【e3m17】イベント報酬
見直しに時間がかかりました。暑くてやってられません。
翌朝、俺は駅にいた。向こうのプラットフォームには、電車から降りたウチの生徒たちが、ゾロゾロと登校している。
「はぁ……」
ため息ひとつ。今、自分がやろうとしていることに、迷いがある。しかし、もう考える時間はない。なぜなら、繁華街へ向かう電車が滑り込んできたからな。いいのか? これに乗ったら、遅刻確定だぞ……? 俺を誘うように、車両の両扉が開いた。
「ええい、ままよ」
後ろの人たちが前にせかしてくるので、それが決心となった。もう後戻りはできない。車窓の風景がビュンビュン入れ替わり、ぼんやりと眺めている。
昨日、あんまり寝れなかったなぁ……。小早川氏の思慮深い見解はもっともだ。しかし、単細胞のたわ言にも、傾聴の価値があるんじゃないか? もはや静観者ではいられない、という気持ちを燻されたのだ。だから折半。メグに会って、ちょっとだけ話をして、早々に撤退する。
そのため、遅刻上等でメイヤーズに向かっているのだ。アレコレ考えている内に、電車は目的の駅に到着した。出口から少しばかり歩くと、やがて車の展示場であるサロンが目に入ってくる。
「メグ、どうしてるだろう?」
朝早いこともあって、周りの車屋はどこも開いていない。家に行くべきか? それともガレージか? いずれにせよ、ダッドにも顔を合わせるかもしれないので、『余計な迷惑かもしれませんが、様子を伺いに参りました』と挨拶するつもりだ。もともと常に不機嫌な人だが、さらに気が研げている場合は、即時撤収だ。
もう1つ不安がある。昨日の不吉な夢だ。もし、メグにシカトされたらどうしよう……。俺、当分立ち直れそうにないよ。
「よくゲームとかで、悪夢は寸部違わず正夢になっちゃうもんな……」
そう考えると、せっかくここまで来たのに二の足を踏んでしまう。ガレージは、いつも通り開けっ放しだ。ただ、ラジオはしじまを破っていない。ステルスエージェントのように、そっと中を伺うと、誰もいなかった。
「すいませぇん」
と声をかけても、誰も騒ぎ出さない。騒音メーターに反応しなかったか。一応、作業が行われた跡があるので、誰かいるとは思うのだが……。
「O-hi」
すると、ガレージ内オフィスから、小走りで女の子が降りてきた。ミーガン・R・メイヤーその人だった! 白のTシャツに、生足を露出したショートオーバーオール。美しい金髪は、いつもの2つおさげ。初めて私服を見たんじゃないか?
「メグッ!」
俺も駆け寄って、思わず彼女の手を握ってしまった。
「よかった、怒ってない? いや会いたかったよ! マジで!」
「?」
彼女はキョトンとしていた。当然だろう。悪夢が再現されなかった、と1人合点して喜んでいたのだから。脳内の、おぼろげになっていたメグの姿は、今一度その実像を捉え直し、ミントの芳香が改めてその息吹を、いっぱいに鼻腔に吹き込んできた。ああ、泣きそ……。
「なん? なんで来とっと?」
「…………」
「Errrr……ちとドクに診てもらった方がよかっちゃなか? ウチに会っただけで、泣きそうになっとるやん」
呆れ顔のヒロインに、んなことを言われると、涙も速乾しました! 本当にありがとうございます!
