

「ふーん」

「なぁ、なんかいい案あるか? ってスナイパーに聞いてもな……」

「かして」

 俺とパソコンの間に、ずいっと入ってくる氏。よく見ると、今日もおしゃれに装っているな。こんな油っぽいガレージには場違いに思える。彼女は、依頼ページを閉じ、メニュー画面へ戻った。そこで、“ジョック・メイヤー”をログアウト、新しく“シンイチ・オオミヤ”を作った。

「これでいいんじゃない?」

 何が何だかわからない。彼女はパソコンから離れた。俺が画面を見ると――


『メイヤーズへようこそ:このチュートリアルでは、自動車整備士としての基礎を学びます。そして、最初のいくつかの仕事を選り分けます』


「何これ?」

「それはスキップしていい」

 言われるがまま、依頼画面を開くと、

『私の車のフィルター類を全て交換してください(リスト提供)』

「あれ? えらい簡単な……俺でもできそうな仕事になってる。なんで……?」

「今までは社長のプロファイルで進めてたから、レベルが高いのは当然。新たに、貴方のを作れば解決じゃない」

「天才か……?」

 いかにもゲーム的解法だが、目から鱗が落ちたよ。レベルの低い依頼なので、収益は減ってしまうだろうが、そこは目を瞑っていただきたい。

 オフィスを出て、なけなしの気合いを入れる。小早川氏もついてきた。

「うしっ! やるか!」

「そうそう、忘れていた」

「?」

 彼女は、ガレージ入口の方を向いて言った。

「もう出て来てい――」

「おーみやくうううん─ =͟͟͞͞つ ˃̣̣̥⌓˂̣̣̥)つ」(グシャッ!)


Shinichi was smashed by Mai’s leap.


垂乳女(たらちめ)どのッ!!! 巫山戯(ふざけ)は止め(たま)えッ!!!」

「残念、すぐこれだよ……」

「ここがメグん家なん? スゲェ、工場じゃん」

「こやつめッ! 止めいと申すに!」(パコーン!)

「Σ(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐ キャン!」

 横から急に何かがのしかかってきて、顔から床にぶっ倒れた。鹿島に蘇生してもらってから、まい先輩の長距離ジャンプ攻撃だとわかった。

「宮どの。今一度申すが、女性(にょしょう)狼藉(ろうぜき)など、造作にないはず! いかでか――」

「何度も言うがな……先輩に攻撃されると、3人称視点に切り替わって、自力脱出は不可能なんだ。後はラブラブ乱打攻撃を受けるがままになって、他のヒロインの援護を待つしかねぇ……俺の言ってる事わかるか?」

「ひがごとを。胸乳(むなち)を堪能してるのあろ?」

「んな余裕ねぇって……」

「๐·°(৹˃ᗝ˂৹)°·๐ わ〜ん、のんたんにぶたれたぁ!」

 と“殴る(副攻撃)”を受けよろめいていた先輩が、パッと後ろから抱きついてくる。

「大宮くん仕事ですから、遠慮しませんか?」

「٩(๑`^´๑)۶ イヤッ!」

「オメーいい加減にしろ。シンイチもいい迷惑してんじゃん」

 カレンもいるのか……。って、メグ以外全員がいるの⁉︎

「何アンタその顔?」

「いや……なんでいるの?」

 エピソード後半になると、該当ヒロイン救済のため、そのパートナーヒロインしか登場しないんじゃ? 他のヒロインは鳴りを潜めるのだが、大挙して出てきやがった。

「あのね。私たち、大宮くんのお手伝いができないかなって相談したんだ」

「本当は、エピソード完了ヒロインの出番が欲しかっただけ」

「残念、あけすけに言わないで……ねぇ?」

「アタシは別にぃ。エピソード1もさ、問題起こって超メンドーだったし。たまに出るぐらいでいーよ」

 カレン、お前は曲がりなりにもタイトル背負ったメインヒロインだろ……?

「( ✧Д✧) たまに出るぐらいでいい……?」

「むっ、この(がんばせ)よ。櫻どの、桃色御前めの肚黒(はらぐろ)が、顕證(けそう)にこそありけれ」

「d(•̀ω•́‧̣̥̇) のんたんシー」

 このかまびすしさよ……。本来ならさ、今頃いつものおちゃらけを封印して、真面目になるはずだが、いつものおちゃらけのまんまだ。そんなカオスに陥るのを見かねて、我がeスポーツ同好会の常識人が、手を叩いた。

「はいはい、みんな手伝いをしにきたのを忘れないでね?」

「手伝うって、一体何を……? お前らエンジニアじゃないだろ?」

「えっと……今から考えていい……?」

 ポリポリ頰を掻いて、バツの悪そうな笑顔を見せる鹿島。こりゃマジで出番が欲しかっただけだな。


 その後、鹿島はガレージ内のファーストエイドキット及び清掃道具の点検補充、辻さんはメイヤー家に上がり込んで、勝手に家事をやっている。カレンと先輩はガレージ内の掃除だ。けどなんで先輩は、白レンズ付き一眼レフを俺に向けているんだろう?

「(๑ゝω╹๑)凸 おーみやくん、わらってー」

「勘弁してください……。なにが楽しくて、こんな所撮ってんですか? あ、ブラウス汚れていますよ? ジャンプ攻撃なんかするから……」

「Σ(๑・o・๑) あ、本とうだ。いいよ、あらうから。それよりわらってー」

 こんな薄汚れた俺じゃなくて、自分撮るべきじゃない? 私服の先輩を初めて見たが、一層お嬢様感が醸し出されているな。小早川氏と違って、アクセサリーなんかはしていないようだが、十分清楚でおしとやかだな。中身は違うけど。

 パァン!