「えーっとさ、あの事故からさ、全然話できてなくて……」
「あーね」
俺の言わんとする所を悟り、彼女はちょっぴり残念な顔をした。その後、軽くガレージの状況を聞いた。
小早川氏が言ったように、事故車の整備をしたとして、警察が捜査に来たが、ダッドと喧嘩になった。彼は今も保護室にいる。そして、あの事故と自分の喧嘩の取り調べが行われている。何度か面会に行ったが、もうすぐ釈放されるらしい。さぞ心配しているだろうと思ったが、
「見境なく噛み付いてバカやん」
と父親を一刀両断していた。一方マムは、近所、顧客、取引相手や関係諸機関などに、事の経緯を詳しく説明して周っている。ガレージは信用第一なので、誰かの下世話な噂を野放しにできない。あっという間に尾ひれをつけて、実しやかに駆け巡るからな。
「お前はなんで休んでいるの?」
「自宅謹慎ば食らったと。今まで無資格で、遅まで働いとったけんね」
呆れたように、ひょいと肩をすくめる。だが、全く悪びれた様子はない。今までお目こぼしにされていたはずだが、今回の事件でそう済まなくなったのだろう。
「それって停学?」
「実質そうばってん、なんか違うごたよ。毎朝先生来よるもん」
呆れた。赤の他人で、しかも無資格の俺がそうなるなら、まだ納得いく。けどメグは、昔からずーっとそうしてきたから、さぞ不本意だろう。事故の始末とはいえ、職員室はひどい処置を下したな。あくまで仕事は、ダッドの責任監督下で行なっていただろうに。
「まー運の悪かったと思っとー」
メグはさっぱりとして、恨みがましくしていない。そんな彼女になかよしポイントが上がる。
「シンも何か食らされたろ?」
そう尋ねられたので、簡単に経緯を話す。
「ごめーん。いらんとばっちりやん」
「いや、俺はいいんだよ。お前が元気なら、それで……」
「そーやん。ペイのことは、先生に言わんといて? 話んせからしくなるけん」
「俺もそう思って、もらってないって言ってる」
「Good! ならよかー」
ニコと、笑窪と共にほくそ笑む。やけに印象的だった。俺がメグに求めていたのは、この屈託のない笑顔だったから。
「あ。そろそろ先生来るよ、もう行かんね?」
「え? 朝来るんだ……」
「昨日ん反省文と課題ば回収して、今日んとば配ると。しからしかー」
「あんたくさ、カレンのごつ、いらんこと書いたらいかんばい」
ちょいとふざけてやると、メグはキャッキャ喜んだ。
「うひひひひ、知っとー」
「じゃな」
軽く手を挙げて、ガレージを去ろうとすると、
「ヘイ!」
「?」
「ウチも、シンに会いたかーと思っとった。サミーもシンも、ウチん事情ばわかって来てくれんと知っとったばってん、やっぱ寂しかったし」
「……そっか。また来るよ」
「うん。Bye」
馬鹿だった。アレコレ悩んだ俺は、相当の馬鹿だった。ただ単に、ここに来ていたらよかったのだ。小早川氏がこう言ったとか、ダッドにああ言われたとか、家庭の事情がとか、ぜーんぶ付会だった。よく考えればさ、ミーガンというヒロインは、あんな明るい性格なので、素直にカレンの言う通りにした方が良かったじゃないか!
胸中の黒いモヤモヤが、すっかり離散していて、心晴れやかだった。登校する足取りまでも、軽やかになっていた。遅刻して詰問されようが、知ったことか!
メグの蒼い瞳、ブロンドのおさげ、ミントの芳香、子どもみたいな笑顔、あと飾らない服装などを、目の当たりにしたのも大きい。彼女が思ったより、落ち込んでいなかったものある。そして、彼女に嫌われていなかった!
「Yeeeehoooo!」
「…………気味悪い」
俺の浮かれに、飛び切りの冷水が差された。
「いっ……小早川さん」
蕭然とした通りに、ポツンと彼女は立っていた。気づかなんだ……。相変わらずのぼんやりした顔だが、『あの時、ガレージには行かないと明言したのに』と、不満とも落胆ともつかないオーラを放っている。
「貴方、カレンだった」
「はぁ?」
「自分は言った。『これは他所の家の問題。他人は黙って見守る』。貴方も了承した。嘘ついたのね」
いつもと変わらない声色なのに、俺が約束を違えたので、そこはかとなく非難を帯びている。いや、俺がそう解釈しているのだけかもしれんが。
「嘘つき」
いや確実に非難してるな。もう一度繰り返しやがったから。
「えーえーすんませんねー。けど言わせてくだせー。アンタは、確かに『他人は黙って見守る』って言った。けど俺は他人じゃない。メグの友だちだ」
「言葉あそび」
「そう捉えて結構。あの後さ、カレンに会って、色々やかましく言われたんだ。やっぱ何もせずに静観するのは、冷たいなって考え直してよ。だからと言って、お前の案を蹴ったわけじゃない。様子だけ見て、直ぐに帰るつもりだった」
「それも迷惑かもしれないのに」
「じゃあ聞き返すが、どーしてお宅はここにいるんですか?」
俺が攻勢に出たのを、不愉快に感じたらしい。どこ吹く風の能面の、その美しい眉根が寄っている。
「貴方を駅で見かけたから、追ってきただけ」
「ふーん。マジで止めるならフラグできたのに?」
「……」
「なあ、別にお前さんを追求するつもりはない。だから、もうこの話は切り上げねぇ? 俺の顔を見れば、状況がわかるだろ? 元気だったよ、メグのやつ。それでいいだろ? 余計な気を利かせる必要はなかった」
本当は、こいつだってメグの心配をしていたはずだ。だから、サロンの前まで来て、最後の一歩が踏み出せなかったんだろう。前にマムに会った時も、そんな状況だったんじゃね?
「!!!」
その時、身体中が突如として硬直した。目の前のヒロインに気を取られて、後方のスーツ姿を認識するのに遅れたからだ。有無を言わさず、小早川氏の手を引き、すぐそばのコンビニに駆け込む。
「何……?」
あれよあれよと引かれる中でも、冷静なのな。なすがままといいうか、全然抵抗しない。外からの死角である棚に、2人してカバーする。
「先生、先生……!」
声を殺して伝える。迂闊だった! メグの『そろそろ先生来るよ』を、もっとよく考えるべきだった。そのまま通り過ぎてくれ、人違いであってくれ……と祈ったが、コンビニのドアが開く。
「ここに?」
「はい、ちょっと見ていきましょう」
確かに聞いたことある声だと、俺らは眼をそばめ合った。ただ、こんな事態になろうが、小早川氏が慌てふためく様子はない。さっと先端にウェーブがかった髪をかき上げるだけ。
「坂田と中村……」
ポツリと呟く。学年主任とはまた厄介な相手だな! 氏の手元には、ウェルロッドが握られていた。一見オシャレでぼんやりとしたヒロインだが、よく考えるとゲット&ランで卓越した身体能力を披露し、また狙撃能力も高い。
「それはご遠慮いただきたい……」
「?」
「教師フラグは大ごとだ。ステルスで逃げるぞ」
ハプニングイベントの開始だ。コンビニの中を、教師の死角になるように、ぐるぐると回る。両者の行動を目の当たりにして、ビビっている店員さんには、はた迷惑だろうな。
「かくれんぼか⁉︎ いいだろう!」
「そこにいるのはわかってます。すぐに出てきなさい!」
大きな足音を立て、怪しむ台詞を喚きながら、巡回してやがる。だが幸運なことに、向こうの棚の上から、黄色の!マークが見えているので、位置はモロバレだ。
このまま『気のせいか……』と、警戒を解くまで逃げ回るつもりだった。しかし、あいつら別行動を取り始めたぞ! A組担任が出入り口を固めた。クッソ、こりゃ挟み撃ちにするつもりだ! 俺らはカウンター前のアイスケースの側に隠れている。前に出ると、あの担任に発見される。学年主任は、奥のドリンクケース前から、それぞれの陳列棚の間を確認している。
「大宮……」
小早川氏は、ウェルロッドの尻を回転させ引っ張り、押し戻して反対に回転させる。発見されるぐらいなら、ステルスフラグするつもりだろう。犯人がわからなければ、後でノラリクラリと煙に巻けるからな。しかし、嫌疑不十分になるには、証拠が揃いすぎている。ウチの制服を着て、遅刻しているからな。
俺も何か持ってないか? とポケットをまさぐった。出てきたのは、ヘルスバイラル……。ああ、ゲット&ランで飲んだ、あのゲロマズジュースの空き試験管か。ちっ、こんなのが役に立つかよ! しかし小早川氏の目つきは違った。これ幸いとばかり、ウンウンと頷き、トイレの方向をちょいちょいと指差す。
「Huh!」
パリンとガラスが割れる音に驚き、教師2人はそちらに猛ダッシュ! その隙に、俺らはこっそりとコンビニを脱出した。もちろん店員さんに詫びエモートをしてな。
「ふぅ……なんとか」
駅のホームで、やっと緊張が解けた。教師はメグの家に行く予定なので、まさか追撃まではしてこないだろう。けど、念のためプラットフォームの端にいた。チラと横を見ると、小早川氏は涼しげな顔だ。
「こんなイベントは、金輪際やめてもらいたいよ……」
「……」
2人して、色あせた椅子に座っている。電車が来る時間まで、まだちょっとあった。小早川氏は、カバンから何かを取り出し、モグモグと食べ出す。終始平然とした顔だったが、気が抜けて食欲が湧いたんだろう。ちょっと笑える。
「?」
彼女は、俺と自分の手に持った食べ物を見交わした後、それを少しちぎって、
「どうぞ」
と寄越してくれた。これは……?