「うわあああぁ⁉︎ おいバカ! お前何やってんの⁉︎」

「えぇ? 向こうの棚に缶が並んでたから――」

「射撃練習ってなるか!」

「別に爆発するわけ――」

「横、横ぉ!」

 真っ赤なドラム缶が鎮座していた。マジで恐ろしい……。これに当たっていたら、あっちのガス缶に次々に誘爆してガレージごと吹き飛ぶ。つまり、全員フラグだろ⁉︎

「なによぅ、いちいちイチャモンつけてさ。せっかく人助けしt――」

「お前のは、人助けじゃなくて人騒がせだ!」

 いくら掃除がつまらんと言えど、本当に後先を考えない奴だ! 俺の家の爆破ならまだいい……いやよくねー!

「そんなイライラしない」

 従容(しょうよう)として、小早川氏が話しかけてきた。

「ガソリン缶は撃っても簡単に爆破しない。そもそも燃焼には必須な物は3つ。酸素・火花・燃料。撃った時に、火花起こった。燃料もあった」

「酸素もあるだろ?」

「ガソリンが最も燃えやすい比率は、空気15に対しガソリン1。つまりタンクがほぼ空の時。液体のガソリンには、引火しない。気化したものに反応する。つまり、燃焼に不適切なら穴か開くだけ」

「けどなぁ、ゲーム的なお約束があるんだよ。カレンが撃てば、満タンだろうが、空っぽだろうが、赤い物体はすべからく爆発する法則がある」

「その理屈だと、ケチャップすら爆破しそう。青2号でも入れるべきね」

「am͜a͉zonessのお急ぎ便で買うわ」

 小早川氏の講義を拝聴していると、突如車のエンジンがかかり、すぐさまギギギギギィイと嫌な音がした。そしてエンジン音は消え失せた。

「カレェェェン!!!」

 次のオモチャは、手元の車だった! 最悪、よりによってダッドのお気に入りじゃねーか! あの馬鹿、クラッチ切らずに、ギア痛めやがった……。

「シンイチィ? マニュアルなんコレェ?」

 窓からひょっこり顔を出す。俺は思わず顔を覆った。ダメージ受けてたらどうする? 俺に修理できるか? てかこんな旧車のパーツ売ってあるか? 整備作業はゲームだから、あるだろうな? ともかく、ダッドの旧車に駆け寄って、カレンを強制降車させる。

「クッソ、余計な仕事増やしやがって。今すぐ修理しなきゃ……って、空きのリフターないわ。どれか即行で片付けな――」

 隣の車のエンジンが唸りだした。

「え⁉︎ あ、ちょ、カレン! おまっ……!」

 とっさに身を乗り出して制止させようとしたのが、歴史上最大の馬鹿でした!


Shinichi was road-fragged by Karen.


「大丈夫?」

「ありがとう。あのさ、あの破壊神を連れて来る必要あったか?」

「うーん、そう思ったけど、やっぱり仲間外れはダメだよ」

 鹿島は、残念そうな色を示す。あのロードレイジ卿は、既にスキール音を鳴らしてガレージ外に飛び出していた。

「ねぇ。早く仕事始めたらどうなの?」

 小早川氏がチクリと刺す。そう。今の今に至るまで、何1つ作業をしていない。けど、それは全てカレンのせいであった。


 仕事がひと段落済んだので、ガレージの庭先で休憩していた。

 向こうのテストコースでは、ブォンブォン響かせながら、カレンがタイヤを煙に変換させている。パワースライドが楽しくて仕方ないのだろう。スピンしまくって、ラインはめちゃくちゃだが、車をブン回すスキルを習得しつつある。

 鹿島は先輩を連れ、辻さんの手伝いにまわった。彼女らは、一旦帰宅したマムとすぐに打ち解けた。そして、辻さんがダッドのために、海藻類、野菜、きのこの昼食を作った。当然肉食の彼は拒否したが、彼女は手厳しく一喝。また、マムの非難にタジタジになり、フォークを取らざる得なかったとか。

「車って、物理・電気・化学の結晶ね……」

 俺と並んで、取り除かれた車の後部座席に座っている小早川氏が、そう漏らす。視線は、カレンが運転するマッスルカー。

 正直、これほど助けになるとは思わなかった。俺が作業で手詰まりになると、彼女はオフィスに並べられたバインダーから、該当するサービスマニュアルを取り出し、内容を理解して、指示を出してくれたからだ。実験従事者の白衣を纏っているものの、作業は手伝ってくれなかったけど。

「ミーガンは出てこなかった」

「そうか」

 話が飛んでわかりにくいが、ヒロイン諸氏はメグの部屋前に集結し、呼びかけた。それでも出てこないので、パンツァーファウストで吹き飛ばそうとしたバカがいたらしい。

惡櫻(あくざくら) しばし黙せよ 座が白む』

 流石に人の家では喧嘩ができないので、辻さんがそう詠んでチクリ、されど深めにぶっ刺した。

「フフッ。辻って面白いのね」

 俺は昼食すらガレージで(かじ)っていた。なので、その様子はわからないが、さぞキャアキャアうるさかっただろう。本当に人騒がせな奴らだ。

 そしてもう1つ。仕事中、俺はあの紫の事故車が気になって仕方なかった。何度見ても、グシャグシャのリアは痛々しい。間違いなく、あれはジャンクヤード行きだよな。誰が大金かけて修理するもんか……。

「……なあ小早川さんよ」

「?」

「俺、ある程度仕事片付けたら、外出するわ。遅くなるから、みんなと帰って」

「わかった」

 こういう、詮索もしなければお節介もしない人柄は、好感が持てる。俺たちの会話はここで途切れたが、V8の咆哮で、なんとなく気まずくならなかった。涼風が、わずかに排気ガスを運んできた。

今回も読んでくれてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