「縄文クッキー」
「はぁ? じょうもんwwwwww」
思わず吹いた。というのも、このぱっと見オシャレな女子の口から、そんな泥臭い名前が出てくるなんて……! 馬鹿にされたと受けて、彼女は眉根を寄せている。
「イヒヒwwww、なあ、これもしかして手作り?w」
コクリと頷くと、俺はさらに笑いを爆破させた。氏はさらに侮辱されたと勘違いして、さっきのウェルロッドに手をかけていた。
「ああ、ごめんごめん。あのさ、アンタみたいなオシャレ女子が、縄文とか手作りとか言うから」
彼女には、俺の意味がわからないようだった。
「その綺麗に塗られたネイルで、こんなクッキーを作るなんてよ。てっきり朝は、オシャレなお店のスコーンとダージリンで優雅に過ごしているのかと。手料理とか縁なさそうで」
「失礼すぎる」
口をとんがらかす氏。とにかく、一口この縄文クッキーとやらを齧ってみる。予想通り、素朴な味だった。軽い塩味しかしない。
「栗、ドングリ、クルミ、鶏肉をよくつぶし、卵と水を加えて、よくこねて、オーブンで焼いた。味付けは、塩少々。ドングリはちゃんと灰汁抜きしてる。再現度は100%」
聞いてもいないのに、わざわざ説明してくる。へぇ、立派なもんだ。
「でもなんでまた、こんなものを?」
「南アフリカの遺跡から、火を使った痕跡が見つかった。約150万年前ね。けど火を起こしたのは30万年前」
ははぁ。さては、毎日の洒落た食事に飽きて、こんな気まぐれでも起こしたわけか。グルメってやつだ。
「おいしい?」
ちょっと上目遣いに尋ねる。
「ああ、軽い朝食としてはぴったりだな。もうないの?」
「さっきバカにされたから、あげない」
「誤解だ。お前のオシャレなイメージと縄文のギャップだ。ちぇっ、少し腹に入れたので、空腹が増してきた」
「……しょうがない」
寛大にも最後の1枚を俺に差し出してくれた。
「お、いいの?」
「ハプニングイベントのクリア報酬。レアアイテム」
レアとか自分で言うか、と苦笑いに耐えない。そういえば、こいつと一緒にいるのに、ぎこちなさを感じなくなった。未だにカレンの友だちという認識で、詳細不明のヒロインである。全然会話が弾まないが、彼女は寡黙で、そういう性格なんだろう。ぼんやりと前を見つめ、髪が顔にかかろうと気にも留めない。
「何……?」
「いや」
「もうない」
俺が横目で見ていたのに、気づいていたか。彼女はまっすぐ視線を向けているのによ。
「気が向いたらまた作るから」
この言い回しだと、もう2度と食べられそうになかった。そう思うと確かにレア度は高く、もっと味わって食べればよかった。やがて電車が来て、俺らは無言で乗り込んだ。
今回も読んでいただきありがとうございました。